20☆分かってきたんですけど
腹ペコのるなと満腹の真鈴は、山道から街へと戻ってきた。
山の梺にあるメロナドームとホテルを横切り、車はネオンの疎らな大通り沿いを行く。さすが日本食が人気のセシアナ。寿司やそば、ラーメン、定食屋の看板が次々と車窓を滑る。
「ねぇ、もしかして、定食屋さんも魚介類ばっか?」
「もちろん。焼き魚定食とか煮魚定食、刺身定食なんかもありますねぇ。セシアナでも、特に南島の人は魚介類が好物なので、日本食店のメインはやっぱそっちばかりです。おそばもラーメンも、かなり煮干しを効かせたベースですしね。店内は独特の臭いですよ」
「うわぁ、煮干しは天敵ぃ……。想像しただけで無理」
「あははっ、おいしいのになぁ」
口をへの字に歪ませるるなの視界に、ハンバーガーの看板が入った。ど真ん中にバーガーのイラスト。だが、その回りには色鮮やかなフルーツが囲うように描かれている。
「あれがセシアナで一番人気のチェーン店『ゴールデンセシアンバーガー』です」
セシアンバーガー……。そう聞いただけで、るなはもう「何が入ってるの?」と確かめることを覚えた。主に白身魚やエビのフライ、それとビーフパティにフルーツがサンドされたハンバーガーなどだと説明してくれた。
「こっちじゃ邪道ですけど、フルーツ抜きでオーダーすればいいかと。カスタマイズでフルーツやビーフパティを追加できるので、ビーフパティましましなんてどうですか?」
「いいね、それ! あとね、ポテトとナゲットも。両方とも一番大きいのでね」
「ちなみにナゲットのソースは、トロピカルフルーツミックスソースとマスタードがありますが……るなさん、辛いの食べれるんですか?」
「辛いのは大丈夫。人を見かけで判断しないで」
「まだ口にはしてませんよ?」
言ってる間に敷地内へ到着。駐車スペースを抜け、ドライブスルー用のカウンターへと並ぶ。真鈴は手慣れた様子で、ドアポケットからサングラスを取り出した。
「すぐバレるんですけどね。一応、たしなみとして。るなさんはパーカーのフードでも被っててください」
言われるがまま、フードを深めに被る。前の車が進み、視界が開いた。ゆっくりと無人のオーダーカウンターまで愛車を滑らす真鈴。スピーカーから、震える女性店員の声が聞こえてきた。
真鈴が英語で次々とオーダーしていく。店員はモニターで神月真鈴と確信しているのだろう。オーダーを繰り返す声はずっと震えたままだ。
オーダーを終え発進する直前、女性の叫び超えがスピーカーから響いた。「な、なに?」とるなの肩が跳ねる。
「ファンですって言われたんで、御礼のウインクしただけですよ。ちゃんとオーダー通してくれたかなぁ。失神してないといいですけど」
「……球場が近いから選手も結構来るだろうけど、やっぱり神月真鈴は別格なのね」
「ふふっ。るなさんもあたしを別格にしてくれていいんですよ?」
「ううん、大丈夫」
「なんですか、大丈夫ってー。遠回しが得意な日本人らしい、便利な日本語ですねぇ。あたしの熱狂的なファンが聞いたら滅多差しにされますよ?」
「物騒なこと言わないでよ。煮干しも滅多差しも勘弁して」
徐行し、受け渡し口で待つこと2・3分。「あっち向いててくださいね」と言うので、るなはフードを被ったまま、助手席側の窓へ顔を向けた。まだ2試合しか出場してないとはいえ、悪夢の噛み噛みインタビューでトレンド入りしたるなの顔も、それなりに知れ渡ったに違いないからだ。
「ねぇ、日本ではモバイルオーダーってやつがあるんだけど、こっちにはスマホから事前に注文できるシステムないの? それを使えば店員さんと会話しなくても買えるんだよ?」
「ありますよ。でも、頑張って働いてて良かったなぁって思うイベントも必要じゃないですか。これもファンサービスです」
「はぁ、そうですか……。やっぱスーパースターは考えることが違うのねぇ」
たしなみだとサングラスはかけていても、あえて対話するという逆の発想。商品を受け取った真鈴は、クールかつ柔らかい声で店員に礼を言い、車を出した。
大きめの紙袋が、ドサッとるなの膝に置かれた。「コーヒー取ってください」と言うので、中からアイスコーヒーらしきカップを手渡した。
「私がテレビで見たことある真鈴の声だった。営業用ってやつね」
「ふふっ。トキメいちゃいました? るなさんにもあるでしょう? 営業用猫後」
「煮干しにしてあげようか?」
「なんですかそれぇ。煮干しになったら、るなさんに嫌われちゃうからイヤですよー」
「充分、嫌われる素質もってるから安心して」
ひどいなぁ、と悲しむ真鈴をよそに、ポテトを頬張るるな。フルーツ抜きのダブルバーガー4つと、グランデサイズのポテト&チキンナゲットをあっという間にたいらげる。
真鈴はハンドル片手に、セシアンコーヒーというアイスコーヒーを飲んでいた。ココナッツミルクが入っているので、かなり甘いが真鈴のお気に入りの飲料だと言う。
車は大通りをひたすら真っ直ぐ走っている。グランデサイズのコーラも飲みきり、るなはようやく腹も心も落ち着いた。
窓の外は、いつの間にか田園風景に近くなってきた。山道ではないものの、ビニールハウスや果実園らしきものばかりが目に付く。
「ねぇ、ところでどこに向かってるの? ホテルは逆でしょ?」
「まぁせっかくだからいいじゃないですか。ドライブですよ、ドライブ。この道をこのまま西にずっと行くと、お婆ちゃんの入院してる病院があるんです。あたしもそこで産まれたんですよ。ママの実家もその近くでしてね」
「へぇ。てっきり大都会のお嬢様だと思ってた。真鈴って、意外と田舎もんだったのね」
「聞き捨てならないですねぇ。お婆ちゃんちってことですよ。ママの実家で産まれただけで、小学校からはもっと都会のほうで暮らしてたんですってば。自分が東京出身だからって、田舎バカにすんの失礼ですよ?」
日本には一度しか行ったことのないという真鈴には、るなが『都内の田舎』出身であることは伏せておいた。
「あっ、田舎って認めたじゃない」
「るなさんが言うからでしょー」
満腹でご機嫌になってきたるなとは裏腹に、真鈴はぶすっと唇を尖らす。ちょっとからかいが過ぎたかな? と思ったが、「あれですよ」と突然真鈴の声が明るくなった。
真鈴が指指す先には、5階建ての大きな病院。まだ消灯時間を過ぎていないのか、3階以上のほとんどの部屋に灯りが灯っている。
「おばあちゃんの病院です。ここの帰りに、るなさんと出会ったんですよ」
真鈴は路肩に車を止め、一方向を見上げた。祖母の病室なのだろうか。ハンドルに頬杖をつき、黙って見つめ続けている。
るなはそんな真鈴の横顔に、どこか切なさを覚えていた。
「ねぇ、真鈴って、お婆ちゃんっ子だったの?」
真鈴が身を起こす。病室を見上げたまま、シートに深くもたれた。
「……そうですね。両親は野球で忙しい人でしたから。『ベビーシッターを雇うくらいなら、私が見る」って引き取られたんです。ずいぶんかわいがってもらいました」
懐かしんでいるのか祖母を思っているのか、真鈴は微笑を浮かべていた。焦げちゃ色の瞳が輝いている。るなが見取れていると、真鈴はセシアンコーヒーを一口含み、徐ろに語り出した。
「オムライス屋の店長は、お婆ちゃんの友人でしてね。あたしが4歳の頃だったかな? 1ヶ月くらいお婆ちゃんが入院したんですよ。シーズン中だったから、両親は面倒見れなかったらしくて、その時に預けられたのが、あの店長ちなんです。だから、店長はあたしにとっておじいちゃんみたいなもんだし、奥さんはもう1人のお婆ちゃんなんです」
真鈴は一頻り喋り終え、「こんな話し、つまんないですよね」と苦笑いした。
「そんな大事な人のオムライスを……ほんと、ごめん……」
「あぁ、別に嫌味とか当てつけで言ったわけじゃないですよ? 単なる昔話です。誤解しないでくださいね」
そうは言われても、聞いた以上は申し訳なさが倍増していく。俯くるなの頬に、真鈴の白く長い指が触れた。
「そんな顔しないでください。あたしはきっと、るなさんに甘えてるんです。あたしの昔話なんて誰にも言ったことないし、公式にも載ってません。るなさんがオムライスを食べれなくても、店長に紹介できたからあたしは満足なんですよ?」
「そういえば……なんて紹介したの? もちろん、『チームメイト』でしょうね?」
「もちろん、『大切な人』です。あそこはあたしのとっておきの場所なんで、誰も連れて行ったことはないんです。だから、店長すごく喜んでくれました。『やっと出来たか』って」
真鈴の指が、るなの黒髪を優しく滑っていく。
るなは、幼い頃一緒に寝ていた猫のぬいぐるみを思い出した。丸いフォルムで、少し毛足の長いふかふかのぬいぐるみだった。真鈴の手付きは、るながぬいぐるみを愛でている時の手付きによく似ていた。
知れば知るほど、神月真鈴という人間が分からなくなっていく……。
もっとも、それは真鈴自身やメディアが作り上げた『神月真鈴』の姿を知ったつもりになっていただけで、本物の神月真鈴は、こんなにも愛情を持て余した、ただの……。
「真鈴って友達いないでしょ?」
「……突然失礼なこと言ってくれますね、るなさん。日本人って、もっとオブラートに包む言い方しますよねぇ?」
「いや、だって……トウコさんが言ってたからさ。『すぐ飽きちゃうから』って。ロッカーでも誰にも話しかけられてないし、前の球団でもそうだったのかなーって」
「ほんっとにあなたって人は……かわいい顔して残酷なことをズバズバ言うんだから……」
最後にクシャッとおかっぱを撫で、真鈴は手を引っ込めた。それでも、愛おしい物に向ける目は変わらない。意地悪な兄も、たまにこういう顔を見せる。
「そうですね、いませんよ。子供の頃からね。親が有名人だとわらわら寄ってくる場合もあるみたいですけど、あたしの場合は違いました。親が大物過ぎて、誰も近寄れなかったみたいです。だから、こっちから話しかけるしかなかった。距離の縮め方が人と違うんでしょうね。だから誤解されやすいんですよ、きっと」
「でも、日本人選手に片っ端から手を出したのも事実でしょ? それは誤解じゃなくて身から出たサビって言うやつじゃない」
「みからでたさび? ってなんだか知りませんけど、片っ端からじゃないですからねー? 偏見が過ぎるんだよなぁ、トウコさんの言い方……」
まったくもう……と付け足し、真鈴はエンジンをかけた。車がUターンする。
元来た道を戻る最中、るなは真鈴の原点である街並みを改めて眺めた。
煌びやかな街で育ったと勝手に思い込んでいたが、緑の多い田園都市で育った普通の少女だった。
ただ普通と違うのは、やはりその家庭環境。特殊過ぎて同情すら覚える。距離の縮め方に不器用なのも、なんとなく納得してしまった。
真鈴が無意識に求めているものを、るなは少しだけ分かってきた気がした……。




