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エースな彼女は変化球が投げられない  作者: 芝井流歌


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105/107

105☆憎めないんですけど

 



 るなはヒットこそ打たれたものの、2回・3回を無失点で抑えた。

 ベンチに戻るや否や、今度は先頭バッターとして慌ただしく打席に向かう。指名打者制のセシアナリーグでは、ピッチャーが打席に入るのが珍しい光景でもある。あっけなく三振に終わってしまったが、ドルフィンズファンからの声援は変わらず温かかった。


「るな、もう1イニング行けるか?」


 るながエルボーガードを外していると、真剣な顔の監督が問いかけてきた。るなは肩をぐるぐる回し、指もグーパーしてみる。もともとマメだらけだった指と掌が、摩擦で赤くすり切れていた。


「もう1イニングだけ……。次はきっと無理です」

「よしっ、頼んだぞ」

「はいっ」


 大きく頷いた。アイシングで肩と手を整えるるなに、チームメイトたちが激励の言葉をかけてくれた。期待に応えたい、その思いでるなは更に気合いが入った。

 なにより、ピッチングの楽しさがるなを突き動かしていた。

 打ち取るたび、ピッチャーにこだわり続けた熱い思いが蘇ってくる。

 だが……。


「るなっ。できるだけ球数押さえていこうね! ストライク先行で揺さぶって打ち取ろう!」

「そうしたいとこだけど、2巡目はそう簡単には打ち取らせてくれないだろうね」

「そうね。でも、データ取られてんのはこっちだけじゃないから」


 チヒロが自分のこめかみをつんつんと突く。古巣の情報プラス、1巡目の『対るな』を鋭く観察したおつむに任せろ、ということだろう。

 一方、ナイトシャークスのアナリストは、懸命にるなのピッチングデータをあさっているはずだ。今頃、日本のプロ野球ではほぼ2軍だったるなのデータを見て驚いていることだろう。日本より格上のセシアナで投げる野手に打ち取られ、悔しさに燃えているかもしれない。


「るにゃーっ!」

「るな頑張れーっ!」


 4回のマウンドに登るるなの背中に、ドルフィンズファンからの温かい歓声が降り注いだ。赤みを帯びた指先にふーっと息を吹きかけ、るなはプレートの土を足で払う。

 1巡目とは明らかに違う、打席に立つ相手打者の目。ナイトシャークスのアナリストたちがベンチ裏で必死に集めたであろう、るなのわずかな過去データと、今日の1巡目の配球傾向。その鋭い視線から『もう騙されない』という執着が伝わってくる。

 チヒロがパンパンとミットを叩いた。あちらも気合い充分だ。今はチヒロを信じ、そのミット目がけて注文通りに投げることに集中する。


「ストライーク!」


 7種類のるなの変化球を駆使し1巡目で見せなかった球種、かつ、その打者の苦手なコースをチヒロが組み立てていく。冴え渡る配球と、るなの正確なコントロールで着実にアウトを重ねた。

 最後は渾身のカットボールでセカンドゴロに仕留めた。ファーストのグラブに収まった打球を見届けると、るなは自然と安堵の笑みがこぼれた。


「るーなーっ!」


 チヒロが真っ先にマウンドへ駆け寄ってくる。るなは大きく肩で息を吐きながら、記憶の中と同じ相棒の右手とハイタッチを交わした。

 割れんばかりの『るなコール』。すがすがしい達成感とは裏腹に、身体は限界だった。肩の奥が熱く重い。指先は皮が剥け、火傷のようにヒリヒリと痛む。

 ……でも、4回無失点……。

 自分の役割は、完璧に果たし切った……。

 るなコールに応え、ベンチ前からスタンドの観客にぺこりと会釈をする。360度、球場全体から小さな緊急登板投手に、大きな拍手が贈られた。


「るな! よく踏ん張ってくれたな!」

「るな! 最高だったよ!」

「るな! あとはうちらに任せて!」


 監督やコーチ、チームメイトたちが口々に労いの言葉をかけてくれた。ハイタッチを求められたが、マウンドを降りた瞬間にアドレナリンが切れたるなは腕が上がらず、ハイタッチすらも精一杯だった。

 ベンチへ下がると同時に、すぐにアイシングバッグが乗せられた。監督が選手交代を審判に告げる。鳴り止まない、るなコール。るなの奮闘が、眠っていたドルフィンズ打線に火をつけた。

 勢いづいたチームはその後も攻撃の手を緩めず、中継ぎ陣もるなの死守した無失点を継続。長距離打者の多いナイトシャークス打線を、完全にシャットアウトした。



 *



 試合はそのままドルフィンズの快勝。先発のリホの穴を埋めたバッテリーがお立ち台に呼ばれた。


「るなっ! ほら、早く行くよー?」

「ま、待って待って! まだ心の準備が……」

「なーにルーキーみたいなこと言ってんの! ヒロイン呼ばれることくらい分かってたでしょーが。ほらっ、行くよ!」


 まだヒリヒリと痛むるなの手を取り、チヒロはずんずんお立ち台へ向かって行く。グラウンドへ出ると、ヒロインインタビューを待ちわびていた観客席から、わーっと歓声が轟いた。

 つんのめりそうになりながらも、チヒロと共にお立ち台へ上がるるな。緊張で顔が火照ってしまっているのが分かる。インタビュアーは日本語の話せるアナウンサーであるのは知っているが、観客には英語に翻訳される。上手く話さなければ……と思えば思うほど、るなの心臓はばくばくしていく。


「まずは宇田川選手、ナイスリードでした! 夕海選手とは、高校時代のバッテリーだったんですよね? 古巣・ナイトシャークスとの対戦ということもあって、リードにより気合いが入ったんではないでしょうか?」

「んー、そうですねぇ。もちろん気合いはいつも満々ですけど、相手が古巣ってだけじゃなくて、るなのボールをまた受けれることが嬉しすぎて興奮しまくりでしたぁ」


 英語に翻訳されたチヒロのコメントがマイクに乗り、どっと笑いが起きる。にこにことフランクにインタビューに応じるチヒロの隣で、るなはすでにカチコチに固まっていた。


「宇田川選手の嬉しそうな表情で、元バッテリーの信頼の厚さがよく伝わってきました。プライベートでも仲が良かったんですか?」

「そりゃそうですよー。ねーっ、るな!」


 急に振られ、るなは「えっ、えっ?」と目を白黒させる。


「すいません! うちの相棒はみなさんご存じの通り、インタビュー緊張しちゃう子なんですよぉ。貸してもらっていいですか?」


 あろうことか、チヒロはインタビュアーのマイクをひょいっと奪い取り、「仲いいよねー!」とるなに向けてきた。


「え、え、えっ……は、はい……」

「ちょっとぉ、それじゃ私が言わせてるみたいじゃんかー。んもう……すいません、お返しします」


 るなだけでなくインタビュアーまでもがたじろぎ、チヒロから返却されたマイクを受け取る。


「で、では改めまして……。夕海選手、緊急登板お疲れ様でした! 緊急とは思えない、圧巻の投球でしたね! 日本の公式記録ですと最後に登板されたのは4ヶ月前とのことですが、久しぶりで、しかも緊急登板の、今の気持ちを率直に教えてください」


 マイクを向けられ、ピッチングのときとは違う、独特の汗が吹き出してくる。


「え、えっと……あ、ありがとうございました……!」


 隣でチヒロが「勝手に終わらせるなー」と爆笑する。インタビュアーも笑いながら「お気持ちもよろしいですか?」と再びマイクを向けてきた。


「え、えっと……えっと……よ、よしにゃが……吉永さんがきゅんきゅ……きゅう、きゅん……」

「えー? 吉永さんにキュンキュンー? 確かにリホかわいいもんねぇ。キュンキュンしちゃうよねぇ。『吉永さんが緊急降板したけど、投げ切れたからちゃんと顔向けできます』って言いたかったんだよね! うんうん、でも、るなのピッチングにもキュンキュンしてたよ、みんな」


 カミカミのるなに、チヒロが容赦ないツッコミとフォローを入れる。「確かにそうですね」と流れに乗るインタビュアー。るなの顔は真っ赤、頭は真っ白だ。


「あと、『次回も私の登板にご期待ください』だそうでーす!」

「えっ! ちょ……!」


 勝手なことをマイクに乗せるチヒロの腕を、るなは思わずバシバシ叩いた。言ったもん勝ち! とばかりにニヤついたチヒロは振り返り、「ありがとうございましたー!」とるなの腕を取って無理矢理振らせる。


「はいっ、次回のお2人の活躍も期待していまーす! 以上、ヒロインインタビューでしたー」


 インタビュアーによって締めくくられると、カメラマン席から、フラッシュが降り注いだ。チヒロは背後からるなをむぎゅーっと抱きしめ、頬を寄せてそちらに向く。今日一番の爆笑と温かい拍手が沸き起こった。


「あとでちゃんとお叱り受けるから、今は笑って?」


 逃れようとするるなの耳元で、チヒロが囁く。確かに……とぎこちないながらも広報用の笑顔を作る。

 久しぶりに味わったマウンドの感触。そして、大好きな相棒と掴み取った勝利……。

 いつだって強引で自分勝手だけど、やっぱりこの子は憎みきれないな……と幸せそうに笑うチヒロの横顔を見つめた。





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