ep.9 エサやりとステップと
ある日の休み時間。
オレは、廊下の窓から外を眺めていた。
今日は何をするにも手に付かない。授業もまったく集中できない。
いや――そもそも、この日は全国の日本男子諸氏が同じ心持ちだろう。
今日は、バレンタインデーなのだ。
毎年「今年は、もしかしたら……!?」と淡い期待と共に一日を過ごし、無惨に散っていく日。
心の装甲は年を追うごとに厚くなっていくのに、装甲の隙間を縫っては襲う寂寥感に身も心も包まれる日。
それでも――男たちは夢を見ずにはいられない。
バレンタインデーだから。
だが、オレが集中できずにいる一番の理由は、白井さんにある。
今日――
白井さんの座席の方からずっと、甘い匂いがしているのだ……。
そして、白井さんの髪からも甘い匂いが……。
嗅いでない。断じて。
漂ってくるだけだっ。
漂ってくるのを嗅いではいるけど、それは生命維持活動の副産物としての発見であって、決して白井さんの髪を嗅いだりなど――
いや……この際、そんなことはどうでもいい。
これは…………「何か」を作ってきたに違いない……!
「何か」ッ!
今日という日に「何か」といえば、もうそれは……!
ふっ……。勘違いしないでもらいたいな。
期待しているわけじゃないさ。
そこまで身の程知らずじゃあない。
でも、ほら。
我らがジャパンには義理チョコという、素晴らしい文化があるのをご存じか?
――男子への義理チョコで、手作りなんかしないって……?
やめてよ。
そんなこと言わないでよね。
やっぱりそうかな……?
「……ん?」
瞳から浮かんだダイヤモンドを目尻からそっと拭っていると、いつの間にか真瀬が横に立っていた。
「………………」
真瀬は、口にくわえた「チロノレチョコ」を突き出すようにして、オレを見上げている。
「………………」
真瀬を見つめたまま顔を近づけると、真瀬が目をつむって――
「――ペンギンのエサやりかッ! 親鳥、小っちゃ! 雛鳥、でっか! 雛のほうがでかい種類もいるけども!」
「ふふ」
これも、こいつとの「お約束」だ。
「はい、シロー。あげる」
「いつも、かたじけない」
別の「チロノレチョコ」をポケットから出してオレに渡すと――真瀬は、口にくわえていた「チロノレチョコ」を頬張りながら、ぺたぺたと去っていった。
中学の三年間。最小価格ながらも、真瀬から義理チョコをもらっていた。
正直、労力とは見合わない気もするが――この一粒があるのとないのとでは雲泥の差。
いつも、ありがとう。真瀬。
「…………ん?」
真瀬からもらった「チロノレチョコ」を食べようとしていると、すこし離れたところにいる白井さんに気付いた。
白井さんの手には、個包装の飴。
いつもポケットに入れている、ミルクキャンディー。
飴の種類まで白井さんらしい。かわいい。
しかし――
飴を手にした白井さんは、いつもと様子が違った。
……なんというか……変なステップを踏んでいる。
前に踏み出したかと思いきや、くるりと反転して……。
かと思いきや、また反転――
今度は前に進んで、後ろに下がって……また反転――
よく見れば、白井さんの白玉のような顔が耳まで赤く染まっている。
あれほどまでに熱心にダンスの練習を――
あいにくダンスの心得のないオレは、ただ見ていることしかできないが……がんばれ、白井さん! かわいい!
「…………あっ……」
オレに気付いた白井さんが小さな声を上げ、顔を覆いながら去っていってしまった。
しまった。見過ぎた。
ひとりで練習しているところを見られるのは、確かに恥ずかしい……。
オレとしたことが……。
「……ん? あれは……」
白井さんのいたところからさらに後ろに、姫滝の姿が見えた。
姫滝は白井さんの姿を目で追った後、一瞬こっちを見て、大きなため息をついて去って行った。
心なしか、姫滝の頬もすこし赤くなっていたようにみえたが――
それにしても……やはり白井さんの「何か」は気になる……。
まぁ……あれだよ……。
きっと、姫滝と友チョコだよ。
義理チョコなんて贅沢は言わない。友チョコでもいい。むしろ、友チョコをください。
あれ? 「義理」と「友」って、同じなのか?
いや、待て。
「男子への手作り義理チョコ」はあり得ないが、「男子への手作り友チョコ」は何となくある気がする。
………………。
……あぁぁっ!!
そもそもオレって、白井さんに友達として認識されているんだろうか……!
考えてみれば、話せるようになってからまだ半年も経ってないし。
話す内容だって、どれも大したことのないものばかり……。
「頭数D」ぐらいの認識なのかもしれない。
「友達になろー?」
「いーよーっ」
みたいなことでもあれば、話は別だが。
あの無垢な心から生まれる単純で確実な約束を――
いつの間にか身につけた、空気を読む力と「思春期」が失わせた素直さを――
「どこに忘れてきちまったんだろうな……」
――夕日(昼)に孤独な微笑みをさらして、「チロノレチョコ」を口に運ぶ。
「……ほろ苦いぜ」
お安いチョコの味は、しっかり甘かった。
横書きで書いているので、「チロノレチョコ」が降りてきた時は「天才かっ!?(´゜∞゜` )」と思ったんですけど、縦読みだとわかりにくいですねw (´・∞・` )わほ
そして、ガン〇ムネタで通してきた本作についに別作品が…!(´゜∞゜` )お気づき?
「頭数D」。
当初普通に「クラスメイトD」と書いてあったんですが、読み直してる時に急に降りてきてしまって(´=∞=` )
「文字」と「数」で、いい感じ!(´゜∞゜`*)天才かっ!
と、ひとりで盛り上がりました(´=∞=` )暑さで疲れてるんですね




