25.受肉
練習を始めて何時間が経ったであろうか。コイツの機動は何もかもが違う。まず対気速度0の地上から垂直離陸すると迎え角90度で1分と掛からず成層圏まで上昇。その能力だけでも驚異的だが規格外なのはその機動性にある。従来の航空機に必要不可欠だった尾翼等の動翼は一つも存在しない、全ての操舵を機体から噴射するサイドスラスターによって行うのだ。
その結果として引き起こされるマニューバは何とも気持ち悪い物で、例えば進行方向に対して機首を90度持ち上げると機体は持ち上げる前の基準の報告へ進み続ける。その横滑り状態から胴体下部のスラスターを全開に放出して始めて進行の向きが変わり始めるのである。彼女曰く大気圏内の操縦は、ほぼ無重力空間での操縦と同じ物だと語っていた。
この奇っ怪な機体もコツを掴み始めると非常に有機的で滑らかな機動へと変化していった。そして僕には機体を使って遊ぶ余裕も出て来た。
「すごいな、どの角度でも空中に静止出来る」
「機体には21基のスラスターが装備されていますが、計算上約3基の噴射ノズルで推力重量比1を切る事が出来ます」
この数字が1を切ると機体が浮く事が出来るらしい。
「もうちょっとこの滝に近付けないか……」
僕は少しばかし下らない遊びをしていたが、ここは時間の流れが遅いし、いつもならモニターしてる人間から注意を受けるが他の作業をしているのか、そんな注意もなかった。
「直ぐに次のテストを実施してください」
呆れた様なウルスラの声と共に一瞬で別の空間に飛ばされてしまった。
「分かったよ、真面目にやるって」
僕が心を入れ替えて次の試験を受けようとした時である。急に警告の様な表示が出て来た。
〈これよりレベル4フェーズを開始します。ホストはプログラムを終了して下さい〉
変な言い方だがつまりこれは試験の終了を伝えているのか。
「クソっ、タイミングが悪いな。ウルスラ?」
彼女はもうここには存在してないようだった。そして視界が闇に覆われると、白い文字のコードが流れ始める。
「ま、眩しい……」
意識を現実に戻される。装置に繋げられた僕の周りには誰も居なかった、何か取り残された様な不安に襲われる。
空虚な空間には前面に大型モニターが設置されており、状況が表示される。
何か現状を認識出来る情報が無いか目を凝らす。
「大変だ!マーティン!」
突然のトニーの大声は僕の心臓が隣に居るウルスラの脳を押し潰すが如く仰天させた。
「おっと済まない、彼女はまだ作業中だったな」
トニーは僕の胸に視線を置いて釈明する。
「僕は暇だったんで別に良いですけどね」
実はこの体勢のままテスト前の時点で既に1日以上経過している、しかし不思議と身体に苦痛は今の所無い。
「聞いてくれ、今本部から連絡があった。敵の動きが予想より早い。君はこのまま直ぐにSSBF搭乗プロトコルを始めてもらう事となった」
「搭乗プロトコル?それって何の…………」
僕は質問を言い終わる前に意識を失った。
─────────────────────
「……ああそうだギリアンだ。至急そちらに行ったシルバートンを出してくれ。ああ、直通で構わん」
トニーが言った敵の動き、それはレベル4フェーズによる都市間中枢システム通信によって判明した。
「連中はこちら側のハッキングに対して何も隠さないという方法を取ってきた」
「ほう、そうかい。こっちは盛大な歓迎を何とか収めて指令室に入った所だ。早速鈍色のフェアレディが暴れ始めて対処に追われている」
シルバートンの方も何とか間に合い、現場指揮を始めている状況だった。
「あー確か彼女、面倒な対策マニュアルがあったな。まあそんな事はどうでも良い。問題が起きた。さっきナチスの連中の情報網から弾道ミサイル準備状況を掻っ攫ってきた…… 奴等、最初から電力不足と見るや。国防軍に残っている重戦車に駆逐戦車。それに海軍が秘密裏に脱出させた重巡アドミラルヒッパー級2隻、更にⅦ型とⅨ型のUボート十数隻を総動員してミサイル基地に電力を供給したんだよ。……そして既に弾道軌道計算と目標選定を終えてネットワークリンクがスタンドアロン状態にある事が確認された」
目論見が外れ自身の不利を悟るギリアンに対して話を受けた彼女は何方かと言えば嘲笑めいた態度になった。
「ハッ!都市全区画インフラ停止。現時点で鎮圧部隊十数名の犠牲。中枢システム補助脳の一部アポトーシスを以て実行した最高の電子戦で得られた成果が敵の攻撃準備体勢完了の情報か。素晴らしい成果だギリアン」
「あー、少なくとも我々は計画をほんの少し早める判断が下せた。間もなくSSBFの主機統合が始まる……」
シルバートンはそっちの話に焦りを見せた。
「何!?エンジンの始動は都民の退避を勧告してからだと……」
「既に粗方避難は済んでいる筈だ。彼等の方が我々よりも耐性があると言う報告も出ている」
「──帰還出来たら貴様の報告には危険人物の判子を押させてもらう」
シルバートンは静かに電話を切った。
〈フェーズX 最終組み立て工程エリア〉
これはこの地より人類に齎された最大の叡智。トニーに聞くところによるとギリアンはそう発言したらしい。
「僕はいつ動けるようになるんだ?」
その頃にはトニーは余り目も合わせてくれなくなった。ずっと身体の感覚が無い、固定された頭から目線を目一杯下げても自分の体を確認する事は出来なかった。
暫くするとワラワラと人が集まってくるのが分かる、だが様子がおかしかった。僕の顔を覗き込んだ複数人は全員特殊な防護服に身を包まれており表情すら見ることが出来ない。すると直接脳内に語り掛けるようなトニーの声が聞こえた。
「さて、これから実機を使った最初で最後の実戦になる訳だが…… 機体には推進器接続前にパイロット及びシステムの結合作業を行う。その間、君は昏睡状態になるが、その前に簡単な注意事項というか幾つか取り決めを伝える。──まず基地及び人口密集地の半径50km、高度2万ft以下での戦闘出力の使用禁止、エンジンモードは常に連続波デトネーションのみを使用し、間欠波デトネーションの使用を絶対に禁ずる。大気圏内に於いて機体はマッハ6での全方向応力に耐える事が可能。それ以上の速度では機動に最大40Gの制限が課せられるので認知しておく事。何れの要件もブレインフライ・バイ・ワイヤによって自動的に制御される為、搭乗員が特別な操作を施す必要は無い。私からの最終連絡は以上だ。幸運を祈るよ」
僕が昏睡から目が覚めた時、既に意識はシステムの中に居た。恐らく体は機内の中に入っただろうが、それを確認する事は出来ない。
─────────────────────────
マーティンがSSBFに結合されてから外ではエンジンの取り付け作業が完了していた。
「外部APU接続、シークエンス秒読み開始。全職員は直ちに防護シェルターに退避してください」
この防護シェルターは敵からの攻撃から守る物では無い、SSBFから排出される大量の汚染物質を防ぐ物である。
続々と人々が避難してくるシェルターの中で主要開発者同士であるトニーとギリアンが合流しており、ここまでの総括を語っている。
「やっと子守りから開放されたかトニー」
「…… とんでもない、彼は非常に順応出来てる。ほとんど脳内物質制御も必要無かった」
ギリアンがニヤついた。
「中身を入れるのに丁度いい空洞だった訳か。それにしてもいつ気付いた?彼女、ウルスラのこの事に」
「我々にここまでの技術を部外から持ち込んでくれた連中…… まぁ怪しんだ時にはもう引き返せない段階だったさ。彼女随分と仲の良い姉妹が居るらしい。でも良いんだ、こんな素晴らしい物を見せてくれたんだから。多分彼等もそこまで人類には悪い様にしないだろう」
「その自信は何処から?」
「彼女の持つ希望、何となくその部分に同調が出来た。個人としてね」
「お前がまだ人類の反逆者で無い事を祈るよ」
ギリアンはトニーの肩を叩いた後何処かへと離れて行った。




