24. マルチスタティックシグナル
僕は仮想上の滑走路の上に居る、厳密に言うと機体その物は存在するがコックピットが無いのである。なので視点は機体の前方を映した一人称視点と、何故か機体を斜めから俯瞰する遠景視点が用意されていた。
「それで、まずエンジンスタートの手順から……」
「いいえ、SSBFは既に飛行可能状態にある。離陸前にパイロット側で入力する物は何も無い」
「じゃあどうやって操縦すればいい?」
僕が質問すると視線の前に様々なパラメータが記された表示が出て来た。
「貴方にはこれらの入力値を操作して機体を操縦してもらいます」
どうやら最初から基礎訓練を始める必要があるようだ。
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〈SSBF計画フェーズX臨時特別対策本部室〉
マーティンがシミュレーション操縦に四苦八苦してる頃、もう一人頭を悩ませている人物が居た。SSBF計画直轄責任者シルバートン。思いがけず重責を担った彼女もまた、プロジェクト現場開発陣達の神輿である事は重々承知している。
予告されたミサイル攻撃の予定時刻は既に3日を切っていた。そして彼女は計画の全容を把握する為のレクの最中であった。
「……つまり、この予告時刻より早期に奇襲するのは難しいと?」
彼女の質問に受け答えするのは本国から召喚された軍の若い将校である。
「ええ、奴等のミサイル組み立て工程にて遅延が発生してるのは確認住みです。ここからポンプで燃料を加圧供給する工程の為に都市の全電力を使用している模様です」
「此方から先に奇襲出来ない理由とは?」
「──まず在留している戦力が攻撃を仕掛けるには圧倒的に不十分である事。我が軍はフェーズXの実施後、全兵站をSSBFにコミットする後方支援部隊の移送、展開に費やしており、現状展開出来る正面戦力が敵通常兵器攻撃に対する都市の防衛が精一杯である事が挙げられる」
「それで、その後方支援と言うのがこれか」
シルバートンは書類を乱雑に机に広げた。
「数十式の対空レーダー及び設置に関連する工兵大隊が数個。誰がこんなリストを」
「確か計画案の共同責任者名簿に名前があったな、確かギリアンと……トニーとか言ったっけ」
「そうさ、これこそが我々の欲する地球技術の全てだよ」
「……ギリアン!? 事実上SSBF計画トップ貴様がここに来るとは恐縮だな」
その男はこの前の大ホールでの会議で全体を仕切っていた男で、細身だが背は高くメガネを指でクイッと上げるのが癖であった。
「いやはや、情報は本国にも共有したい所だが流石に忙しくてね。シルバートン君には通しておきたいと思ってたんだよ。時間が無いので概要だけ完結に説明すぞ? 今、我々はこの星に地域辺りでNORAD〈北米航空宇宙防衛司令部〉とNADGE〈北大西洋条約機構防空警戒管制組織〉を併せた以上の濃密な早期レーダー監視網を構築している。これは勿論敵ミサイルの捕捉を目的とした物だが、SSBFに於いてはもっと重要な役割を担っている。まずSバンドからUHFバンドで構成されるこれらのレーダーは送信部に我々が開発した独自のモジュレーターを組み込んだ。これは複数のレーダーが対象物を捉えると、その反射電波をSSBFが受信する事により自機のレーダーと併せて低周波ながら射撃指揮に使用出来るほど非常に詳細な目標情報を得る事が出来る上、サイドプローブやクラッターによる誤探知を防ぐ事も出来る」
ギリアンは更に真剣味を深めて話を続ける。
「更にこのレーダーシステムのもう一つの鍵、それは高速で大容量の情報伝達能力にある。地上にあるシステム、この基地にあるメインフレーム及び都市地下にある中枢部のネットワークは、現在全てSSBFに連接されコギト137が最上位管理者として全意思決定を担っている状態にいる。これは軍民を含めた全ての戦争状況を掌握するというSSBF計画に置ける彼女の一つの目標の為に整備された物である。各レーダーのモジュレーターはデータ変換装置も担っており、圧縮したデータは特定のコヒーレントに変換され、それはSSBFにのみ解析が出来る暗号通信にもなっている。また受信機はSSBF独自の双方向通信施設でもあり直接システムにアクセス出来るよう調整されている。この前の大規模システム侵入案件でその能力を確認する事が出来たんだが…… あれは全く驚きだったよ」
シルバートンは直ぐにその話の不穏さを嗅ぎ取った。
「戦闘状況の掌握……?何故ミサイルの迎撃にそんな物が必要なんだ」
「いいか?資料上では敵のミサイルは大気圏外から時速1万km以上で降ってくる事になる。それをたった一機で対処するという事はミッドコースフェーズでの探知では間に合わないのだよ。だからこそSSBFによる極めて広範な高速電子戦システムが必要となる。──レベル4フェーズ発動後、都市運営電力網を切断。各変電所電力ラインを都市外方面に切り替え後、順次スタンバイしているレーダーに灯が入ると共に、今まで隠蔽されていた都市間システムネットワークを解放していく算段だ。」
「都市間システムネットワーク……?」
秀才のシルバートンであっても聞き慣れない単語の羅列は戸惑いを隠せなかった。
「便宜上そういう命名をさせてもらった。我々が来る前ここでは都市間の交流があったのだよ。目的は開発した技術の交流、そしてリスクに対する制御。選ばれた代表自身がシステム化し都市の名前を背負う。ウルスラのようにね。確か今の代表は……マイメとか言う娘の母親だった筈だが? まぁいい、今回は交流会では無い明確な目的を持った攻撃だ。目的は敵ミサイル目標指示システムの破壊及び、電力供給システムの遮断、もしくは過供給化となる。元来あの都市を制御していたパルマリックの中枢システムには、予想される敵カウンターハックに対する盾となってもらう。擬似的な緊急シーケンスを実行させ恰もそちらにSSBFの中枢システムが存在するかの様に敵を思い込ませる」
完璧なシナリオに思えるような説明だがシルバートンには全く別の懸念が浮かび上がる。
「まて…… 都市の電力を外部供給ラインに接続し、更に中枢システムをオーバークロックさせるだと?本社研究棟に供給される電力はどうなる!?あそこには物理隔壁以外に専用の電磁防壁隔離が必要なネフィリム検体や冷凍庫が機能しなくなると即時空気中で活動を始めるマイクロレベル検体が存在するんだぞ!」
彼女の熱意とは対照的にギリアンは一層の冷淡さを増す。
「ああ。全てフェーズX完成の過程に必要だった実験品共だな。あんな不安定な物は適時処分するべきだったんだ。もし被害が拡大するとすれば必要な人間を追い出した向こう側の落ち度だよ」
「クソっ!クソっ!クソっ!! 何でこう貴様ら科学者ってのは重要な報告を直前で知らせるかね!?OK、分かった。どうせここじゃ私は役立つの案山子だ。ここからの計画は貴様が勝手に進めてくれ。私はこれから本部メンバーを招集し、本社に向かう。私が不在の間の事務は貴様がやるんだな!それじゃ失礼」
「お、お気おつけて〜……」
嵐の様に過ぎ去った彼女の背中に手を振るギリアン。四方やこの状況にされた空間に、隣で話を聞いていた将校は腕を組んだままギリアンに溜め息をついた。




