23.敵国の事情
その場所は東の都市、ケナルセンルートフォンドの中心に構えた巨大構造物の代表責任者が居座る部屋である。
「首席、シュタイムレより報告。『海峡渡れり』です」
「分かった。君もそろそろ準備したまえ」
「はっ!失礼します」
そしてこの男こそが敗戦間際の国防軍をこの地に退避させ、都市占領作戦を実行した主犯、ブロンベルクである。
「ポルク!今日の新聞の投稿欄を見給え!」
制服のような拘束具を身に纏ったこのポルクと呼ばれる者は、この土地で守護者をしていたが外部からの攻撃によって都市を蹂躙され、主君は今やその実行犯にすげ変わった憐れなコンシェルジュであった。顔の表情まで拘束されているかの様に反応が無いが、勿論そんな事は無く自身の思いを発言する事も出来る。
「貴様のやらかした事で貴様自身のクビを締める事になったな。いい気味だブロンベルク」
男は新聞を読み進めている。
「どれどれ、第3移民区、9歳女の子からの投稿『私は、ここに住み始めてから初めて経験した事が沢山あります。初めてレストランに行って美味しい物を食べました。お母さんの笑顔も久しぶりに見ました。私はみんながここで楽しく暮らせるようにした優しい長靴の兵隊さんにありがとうと言いたいです!』」
ブロンベルクは少し声を上擦らせながらこの文を言い聞かせた。
「うん、素晴らしいね。やはり子供というのは純粋で言いものだ。そう思わんかね?それに溜め込んだ富は皆に分配するべきだ」
ポルクの蔑む様な目の奥には怒りに打ち震える炎が覗いている。
「どの口が言う。貴様のやった事は都市の住民を皆殺しにし、有象無象の雑多な民族を引き入れたに過ぎない。こんな物で都市が成り立つものか!」
ブロンベルクは立ち上がると不自由なポルクの周りをグルグルと歩き始めた。
「君のその硬直した頭脳は一介の兵士としては優秀だが、話し相手としてはつまらんな。ここの企業連中と比べたらもう少し話の分かる奴だと思ったんだが…… まぁ、この世界で欠落した闘争の概念は持たざる者にとっては少し毒ではあった。見事だったよ、宙吊りになった権力者を見物する何万と集まった傀儡国家の民衆達は」
「いつソイツらが自分達に牙を剥けるかも分からないのに」
「?私は彼等の主権獲得を手助けしたに過ぎないが。君主だって彼等に選ばせた、何も我々に文句が出る訳無いだろう」
「君主だと!?血筋だけで選ばれたあのガキがか?」
「…… 我々の世界では良くある話だ」
さっきまで挑戦的な口調だったブロンベルクがほんの少し顔を曇らせた。
「ブロンベルク!……おい!ブロンベルクは居るか!」
突然、緊迫感と共に少し悲壮感の混じる若い男の声が響き渡った。
「お呼びでしょうか?陛下」
「ハァ…… ハァ…… 今……、今、姉さんが寝室から出て来ないと言う召使いの報告をきいて…… それでドアをノックしても反応が無いから、無理矢理抉じ開けたんだ。そしたら…… 姉さんが…… ベッドの上で血まみれになった姉さんが横たわっていた…… しかもアレが無いんだ、姉さんの頭が、首から切取られて何処かに持ち去られていた……」
「それは…… 御愁傷様なこった」
ポルクは幼い君主の悲劇に少し抽象的な態度を取る。
「貴様が! 貴様が姉さんを殺したんだ!!国を乗っ取られた恨みで姉に当たるなんて。クソっ」
「おいおい。私は見ての通り鳥籠の中の小鳥だ。身動き一つ取れんよ」
激昂する陛下に対してブロンベルクは冷静に状況を推移していた。
彼女に対する印象は外郭の生まれにしては賢かった事。都市の事情に付いてもよく知っていた、どうやってその知識を入手した?何故我々に親身に協力した?何処まで我々の計画を知っていた?
確か、在中研究者協力の対SSBF作戦及び対連合国祖国奪還計画の内容に超高速情報共有システムの説明があったが……
思考を巡らせるブロンベルクを電話のベルが現実に連れ戻す。
「首席、大変です。殿下が……」
「ああ、知ってる。陛下が血相浮かべてこっちに来たよ。それで遺体は?」
「こちらで保管しています。切断された頭部は依然見つかっていません」
「…… 悪いが急ぎ血液検査をしてくれ。何かこの件、もっと巨視的な計画性を感じる」
ブロンベルクの脳内でパズルのピースが繋がり始めていた。
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衝撃の事実が暴露されてからと言うもの。僕に対する実験は最早隠蔽される事も無く堂々と実行されていった。
血管に埋め込められる管、脳波をチェックするヘッドカバー、そして何かしらを挿し込む為に空けられた身体の穴。自分の身体が自分の物だったのかも分からなくなって来た。
「マーティン君。君は想像で飛行機を操縦した事はあるかね?」
「は?いや、まぁ。寝る前に空戦機動の脳内トレーニングとかはよくやってたけど……」
「──君には新しいSSBFをそれで操縦してもらう事になる。正直に言うと、従来の手足を用いた操縦桿による機体操作はとてもじゃないがSSBFの極超音速機動には間に合わないのだよ、ただ直線的に飛べば良いと言う訳にも行かないんだ、その極限環境下で最大40Gの戦闘機動をしてもらう事になる」
相変わらずトニーは取っ付き難い話をする。思えば昔から座学は苦手な方だった。なんと言うか机の前に座るのが苦痛だったのだ。
「君の思考は神経伝達ワイヤードを介してコギト137の統合制御装置に到達する。そこでフライ・バイ・ワイヤ化されたエンジン制御及び機体制御アクチュエータを任意に操作してもらう。因みにSSBFの機動は動翼による空力制御よりバーニア、つまり各部サイドスラスターによる制御がメインになる事を留意して欲しい。その他の操作は……彼女がやってくれるだろう」
トニーはマイクのスイッチを入れた。
「コックピットよりメインフレーム。進捗は?」
「レベル3フェーズ開始から約2時間が経過しました。各原子力発電所は定量運転で規定量を達成、第1から第3製造部はラインを閉鎖中。製造サーバーを本部に統合、現在コギト137によるSSBF感覚拡張プロトコルが進行中」
「了解、これよりBFBWによるフライトデモを開始する。コックピットスロットに専用回線を用意してくれ」
トニーが連絡し終わると、こちらに戻って来て備え付けられている操作盤を入力し始めた。
「レベル4フェーズ開始まではメインとの接続が継続される、潜ったら後は君次第だ。検討を祈るよ」
脳内に響く低いノイズと共に眼前の景色が真っ白な世界に変わった。この時点で感じるのは今までカミュメントと交流していた場所とは格段に没入感が違う。その白い背景だけでもディテールの細かさ、そして現実の様な空気感が感じ取れた。
「マーティン……ですよね?」
僕に向けられた声はもう2度と聞けないと思っていた彼女の声であった。
「ウルスラ……?ウルスラなのか!?」
「僕…… あっ、いや私は、ウルスラとも言えるし、それほどウルスラでないとも言える。今彼女の本体は新設されたシステムの初期設定にストレージの全てを取費やされていて、なのでコギト137の言語野部分の一部に彼女の性格データをトレースして、貴方のガイド役として今ここに出力されてるの」
その説明によると彼女は半分がウルスラで半分がカミュメントとなる。しかし僕の脳内に映る彼女はウルスラそのものであった。
「SSBF最終形態のフライトデモね、今呼び出すから。一応実機データ少なくて実機の挙動と差異があるかもだけど、新しい物理演算処理のお陰でかなりリアルになってる筈だから」
「君は……ウルスラのやった事をどう思う…?」
「ウルスラ?みんなの事が大好きだよ」
これらが本当に僕等の為になるのか確信は持てなかったが。今の状況はそれほど心地の悪い物でも無かった。




