21.未来の為の破瓜
博士は言葉を発する事を一瞬逡巡した、彼の頭の中で文章の整理を進めているようだ。
「SSBF計画…… 名目上は次世代の戦闘機計画の様に見える。当初はハード性能を目標まで達成させる為に、それを制御するソフトウェアの開発要項が生まれてきた。然しずっと革新的な概念が産まれた事でその相対関係は逆転したのだ。……君はネフィリムという言葉を知ってるか?」
ネフィリム…… 確かシルバートンが口にしてた単語だったと思う。
「ネフィリムは元々人間がここの環境に適応する研究の過程で産まれた物だ。この世界は遺伝子工学の知識に於いても既に地球をずっと上回っていた、彼等は既に脊柱生物に存在する移植免疫に対する解決法を発見していたんだ。通常ヒトの遺伝子を移植した免疫不完全マウスで行う様な実験を、もっと実体に近い物で研究する事が可能となった。ネフィリムという言葉この頃に生まれた物だが、その実験は最初の目的から飛躍して行きコンシェルジュと呼ばれる強化生体の医学的な解析や製造、動物に対する一連の知能実験。そしてシステムと呼ばれる超大規模生体集積回路の研究へ発展した」
「都市本社の地下にある実験棟。そこで管理されているのが人の遺伝子や臓器を掛け合わせたキメラ、それこそがネフィリムだ」
何を言っているんだこの男は…… 僕はそんな怪しい実験につき合わされた記憶はなかった。
トニーは更に核心に迫る説明を続ける。
「我々の研究が行き詰まっていた頃だったかな?彼女、ウルスラに出会ったのは。元々は別の部署で強化生体適性を受けたコギト制御に関する被検体の1人だったんだけど、とある事件を起こしてね。担当職員1人を殺害。その場の職員十数名を人質に取った上、コギト経由でデータセンターにバックドアを作成、研究室に立て籠もった。彼女の要求は『私に仕事をさせろ』と言うものだった」
ウルスラってあのウルスラか!?四方やそんな凶暴な彼女など想像だに出来なかった。
「──交渉人曰く、彼女は自身の才能で研究職を求めており。幾つか試されたテストでも優秀な成績と高い知識、そして洞察力に優れている事が分かった。悩んだ担当官は事業に影響しない程度で人手不足となっている我々の部署に彼女を充てた。すぐに彼女は画期的な解決方法を提示してくれた。君だよマーティン君」
「ぼ…… 僕ですか?一体日数経過と何の関係が」
「いいか?落ち着いて聞いて欲しい。──率直に言うと彼女は今、君の体内に居る」
余りにも突飛な話に何の言葉も出てこなかった。
「詳しく説明すると。君の体内から肺と腎臓を片側ずつ、それと胃の一部を摘出しその空いたスペースにサイズが合うよう加工が施された彼女の脳と脊柱の一部を移植する手術を行った……。そう、君はネフィリムなのだよ。肉体的、精神的に全く影響を受けない完全適合した初めてのね」
僕は一端この風景から逃れる為に壁の前に立った。ずっとおかしな話ばかり聞いていたが流石にこの話を信じろと言うのは有り得ない。これは何かの思考テストだろうか?それにしても彼女の名前を出すのは趣味が悪過ぎる。
「これは彼女起っての希望でもあったんだぞ!彼女は自分達の種族を人間のサブシステムとして活用する理論を信じて疑わなかった、その為に必要な完全なるネフィリム化に耐えられる適合者を追い求めていた。君を見つけた時の喜びようと言ったら正に運命の相手と出会った少女みたいだった」
全然分からないのは僕が才能の無い凡人だからなのだろうか。トニーの事は元々少々胡散臭いと思ってた所だがその疑いが前面に湧いてきた。今すぐこの場所を飛び出せばこの話を無かった事に出来る気がしてきた。
「何か言ってみたらどうなんだ君は。疑惑で理解を放棄するべきでは無いぞ」
「考えてるよ、考えてるけど…… 自覚が無さすぎるんだ。そんな事をされたと言う感触、それに痛みも」
「従来医学での術後痛の対処は投薬等の場当たり的なもので、とても通常の生活まで直ぐに回復出来る物では無かった。君が投与された患部の急激な修復と神経全般に渡るケアを行う特殊な微生物の注入という完全に新しい治療法のお陰だ」
僕は自分の身体を調べてみた、僅かにだが胸の辺りに傷跡らしき物がある。爪で血が出る程引っ掻いても無くなる跡では無かった。
「クソっ、反論の余地は無しか……」
「──実は処置直前の彼女を映した映像がある。君にはそれを観る権利があるし、観なければならない義務もある」
博士はコンソールのキーボードを叩いてとある映像ファイルをモニターに表示した。
画面でカウントダウンが始まりそれが0を示すと映像が流れ始めた。
映し出された風景は手術室だろうか、完全防備の医者達が準備をしている。手前の台に並んだ数々のメスに、この場に似つかわしくないノコギリやドリルの様な道具は手術と言うより拷問器具に思える。
「もう映ってる?カメラこっち向けて」
聞き慣れたウルスラの声が入った。振り向いたレンズの先に映ったのは手術台に横たわる僕の身体だ、何とも気味が悪い。死体の様に肌の色は白く、まるで僕を模倣した人形の様に見えた。次に映像に入ったのは久しぶりに見る彼女の姿だった。その姿に動揺する。
彼女の頭髪は全て剃り取られ、頭部をマーカーで書いた様な図式で埋め尽くされていた。
「んじゃあ、えっと…… この記録映像は非公式の物であり、特定期間が過ぎたら速やかに削除する事、っと。これから私の脳味噌を穿って取り出す手術をするんだけど。いや~参ったねこんな大事になっちゃって。大勢に迷惑を掛けた、目的の為に死者も出した。特に彼には私個人の思惑で大きな重荷を背負わせる事になってしまった……」
「マーティンに直接言えなかった事、後悔してる。本当はデータも示して詳しく説明するべきだった。その…… 生物学的な相性という点で…… 血液検査、免疫検査、遺伝子検査、生殖検査……は別として。兎に角全ての適性が過去全ての実験記録を上回る数値を叩き出していた。それは堅物のシルバートンを説得するにも十分なデータだった。最終決定が認可される前、本社で警備に捕まった彼、隊長と話したの。中々理解して貰えない彼を実験棟に連れていったの、酷い形相で私を見ていた。それから彼にとってマーティンが如何に大事な存在か話してくれた、私は彼に再びの十字架を背負わせたって。私はね、これは君に新しい祝福を授ける物だと思ってる。これから辛い事になるけど絶対大丈夫。だってそう言う風に私がしたんだから。だから最期に君にこれから全部観てて欲しいんだ」
彼女がそう言うと一端映像が暗転する。そして真っ黒な背景に文字が浮かんで来た
『SSBF計画 ネフィリム適合手術 高度自己潜在 特殊保護生体高分子 』
そしてまた映像が始まる、中央には手術台の上にうつ伏せで彼女が横たわっている。頭部を頑丈そうなバイスの様な物で固定されライトに照らされている。背中を覆う布は無くほぼ全裸の状態である。
彼女自身はまだ意識があるようで身体が小刻みに動いたり手に取り付けられた装置で何かを操作しているようだった。
1本の機械のアームが画面上から降りてきた。その先端にキラリと何かが反射した次の瞬間。
彼女の背中をソレが摩り、中央に1本の赤い線が首後ろから腰に掛けて記された。
僕はただ何かマーカーでなぞっただと思い込んでしまった。だってこれは幾ら未来技術だの何だのと言っても彼女にとって苦痛過ぎる所業である。
だがその1本の線は次に降りてきた複数のピンセットの差し込み口でしかなかった。それらは無理矢理彼女の皮膚の境目に差し込まれ繋がっていた肉と肉を引き裂いた。
裂け目から吹き出す血液を取り除くと真っ白な背骨が顕となった。
この時点でも彼女は意識が残っているようで手が小刻みに動いている。僕はこの映像を本能的に逃れる為なのか目の前が段々と薄暗くなっていく。
すると博士に肩をガッチリと掴まれ目を背く事を塞がれた。
背開きにされたウルスラに意識を取られ、新たな刺客が近付いている事に気が付かなかった。
鋭い刃物を備えたアームが次に頭部に接近し、その先端が彼女の頭を一周する。
そして頭皮はリンゴの皮を剥くように排除され後頭部の頭蓋骨が完全に露出した。
これをまだ生きている人間だと認めるのは耐え難い苦痛であったが、尚も彼女の手が操作の動きを止める事は無かった。
僕は既に残ってない血の気が全身から抜ける感覚に襲われる。彼女は今この瞬間この同じ映像を自分で見ているのだ……
頭蓋骨の切削は速やかに行われる、まずドリルで数カ所穴を開け、回転ノコギリで点と点に線を結ぶ。
吸盤が切除された頭蓋に張り付き、鍋の蓋を開ける様に中身が露わになる。
そこからの作業は要約するのも憚られる。何本もの機械が彼女の肉体を貫き、全てをバラバラに分解する。その様子は森の中で死んだ動物に群がる鳥の群れを連想させた。
今僕は二度と戻らないと思っている故郷の風景を思い出していた。




