20.フェーズX
その会場には初めて入ったがまだここにこんな空間があったのかと思う様なデカいホールだ。テーブルが4段程の円環上に並べられており中央にSSBFの模型が設置されてある。目を凝らすとシルバートンやマイメも列席している姿が見えた。
既に会議は始まっており、何やら議論が白熱している。
「だから、今は何を許容して何を守るべきかと言う話でしょうが!」
「そんなもの、フェーズXが発動した時点でとっくに限度は超えてるんですよ。ここでの防衛が所詮奴等の善意で成り立っていた事に目を逸らすべきでは無かったんだ」
「前衛観測班にもたらされた先のスフォンシア攻撃に使用されたミサイルに付いて、弾道観測からV2ロケットの改良型と推測されます。攻撃の宣戦による開示された情報、及びSIGINTにより入手した情報を統合するとA9/A10は大凡10倍の射程。無重力空間でのマッハ20以上という滑空速度には遠く及びませんでした」
議長っぽい男は話を進める提案をする。
「選任チームはその推定されたスペックに付いて具体的な防衛の説明をしてくれ」
「では私から…… 将来戦略研究特務室、室長のギリアンが説明させて頂きます。我々では元々は想定される事象に対して複数のプランを用意していましたが、現状で取れる最も強力で且つ危険性の高いフェーズXと言うプランを選ぶ事になってしまいました、内約を話します」
「先のSSBF計画の進捗で達成された初期運用能力は、ラムジェット推進によるバイオエアフレームの超音速飛行と簡易的なアビオニクスとバイオニクスの統合までを示しています。は想定される脅威に対して抜本的な飛行能力強化と戦闘能力の追加を行います」
「そこまでは通常の計画である最終フェーズとの違いはありません、フェーズXとはその抜本的な部分に追求した開発フローチャートとは分離された全く別の概念となるSSBF計画となります、実際既存のアーキテクチャを流用出来るよう、各分野はモジュール設計になっているため即座に技術適用が可能であります。具体的な説明は次に」
別の男が席から立ち上がった。
「原子力ソリューション課の私から。フェーズX、以降該当機をSSBFと呼称しますが。テスト機に使用したラムジェットエンジンを外し、我々が北部都市の研究者と極秘裏に開発したレーザー核融合炉を実装する計画です。エンジン形式としては極微量の燃料粉末を環状燃焼器の中で点火、燃焼炉から排気ノズルにかけて突き出たチャネルコーンを沿って螺旋状に燃焼を回転させる回転デトネーションエンジンとなります。推定推力は1000kN以上、従来型SSBFの180kNを大きく上回る予定であります。この圧倒的な推力を持って敵ミサイルに対する迎撃機動を達成するのが目的となります」
「こちら装備課を代表して私が……核融合炉の研究の成果としてギガワット級の超高出力レーザーを兵器化する事に成功しました。しかしこれは多量のエネルギーを抽出する必要がありエンジンの安定的な燃焼を害する恐れがある為使用には厳格な制限が適用されます。その為、他の迎撃手段として3課の開発した特殊液体装薬により初速を5000m/sまで引き上げた40mm滑腔砲を装備します」
前の話が終わると次はトニーが立ち上がり説明を始めた。
「これら先端技術の数々は、SSBFによりその能力が確認されたコギト137を中心とした基幹統合制御システムに全て連接され制御されます。更に操縦するパイロットには極めて厳格な審査を経た非常に特別な能力を持ち得た人物を選別しており、その本人こそがフェーズXの核と言えるものであります。ここに居る……」
突然僕はトニーに起立させられた。
「マーティン特務飛行士、彼の不屈の勇敢さに全職員の惜しみ無い感謝と尊敬の念を理解頂ければと思います」
演説が終わると何処からとも無く拍手が始まりそれは会場中に伝搬し拍手の渦が巻き起こった。
これは自分に向けられた物なのか?少しの動揺に駆られた僕はマイメが居る方向に顔を向けた。周りの人間に埋もれてよく見えないが、彼女はこの拍手に参加している素振りは無かった。
「最後に、パルマリック社を代表してSSBF計画の最高責任者であるマイメ氏からコメントを頂き、この会議を終了しようと思う」
一同は身体の向きを一転してマイメに注視した。
「私は…… 私は今の役職を自分の天職だと思って全力を注いで来ました。上層部への説得、研究員への開発協力の要請、宣伝部でのプロモーション考案。会社内で出来る事は全てやって来たつもりで居た。だが今、現実を知った。ここでやっている事全ては私には余りにも到底理解に及ばない物であり、何も知らなかった…… いや、知ろうとしなかった自分に腹が立って仕方がありません。責任者と言う立場で今ここに居ますが、残念ながら今回の作戦に私がお役に立てる事は何も無いでしょう。ならば最後にこの権限を使用させて頂きます。私はたった今プロジェクト責任者の任を解き、全ての権限をシルバートンに移譲する物とする。これで私からの発言は以上です」
そしてバトンはシルバートンに渡る。相変わらず彼女は表情を変えない。冷静と言うよりは冷酷な物を感じる。
「…… 全職員は全力で職務を果たしなさい。以上解散……」
こうして多くの人間が集まった会議が終了する。それぞれそそくさと会場を出ていく者や、その場で打ち合わせをする者らで暫く会場はごたついていた。そして皆、すれ違う時に僕を見る。労いの声を掛ける人や少し遠くで陰口を叩く人、僕が何だって言うのか。何かこのプロジェクトの一パイロットと言う扱いとは違う反応に段々と疑心感が募っていった。
「トニー博士、一体僕とは……?」
「──とりあえずラボに戻ろう」
今回も大人の指示に従って素直に会場から退出した。
廊下を歩いていると突然トニーが僕に質問して来た。
「そういえばマーティン君。キミはここに来てどれくらい経ったかね?」
日にち?考えてみればここに来てからカレンダーと呼ばれる物を見たことが無い。
「体感的には、一カ月くらいですかね」
「そうか…… 分かった」
なんて事は無い質問だが、このタイミングで聞いてきた事が気になる。
ラボに戻ると散らばっていた書類は、だいぶ整理整頓がなされていた。
「博士……」
「ああ、諸君らは良いんだ。心配無い」
助手からの不安そうな声をトニーが励ます。
「さて、さっきの話だ。正直に言おう、君のここでの滞在期間は既に1年を上回っている」
「嘘だ!だって…… 合わないじゃないか日数が!そんなに数百回も朝を迎えた記憶は無いぞ!」
受け入れられない事を知らされ柄にもなく声を張り上げた。すぐ冷静さを取り戻し周囲を見ると皆申し訳無さそうに視線を反らされた。
「そう、君は平均すると一回の睡眠で12日程寝ているという事になる」
「それにしたって季節の進み具合で気付ける筈だ!」
「残念ながらこの惑星の四季は極めて気候が安定しているんだ。そしてそれもこの研究には好都合だった……」
トニーは今僕に行われている『研究』について語り始めた。




