第83話 強者って、いったい何なんだ?
デレオは会議室に漂う緊張感に気づいた。
要人たちの表情は、どれも異様なほど真剣だ。
「どうやら、思っていたより事態は深刻らしい」
心の中でそう呟き、
デレオはうんざりしたようにマスクルスを横目で見た。
彼はわざと愚痴っぽく、小声で言う。
「なあ、約束したよな?
俺、逃げるって話だったろ!」
マスクルスは肩をすくめ、
口元に意地の悪い笑みを浮かべた。
「俺は関係ねえよ。
今回は、俺が手を出したわけじゃない。」
デレオは、こいつを友だち扱いしてもいいと思った。
少なくとも、彼の評価は嘘じゃない。
ただ、この親子は二人そろって
人の話を聞かないところがある。
付き合うのがなかなか厄介だ。
デレオは深く息を吸い、声を落とす。
「これだけ大物が揃ってるってことは……
何か、とんでもない大事件でも議論してるのか?」
マスクルスが瞬きをする。
「勘がいいな。議題の核心は――」
「魔王アバドンだ。」
主座に座るフィネストラが、低い声で言葉を継いだ。
その一言に、皆の視線が落ち、
空気がさらに数段、固くなる。
「議会は討伐費を承認した。
王畿学院も卒業した高位施法者を招集している。」
サリクスが厳しい口調で続ける。
「隠居していた老教授まで、何人も引っ張り出された。」
「聖騎士団と禁衛軍団は、それぞれ約二百名を動かせる。
精鋭だけじゃない、予備役まで集結を始めた。」
オクトリタスが補足する。
「内部筋によれば、大統領がこの討伐を密かに監視している。
場合によっては親衛隊を付けるかもしれない。」
「だが帝国辺境の軍情が不安定だ。
正規軍を、そう簡単に全面出動はできない。」
声にはわずかな憂いが混じっていた。
フィネストラは自信満々に言う。
「冒険者公会も高額委託を貼り出した。
今、公会のホールは各地の豪傑でごった返している。」
「古参冒険団から駆け出しまで、
誰も彼もが討伐報酬を狙って腕を鳴らしている。」
まるで全てが、この老獪な男の掌の上だ。
マスクルスは鋭い目でデレオを見据え、小声で言った。
「義弟、意見を聞かせろ。」
デレオは周囲の熱い視線を見渡し、
少し考えてから答える。
「正直、遺跡の狭い通路に大人数は向かない。」
「それにアバドンは広範囲殺傷の禁呪を撃てる。
大軍を送って犬死にさせるくらいなら、
少数精鋭の機動小隊で地形と情報を使い、
直撃するべきだ。」
「そうだ。
今まさに、その精鋭部隊の人選を詰めていた。
参加する気はあるか?」
フィネストラの声が長卓に響いた。
全員の視線がまたデレオへ集まり、
その表情から何かを読み取ろうとする。
「精鋭部隊って響きは格好いいけど……
俺には、その肩書きは荷が重い。」
「アビスウズ、シミリス、
アペス、チェラーレみたいな“本物”ならともかく。」
「俺とカシアは、まだクラスアップの準備に入ったばかりの新人だ。」
デレオは苦笑して両手を広げた。
自嘲と、どうしようもなさが滲む。
マスクルスは笑いながらも、真面目に言う。
「火力だけが条件じゃねえ。」
「混乱した遺跡で、自分より強い連中を救い出して帰ってきた。
その判断力と胆力は、下手な古参よりよほど上だ。」
「実際、俺は思う。
お前が小隊長に一番向いてる。」
「それに、お前が手綱を握らなきゃ、
こいつらは内輪で殴り合いを始めかねねえ。
それじゃ討伐どころじゃない。」
デレオはしばらく黙り、
視線をフィネストラの卓上へ落とした。
「じゃあカシアは?
今回の任務は危険すぎる。
彼女は音楽精霊を召喚するだけだ。
もし何かあったら……」
サリクスは重く息を吐き、無力感のにじむ顔で言う。
「儂も、本当は危険に巻き込みたくない。
だが今回は、選択肢がない。」
「前回、研究に送った者たちは、
魂ごとアバドンに囚われた。」
「そして今、
遺跡で“九宮盤”の仕掛けを
最初に見抜き、解除できるのは彼女だけだ。」
「彼女がいなければ核心の扉は開かない。
魔王討伐など、最初から不可能だ。」
サリクスは一拍置く。
「必要なのは、お前たち二人だ。
一人は行動のテンポを握り、
一人は解除の鍵を握る。」
「この戦いの成否は、
お前たちの肩にかかっている。」
アレカが卓の下で
そっとデレオの足を押し、迷うなと合図した。
室内の空気が固まった。
五人の重鎮の視線が、
物理的な圧のようにデレオへ乗る。
彼は咳払いし、半分冗談めかして言った。
「わかった。
俺にも参加する理由はある。」
「ただし、ひとつ小さな願いがあるんだ。」
皆が息を止めたみたいに目を凝らす。
「アバドンを討伐できたら、報酬は――
奴が持ってるあの角笛。
あのクソ格好いいやつが欲しい。」
デレオは冗談っぽく言い、通ることを祈った。
フィネストラは朗らかに笑い、力強くうなずく。
「成交だ。紳士協定としよう。」
デレオは、
どうせ一枚噛ませてくるタイプだとわかっている。
だが、これだけの面子の前で約束した以上、
多少の担保にはなるはずだ……。
条件の余韻が残る中、
サリクスがふと思い出したように言った。
「ところで、お前たち。
クラスアップ申請をするつもりだったな?」
デレオは少し驚き、すぐに答える。
「はい。
最近は鍛えられることばかりで、
戦力も経験も基準を満たしました。」
「必要なアイテムも、もう揃えてあります。」
「私は入らないからね!」
アビスウズが、どこか諦め混じりに口を挟む。
ウンブラが穏やかに笑う。
「何を言うんだい。
お前の魔力波動は、もう悪魔締約者の頂点だ。」
「アマゲドンの霊光が
今にも身体から溢れ出しそうじゃないか。」
「見たところ、いつでも死霊法師に転職できる。」
アビスウズは苦笑して首を振る。
「問題は、まだ試練を突破してないこと。
シミリスがバハムートに三年も閉じ込められたの、見たでしょ?」
ウンブラは肩をすくめる。
「死霊法師と真名師の試練は別物さ。」
「天才にも死角はある。
相手次第じゃ、昼飯一回で片がつくことだってある!」
シミリスは気まずそうに笑った。
「バハムートは
感情と力の均衡を求めたの。」
「でも私は……恋の方で詰まっちゃって……」
アビスウズが首を傾げる。
「じゃあ、死霊法師になるにはどう突破すればいいの?」
ウンブラが意味ありげに言う。
「少なくとも――
逝った魂が一つ、進んでお前に仕えることだ。」
「それが死霊法師の真髄さ。」
アビスウズは舌を出す。
「それ、難易度高すぎない?
そんな都合よく、怨みもなく喜んで働く亡魂がいるわけ……」
ウンブラが膝を叩いて笑った。
「いるじゃないか!」
そう言うや否や、杖を掲げ、
黒い霧を放つ。
黒煙が凝結し、
威風堂々たる骷髏騎士となった。
銀白の鎧に身を包み、
雷光の大剣を携えている。
「おじいちゃん!?
それ、私にくれるの!?」
アビスウズが叫ぶ。
オクトリタスが勢いよく立ち上がり、
椅子を倒しかけるほど動揺した。
「その鎧と雷の剣……デディカティオ団長だ!」
ウンブラは優しい声で言う。
「うちの息子は生前、聖騎士団にいた。
お前たち、たぶん一緒に戦ったこともあるだろう。」
オクトリタスは厳粛に礼をする――
「生前は団長に多大なご厚誼を賜りました。
かつての上官であり、良師でもありました。」
「まさか今日、こんな形で再会するとは……」
デレオは、
アビスウズとオクトリタスの顔に浮かぶ
衝撃と昂りを見て、内心でほっとしていた。
もしアビスウズが
これほど強力な骷髏騎士を使役できるなら、
アバドン討伐の勝算はさらに上がる。
この小隊のポテンシャルは、
誰の予想よりも高いのかもしれない。
だが、物事はそう綺麗に進まない――
一同が席を立とうとした、そのとき。
チェラーレが、何かを感じ取ったように動いた。
「私の住処に一度戻らないと。
整理するものがある。
引っ越しもあるしね。」
口ではそう言いながら、
指先を茶水で濡らし、
卓上に文字を書いた――
『誰かが盗み聞きしてる』




