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有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
9/10

砂上の楼閣


 目覚めた時には生ぬるい感覚が全身をおおっていた。目をあけたが薄暗いぼんやりした場所にいることが分かっただけだった。

(どこだ、ここは?)

(確かステーションを脱出しようと……)

(そうだ、眠らされて) 

 眠らされていた脳細胞が少しずつ目覚めていくにつれ、視界も明瞭になってきた。わずかに濁った液体の中にいると気づいた。

(とっつかまっちまったか)

(畜生、捕まえるのが仕事の俺が)

(人に知れたら笑い者だぞ)

 体は……なんとか動かせた。腕を伸ばすと硬いツルツルした壁に触れた。どうやらガラスの筒の中に閉じ込められているらしい。

(治療用カプセルの中か)

 腹の傷はふさがりかけている。治り具合からすれば既に数日が経過しているようだ。カプセルの外は暗かった。闇の中に幾つか照明が光っているだけだ。濁った液体越しで視界はよくないが、それでも彼を閉じ込めているのと同じようなカプセルがいくつも見えた。空のカプセルもあったが、大抵は何か人間らしい影が浮かんでいた。

(他にも治療カプセルがあるのか?)

(ここが病院とは思えないんだがな)

(さて、まずはここから脱出……おや?誰か来たな)

 薄暗がりの中を歩いてくる人影が見えた。最初は顔まで分からなかったが、近づいてくるにつれ、それが見知った人物であることが判明した。人影の正体に気づいたとたんに全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。

(グラッド!貴様か)

 近づいてくる人物の正体は裏切り者の警官・グラッドだった。


「ふむ、貴方の雇い主がお目覚めのようだ」

 モニターに映る別室の映像に見入っていた黒衣の男は呟きながら振りかえった。彼の背後には二人の女性が腰掛けていたが、片方は無視しての言葉だった。いや、無視というよりも最初から意識の範囲外に置いているというのが正しい。

「誰もそんなこと聞いてやしないよ!磁界王とやら、とっとと私たちをここから出しな!」

 話しかけられた方の女、リューセに代わって無視された方の女、ダニアが足を振り上げた。両腕は椅子の肘掛に拘束されており動かせるのは足だけなのだ。

「気はまだ変わらないのか。貴方の機嫌を損ねてはいかんと思い、これほど誠意を見せておるのに」

 陰気な男、磁界王は不満を押さえて言葉を続ける。対するリューセの表情は固く、視線は床の上に落としたままだ。

「本来ならば貴方たちを抹殺すべきだった。少なくとも脳に端末を埋め込んで人格支配を施すべきなのだ」

 磁界王は憂鬱なため息を吐き、言葉を続けた。

「それを傷ひとつつけず、そればかりか雇い主たる半竜人君には最高の治療を施してさえいる。それもこれも貴方に最高の敬意を表し、ぜひ協力を得たいと思っているからなのだ。医学界の至宝とまで称えられたリューセ・クジョーイン博士の協力を」

 博士、そう呼ばれたときリューセは顔をあげた。しかし怒りを感じさせる険しい目つきはその呼び方を気に入ってはいないらしい。

「アンタ?そんなお偉い人だったのか」

 ダニアは驚いて尋ねたが、リューセは答えない。

「チッ、だんまり決め込む気ね」

 ダニアは舌打ちした。双方から無視されて蚊帳の外にいる本人からすればむかつくことはこの上ない。

「協力が得られぬとあれば仕方ない。半竜人君の治療は中止しよう」

「治療の続行は既に不可能です。したがって交換条件にはなりません」

 この時、ようやくリューセは口を開いた。この基地に囚われてから初めて発した言葉だった。

「もとより貴方に協力する意志はありません、磁界王。いいえ、カールズ・マグシュタイン博士」

 確固たる意志の光を宿す瞳に磁界王はわずかにひるんだ。

「ほほう、我が昔日の名前をご存知とは光栄だ」

 二人のやりとりにダニアは目を丸くした。

「あんたら、知り合いだったのかい?」

「いいえ、会ったこともないし、会いたくもなかったわ。こんな最悪の悪魔とはね」

 リューセの口調にもダニアは驚いた。長い付き合いではなかったが、それでも人を悪し様にののしる娘には見えなかったからだ。しかし、ののしられた方は眉をピクリと動かしただけだった。

「悪魔、か。貴方ほどの科学者がそれほど目を曇らせているとは残念だ」

 磁界王は怒りを見せたりはしなかった。それどころか大げさなほど落胆を示して見せた。

「コイツ、何やったの?話が全然見えないんだけど」

「この悪魔はね、本人の承諾を得ないサイボーグ手術を行って医学界を永久追放された男なの。その後も違法手術を百件以上行い、五十五名を死亡させたわ」

「ええっ?」

「さらに生き残った者には記憶変造処理を施してほとんどを発狂させてる」

「なによ、それは!ホントなら極刑モノじゃないの」

「そう、逮捕されて死刑に処せられたはずなのよ」

「それがどうして生きて悪事働いてるんだよ?」

 会話を黙って聞いていた磁界王はフッと微笑した。実に上品な、しかし邪悪な微笑みだった。

「世の愚か者たちは私の崇高な理想を理解できなかった。しかし理解者も僅かながらいた、ということだ。私の身代わりを用意し、新たな研究の場を与えてくれた理解者がいたのだよ」

 その言葉にリューセは蒼白になった。悪魔に活動の場と資金を与えるスポンサーがバックにいる、これだけの研究設備を用立てるからには巨大な組織に間違いない。 

「確かに私は禁じられた人体実験を行った。しかしそれは功名心や探求心にとらわれてのことではない」

 もの思いにふけりながら磁界王は続けた。確かに表情から名誉や権力に対する欲望は感じられない。それどころか神に祈る気高い聖職者のような崇高さすら感じる。

「貴方は感じたことはないのか?命のはかなさを、肉体の脆さを。はかないからこそ命は尊く、その輝きを絶やさぬことこそ医学に携わる者の使命と思っていた。しかし消え行く命をただ見送ることの無力感を何千回も味わい、私は疑問を抱いた。美しい未来を創造するはずの若い命が、肉体のちょっとした損傷で永遠に失われる。ならば、死を寄せ付けぬ肉体を与え、精神の持つ無限の可能性を守り抜くべきではないのか」

 磁界王は純真な少年のように瞳を輝かせ、先ほどまでとは打って変わった情熱的な言葉と恍惚とした顔で熱弁を振るった。知らぬ者が聞けば、熱い理想を語る哲学者のように見えたかもしれない。だが実際に居合せたリューセたちにとってはおぞましい狂気の演説だった。

「だからこそ私は探求した。いかなる過酷な環境下でも活動可能、いかなる敵をも撃退できる理想の肉体を!」

 狂気の演説はなおも続いた。ダニアもリューセも耳をふさぎたかったが、腕を拘束されていてはそれもできない。ここで磁界王の声は急にトーンを落とした。

「しかし、しかし現在の研究は停滞しておる。我が理論は完璧であったが、それを実証できる実験体を入手できなかったのだ」

「実験体?あなたが作ったサイボーグ?まさか『蠍』と呼ばれたテロリストたちのこと?」

「サソリ?ああ、基礎研究用に作った実験機どものことか。確かどこかの麻薬組織に払い下げてやったが。その後どうなったかは知らん」

「知らん……って彼らはあなたの患者だったんでしょう!」

「うむ、質は悪かったが役には立ったな。アレがどうかしたのか?」

 顔を引きつらせてリューセは叫んでいた。彼女の知る限り医者という存在は患者を見捨てることはしないし、許されない。マッドと頭につく科学者でさえ自らの作品には愛着、というより執着を見せるのがほとんどだ。しかしこの男はどうだ?手がけたサイボーグたちさえ使用済みのガーゼ程度の存在にしか感じていない。

「彼らが何をしたか知らないの?何百人殺したと思ってるの!」

 声を振り絞っての叫び。両眼からは熱いものがとどまることなく溢れ出していた。

「わ、私の……家族も!」

 リューセの声はそこで途切れた。それ以上の言葉は浮かばなかった。浮かんだとしても声にはならなかったろう。

 だが、悲痛な声さえ目前の仇敵には届いていなかった。

「ああ、奴ら貴方の家族を殺したのか。やはり低級な素材だったようだ。せっかく与えた能力をつまらぬことに使うものだ」

 淡々と他人事のように語る声には一片の罪悪感すらなかった。

「ならば、貴方の家族「をよみがえらせてさしあげよう」

 瞬間、リューセの目は大きく見開かれた。

「よみがえらせる?どうやって」

「造作もないことだ。遺骨か髪の毛の一本でもあればよい」

「……まさか、クローンを?」

「左様、我が技術をもってすれば生前と寸分違わぬ肉体を再現できる。後はクローン体に君の家族の記憶を入力すれば完成だ」

 リューセは気分が悪くなってきた。頭の中が溶けてグルグルまわるような酩酊感を覚え、吐き気がしてきた。今まで冷酷な暗殺者や快楽のために人を殺す殺人鬼と対決してきた。どいつもこいつも人間の範疇に入れることすらためらわれる最悪の犯罪者ばかりだった。しかし磁界王を名乗るこの男をどう理解すればいいのか。人を殺す気はないらしいのに、何人もの命を奪っている。そのくせ罪悪感はない。名誉欲もなければ、快楽のために罪を犯しているわけでもない。むしろ科学者として純粋に研究に生命を賭けているだけの感さえある。矛盾した言い方だが、『理性的に発狂した』としか言いようがない。

(こいつ、悪魔どころじゃない。もっと悪い、得体の知れない何かだ)

「さて、交渉を続けようか。君の自由と家族の再生、半竜人君の生命の保証。当然だが給与も破格の待遇を約束しよう。これでもまだ不満かね」

 リューセの恐怖を全く意に介さず、磁界王は続けた。

「聞いちゃダメよ、こんな奴の言うことは信じ……ウグッ!」

 磁界王が指先を向けただけでダニアは息を詰まらせた。真っ青な顔でもがく彼女をしばらく冷たい目で見た後、磁界王はダニアを解放した。

「部外者は沈黙を守っていただこう。さて返事は慌てなくてもよいのだが」

「考える必要はないわ。交渉は成立しませんから」

 きっぱりとした拒絶。磁界王の眉がピクリと動いた。

「何ゆえかね?」

「第一に家族のクローンを作ってもらってもそれは本人ではありません。いくらニセの記憶を植え付けてもね」

「ほう?」

「第二に私は貴方のような人物を否定します。協力などとんでもない」

「ふむ?」

「第三に、最大の理由として、貴方は間もなく死にますから」

「?さっぱり分からん。なぜ私が死ぬのかね」

「社長が、貴方が半竜人呼ばわりした雇い主が貴方を殺しにきます」

 最後の理由を聞いた磁界王は眉間に眉をよせ、しばし考え込んだ。

「ますます分からん。治療カプセルから出られぬ者がどうやって殺しにくるというのかな」

 その時、部屋の中が真っ赤に染まった。赤いランプが点滅し、ブザーが間断なく鳴り響いているのだ。

「警告、警告!試験体保管室に異常発生!異常発生!」

 合成音声が無感情に告げ、全てのスクリーンの映像が切り替わった。ほんの数秒前まで何の異常もなかった保管室は今、白煙が立ちこめ何も見えない状態だった。その映像すら次々と消え、スクリーンは暗転していった。


「意識はハッキリしていますか?」

『ああ、ハッキリしてるよ。不愉快な奴が目の前にいるのがよーくわかるくらいにな』

 グラッドの問いに敵意たっぷりの答えが返ってきた。治療カプセル内は呼吸できる液体、細胞保護液で満たされており、声も水中の振動を拾って外部に伝える装置がついていた。

「怒っていますね。当然ですけどね」

『当然だろうが。薄汚い裏切り者が何の用だ?俺をからかいにきたのか?』

「いえ、容態が心配だったんです。三日間も意識が戻らなかったから。でも安心しました」

 プリズマは妙な気がして目をこらした。視界がよくないせいで表情はよくわからないのだが、声の調子からすれば本気で心配していたらしい。

『なぜ、貴様が俺の心配をする?』

「そりゃぁ、命の恩人だし。リューセさんの知り合いだし。怪我なんかさせたくなかったです」

『よくそんな空々しいことが!次から次へと刺客を送ってきた奴らの仲間だろうが』

「そうですね。僕は敵側の人間になるんですよね」

 気落ちしたような声が返ってきた。ボンヤリした姿でも肩を落としてうなだれているのが分かった。それがますますプリズマを当惑させた。これが罠に落とし入れ、不要になった仲間を冷酷に殺害した人間なのか?

「あ、僕の言うことが変なので驚いているんですね」

 何か思い出したように、グラッドは話を再開した。

「そりゃ、そうですよね。裏切ったばかりの僕が心配して様子を見に来るなんて変ですよね。でも、今は僕の中の磁界王は起動していませんから」

『お前の中の?磁界王だって?意味がわからんな』

 グラッドは自嘲気味の微笑を浮かべながら人差し指で自分の頭を指した。

「この中にもいるんですよ、磁界王が。つい最近まで自分でも知らなかったんですけどね」

 プリズマのまぶたがピクッと動いた。懐疑のまなざしが水中からグラッドをジッと見つめていた。

「正確にいうとね、僕の脳の中に磁界王の人格と記憶がコピーされているんです。僕が精神的な強いショックを受けると磁界王の人格が入れ替わって出てくる。そういう仕掛けになってるんです」

『なんのためにそんなことを磁界王はやってるんだ?』

「バックアップ用です。磁界王は自分で自分をサイボーグ化しましたが、その際に自分の脳の一部に手を加えなければならなかった。当然、記憶の一部に障害が発生する危険もありました。そこで自分のクローンを作り、そこに記憶をコピーして、手術に失敗しても記憶を復元できるようにしたんです」

『フン、よっぽど手術に自信がなかったとみえる。大した藪医者ぶりだな』

 センスのない皮肉だったが、グラッドはクスッと笑った。しかし、その笑顔もすぐに消えた。

「サイボーグ手術に成功した磁界王は僕を必要としなくなりましたが、実験記録のバックアップも兼ねて僕の脳に出データを記憶させ続けました。このことは部下にも秘密にするため、クローン体に仮の人格を植え付け別人として生活させたのです」

『それが警察官のグラッド君というわけか』

 グラッドは笑顔でうなずいた。普段の陽気な笑顔ではない、悲しさに耐えるための作った笑顔だ。それでも耐えきれない感情が両眼から熱い雫をしたたらせていた。

「医者を志して挫折した記憶も、警官として一生懸命がんばったこともみんな……みんな嘘の記憶でしたよ。この涙もきっと嘘の涙なんでしょうね」

 プリズマは目を閉じた。しばらく沈黙した後に、こう尋ねた。

『本物にしたいのか?』

「えっ?」

『嘘の人生も嘘の涙も本物にしたいのか、と聞いているんだ』

 水中からのまっすぐな視線にたじろいだが、それでも目をそらすことはできなかった。さっきまで突き刺さるほどに感じられた殺意、怒り、憎悪は完全に消えていた。今、プリズマの瞳に宿っているの強い輝きのみ。何者にも屈することを知らない強い意志の輝きだ。しかしなぜだろう、敵の手中にあるのに、カプセルから一歩もでられない虜囚なのに、なぜこんな目ができるのか。

「無理ですよ。あなたをここから逃がすことさえ不可能なんですから」

『不可能、か。ではまず可能にしてから話を続けようか』

 水の中でプリズマはゆっくりと両腕をあげた。手の平をガラス面に押し当て、目を閉じて精神を集中した。

「あの、このガラスはですね。特殊強化ガラスでして、重装甲戦車が体当たりしても……」

 折角の説明も聞いてないらしい。集中力を高め続けるプリズマは何の反応も示さない。眉間にしわをよせ、時折まぶたをピクリと動かすだけだ。

「ひび割れさえ起こさないし、十万度のレーザーにも耐えうると……」

 そこまで言ってグラッドは気づいた。ガラスに押し当てられた腕にはほとんど力が入っていないことに。

「押し破ろうとしたわけじゃないのか。それなら何のつもりで?」

 その時、まばゆい青い輝きがカプセルの内側で生じた。

「ワッ!」

 グラッドは反射的に目を腕で覆って直接見ないようにしたのだが、それでも視力が数秒奪われた。光はすぐに消え、ようやく視力が戻り始めた目をこすりながら開けたとき信じられないものを見た。

「な、何をやったんだ!」

 目前のカプセルは真っ白に曇っていた。正確には曇っていたのではない、前面の細かなひび割れが入り透明さを失っていたのだ。

「ばかな?どんな力をぶっつけたにせよ、こんな壊れ方があるわけがない」

 しかし壊れるはずのないカプセルのあちこちから細い糸のように水が噴出していた。

「そうか、あの光は物質の分子構造に干渉できるんだった!ガラスの分子構造を破壊したのか!」

「ウオゥッ!」

 獣じみた気合が耳を打った。カプセルは風船のように膨らみ、砂のような破片と熱湯と化した液体をぶちまけて破裂した。頭を抱えて床の上に伏していたグラッドの背中を燃えるような熱風が通過していった。

 恐る恐る顔をあげたグラッドはカプセルのあった場所に、牙を見せて悪魔のように笑う竜人の姿を見た。

「さて脱出不可能カプセルからでる芸の後は何が見たいんだ?リクエストにお答えしてやるぜ」

 腰を抜かしているグラッドにプリズマは手を差し出した。

「そうだな、磁界王とかいう誇大妄想狂の頭を叩き割るってのどうだ」

「あなたは一体、何者なんですか?」

「宇宙一の賞金稼ぎ様に決まってるだろうが。では道案内をしてもらおうか」


「ふむ、思った以上の能力を有していたようだな」

 磁界王は腕組みをして考え込んでいるようだった。

「なかなか面白そうな素材だ。ぜひ研究してみたいものだ」

 その時、磁界王が浮かべた笑みにリューセはゾッとした。この男にとっては全ての生命が研究素材に見えるのだろう。優れた頭脳の持ち主らしいが、倫理観を記憶した脳細胞は一粒もないに違いない。

「しかし見失っては元も子もない。すぐに捜さねば」

 空中に十数枚のディスプレイが出現し、基地内各所の映像を映した。そのどこにもプリズマの姿は見えない。映像は次々切り替わり、そして……

「ほう?」

 異常のあるディスプレイが見つかった。映像のない黒一面の中にノイズが走っているだけだ。

「監視カメラの故障、ではなさそうだな」

 異常のある場所の周辺の監視カメラを開く。と、その一つにプリズマの姿が映った。不機嫌な目で監視カメラを睨んでいた。スウッと腕をあげ、カメラを指差し、直後にディスプレイが青く輝き、映像が途切れた。


「何もカメラ見つけるたびに壊さなくてもいいのでは?」

 不思議そうにグラッドは聞いた。ここまでに見つけた監視カメラは全て破壊された。それもわざわざ輝光術でだ。

「覗き見されるのは嫌いなんだ」

 破壊された隠しカメラが白煙を吹いているのを確認すると、プリズマたちは歩き出した。

「いちいち輝光術で壊したんじゃ体力の無駄遣いだと思うんですけど」

「治療後のリハビリみたいなものだ。それより案内を続けろ」

「磁界王のところへ、ですね」

「そうだ。あ、ちょっと待て。その前に寄るところがある」


「おかしいな?先ほどから動いていないようだが」

 磁界王は首をかしげた。カメラを壊されたので正確な現在位置はつかめないのだが、あの後からカメラの作動停止は確認されていない。つまりプリズマたちは移動をやめていることになる。対侵入者用トラップは停止させたから足止めされてる可能性はない。

「何か策でも練っているのか?」

 それにしてはおかしい。潜伏していると思われる周辺は居住ブロックで、兵器庫や発電施設といった戦略上の重要ポイントはない。

「仕方ない、浮遊カメラで探すとしよう」

 スクリーンの一つに無人の廊下が映し出された。これまでの監視カメラと違って画面端の壁後方へ滑らかに流れていく。

「羽虫ほどの大きさの空中移動型カメラだ。なかなか役に立つ」

 磁界王は指先で空中に絵でも描くような動作をしていた。それが遠隔操作になっているようで、映像があちらこちらと切り替わる。そのうちに半開きになったドアが大写しになった。隙間から洩れてくる照明の光がチラチラ動いて誰かが中にいるのがわかる。カチャカチャという物音も聞こえてくる。

「いた、見つけたぞ。それにしても何をしておるのか?」

 カメラが部屋の中へ進み、探していた人物の姿がアップで映った。

「……何をしているのだ、彼は?」

 磁界王は眉をひそめた。予想外の行動をプリズマがとっていたからだ。

「えっと……私には飯食ってるように見えるんだけど」

 ダニアも首をかしげていた。生焼けステーキ五、六枚を口に押し込んでむせてる姿がよく見えた。

「社長、タダ飯だからって……情けないです」

 リューセは泣いた。普段ロクな物食ってないのが明白な食べっぷりだった。このチャンスに食いだめしとこうというセコイ魂胆が見え見えだ。

 シラけた空気をなんとかしようと磁界王はコホンと咳払いをした。

「とにかくだ。これ以上道草をくわないように、迎えを出すことにしよう」


「はい、水です」

 グラッドが差し出したコップをひったくると、プリズマはステーキの塊を喉の奥に流し込んだ。

「サンキュー、君は命の恩人だ。お礼に願い事を三つかなえて……」

「ひとつめ、早く食い終わってください。ふたつめ、早くここからでましょう。みっつめ、早くリューセさんたちを助けてください!」

「しかしな、食後にすぐ運動するのは体によくない……」

「願い事をかなえてくれるんでしょう?すみやかに願いますよ」

 かなり恐い目で詰めよってくるグラッドに少しビビりながらプリズマは椅子から立った。しかし、デザートのプリンを急いで口に押し込むことも、クッキーをポケット一杯に詰め込むことも忘れてはいない。

「セコすぎませんか?宇宙ナンバーワンの賞金稼ぎなのに」

「ほっといてくれ。みんな貧乏が悪いのさ」

 冷たい視線など何処吹く風とばかりに冷蔵庫を物色する竜人の後ろ姿に、グラッドはハーッとため息を……

「来たぞ」

「はぁっ?」

「バカ!伏せろ!」

 グラッドの頭を手で押さえて床に伏せさせた、というより手の平でブッ叩いて床に叩きつけたというべきだろうか。ゴチッと音がしてグラッドの目の中をきれいな火花が乱舞した。

「あいたたた、何をするんですか。いきなり」

 ゴチッ。起こしかけた頭をもう一度床に叩きつけた。同時に頭上数センチを高速で通過した気配があった。直後に背後の冷蔵庫のドアがけたたましい音をたてて真っ二つに割れた。

「狙撃か。お迎えが来ちまったようだな」

「うくくく……」

「礼は要らんぞ。さっき助けてもらった借りを返しただけだ」

 額から血を流すグラッド君は、お礼というより恨みがましい目で見ていた。無論プリズマはそんなことにはお構いなし。

「で、狙撃犯はそっちか」

 壁に小さな穴。レーザーや粒子砲の類ではない。弾丸発射タイプの旧式な銃によるものだ。プリズマは穴の開いた壁に手の平を向けた。

「ハァッ!」

 気合と同時に手の平から爆発的に光が生じた。光に照らし出された壁は砂と化してサラサラと崩れた。その向こう側に狙撃者が姿をあらわした。予想通り、そいつは人間ではなかった。そしてよく知っている相手でもあった。

「お前は……」

「ガットさん!」

 そこには確かに重傷を負って倒れたガットの顔があった。ただし顔以外はガットの物ではなかった。右腕のあった場所には機関銃とライフルを合わせたような、奇怪な形態の銃が取りつけられていた。左腕の代わりの長い円筒形の物体はバズーカ砲かミサイル・ランチャーだろうか。未完成らしい胴体は血管のような配線網とセラミック骨格が剥き出しだ。そして六個の球形タイヤが足の代わりをしていた。それらの上に配置されたガラス球の中に浮かんだ、唯一の人間である首は頭蓋を外され脳が剥き出しになっていた。無表情な顔の唇が動くと合成された声が胴体のスピーカーから聞こえた。

「ついてこい。磁界王様の元へ案内する」

「脳みそまで改造済みか」

 舌打ちしたプリズマの指先から一筋の青い光がほとばしった。ガットの額を撃ち抜くべく放たれた光だった。しかし首を納めたガラス球の手前数センチで光は跳ね返され、グラッドの足元に小さな穴をあけた。驚いて飛び下がるグラッドには目もくれず、ガットは冷たく言い放った。

「抵抗すれば射殺する」


「社長!」

「久しぶりだな、ヒラ社員。元気だったか?」

 数日振りに顔を見たリューセにプリズマは気の抜けた声をかけた。後ろにはグラッドがついてきたが、リューセの姿を見るなり、すまなさそうに顔をそむけた。そして最後に表情を失ったガットが入ってきた。

「ガット……」

 蒼白になったダニアが声を詰まらせた。瀕死の重傷を負った彼は今だ治療中と聞かされていた。それがこんな変わり果てた姿を見ることになろうとは。

「約束を破ったわね!」

 瞳を怒りの炎で燃え上がらせてリューセは磁界王をにらんだ。プリズマとガットの緊急手術を行ったのはリューセだ。双方とも一命を取りとめたもののプリズマは危険な状態が続き、リューセは彼一人にかかりきりにならざるを得なかった。やむを得ず、危害を加えないとの約束をさせた上でガットの術後の処理を磁界王に頼んだのだ。

「約束?別に危害など加えてはおらんではないか」

「なんですって!ガットさんをあんな姿にしておいて!よくもそんな……」

 白々しい磁界王の言葉にリューセは激昂した。

「ふむ?私は彼の機能不全部分を取り除いて性能の向上をはかっただけだが」

「性能……の向上ですって!」

「うむ、彼のスナイパーとしての才能は素晴らしい。だが、その才能を活かすには彼の肉体は精度も耐久力も十分とは言えなかった」

「……」

「見たまえ、未完成ではあるが現在の彼の姿を。衛星軌道上からの対人狙撃も可能。ターゲットの反撃から身を守るバリア。完璧なるスナイパーとしての肉体を彼は手に入れつつある」

 淡々と語る磁界王だが、目には喜びと陶酔感が浮かんでいた。正常な人間からすれば、狂気と呼ばれる類の喜びが。

「生きてていい奴じゃないな、貴様は」

 プリズマが代表して正直な感想をもらした。ダランと下げた両腕の鱗が逆立ち、手の平に淡い青光が音もなく宿った。背後から銃を突きつけられた状態にも関わらず、戦闘態勢に入ったのだ。

 あからさまな敵意に気づかないのか、知って無視しているのか。磁界王は言葉を続けた。

「ガット君もなかなかの素材だったが。私としては君にも食指をそそられておる。粗末な生身の肉体で我が実験体を破壊した戦闘能力。到底生き延びること叶わぬ窮地からも生還し続ける生存本能。野に捨て置くには惜しい」

 皆が息を呑むなかで磁界王だけがしゃべりつづけていた。

「お待ち……下さい、磁界王様」

 磁界王を除くその場にいた全員が入り口を向いた。そこにいた人影は、といっても人の姿を残してはいなかったが、床の上を二本だけ残った触手で這い進んできた。

「メルイか、最初に命じたように研究室で待機しておれ」

 顔も向けずに磁界王は鬱陶しそうに命じた。しかしメルイはなおも引き返そうとしない。ちぎれたケーブルと触手を引きずりながら床の上を這う、というより転がるように磁界王の足元までやってきた。

「あの半竜人は姉の仇でございます!仲間にするなどとんでもない!私に殺させてください」

「……姉の仇?なんのことだ」

「お忘れですか?私の姉さんは、ユルディはあいつらに殺されたのです!私の手で仇を討たせてください」

「ユルディ?姉?ああ、そうだった。姉妹という設定にしておいたのだったな。安心しろメルイ、お前に姉などおらぬ」

「は?」

「たまたま年恰好の近い浮浪児の屍骸を二つ見つけたのでな、記憶改変のテストとして姉妹と思い込ませてみたのだ」

「それは……どういうことです」

「分からんのか。知能の低い素材はこれだから困る。お前たちは町で拾ったゴミを再利用した失敗作だということだ」

「そ、ん、な……」

 それっきりメルイは言葉を失った。磁界王につま先で蹴飛ばされ、広間の隅まで転がっていっても何も喋らず、表情も凍ったまま。ただ天井を凝視するだけだった。

「やれやれ、廃棄物のせいで話しの腰を折られてしまったな。では交渉を続けようか、ええと……プリズマ君」

「……うるさい、黙れ」

 プリズマの首輪の青い石が輝いた。目を開けていられぬ輝きが消えた時、プリズマは白い装甲宇宙服をまとっていた。

「そのような不恰好な代物を身につけねば、満足な戦いもできないのが現在の君の限界だ。だが私に任せれば」

「俺にはまともな主治医がいる。頭のネジの外れた藪医者に用はない」

 プリズマは横目でリューセを見てから断言した。

「ふむ……説得は無理か」

 磁界王はため息をついた。見た目だけは『聞き分けのない子供の患者に手を焼く小児科医』に見えなくもない。

「やむを得ない、事後承諾ということで納得してもらおう。持って生まれた肉体の貧弱さを知れば、判断の誤りを理解してくれるだろう。ガット君、患者の肉体を破壊してくれたまえ」

 磁界王はスッと右手を上げ、ガットに命じた。ガットの右腕に取りつけられた銃身からカタッと小さな音がした。弾丸が装填された音だ。

 プリズマの背中に照準を合わせた銃口が火をふいた。振りかえりつつ床に伏せたプリズマの肩で火花が散った。装甲宇宙服の表面はへこんだが、ひるむことなくプリズマは突進した。四足の大型肉食獣を思わせる俊敏な動きでガットに迫り、長い金属爪を振りかぶった。キンッ、と耳障りな音がして爪はバリアに弾かれた。が、ガットも威力を殺し切れず、フルブレーキをかけるタイヤから白煙を上げながら押し返されて二十メートル以上も後退してからようやく止まった。

 センサーが再びロックしたプリズマの姿は既に指先に青光をためていた。ガットは無表情のまま左腕の砲身を向けた。指先が発する光と砲身から飛び出したミサイルが空中で衝突した。ミサイルは爆発することなく、ボロボロに崩れて塵となった。違いの攻撃が空振りに終わった隙にプリズマは間合いを詰めていた。そしてバリアごと斬りきざもうとするように両手の爪を振るい続けた。

「脳組織は損傷させるな。それ以外の部位は必要ないから、破壊して構わん」

 磁界王はクルリと背を向け、眼前で繰り広げられる戦いのデータ分析を始めた。彼は戦いそのものには興味がなかった。良質な実験素材が手に入りさえすればいいのだ。

「ふむ、接近戦を得意とするタイプ……ならば、機動性重視だな。関節部と神経系も設計し直してみるか」

 戦いの結果など見なくても分かる。攻防完璧に近いガットが倒される可能性はない。そんなことより、新たな実験機を設計する方が重要なのだ。

「マズイわね……」

 リューセは唇をかんだ。ガットとの戦いは一見、プリズマが押しているように見えた。息つく暇も与えないクロー攻撃はバリアを破るにはいたらぬものの、反撃の隙を与えない。

「何がマズイんです?相手は手も足もでないじゃないですか」

 グラッドが首をひねった。彼には一方的に攻め込んでいるプリズマが優勢に見えたからだ。

「違うわ、有利なのはガットさんの方よ。バリアを破れる決定打がない限り、いつかは……」

 その『いつか』の瞬間がきた。わずかに手元が狂ったか、プリズマの爪は空振りし、体勢が崩れた。それをガットは見逃してくれなかった。先ほどミサイルを打ち出した砲口がプリズマの腹に向けられていた。

「距離ゼロでミサイル?相打ち狙いかよ!」

 咄嗟に身をよじって射線から逃れようとしたプリズマだが、間に合わなかった。ドン、と重い発射音が響いた。重量級の一撃を腹にもらって、プリズマは空中をぶっ飛んだ。広い部屋の端まで飛ばされて壁に激突し、口から血を吐いた。背中に面した壁が崩れ、外の通路に転がり落ちた。

「ゲホッ……、爆薬抜きのミサイルとはなめてくれる」

 殺さないように配慮したのだろう、撃ちこまれたのは弾頭なしの不発弾だった。それでも治ったばかりの肋骨にヒビが入った。よろけながらも立とうとした矢先に……ドン。壁が爆破されて爆風で再度、壁に叩きつけられた。

「ウッ……」

 煙の中から姿をあらわしたガットと視線があった。ガットは無言で右腕を上げ、プリズマは真横に跳んだ。

 ガガガガガッ!銃口が火を吹き、コンマ一秒前までプリズマがいた場所に数十の弾痕がえぐられた。

「そう簡単に、やられるか!」

 プリズマの右手に再び青光が生じた。指先に収束した光は五本の槍となってガットの顔面を襲った。

「……」

 ガットは無言無表情で数センチ手前で虚しく弾ける光の槍を見ていた。彼のシールドは稼動型の兵器程度は問題にしない。光学兵器であろうが実弾であろうが全て跳ね返す。光が消え去るのを待って再び照準を合わせようとした。

「ターゲット消失……」

 視界内にはプリズマの姿はなかった。先ほどの攻撃を目くらましに使い、この場を逃げおおせたらしい。生前のガットなら悪態のひとつも吐き捨てたろう。しかし今の彼には何の感情も残ってはいなかった。黙って床の上に点々と連なる赤いしたたりにセンサーを向けた。

「血痕確認。追跡ヲ開始スル」

 タイヤを音もなく回転させ、ガットは消えたターゲットを追い始めた。


「せっかく腹の傷が治ったばかりだったのに、今度は足かよー」

 泣きそうな声で愚痴りながら、プリズマはふとももの装甲を開いた。弾丸は装甲を貫通し硬い鱗を砕いて足を貫通していた。装甲宇宙服付属の緊急医療キットからスプレーを取りだし白い泡状の保護剤を銃創に吹きつける。殺菌が完了し保護剤が固まるまで五秒、装甲を閉じる頃には追跡者の気配が背後に迫っていた。

「やばいな……」

 少し動かしただけでも激痛が走った。この足ではガットを引き離すのは無理だ。ガットを倒す以外には助かる道はない。

「だが、どうやって倒す?」

 現在の手持ち武器は装甲服のメタルクローのみ、つまり接近戦用だ。得意の輝光術なら遠い間合いでも使えはするが、シールドで無効化される。メタルクローを発射することもできるが、銃器ほどのスピードがない。至近距離でなければ余裕でかわされるのがオチだ。考えながら歩いていたプリズマだが、ついに足が止まった。

「行き止まりかよー……」

 細い通路の先は袋小路になっていた。恐らくは拡張工事の途中なのだろう、塗装もされえない剥き出しの壁面が行く手をふさいでいた。壁を叩いて反響音を聞いてみたが、向こう側に空間はなかった。左右の壁も床も同様だ。

「逃げ場はなし、完全に追い詰められたなぁ。どうしよう」

 もちろん身を隠す場所もない。通路の端から狙い撃ちされればお終いだ。

「待てよ、こんな狭い通路なら奴は……」

 僅かな可能性に思い当たり、プリズマは足を引きずりながら通路の端へと戻った。


 センサーが枝分かれした一方の通路の奥に空気の微妙な揺れを感知した。数値から判断してほぼ人間大の生物が潜んでいることになる。彼が追ってきた目標に間違いない。ガットはロケットランチャーに次弾を装填した。

「ネット弾装填」

 装填したのは爆薬ではなく猛獣捕獲用のネット弾だ。頭部以外は損傷させてもよいと許可が出ているが、あくまで生け捕りが目的なのだ。標的は足に傷を負っているものの、それでも思いのほか素早い動きをする。確実にヒットさせるには完全に動きを封じる必要があった。

「射程内ヘノ移動、0.8秒。着弾マデ0.53秒。捕獲完了ニ要スル時間、1.33秒」

 目標の眼前に飛び出すと同時にネット弾を発射、動けなくなったところを麻酔弾で捕獲する。これが一番確実な方法だ。

 作戦が決まれば実行するだけ。今の彼にはためらいも不安もなかった。音を立てないように静かにタイヤを回し壁に貼りつくように移動した。そして枝道ギリギリの死角に停止した。しばらく様子をうかがうこと数秒。目標の気配に変化はない。ガットは急発進をかけ、目標の正面に取り出した。

「発……?」

 ネット弾発射寸前でガットは止まった。おかしい。目標が迎撃体勢を取っていない。こちらに気づいていないのか?いや違う、目標の視線は確実にこちらを向いている。恐らく姿を見せる前から気づいていたに違いない。

(なら何故反撃をしない……?)

 敵は両手を床に当てている。何をしているのかは不明だが、ガットの中の機械化されていない何かが警報を発した。

(ここは危険だ!)

 タイヤを最高速で逆回転させ後方に下がる。同時にプリズマが叫んだ。

「起爆!」

 コンマ一秒前までガットがいた場所から青い光の柱が立ち上った。光は天井を直撃し一秒ともたずに消えた。しかし光を浴びた天井は白く変色し、砂になってサラサラと崩れ始めた。


「は、外しちまった?俺の奥の手が、『地雷光』が……」

 ガットは勢い余って後方の壁に激突したもののダメージは全くなかった。罠は失敗に終わったのだ、プリズマの全身から力が抜けていく。今使った技は『地雷光』、本来は敵に直接撃ちこむ分子結合破壊の力を、一時的に押さえて地面や床等の固体の中に埋め込む技だ。埋め込まれた光は一定時間の経過、もしくはプリズマからの起爆指令で解放されて本来の破壊力を発揮する。ただし本来なら敵に直接撃ち込むべき破壊エネルギーを無理矢理押さえ込んだ状態にしているため体力の消耗も激しい。二、三発使うのが限界だ。

「捕獲作業ヲ続行スル」

 ガットは冷静にずれた照準を修正した。生前の彼なら悪態の一つでももらしたろうが、今は何の感情も起きなかった。いや、感情そのものが存在しなかった。ただ忠実に命令を実行するだけの存在だった。スコープに映る映像中でターゲットは肩を落とし荒い息で体を震わせていた。ターゲットに反撃するだけの体力はない。ガットは無感動に最後の一手を打ち込んだ。

「発射……?」

 ネット弾発射と同時にガットは見た。肩を落としてうなだれていたプリズマが顔を上げ牙を見せて笑うのを。敗者のヤケを起こした笑みではない。悪企みを成功させた悪ガキの顔だ。

「起爆!」

 光が、青い光がガットを包んだ。かわしたはずの破壊の輝きがガットの背中を襲った。

(背後の壁から?さっきのは囮だったか)

 光は胴体の真中を突きぬけていった。照射された部分の金属も配線も白く変色し、砂のようにサラサラと崩れ始めた。

『駆動系停止』『通信停止』『生命維持機能停止』

 致命的な機能不全が次々と伝えられ、各機関からの反応がなくなった。事実上の戦闘不能状態だった。それでもなお……

「目標捕捉」

 ガットは戦闘を止めなかった。任務完了または完全な死以外に終了はあり得なかった。唯一作動する視覚センサーが突進してくるプリズマを捕捉し、右腕のライフルが狙いをつけた。

「まだくたばってなかったか?」

 プリズマも敵が戦闘意欲を失っていないことを知った。体にネットを絡みつかせたまま床を蹴った。右手を突き出し左手を装甲宇宙服の推進器の操作パネルに伸ばした。

「点火ッ!」

「発射……」

 ガットのライフルが火を吹き、プリズマの装甲宇宙服の推進器が炎を吹いた。足が床を離れる瞬間に右肩あたりのネットが弾けて、火花が散り、装甲が粉砕された。

「この程度で止まれるか!」

 プリズマの体は一個の巨大な弾丸と化した。ライフルが火を吹くたびに装甲は砕け、鮮血が飛び散ったが、それでも止まらなかった。

「任務達成……不能」

 ガットの目に最後に映ったのは長い爪が自分のボディに食いこみ貫通する映像だった。それを最後に全動力が停止ガットの意識は闇の中へ消えた。


 半壊した壁を蹴り崩してプリズマは戻ってきた。損傷した装甲服を赤い血で染めて、ガットの亡骸を引きずりながら。

「ほぉ……これは驚いた。性能差から考えて君が勝つのは不可能だったのだが」

 嫌味でも負け惜しみでもない純粋な賞賛を磁界王はプリズマに与えた。しかし賞賛された本人は不機嫌さを倍増させた。

「仕事が忙しくてね。くたばってる暇もないんだ」

「ふむ、君の仕事はガット君を捕獲した時に終わったはずでは?」

「いや、ひとつ残ってる。磁界王とかいうイカレ野郎を地獄の拷問係へ引き渡す大仕事が」

 磁界王は数秒間、真剣に考え込んでいたが、やがて頭を横に振った。

「君の言う事は理解しがたい。賞金稼ぎの君が、なぜ賞金首でもない私の命を欲しがるのだ?」

「決まってるだろ。この世で二度と貴様の顔を見ないようにうるためだ」

 不敵な言葉を吐きながら、プリズマはスッと腕を上げ鋭い爪を磁界王の心臓へピタリと向けた。パシュッ。気負いも緊張もなく、まるで電灯のスイッチをつけるような気軽さで爪を発射した。

「ふむ?知能は高いが理解力にはいささか欠けるようだな」

 こちらも平然とした態度で磁界王がつぶやいた。飛来した爪は遥か手前の空中に停止していた。爪はその位置でグルリとねじれ床に落ちた。

「忘れたのかね?私の磁界操作をもってすれば軌道上の衛星ステーションを『ねじ切る』ことも可能なのだよ」

「チッ」

 プリズマは驚きこそしなかったが、悔しそうに舌打ちして今度は青光を放った。この攻撃も磁界王の手前数メートルで無効化された。光は大きく弧を描いて逸れ、壁に青い火花が虚しく散らせただけだった。

「気をつけたまえ。強力な磁場の中では光は直進できない。屈折率によっては君自身や後ろの友人たちに当たってしまうぞ」

 これまた事務的な口調で磁界王はいった。彼にしてみれば予定通りの実験結果が出たのと変わらなかった。その態度がプリズマの神経を逆撫でした。

「確かに飛び道具じゃダメみたいだな。ならこういうのはどうだ!」

 強烈な輝きが拳に宿る。目も開けていられないほどの光量の中にプリズマの姿はかき消され、声だけが響いた。

「この光も曲げられるか、大馬鹿王様?」

「やれやれ……」

 この挑発にも磁界王はため息をついただけだった。

「なんと学習能力の低い実験体だ。これほど理解力がとぼしいとは、脳にも若干手を加えねばならんか」

「お前こそ狂った脳味噌を治療して来い、地獄の底でな」

 輝きが出し抜けに消えた。

「どこに向けて撃っているのかね?まあ、どこに撃っても私に届きは……」

 いいかけて磁界王は気づいた。プリズマの拳は磁界王に向けられたのではなかった。プリズマは片膝をついて床に拳を押し当てていた。

「ふむ、それは一体何のマネかな?」

「地導光……」

拳を押し当てた部分の床石が淡く光った。光は水のように流れて磁界王の足元へ。

「うぬっ?」

 足元から迫る危険に気づき跳び下がる磁界王、しかしそれより破滅の光は速かった。

「……爆!」

 磁界王の足元から青い光が柱のように吹き上げた。

「ウオォォォッ……!」

 光は一瞬で磁界王を呑みこみ、天井に突き刺さった。青い光の中で必死にもがく影がかいま見えたが、すぐに増光した貪欲な光に食い尽くされた。断末魔さえ最後まで響くことはなかった。

 狂暴な光は天井を突き抜け、砂の層も突き抜け、地上へ飛び出し荒れ狂う砂嵐も突き抜けて上空の雲へと伸びていった。遮る物質は金属であろうが砂であろうが全て崩壊し、真っ白な塵となって吹き散らされた。

 光がフッと消えた。同時にプリズマはへたり込んだ。

「つ、疲れたぁ~……」

「大丈夫ですか、社長!」

「あ、ああ、なんとか……と?」

 立ちあがろうとしたが足がもつれてまたひっくり返った。駆けつけたリューセに肩を借りてなんとか体を起こせた。

「今の技は?すごく消耗激しそうですけど」

「地導光。俺の輝光を物質内に伝播させる技だ。相手と同じ地面に立ってりゃ使える技なんだが、溜めが長いし体力の消耗も倍以上、あまり使い道がない技、なん、だ……が……」

 息切れが激しく喋るのつらかった。実のところ生命に関わるところまで体力を消耗していた。

「とにかく横になってください。心臓への負担が異常なくらいかかってます」

 リューセはプリズマの汗を拭き、その場へ寝かせた。負傷個所を診察し止血し、治療を開始した。

「ふ……お前やっぱり医者だよな」

「喋らないでください」

「やっぱ、お前にこの仕事は合わないな。いい機会だ、医者に戻ることを考え……」

「……それ以上お喋りすると死にますよ」

 目の前に突き出された注射器が冷たく光った。いや、それ以上に冷たーい瞳がキラリと光った。

「わかりましたか?わかったら黙ってください」

「ウッ……」

 プリズマは口をしっかり閉じて首をコクコクと縦に振った。以前、この警告を無視して大変な目に遭わされたことがあった。

「ガット……」

 ダニアはガットの頭を、正確には顔と脳髄の一部を納めたケースを抱きしめた。流れ落ちる涙が透明な強化ガラスの上にこぼれた。そのガラスの下に虚ろな目を見開いたままのガットの顔があった。

「エッ?」

 ガラスの表面に何かが映った。同時に彼女の背後で動く者の気配があった。振りかえったダニアはそこに異様な姿が浮揚しているのを見た。

「まだ生きてたの!」

 叫び終わるより速くダニアの体は見えない力に弾き飛ばされた。驚き跳ね起きようとするプリズマも上からの強力な圧力で押さえつけられた。横を見るとリューセも同じく床に押しつけられている。

「じ、磁界王……」

 そこに磁界王はいた。磁場操作で空中浮揚するその姿は流石に無傷ではなかった。両足はなくなり、胴体も腰あたりまでが白く変色しポロポロと崩れつつあった。左腕も失われたが下半分の皮膚を失った顔は嬉しそうな笑みを作っていた。

「……これほどの力を秘めていたとは。なんと喜ばしいことか」

 自分のダメージは気にならないのか、磁界王は素直に喜んでいた。欲しがっていた玩具を買ってもらった子供のように純粋な一方で、欲しいものを手に入れるためには何千人の生贄も厭わない邪悪な喜びだ。

「長年研究を続けたかいがあった。君の不完全な肉体によって制限された戦闘能力を完全解放することが我が使命であったのだ」

「か、勝手な、ことを、ほ、ざ、く、な!……グハッ」

 鮮血がプリズマの口からあふれ出た。倍加した圧力が肋骨をへし折ったのだ。のたうつプリズマの姿を慈愛に満ちた目で磁界王は見つめた。

「肉体の多少の破損は気にせずともよい、もっと性能のいい部品に交換してあげよう。私の手で君は至高の生命体へと進化するのだ」

 それから磁界王はリューセに視線を移した。

「もちろん君にも協力してもらうよ。科学者としての最高の瞬間にぜひ立ち会ってくれたまえ」

 最後に磁界王はまわりに倒れたまま動けない者たちに冷ややかな視線を浴びせかけた。

「後の連中はあまり使い道がなさそうだ。多少手を加えなおして戦争屋どもに払い下げておくか。まずは……」

 床に数ヶ所丸い穴が音もなく開いた。

「一度解体してからだ」

 穴の中から機械の触手が這い出してきた。先端に鋭いメスを光らせ、あるいは注射器や用途不明の機器を振りかざしてプリズマに忍び寄ってきた。

「ゴフッ……」

「安心したまえ、私の手術は完璧だ。意識を保ったままでも痛みは一切ない」

 口さえきけないプリズマに向かって磁界王は見当外れの一言を口にした。メスの切っ先が鱗に触れた。赤い血がしたたり、刃がゆっくりと筋肉に食い込んできた。


 ダニアはぼんやりとこのやりとりを聞いていた。床に倒れたままで、聞き耳をたてる以外には何もできなかった。全てが彼女の手に負えない状況だった。いずれ自分も実験材料にされると知っても、何の感情も沸かなかった。そんな彼女に声をかける者がいた。

「おい、そこの女……ダニアとかいったな」

 ほんの少し顔を上げた、それだけでも頭がガンガンする。話し掛けてきたのは生首同然のメルイだ。触手で床を叩いて転がってダニアの側まで寄ってきたようだ。

「……なにか用?取り込み中なんだけど」

「仇を討ちたい?」

「言ってる意味が分からないんだけど。プリズマ君を殺せとでもいいたいのかしら」

「違うわ。磁界王を殺したいか、と訊いているのよ」

 ダニアはメルイの目をのぞきこんだ。生身と違って感情を表せないはずの瞳に激しい憎悪が浮かび上がっていた。

「本気なの?本気で磁界王を裏切るつもりなの」

「裏切ったのは奴のほうだ」

 少しの間、ダニアは黙って考えた。ガットの仇は討ってやりたい。だが今の自分は無力そのもの、足手まといにしかなっていない。

「考えている余裕はないぞ。あの半竜人の坊やの解剖が済んだら次はお前だ」

 メルイが視線で示した先には数本のメスを突き立てられながらも、もがくプリズマの姿があった。しかしささやかな抵抗もメスの切っ先がより深く食いこむにつれ弱々しくなっていく。

「わかった……どうすればいいの」

「まず、あんたの男の首から出ているケーブルがあるわね」

 ダニアはガットの亡骸を見た。確かに破損した首からちぎれたケーブルが数本はみだしていた。手に取ると断線個所から光が僅かにこぼれ出していた。

「そのケーブルを外して代わりに私の・・・・・・」


「うぐ、うぐぐぐ……」

 四肢を押さえつける見えない力に抵抗するプリズマだが、ほんの少し身をよじるのが精一杯。鋭利なメスが徐々に切りこんでくる様子を見るしかできない。

「抵抗しないほうがいい。無痛手術とはいえそんな無理な体勢では痛みを感じるかもしれない」

「グギィィィ……」

 磁界王の無神経な一言に怒ったのかプリズマは筋力を限界まで搾り出した。それでも体は動かない。

「しゃ……ちょ……」

 リューセは床に這いつくばったままだ。まるで巨大な手に押し潰されそうな圧力を身に受けて、顔を上げることもできなかった。惨めな醜態をさらす彼らを磁界王は優しさに満ち溢れた眼差しでみた。そして慈愛に満ちた狂気の言葉をつむいだ。

「まず、君の四肢を一度胴体から切り離す。強化改造は身体の各パーツごとに行い、最後に組み立てなおす。なんら危険はないから安心するといい」

「ヤ…メ……ロ」

「リューセ君には強化処置と再構築に立ち会ってほしい。主治医のアドバイスは実にありがたい」

「誰が……そんな協力を……」

「いや、君たちは必ず協力してくれる。私の考えを理解しさえすれば誰もが私に協力してくれるのだ」

 リューセは戦慄した。確かに数時間後には彼女もプリズマも喜んで協力するのだろう。記憶の一部を改変され、磁界王の協力者に変えられるのだ。そして狂った理想の実現に骨身を惜しまなくなるのだ。

「さあ、もうすぐだ。我々の手によって至高の生命体が誕生する日が……」

パン。銃声が磁界王の言葉を遮った。同時に磁界王の眼前数センチの空中に火花が散った。

「……何か用かね?ええと……ダニア君といったか」

 忌まわしい妄想を中断されたのが気に障ったらしく、不機嫌に磁界王は尋ねた。

「ええ、とっても大事な用件よ」

 彼女はライフルを抱えていた。さっきまでガットの腕に取り付けられていたライフルだ。しかし部品として改造され引き鉄さえ残っていないライフルを彼女が撃つことはできないはずだ。

「メルイか……なんのつもりなのだ」

 ライフルのコネクタにはメルイの神経コードが差し込まれていた。引き鉄を引いているのはメルイなのだ。

「……用件を早くいいたまえ。私は多忙なのだ」

「死んでちょうだい……」

 死人のように蒼白な顔でダニアは微笑み、ライフルを構えた。銃口が三回火を吹き、磁界王の周囲で三度火花が散った。磁界王はため息をつき、呆れたようにつぶやいた。

「馬鹿馬鹿しい。無意味な理由で非論理的な行動を取るとは俗人の考えは理解に苦しむ」

 磁界王の言葉は耳に入らないのか。彼女たちは続けざまに銃弾を浴びせ、その全てが磁力の壁の前に虚しく砕けた。

「無駄とわかっているだろうに。いい加減にしたまえ!」

 相当苛ついていたのだろう。磁界王はメスを止めダニアに向かって怒鳴った。

「今よ、メルイ。例の弾丸を!」

「分かっている……」

 一瞬の間の後、銃口がまた火を吹いた。先ほどと変わった様子もなく、さっきまでと変わらずに磁界王の鼻先で火花が散って……その後異変が起こった。

「なに?」

 磁界王が気づいた最初の異常は弾丸だ。はじかれて床に落ちるはずの弾丸は宙に静止し、細かく振動していた。

 直後に、床の上に散らばっていた砂粒が動いた。磁界王の作り出した磁力の壁に沿って綺麗な文様を描き出していた砂鉄がいきなり乱れ、のたうち、舞い上がったのだ。空中に吸い上げられた砂鉄は静止した弾丸を中心に集まりはじめた。

「これは磁力?超磁場発生弾丸を使ったのか」

 磁界王の顔にはじめて焦りの色が浮かんだ。彼のコントロールする磁場に弾丸の発する磁力が干渉し制御がうまくいかないのだ。

「磁場を磁場で相殺する気か。足りない脳細胞でよく考えたものだな」

 それでも磁界王は笑う。超磁場発生弾丸も強力ではあるが彼の磁場の源はこの惑星そのもの。相殺するには差がありすぎる。

「こんなちっぽけな弾丸一発で……」

「一発?まだまだあるわよ」

 血の気をなくした紫色の唇を吊り上げてダニアは笑顔を作った。構えなおしたライフルから次弾装填の音がした。

「愚か者がッ!」

「くたばれ!」

 磁界王の前に空気が圧縮され、ライフルがマシンガンのように続けざまに火を吹いた。

「うぬっ?」

「ギャッ!」

 磁界王の周りで火花が盛大に咲き乱れ、空気の塊がダニアの側で炸裂した。メルイの頭部が粉々に砕け、ライフルは真っ二つにへし折れた。

「これが……限界かしら」

 壁に叩きつけられ、床で頭部を強打し、ダニアは倒れた。生暖かい血をゴボゴボと吐きながらダニアは静かに目を閉じた。

「後は頼んだわよ……トカゲの社長君」

「……ありがとうよ」

 動きの止まったメスを叩き折ってプリズマは立ちあがった。両足はガクガクと震え、腕も上がらない。目も霞んでいるし、呼吸さえまともにできていない。

 それでも彼は立った。石のように重い右腕をなんとか左手で支えながら持ち上げた。そして指先に灯る小さな青い光の玉。

「驚いたな、まだ動けるのかね、君は」

 磁界王は重大なピンチに追いこまれたはずだった。撃ちこまれた超磁場発生弾丸は全部で十五発。そこから生ずる磁場が激しく干渉しあい磁場の操作を困難にしていた。身を守る磁力壁を事実上無効化された今、攻撃を受ければ命はない。それでもなお……

「無駄だよ、君の攻撃は私には届かない」

 冷静な態度は崩れなかった。攻撃体勢に入ったプリズマを気にもかけずに磁場制御に集中していた。瞬間、プリズマの指先から青光が放たれた。光はまっすぐに磁界王を貫く……かに見えた。

「なッ?」

 驚きの声はリューセが発したものだった。光ははじかれはしなかった、はじかれはしなかったが。命中寸前で屈折し複雑な軌跡を残して天井に向かったのだ。照射点には小さな穴があき、そこから砂鉄が静かに降り注いできた。

「こういうわけだ。相互に干渉しあう磁場は複雑な形状をとり、君が放つ光は直進することはできない。しかも磁場の形状は刻一刻変化し安定していない。どこをどう狙えば私に命中する軌道を取れるか、磁場を操作する私自身にもわからないのだ」

 その言葉を裏付けるように舞い上がった砂鉄は空間に複雑な曲線を描き出した。本来ならN極からS極への美しい弧を描くはずが、絡み合い重なり合い、枝分かれし積み重なった混乱と脈動の超複雑な構造を空間に描き出していた。

「君が攻撃を成功させるには磁場が安定するまで待つしかない。しかし安定すれば磁場のコントロールは私に掌握される。いずれにせよ私を倒すことはできない……聞こえていないのか?」

 さっきの失敗の意味がわかっていないのだろうか、プリズマはもう一度攻撃体勢に入っていた。事実、磁界王の説明は彼の耳には届いていなかった。声も音も薄れゆく意識に届かなかった。ただ敵を抹殺する、その意志だけが両足を支えていた。霞む視界と震える指先を押さえ込むだけで他は考えることもできない。

(もう少し……もう少しだけ……)

(見えたんだ、磁場と屈折の関係が、光が通れる穴があるのが)

 攻撃が外れた一瞬、舞いあがる砂鉄の流れと屈折の関係が確かに見えた。磁場と磁場の拮抗するポイントならば光は屈折しないことがわかった。

(その瞬間さえくれば、そこまでもてば)

 信じて待つしかなかった。超磁場発生弾丸の効果が切れるまであと十数秒、自分と磁界王の間にその『穴』が開くと信じて待つしかなかった。しかし『穴』が存在する時間は長く見積もってもコンマ1秒。

(う……)

 視界は一瞬だけ晴れたと思えば、すぐに霞みがかかる。しかも出血のせいか暗くなってきたように感じる。指先も震えて照準が定まらない。

(ダ、ダメ……か?)

 ゴボッ。生暖かい血が喉の奥からこみ上げてきた。足の踏ん張りがきかなくなり、両膝をついた。そのまま前に倒れ……。

-なんだー?もうお終いなのか、プリズマ。-

 脳裏に甦る懐かしい声。倒れかけたプリズマの体がピタリと止まった。

-ま-、しかたないか。少し休もうか?-

 幼き日、格闘術の稽古をつけてもらったあの頃の記憶。朗らかな声、大きな手、広い背中。

-無理しないことだ。まだお前は子供なんだからな-

-つ、疲れてなんか、疲れてなんかいないよ-

 子供の頃の自分が大きな姿を見上げて負けん気たっぷりに言い返す。両足に力が戻り、指先の震えが止まる。

-まだまだ、やれるよ!お父さん!-

「まだまだ、やれるぜ!クソ親父!」

 まぶたにかかる霞みが一掃された。指先に宿る輝きが一気に増光した。そして真正面の空中の砂鉄の渦の動きが急速に鈍化した。千分の一秒の感覚世界に突入したのだ。

「見えた……」

 光の矢が放たれた。黒い砂鉄の奔流の隙間をぬって光は直進した。そこまでだった。直後に視界は暗転し、プリズマは意識を失った。


「社長、社長!しっかりして下さい!」

 揺さぶられ、頬を叩かれ、何とか目を開けることができた。といっても焦点はまったくあわず、黒髪らしき姿がボーッと見えるだけだ。

「社長!しゃちょ……」

「…………だ……け」

 なにごとかつぶやいて再びまぶたが下がっていく。リューセは更に激しく揺さぶった。

「社長!しゃ……」

「……と五……せて」

「社長……今、なんとおっしゃいました?」

「……るさいなぁ、あと五分だけ寝かせてく……グホッ!?」

 リューセの肘打ちがみぞおちに見事にめり込んでいた。

「うぐぐ、重傷者に対して?何をしやがる、無能社員!」

「ただの気付けです。鍛え上げられた社長なら耐え切っていただけると信じておりました」

 天使の営業スマイルで言葉を返すリューセだった。当然、気付けどころか怒りの一撃だったことは間違いない。

「こ、の、藪医者社員めがぁ……おい、磁界王はどうなった?」

「お静かに。診察中です」

 戦いの最中であったことを思い出し、立とうとするが足を動かす体力も残っていなかった。今、反撃を受けたらリューセともども瞬殺される。焦るプリズマをリューセは黙って診察した。幸いにも体力切れで動けないだけだった。致命傷はないことに安堵したリューセはしなやかな指で示した。

「磁界王はあそこです。もう心配ありません」

 そこに磁界王は確かにいた。そしてまだ生きていた。生きてはいたが。

「……う……ウ……ヴヴ……」

 時折開ける唇からは人間の言葉は出てこなかった。声とも機械の軋みとも判別できない音が洩れてくるだけだ。体のあちこちに白い斑点が浮かび上がり時とともに数を増やし大きさも広がっていく。一見無傷な両腕もカタカタと無意味な動きをするばかりで、まともには動かないらしい。

「社長の撃ちこんだ光が体内を乱反射しているようです。磁場操作装置も生命維持系も崩壊しつつあります」

 リューセは事務的な口調で敵の容態を分析した。そして最後に少しだけ感情を込めてこう言った。

「一分以内に彼は臨終を迎えます。……神経と意識が砕ける地獄の苦しみを味わいながら」

 見上げるリューセの顔にゾッとするものをプリズマは感じていた。医者として死者を悼むはずの職務にある者が黒い感情を燃えあがらせかけているのに気づいた。

「……他の連中はどうした?」

「……」

「おい、ヒラ社員!」

「……あ?はい、何でしょうか」

「グラッドとダニアはどうなったんだ?」

 リューセは少し取り乱していた。医者としてはあるまじき感情に支配されたことを恥じていた。

「グラッドさんの止血は終わりました。……ダニアさんは」

 プリズマは後ろを向き、ダニアの姿を捜した。すぐに見つかった。ガットの残骸に覆い被さるように彼女は倒れていた。その下の床は赤い血が大きく広がっていた。

「……即死に近い状態でした」

「そーか」

 プリズマは無感情にそう答えた。仮にも賞金稼ぎである、他人の生死を気にかけていては一週間ともたない。それでも……

「悪かったな、巻きこんじまってよ」

 プリズマの声が暗くなった。何百回と人が死ぬのを見てきた。大半は自分が手を下した賞金首だが、悪党どもに襲われた被害者の場合もあったし、プリズマをかばって死んだ恩人もいた。どの死も最初に目撃した死を想起させた。

(場数踏めば慣れると思ったが。やっぱり慣れないよ、母さん)

 生まれて初めて遭遇した死、母親の死の瞬間が鮮明にまぶたに浮かぶ。貧民街の慈善病院の粗末なベッドの上でボロ布のような毛布に包まれて、死病に蝕まれた痩せ衰えた母の姿が消えることはない。

「磁界王の最期……いえ、ご臨終です」

 リューセは憎悪ににじみ出る口調を途中で改めてそう告げた。プリズマの目に全身、といっても残っていたのは上半身だけだったが、真っ白に変色した磁界王の姿があった。既に指先から、ポロポロと白い塵となって崩れつつあった。

「……ヴ……ヴヴ……まだ、だ、まだだ」

「何?あの野郎まだ生きて?」

 突然、磁界王に言葉甦った。プリズマの驚きも無理はなかった。既に脳組織も分子崩壊が進んで機能していないはずなのだ。

「まだ、私、は、死、ねな、い。シ・ネ・ナ・イィィィィィッ」

 磁界王の片目が赤く光った。細い一条の赤光が広間を縦断して壁に命中した。正確には壁に埋め込まれていたガラス球のような物体に命中した。光は数秒で消えたが半分消失した磁界王の顔が笑った。直後に磁界王はザァッと崩れ、白い塵となって床に散らばった。

「今のは……まさか?」

「奴は何をしたんだ、リューセ?」

 蒼白のリューセの顔を見て、プリズマにも緊張が走った。

「おそらく、自分の人格データを、ここのメインコンピュータに……」

『さよう、私は自分の意識を研究所内ネットワークに移植した』

 スピーカーから響く声はたった今死亡した男の声だった。息を呑むプリズマたちの前で壁や床の何千もの光点が点灯し、激しく明滅を始めた。

『我が不完全な肉体を損傷した罪はあえて咎めない。なぜなら私の研究は君たちを得ることで更なる発展の機会に恵まれたのだから』

「……社長……」

 リューセの声に絶望の響きが宿る。やっとの思いで倒した敵が事実上無傷で甦ったのに対して、もうこちらには戦える力がない。絶望的状況、のはずなのだがプリズマは意に介した様子もなくキョロキョロとあたりを見まわしている。

「奴は……どこから俺たちを見てるんだ」

「あ……多分、そこの監視カメラから。警備システムを経由して見ているんだと思います」

「じゃあ、ここのネットワークってのは警備システムにつながってるのか」

「そうですけど、もう……そんなことどうでも」

「確かに俺たちにはどうでもいいがな。お~い、磁界王とかいう誇大妄想野郎、聞こえるか」

 プリズマは監視カメラに向かって手を振った。その顔は憔悴し切ってはいたが、ふたたびイタズラを成功させたワルガキの笑顔だ。

『聞こえているが?何か用かな』

「大した用じゃないんだが。一言だけだ」

『ふむ……?いいだろう、いいたまえ』

「……さようなら」

『?……相変わらず君のいうことは意味がわからん』

「わかる必要はないさ。もうお互いに声も聞こえなくなる頃だ」

『それはどういう意味なのか……ツーッ』

 スピーカーの声は甲高い発信音に取って代わられた。耳を塞ぎたくなるような発信音は十秒ほど続いていきなり止まった。

「社長、何かしたんですか?」

「んーっ?ちょっとね」

「何をしたんですか?」

「ああ、通路の警備カメラ壊すついでにね。カメラから通じていた光ファイバーにね。破壊光をちょっとずつね。送りこんでみたんだけど」

「なぜ、そんなことを?」

「こうなることを見越して……いたわけじゃないんだが、警備システムが混乱すれば、あの馬鹿王も少しは困るかと思って。単なる嫌がらせのつもりだった」

 リューセはマジマジと雇い主の顔を見た。そうだった、こいつはこんな奴だった。セコくてケチで陰険で執念深くて……。

「……」

「ん?何かいったか、ヒラ社員」

「少しでも見なおそうと思った私が馬鹿でした」


-これはどうしたことだ?-

 磁界王にとっては単なる嫌がらせで済まなかった。彼の全人格データを格納すべき領域は今や崩壊の危機に瀕していた。それもウィルス感染などという生易しいものではなかった。正体不明の光信号が通過するたびに物理的な装置接続が消滅し、機械が火花を散らして停止していくのだ。

-このままでは全領域が消滅する!私の人格も研究データも全て失われてしまう-

 正体不明の光信号を遮蔽しようと、手前で接続を切断してみた。徒労だった。光は遮蔽を飛び越え基盤そのものを崩壊させているのだ。

-このままでは、このままでは!そうだ-

 土壇場で思い出した。この狂暴な光信号が追って来れない場所がひとつだけあった。そこまで逃げ切れればチャンスはある。

-研究データまでは持ち出せないのは残念だが-


「ここへ来ると思っていました」

 グラッドは静かにつぶやいた。見渡す限りの暗黒の中に彼は一人でいた。暗黒といっても照明の消えた部屋というわけでもなければ謎の異次元空間でもない。暗闇とはグラッドのまぶたの裏にすぎなかった。彼はかたく目を閉じて静かに横たわっていたのだ。止血も終わり、麻酔をかけられて安静にしていた。

-ドクター・リューセ・クジョーインがいる限りお前を見殺しにするはずがないと信じていたー

「研究施設内の情報機器は機能障害を起こしています。あなたが避難できるのは光ネットワーク上にない記憶媒体のみ。つまり生身の脳を持つ僕の体しかありません」

-うむ、奴の能力を甘く見過ぎていた-

「……それだけではないでしょう」

-どういう意味だ?-

「いえ、どうでもいいことですから。それよりこれからどうなさるつもりですか」

-しばらくは活動するわけにもいくまい。私の死を奴が確信するまで動きがとれない-

「ではしばらく僕の意識の底に隠れるのですね」

-そうだ、お前の中に当分は眠らせてもらうぞ-

 声は途絶え、グラッドは再び暗黒と静寂の中にいた。

「心得ております。安心してお休みください……永遠に」

 そしてグラッド自身の意識も闇の中に溶け込み消えていった。


「お?もう始めるのか」

 隣のベッドの上で白い塊がちょっと驚いたように喋った。猫くらいの大きさのそいつは包帯とギプスで包装されたプリズマだ。こちらも手当てが終わったばかりで全然動けないらしい。彼等は手術室とおぼしき一室を探し当て応急処置を終えたばかりだ。さっきの戦いからはまだ三十分と経っていない。

「ええ、すぐにはじめて欲しいとの本人の希望ですから」

 白衣に着替えたリューセの動きは普段とはまるで違っていた。重傷患者二名の治療を十分とかからずに完了させた手つきは並みの医師を遥かに凌ぐ水準にあった。幸いにも手術室の設備の大半は正常に機能した。それらはただの道具であってネットワークとは無関係だったからだった。

「それにしても傷が治ってからの方がいいんじゃないのか、その処理は」

 プリズマが心配そうに言うのも無理はなかった。いまから行うのは治療行為ではなく、ある意味ではその逆とも言えるのだ。しかも時間もかかり治療する者にとってもされる者とっても大変な負担となる。

「仕方ありません。磁界王の意識は今、グラッドさんの脳に潜んでいます。逃がすわけにはいきません」

 冷然と言い切るリューセだが、口調はやや乱れていた。磁界王を完全消滅させる唯一の方法、それは医師としては禁断の技だった。たとえグラッド本人が嘆願したことであっても。

「しかしなぁ、何も記憶全てを消さなくても……」

「磁界王の人格データは暗号化されています。記憶全てを破壊しなければ復活の恐れがあります」

 リューセは両手の手袋を外すと、眠り続けるグラッドのこめかみに指で触れた。

「では記憶抹消処置を開始します。しばらくは話しかけないでください」

 プリズマは答えずに目を閉じた。今回の記憶改変、いや記憶破壊処置にはまる一日はかかるらしい。その間、彼にできることはなにもない。邪魔にならないように寝ているしかないのだ。数分後小さないびきが聞こえてきたが集中状態に入ったリューセには聞こえなかった。ただ一言、寂しそうな声が彼女の口からもれた。

「さよなら、グラッドさん」


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