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有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
8/10

こぼれ落ちる砂

「あっ、ダメですよ。ライフルに自分の名前なんか書いちゃあ!」

「いーじゃねぇか、お嬢ちゃん。倉庫に山ほどある銃の一丁くらい」

「だから、それは押収した証拠物件でして。私物化しないで下さいよ」

 警報が鳴り響く中で間の抜けた会話を続ける三人組であった。

「それにしてもガットさんの使う銃って、弾丸を使う旧タイプの銃ばっかりですね」

「んー?そりゃあ、アンタ。反動も何もねぇレーザーなんて男の武器じゃねぇからな」

「そうなんですか?」

「そう!火を吹く銃口、轟く銃声、たなびく硝煙!これぞ男のロマンよ!警官の坊やもそう思うだろ?」

「僕はあんまりそういうのはわかりませんが」

「……思うだろ?」

「思います、心底そう思います!」

 ガットの銃口はグラッドの額に向けられていた。グラッドは泣く泣く男のロマンを理解させられた。

「それにしてもどうやって敵を探すんですか?ステーション内の監視カメラも使えませんし」

 殺意を植えつけられた人間たちがあちこちで暴走したおかげで、火災や爆発が頻発。内部監視ネットワークは機能停止状態にあった。おかげで警戒体制下にもかかわらず武器をあさったり、格納庫まで発見されずに来れたりしたのだ。

「うむ、確かにそれは言えるな。で、俺様は考えたんだが」

 自信たっぷりのガットだが、他の二人は不安になった。ロクなアイデアではないような気がしたからだ。

「奴等は竜使いを狙ってくる。つまりお嬢ちゃんを捜しているわけだ」

「はぁ、そうですけど」

「そこでだ、少々危険だがお嬢ちゃんにオトリになってもらう」

 あまりにも単純かつ危険すぎるアイデアだった。リューセは驚いた表情でガットの顔を見ていたし、グラッドは頭を抱え込んでいた。

「あの……」

「心配はない、影から俺様がガードするって寸法よ」

 ライフルを掲げて自信満々の不敵なスマイルを見せるガット。

「冗談じゃありませんよ!リューセさんを危険にさらすなんて!」

 グラッドは目をつりあげてくってかかっていった。

「なんだとぉ?ポリ公風情が俺様の射撃の腕にケチつけるっていうのか!」

「アンタの射撃の腕はともかく、女性をオトリに使おうなんて許せません」

「ヤケに気ィ使うじゃねぇか、お前ひょっとしてお嬢ちゃんに惚れ…」

 ニィーッと意地悪く笑うガットを前に、グラッドは耳まで真っ赤になった。となりで聞いていたリューセもちょっぴり赤面していた。

「そ、そうなんですか、グラッドさん。私ったら少しも気がつかなくて」

「ば、馬鹿言わないで下さい、とにかくオトリなんて」

「そうだ、私を呼ぶのにオトリなど必要ない」

「ほらね、向こうもあのようにおっしゃって……えっ?」

 彼ら以外の声は扉の向こうから聞こえた。音もなく扉に斜線が入った。射線に沿ってゆっくり扉がずれた。そして向こう側に非常灯に照らされた廊下の壁と、薄気味悪い微笑を浮かべる美女の姿があらわれた。

 ズゴォォォン。地響きを上げて扉が倒れ、埃がモウモウと舞い上がった。残った扉の下半分をふわりと飛び越えてユルディは彼らの前に立った。

「お待たせしたわね。おや、半竜人の奴がいないわね」

 リューセたちの中にプリズマの姿がないことにユルディは気がついた。一応まわりを見てみたが隠れている様子はない。

「しかたないわね、まずお前たちから切り刻むことしましょう」

 視線をリューセたちに戻した時、ユルディはこちらに向けられた三つの銃口と対面した。

「くたばれ、サイボーグ妖怪女!」

 ガットの怒声が響き銃口が火を吹いた。至近距離からのライフルの連射とレーザーの赤い光がユルディを襲った。かわすこともできない距離。だがユルディは余裕の笑みを浮かべたまま突っ立っていた。

「なんだと?」

 ガットが驚きの声を上げた。ユルディの胸元二メートルくらいの空中で火花が散ったかと思うと、真っ二つになった弾丸が床の上に転がった。レーザーも空中で吹き散らされるように拡散し、床や壁に焦げ跡を作っただけだった。

「どうなってんだ?バリアの類か」

「いえ、違うみたいです。あの人の周りを何か見えないものが、高速回転しています」

 ユルディのまわりの風景が扇風機越しに見る向こう側のようにブレていた。リューセの指摘するように何かが渦を巻いて回転していた。

「貴様らの武器など私には届くことさえない。この単分子層ブレード『天の羽衣』の前ではね」


「う……ん?」

 プリズマは重いまぶたをあけた。まぶたに重量級のバーベルがぶら下がっているみたいな気がした。最初はかすんだ赤い光が見えただけだった。徐々にピントがあってくると、薄暗い非常灯と汚れた天井が見えてきた。

「ここは、どこだろう?」

 記憶の最後にあった雑居房ではない。医療室の類でもない。意識を失ってからどれだけ時間が経ったのだろうか。

「あっ痛ぅっ!」

 上半身を起こそうとして、腹に激痛が走った。手をやると包帯の感触があった。治療は終わっていたらしい。

「まだ、起きない方がいいわ」

 声の主を振りかえると看守らしき男が一人、いや看守に変装した女だ。

「誰だ、お前は?」

「口のきき方しらないガキだね。ま、いいわ」

 女は物珍しそうな目でプリズマを見下ろした。

「私はダニアっていうの。アンタがとっ捕まえたガットの知り合いよ」

 ダニアは珍しそうにプリズマを見た。それからプッ吹き出し、続いて大爆笑モードに入った。

「よく見りゃ、ホントにまだ子供じゃないか。こんなのに生け捕られるなんて『砂蛇のガット』も地に落ちたもんだ」

「こんなので悪かっ……痛い」

 言い返してやりたいのだが、治療したばかりの腹に激痛が走る。口を利くのも一苦労だ。それでも無理矢理体を動かして半身を起こした。

「おい、女。尋ねたいことが……グッ」

「安静にしてなさい、ってアンタの相棒が言ってたよ。無理はよしな」

 相棒と聞いてプリズマの目が光った。リューセの姿がないことにようやく気がついたのだ。

「チッ!ウチの社員は怪我人ほっぽりだして、どこへ行きやがったんだ?」

「ああ、あの小娘なら『敵を片付けてくる』って言ってたよ」

 プリズマは目をパチクリさせた。

「あのバカ!手前でどうにかなる相手だと思ってんのか?」

 体を包むシーツをはねのけて飛び起き、そのまま駆けだそうとして、プリズマは前のめりに倒れた。

「どっちがバカなんだか…ちょっと前まで内臓露出させてたのが動けるわけないじゃない」

 倒れたプリズマの体にダニアはそっとシーツをかぶせた。

「今はここで相棒の帰りを待つこった」

「いや、そりゃダメだろうな」

 プリズマは不機嫌そうに言った。思わぬ頑固さに、さすがにダニアもムッとした。

「あのねぇ、今のアンタじゃ足手まとい以下なんだって」

「そういう意味じゃない。見ろよ」

 プリズマがあごで示した先、独房の唯ひとつのゲートに人影があった。長いレンチを手にした作業員らしき男だ。異様に目をぎらつかせ荒い呼吸をしている。

「いたな、こ、こ、こ殺してやるぜ。頭を叩き割ってやる」

 残虐な喜びに満ちた笑いを浮かべて男はレンチを振り上げ、飛びかかってきた。

「ふん!こうるさい奴だね、あっちへお行き」

パン、パン、パン!ダニアはためらわず冷静に三発撃った。男は両足と右肩を撃ち抜かれた。

「えっ?嘘でしょッ!」

 驚くべきことに撃たれた男は倒れも止まりもせず、突っ込んできた。手足から血を吹き出しているにも関わらずである。痛みどころか撃たれたことさえ気づいていないらしい。

「死ねェェェッ!」

 男はレンチをプリズマの頭めがけて振り下ろした。

バッ! この時まで身動きひとつしていなかったプリズマが初めて動いた。身を包んでいたシーツを男の顔面に叩きつけたのだ。

カァーーーン!視界を奪われた男の一撃は床を叩くだけに終わった。頭からかぶったシーツを剥ぎ取る間もなく男の首にプリズマの尻尾が巻きついた。そのまま十数秒あまり、男の手からレンチが落ち、続いてガックリと膝をつき、バタッと倒れた。

「殺したの?」

「頚動脈しめて落としただけだ。おっと、しまった!」

 何かに気がついたプリズマは跳ね起きた。そしてダニアの襟をつかむと、彼女を引きずりながら全力疾走で独房のゲートへ向かった。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと!」

「急げ!あいつは自爆するぞ!」

 『自爆』という言葉を聞いたとたんにダニアも全力疾走した。

 ドーン!

 ゲートを潜り抜けたのと同時に背後で爆発音がした。熱風と衝撃波が背中を激しく叩き、二人とも通路の床に叩きつけられた。この襲撃者の脳に埋め込まれた端末にも高性能爆弾が仕込まれていのだろう。

「大丈夫か、女?」

「女、はないでしょ。ダニアって名前があるんだから」

「怪我がないなら、さっさとこのステーションから逃げるんだな」

「逃げろ、ってアンタはどうすんの?」

 プリズマは険しい目で天井を見上げた。

「今の男を操ってた奴、記憶を操作する能力を持つサイボーグが近くにいるはずだ。」

 プリズマはフラフラしながら歩きはじめた。

「そいつを探し出してブッ殺す」

「一人で?無茶よ、そんな体で!」

 プリズマは振り向こうともせず歩き続けた。床の上に点々と赤いしずくの跡を残しながら。だが曲がり角の手前で急に立ち止まった。

「どうしたの?まさか敵が?」

 身構えるダニアの方を振り向いたプリズマ。その目には涙が浮かんでいた。

「すみません、ダニアさん。ちょっとだけ……肩貸してもらえないでしょーか?」

 縫合したばかりの傷が相当痛むのだろう。超一流賞金稼ぎの情けない姿にダニアはちょっとガッカリした。


 リューセを先頭にして三人は狭い通路を走っていた。荒い息をして汗を流してまで走り続けたいわけではもちろんない。後ろから追いかけてくるユルディから逃げるための命がけマラソンなのだ。

「ホホホホホ。私をおびき寄せたいんじゃなかったの?」

 背後から声が追いかけてくる。同時に壁や天井が切り裂かれる音、切れた電気配線がショートする音、天井が崩れ落ちる音が続く。

「チクショーッ!」

 足を止めたガットは銃を構え引き金を引いた。二発、三発。効果なし。悔しそうに顔を歪めてまた走り出す。さっきからずっとこの調子だ。

「あの人、どうして追いついてこないのかしら」

 リューセは息切れしながら疑問を口にした。走り出してからの敵との間隔はまったく変わらない。こちらが疲れでスピードダウンしているにも関わらず、だ。

「俺たちをいたぶって楽しんでるんだ。とんでもねえサディストだぞ、あの女」

 一流スナイパーであるガットも銃弾が届かなければタダの人間である。悪態つきながら逃げ回るしかない。その時これまで無言で逃げ続けていたグラッドが口を開いた。

「一言いいたいことがあるんですが」

「後にしろ!この忙しい時に!」

「す、すいません」

 ガットに怒鳴られてグラッドは身を縮こまらせて口を閉じた。

「今はとにかく逃げ回って時間をかせがなきゃ。その間に何か対策を…」

 そういいながら角を曲がったとたんに、時間切れがやってきた。彼らの前には分厚く頑丈そうな冷たい超合金の壁があった。

「さっき、いおうと思ったんですけど」

 青ざめるガットとリューセの横でグラッドが再び口を開いた。

「この先は予算不足による工事未完成で行き止まりになってるんです」

「そーゆーことは先にいえ、このスカタン警官!」

「す、すいませーん」

 ガットのゲンコツが頭に落下し、グラッドは泣きながらまた謝った。

「こっちに部屋がありますよ、この中へ」

 リューセは行き止まりの側にあるドアを指差した。鍵はかかっておらず、中は倉庫らしい。

「でも、その倉庫も行き止まりで…」

「つべこべゆーな!」

 グラッドの尻を蹴飛ばしてドアの内側へ叩きこむ。続いてリューセたちも飛び込んでドアを閉めた。

 中はコンテナは無造作に積み上げられていた。身を潜める場所はいくつかありそうだが、寿命が数分延びただけのことだ。

「絶体絶命か、このガット様がよォ」

 天を仰いで気を落とすガットの横で、同じく天井を見ていたリューセが何かを見つけた。

「ガットさん、グラッドさん。お願いがあるんですけど」


「ブッ殺してやるぜ、雑種野郎…」

「トカゲモドキの匂いなんざ世の中から消してやる!」

 目の前に立ちはだかる十数名の男どもが、ハンマーだのナイフだのを振り上げて襲ってきた。

「ダニア、ちょっと離れてろ」

 肩を貸してくれていたダニアから身を離すと、プリズマは身構えた。敵は全員プリズマに殺到する。標的はあくまで彼一人なのだ。

 入り乱れる靴音と激しい打撃音が数秒間続いた。静かになったとき両足で立っていたのはプリズマ一人になっていた。

「見事な手並みね、重傷者とは思えないわ」

「急ごう、自爆される前に逃げるぞ」

 床の上で悶絶した操り人形たちを残し、プリズマ再び肩を借りて先を急いだ。

「で、この先に敵の本体がいるってどうして分かるの?」

「簡単なことだ。ステーション内の壁や床は通信波を通さない」

 ダニアの問いに答えたプリズマだが、顔色は悪い。取り替えたばかりの包帯にもう血がにじんでいる。

「つまりだ。ヤツはステーション内通信を利用して人形をコントロールしている」

「なるほどね。館内通信網は管制室でなきゃモニターできない。この先にある管制室に敵は居座ってるということなのね」

「そ……うだ」

 足がもつれた。二人して転びそうになり、壁に手をついた。

「ちょっと、アンタ!ホントに大丈夫なの?」

 プリズマは答えようとしたが、声が出なかった。喉から出るのは荒い呼吸音ばかりだ。なんとか呼吸を整えて声を出した。

「大丈夫だといってるだろ!それよりもっとしっかり支えろよ」

 居丈高な態度にダニアはハァーッとため息をついた。

「怪我人じゃなきゃブッ飛ばしてやるところだわ。あのお嬢さん、こんなヤツの面倒よくみてられるわね」

「うるさい、余計なお世話だ」

 幸いなことに彼女の忍耐力が切れる前に、目的地の扉が見えてきた。

「着いたわね、通信管制室」

 ダニアは銃を抜き、足音を忍ばせて進もうとした。だが、鱗に被われた手が彼女を押しとどめた。

「お前はここにいろ。俺一人で片付ける」

「なっ…!」

 ダニアは驚き、そしてあきれた。

「バカじゃないのアンタ!一人で歩くのがやっとのクセに!どーやって戦うつもりなのよ?」

「敵は間違いなくこの先に罠を仕掛けている」

「そんなの分かりきったコトじゃないの」

「いいか、よく聞け」

 プリズマは重傷者とは思えない力でダニアを壁に押しつけた。

「この俺様がこの程度のかすり傷で遅れを取るとでも思ってるのか?」

「でもねぇ」

「俺一人でも十分なんだが、百億分の一の事態を想定してお前を連れてきてやったんだ。分かるな?」

「そりゃ、分かるけどさ」

「だから先に俺が行く。もしもの場合はお前が殺れ」

「分かったわよ、まったく」

「ま、お前の出番はないだけどな」

 ズラッと並んだ牙の列を見せて笑うと、半竜人は余裕たっぷりに鼻歌うたいながら前進した。

「無茶なガキ…死ぬんじゃないわよ、ホントに」

 プリズマの歩いた後に点々と残る血痕を見て、ダニアは幸運の女神に祈った。

 ドアは内側からロックされていた。プリズマは電子錠に手の平をあてた。一瞬青い光が指の間から洩れ、錠は開いた。開いたドアの内側から何十人分かの敵意と殺意が吹き寄せてくる。

「さあ、きてやったぞ」

 一歩踏み込んだとたんにドアの左右に潜んだ二人が青白いスパークを飛ばす警棒を振り下ろしてきた。

「邪魔だ」

 プリズマは無造作に彼らの襟をつかんで引っぱった。バランスを崩された男たちは頭をぶつけ合ってひっくり返る羽目になった。

「やっぱり、ここにいたな」

 プリズマの視線は真正面に固定された。制御パネルの前の座席にはコガーとおぼしき小男が座っていた。プリズマの殺意の視線におびえているせいだろうか。足がカタカタと震えている。

「や、やっちまえーッ!」

「ぶっ殺せーッ}

 凶器を手にし、凶悪な顔をした警官や通信オペレーターが左右から押し寄せてきた。

「本調子なら、こんな連中ものの数じゃねーんだが」

 プリズマは目を閉じて両手を高々と上げた。奇妙な行動に押し寄せる暴徒たちは戸惑い、その場に足を止めかけた。プリズマも両手をあげたまま動かない。手にはさっき拾った警棒が二本握られているだけだ。強い電気ショックを発生させるスタンガンタイプの警棒で接近戦では有効な武器だ。しかしこれだけの人数を相手にできるはずもない。

「何をしておる!ヤツを殺さねば、お前たちが殺されるぞ」

 コガーの一声で狂気の暴徒は再び動き出した。同時にプリズマも動いた。と、いっても手にした電気ショック警棒で殴りかかったのではない。警棒同士を触れ合わせただけだ。それだけで警棒は十分な威力を発揮した。

 パンッ!

 何かが破裂する音が室内に反響し、真っ白な光が暴徒の網膜を焼いた。光は一秒も持続しなかった。が、人間の視力を一時的に奪うには十分な光量だった。プリズマが閉じていた目を開いたときには、その場にいた全員が両目を押さえて床にうずくまっていた。

「これで終わりだな。自分のいる場所では自爆命令も出せまい、コガー」

 ショートして壊れた警棒を投げ捨て、プリズマはコガーに向かって歩いていった。途中、邪魔な警官を二、三人蹴飛ばしてどかせると、通信パネルの前に到着した。

「手っ取り早く首をはねてやる。地獄へ直行しなよ」

 ゆっくり上げた手の先で鋭い爪が冷たい銀光を放つ。慎重に狙いをつけ振りぬこうとした時、椅子が半回転してコガーがこちらを向いた。その顔を見てプリズマは驚いた。

「だ、誰だ!お前は?」

 座っていたのは頭のハゲた中年太りの男であった。口をテープでふさがれ、全身をロープで縛られ、涙と鼻水を垂れ流しにしていた。

「ここの警察の署長じゃよ」

 通信パネルからプリズマの狼狽ぶりを面白がっている声が聞こえた。間違いなくコガーの声だ。

「コガー、貴様!」

「ついさっきまでは確かにワシ自身がそこにいたんじゃがの。お前さんと顔を会わせるのが恐くて、交代してもらったんじゃ」

 嫌味な含み笑いがしばらく続いた。その間に背後の男たちは次々と立ちあがってきた。彼らの憎悪の目は全てプリズマに向けられている。

「さて、とワシはそこから2ブロック下の安全な場所におる。よって人形どもが全員爆発しても何ともない」

「貴様、こんなマネして無事にすむと思うなよ」

「無事にすまない?そりゃお前の方じゃろ?それだけの爆発を防げるのか?」

 プリズマは歯ぎしりをした。これだけの人数を一斉に自爆させれば、彼の『輝光壁』でも防ぎきれる自信はない。その上……

「防ぎきれたとしても、爆発はステーションの外壁に大穴をあけるじゃろう。お前は真空の中に放り出される。宇宙服もなしでのう」

 プリズマは目玉をクルクル動かして、部屋中を探した。

(非常用の宇宙服でもあればと思ったんだが)

 その期待も消えた。非常用と書かれたロッカーは既に開けられ、中の宇宙服は引き裂かれていた。

「では、5秒前、4、3、…」

 操られている人々は凶器も投げ捨て、両手を突き出して迫ってくる。

「2、1、」

「コガー、貴様に最も苦しい処刑方法を体験させてやるからな」

「……ゼロ!」

 最後のセリフはコガーに届いたのだろうか?取り囲む生き人形たちの頭部が消えうせ、そこに生じた赤い輝きが部屋を包んでいくのをプリズマは見た。見る以外には何もできなかった。


ヴォン!轟音が響き、ドアが吹き飛んで猛火を吐き、壁を裂け目が疾走し、通路が蛇のようにのたうち、ねじれた。

「な、何なの!何なのよ!」

 驚いてる暇もなくダニアは爆風で飛ばされた。廊下を歩くことなく飛行して、突き当りの壁まで吹き飛ばされた。

「ウッ!」

 体を壁に叩きつけられた激痛で身動きできないほど痺れ、床の上に転がった彼女の前に赤い炎の激流が迫ってきた。

「これまで…か」

 幸運にも『これまで』にはならなかった。炎が触れる直前に目の前に壁のような物が降ってきた。唸るような重い音をさせて閉じた非常用隔壁だった。

「助かった…けど、アイツは?」

 隔壁の閉鎖は向こう側が既に生存可能な状態にないことを意味していた。現在の混乱したステーションの状態では救出班の出動も期待できない。加えてプリズマは本来なら絶対安静の重傷者なのだ。今の爆発から身を守れたとは考えられない。

「まさか死んじまっ……」

 不吉な考えを浮かべ終わる前に、ダニアも意識を失った。


 ユルディは首をかしげた。倉庫の扉は開け放たれていた。この先は袋小路になっているから、この倉庫に逃げ込んだのは間違いない。

「扉をロックする余裕くらいはあったはずなのに。なぜ開けっぱなしにしてある?」

 ユルディは当然の疑問を口にしてから、つい笑ってしまった。理由は一つしかない、『入ってこい』と誘っているのだ。

「楽しみだわ、どんな歓迎をしてくれるのかしら」

 パーティ会場へ入る貴婦人のように優雅な身のこなしでユルディは足を踏み入れた。照明は消されているが、サイボーグである彼女の目には暗闇など関係ない。どこに潜んでいても確実に見つけ出せるはずだった。

「おや?意外だね、隠れていると思ったのに」

 真正面の奥に壁を背にしてこちらを見ているリューセの姿を見つけてしまったのだ。向こうもこちらに気がついているようだ。

「おやおや、何を企んでいるんだい?」

 妖艶な笑みを絶やすことなく、ユルディが近づいてきた。

「男衆二人はどこかしら?パーティの時間なのに、女の子をほったらかしにするなんてね」

 積み上げられたコンテナに音もなく切断され、荷物の山は轟音を立てて崩れ落ち、逃げ道をふさいだ。

「さあ、どんな楽しい罠を仕掛けてくれたの?もったいぶらずに見せてちょうだいな」

 リューセの目の前約十メートル、既にユルディの武器・単分子層ブレードの射程内ギリギリだった。

「さっさとやってくれなきゃ、あなたの首…落とすわよ」

 ビュッ。耳の側で空気を裂く音がして、リューセは冷たい汗が吹き出すのを感じた。数本の髪の毛が切断されてハラリと落ちてた。

「ガットさん、まだ撃たないんですか?」

「お嬢ちゃんがアクションを起こさなきゃ撃てねえんだよ!」

 ガットとグラッドはリューセたちとは反対方向の扉側の壁にへばりついていた。作戦ではリューセが敵を罠に誘い込みガットが狙撃してとどめを刺す、という予定だった。

「いくら奴でもいきなりあの仕掛けをくらえば防げまい…」

「だといいんですけど…痛ッ」

 不安を口にするグラッドをガットのゲンコツが沈黙させた。ガットはライフルを構え、スコープの先の標的に狙いを定めた。

 リューセとユルディの距離は既に十メートルもない。完全にユルディ側の射程距離に入っている。それでも攻撃をかけないのは罠を警戒してのことだろう。笑みをさらに嘲笑的なものにしてユルディは立ち止まった。

「そろそろ、仕掛けてきてもいいんじゃない?」

 挑発に対してリューセはためらっていた。敵は狙いどおりの位置に来ている。外すことはありえない。が、相手の余裕が気にかかる。罠の正体を見破っているのかもしれない。

(でも、手はこれしかないし)

 リューセは背後にまわした手を動かした。壁には小さなコントロールパネルがあった。指が触れると小さなパイロットランプがまたたき……ザァァァーッ、ユルディの頭上に天井のスプリンクラーから水が雨のように降り注いだ。雨音を合図にリューセは横っ飛びにコンテナに飛びこみ、ガットは引き金に指をかける。

 消火用のスプリンクラーを手動で作動させ、リューセが変質させた液体を浴びせて致命の攻撃とする。それがトラップの全てだった。だがユルディは慌てるどころか、余裕の笑みを崩すことさえしなかった。

「この程度で切り札のつもりなのかしら」

 ふん、と鼻を鳴らしてユルディは指先をスプリンクラーに向けた。すると頭上で雨は見えない壁に弾かれ、飛沫となって撒き散らされた。危険な液体の雨は一滴たりともユルディの体を濡らすことはなかった。

液体は霧のような微小の水滴となり、広い倉庫内に異臭が広がっていく。

「おや、この匂いは高性能液体燃料だね。なるほど、燃料のシャワーを浴びせてから火をつける気だったのかい」

 ユルディは一歩だけ足を踏み出した。リューセの潜むコンテナに音もなく切断線が走った。コンテナはバラバラに分解され、中で身を縮こまらせていたリューセは再び無防備になった。

「かわいい顔して恐いマネしてくれるわね、アンタは。でも私の単分子層ブレードには通じなかったのは残念だったね」

 高性能燃料に濡れたユルディをガットの狙撃で点火。二千度の炎で焼き尽くす作戦は頓挫した。可燃性の雨をユルディの周りを回転する見えない刃は完全に弾き飛ばしていた。今、狙撃を決行しても、炎に包まれるのはリューセだけでユルディは火傷ひとつ負わないだろう。

「痛ッ!」

 リューセの耳元でビュッと風を切る音がし、頬に熱い感覚がはしった。触れみると指は赤く染まった。

「勝負……あったねぇ」

 ユルディがゆっくりと近づいてきた。

「磁界王様は殺すな、とお命じになったけど。妹をあんなひどい目に遭わせた礼に切り刻んでやらなきゃ、気がおさまらないねぇ」

 見えない刃が風を切る音が全方位から聞こえた。逃げ道はない。後ろにまだ無傷のコンテナがあるが、単分子層ブレードの前では藁の小屋に等しい。

「ど、どうしたら…ガットさん!」

「どうするたって、どうにもこうにも…」

 壁に貼りついていたガットとグラッドはうろたえるばかりだった。もはや倉庫内では火器は使えない。使えばたちまち火の海と化し、生身の人間は生き残れない。

「ガットさん、グラッドさん、逃げてください!」

 リューセが声を振り絞って叫んだ。

「し、しかしお嬢ちゃんが…」

「私は心配いりません。私より貴方たちの方が危険なんです!」

「えっ?俺たちの方が危険?」

「早く外へ出て。少しでもここから離れてください!」

「わ、分かった。おい若造!逃げるぞ」

 ガットはグラッドの腕をつかんで、出入り口の扉へ走った。

「ガットさん!彼女を見捨てていくんですか!」

「違う。あのお嬢ちゃん何か狙ってるようだ。俺たちがここにいちゃ、邪魔になる」

 なおも抗議しようとするグラッドを鉄拳で黙らせてから、ガットは倉庫から出ていった。 

「あいつらも後で切り刻んでやろうと思っていたが、まあいい。観念したということか」

 左右の積み上げられたコンテナをスパスパ切り落としながらユルディは接近してくる。リューセはジリジリと後退を余儀なくされた。

「観念したなら殺すのは勘弁してやるわ。でも逃げられぬよう両足は切り落としておこうかしら」

 勝利を確信した余裕の笑みと嘲りを味わいつつ、妖女はリューセを完全に射程内に捕えた。二人の視線が絡み合った時、ユルディは違和感を覚えた。

(なんだ、コイツは?反撃の手も逃げ道も失ったというのに)

 キッと睨み返す標的の視線は追い詰められたネズミの物ではない。むしろ喉笛にくらいつくチャンスを狙う油断ならない猫の目つきだ。

「まだ、何か企んでるのかい?無駄なことだと分からぬとは、大した馬鹿だね」

「確かに私には攻撃の手段はありません。でも貴方も私を攻撃できません。そして、次の一手で貴方は破滅します」

 ポケットに手を突っ込み、彼女は最後の切り札を出した。

「寝言を言ってるのかい」

 妖女の余裕は変わらなかった。リューセが手にした手榴弾を見ても。

「そんな玩具で何ができるの。爆発も火災も私の肌には届きゃしない。お前一人が焼け死ぬだけよ」

 リューセは無言でピンを抜いた。左右から見えない刃が迫る音が聞こえた。手榴弾を投げつける余裕はなかった。手榴弾を足元に放り出して、真後ろのコンテナに飛びこむしかなかった。

 ガコンと足でレバーを蹴っ飛ばすとコンテナの扉は閉じた。これで手榴弾の爆発とそれに続くであろう大火災からは身を守れる。しかし逃げる方法も完全になくなった。

 ユルディは実に下らない、といった面持ちで床の上の手榴弾を見た二秒後に爆発を起こす。それだけだ。

「念のため回転防御を強化しておくか」

 風切り音が高まった。これで爆発の衝撃波も弾き返せるし、炎だって近寄れない。

「さて、最後の一手とやら見せてもらいましょうか」

 強烈な輝きが生まれた。轟音がステーションを揺らした。オレンジの炎が視界を食いつくし、黒煙がそれに続いた。

「お粗末な一手だったわね」

 床から巻き上がった炎が壁と天井を舐め尽くす様をユルディはのんびりと眺めていた。彼女は傷ひとつ負うことなかった。

「残念でしょうけど、遊びはおしまいね」

 視線の先にはリューセが飛びこんだコンテナ。煤けて多少へこんではいるが、こちらも無事だった。

「炎が収まるまで少し待つか、それとも今すぐ引きずり出して熱い思いをしてもらおうかしら」

 残虐な思考は中断した。彼女の目の前、回転防御の内側に思いがけないものが出現したからだ。

「何よ?これ!」

 オレンジ色の丸い光が空中に浮いていた。炎だ。それも一つ二つではない。十個以上がユルディ本体を囲むように絶対防御圏内に出現し急速に大きくなっていく。

「そんな、ハズが、防御は、完璧だった…」

 拡大する炎はあっというまにユルディを呑みこんだ。悲鳴ひとつあげる間もなく全身を超高温の赤い舌が舐め尽くした。人工の皮膚が、筋肉が、神経が溶けて弾ける激痛が最後の記憶となった。


 完全な静寂の中をコガーは歩いていた。音をたてるものなどない、真空の星空の下を不恰好な宇宙服を着こんで、ステーションの外壁の上に彼はいた。ちょっと立ち止まって背伸びをすると、滑らかな壁面の一部がギザギザにささくれだっているのが見えた。

「うむ、思ったより遠回りになってしもうたわい」

 目指す場所小型貨物艇が出入りできるくらいの大穴が開いていた。コガーの人形にされた者どもの自爆は大きな被害をもたらしていた。内部通信網は途絶、主動力は緊急停止状態、数ブロックに渡り通路は完全閉鎖されおり、生命維持装置もシステムダウンを起こしていた。

「死体を確認するのも一苦労じゃて。それも、死体が残っておればの話じゃがの」

 コガーはウキウキしていた。人を散々足蹴にしてくれた半トカゲ野郎がくたばったのだ。実に爽快、スカッとした気分だ。

 破壊口をのぞきこむ、真っ暗な闇の中を宇宙服のライトが照らす。焦げた椅子、ちぎれたパネルの一部、さらには人体の一部とおぼしき物までライトの光に次々と浮かび上がる、が大半は闇に沈んだままだ。

「ふむむむ、完全に消し飛んだのかの?せめて死体の一部くらい回収せんと磁界王様のお怒りが……おお!」

 床に引っ掛かっているそれを見つけコガーは喜んだ。

「奴が着けていた手甲ではないか。どうやら粉々に吹っ飛んでくれたようじゃの」

 それはプリズマが腕につけていたプロテクターの片方だった。手首から先しか残っておらず、血で赤く染まっていた。

「これもワシをいたぶってくれた報いよ。さて回収して引き上げるとするか」

 手を伸ばし、床の上から拾い上げようとした。指先が触れた時、思いがけないことが起こった。

「ヒェッ?」

 切り落とされていたはずの手首の指がバッと開いたのだ。そしてコガーの腕をつかみ潰すくらいに握り締めた。

「な、な、何事じゃぁ?」

「お待ちしておりました…もう、逃がさない」

 直接触れた宇宙服から直に声が伝わってきた。それも二度と聞かないですむと思っていたイヤな声が。手首だけと思われていた床から白銀の装甲に包まれた腕が引き出されてきた。なんのことはない、床板に穴を開け手首だけ出して、本人はその下に隠れていたのだ。

「き、貴様!竜使いか!」

「ご名答……っていうか俺以外に誰かいるワケないだろが」

「なんで生きていやがるッ!」

「俺も知らなかったんだが、着せ替えセットの中に……こんな物が入ってやがった」

 爆発の瞬間、咄嗟に張り巡らせた輝光壁はなんとか持ちこたえてくれた。しかし隔壁に開いた大穴から流出していく空気を留めるにはいたらず、数秒後には真空に全身をさらされるはめになった。

 肺の中から空気が根こそぎ奪われ、全身が膨れ上がり、血液が沸騰する。眼窩から充血した目が飛び出しそうになり、片手で押さえて死へと引きずり込まれる感覚の中で無意識に首輪に手をやっていた。それは父親が彼に残した唯一の品だった。状況に応じて記録された服と装備を再生実体化させる『魔法の首輪』。今までは戦闘用の軽装備と防具が記憶されているだけと思っていたのだが。

「それは…白兵戦用装甲宇宙服か」

 コガーは何度か見たことがあった。大戦後期に使用された白兵戦用重装甲タイプ、高い運動能力を有する竜人たちが宇宙空間での敵戦艦突入時に着用する代物で重機関砲の直撃にすら耐え、装備されたメタル・クローは宇宙戦艦ンの装甲すら切り裂く。対するコガーの宇宙服は単なる作業用で、全く勝負にならない。

「ハ、放せ!う、撃つぞ!」

 焦って銃を向けたのが間違いだった。掴まれた腕の中でゴキッと嫌な音がした。

「アギャァァァッ!」

 叫び声がヘルメットの中に反響した。銃はあっさり叩き落とされた。叫び声を上げ続けるコガーをプリズマは壁に向かって蹴飛ばした。音もなく壁に叩きつけられたコガーはピクリとも動かなくなった。首がおかしな方へ曲がっているところを見ると骨が折れたらしい。

「それでもくたばってないか」

 折れた首をつかむと、コガーは手足を激しくばたつかせた。さぞや盛大な激痛だったのだろう。

「貴様に尋ねておくことがある。磁界王とか言うイカレ野郎はどこにいる?」


「ひどい有様だな」

 爆発がおさまった後、ガットたちはすぐに引き返してきた。

「リューセさんは無事で、いや、生きてるんでしょうか」

 グラッドの心配は当然であろう。なにしろ壁は吹き飛んでいるし、天井は落ちて上層階の床ごと落ちているし、あちこちで可燃性の資材が燃えている。緊急消火装置の類も破損したらしく作動していない。生き延びれば『奇跡の生存者』の称号がもらえること疑いなしの惨状なのだ。ガットも気休めを言える状況でないことは分かっていた。しかし、コンテナのひとつを見つけたときにニィッと唇の端を歪めてみせた。

「どうやら、無事らしい」

 指差す先のコンテナは表面は黒煙で真っ黒の上に爆発の衝撃でボコボコにへこんでいた。しかし原型を留めており、しかもカタン、カタンと蓋が動いていた。歪んで開かなくなった蓋をこじ開けようと奮闘する誰かが中にいるのだ。

バコン。何十回目かのチャレンジで蓋は外れて床の上に倒れた。

「ふぁーっ、死ぬかと思ったわ」

 リューセは汗をぬぐって、深呼吸をした。狭いコンテナの中で酸素がなくなるギリギリまで閉じ込められていたのだ。ついでに煙を吸い込んで死ぬほど咳き込むはめになったが。

「無事だったか、お嬢ちゃん」

「あら?ガットさん、グラッドさん、ご心配おかけしました」

 ペコリと頭を下げる彼女の姿に、グラッドは呆然としていた。

「あのバケモノ女を倒したんですね、あの爆発はどうやって?」

 敵に液体燃料ブッかけて火をつける計画は失敗したはずだし、仮に成功していても倉庫全体を爆破するほどの効果はなかったはずだ。

「霧ですよ」

「霧?」

 グラッドもガットも意味が分からず、オウム返しに聞き返した。

「そう、燃料の霧。あのサイボーグさんは確かに燃料の雨は防ぎきりました。でも雨を高速回転するカッターで弾き飛ばしたために、大半の燃料は流れ落ちずに極小の粒になって空気中の広がってしまったんです。このように気化した場合は通常時の数倍の可燃性を獲得し、火花ひとつでも爆発的に燃焼します」

「それじゃ、あの時ここの空気全体が?」

「そうです、ガットさん。爆発性のガスと同じ状態になっていました」

「それで俺たちを退避させ、自分も頑丈そうなコンテナに避難してから点火したのか」

「はい、サイボーグさんの防御能力は固体や液体は通しませんでしたが、空気は遮断しきれていませんでした。室内温度が発火点を超えたとき、防御陣の内側も外側も同時に発火してしまったんです」

 ガットは無言でもう一度見まわしてみた。部屋の中は爆弾投下を食らったみたいな状態で堅牢な肉体を持つサイボーグと言えど耐えきれない破壊力がうかがえる。それを顔を煤だらけにした小娘がやらかしたと言うのか。

「やっぱり、アンタは恐い女だな」

「えっ?なんでですか?」

 リューセはキョトンとしている。恐い、と言われたのがピンとこないようだ。

「それより、急いでもどりましょう。社長、もとい患者さんの容態が心配で……」

「危ない!」

 リューセは突き飛ばされて床に倒れこんだ。その彼女の首筋ギリギリをシュッと小さな音を立てて何かがかすめていった。

「いったぁーい、いきなり何するんですかガットさ…」

 身を起こしたリューセは唖然とした。崩れた積荷の下にいた人物と視線があってしまったのだ。

「あ、あなたは?!」

「ウッグッ…逃がさぬぞ、お前だけは」

 人物と言ってもようものかどうか、それは人間には見えなかった。おそらくはセラミック製の丸い頭部に剥き出しのレンズ眼が二つ、砕けた顎の内側には発声スピーカー。リューセに向かって伸ばした腕から人工筋肉と神経コードが垂れ下がり、胸の内側では機械の心臓と歯車が途切れがちな不協和音を奏でていた。胸から下は何もない。下半身は爆発の時に吹き飛んだのか、下敷きになったときに潰れてしまったのだろう。

「生きていたんですか、あの爆発の中で!」

「お前、殺す、マデハ、シ、シ、シ、死ニハシナイゾ」

 生ける人工の骸骨の正体はユルディであった。執念の為せる技か、生存確立ゼロの状況下で生にしがみついていた。

「執念だけは誉めてやる。満足してあの世に行きな」

 ドン、ドン、ドン。ガットは冷静にライフルを向け、三発撃った。煤けた頭蓋骨が砕け、血と脳漿が飛び散り、ユルディは前のめりに倒れた。そして人工心臓の機械音も完全に停止した。

「驚いた、まだ生きていたなんて。ねえ…ガットさん?」

 グラッドは蒼白になった。ガットは腹部を手で押さえていた。その指の間から吹き出すような大量の出血!

「ガットさん!」

 リューセが駆け寄るより早く、ガットは両膝を折り、パタリと倒れた。流れ出た血がたちまち大きな水溜りを作り出す。

「ガットさん、しっかりして!」

 リューセはガットの服を切り裂き、傷口を確かめ、そして手を止めた。わき腹から入った切り口は心臓にまで達していた。設備の整った病院ならともかく、こんな状況ではどうにもならない。

「…しくじっちまった…ゼ。俺とした…」

 ガットはニヤリと笑い、そして首をうなだれた。

「ガットさん、しっかりしてください!」

 グラッドは必死に呼びかけるが答えは返ってこなかった。

「ガットさん!ガットさん!」

 リューセも傷口に手を当てて呼びつづけた。流血の一部を彼女の能力で止血剤と細胞活性剤に変えてみた。しかし効果なし。

「ガットさん、ガッ…」

 応急処置を続けるリューセが突然体を硬直させた。そして、白目をむき体を痙攣させて床の上に転がった。

「どうしたんです、リューセさんまで?」

 グラッドは気づいた。リューセの異常は神経麻痺によるものだ。誰かがパラライザーで狙っている。

(パラライザーの射程距離は短い。近くに潜んでいるはずだ)

 ビクビクしながら身をかがめ、手にした銃を構える。ふと違和感を覚えて手にした銃を見た。手には麻痺銃が握られていた。

「馬鹿な!僕が持っていたのは確かにレーザーのはずだった?」

 しかも表示されたエネルギー残量は既に一発撃っていることを示している。もちろん撃った記憶などない。

「さっきリューセさんを撃ったのは……僕なのか?」

 手が震えた。数秒前の自分の行動が思い出せない。いや違う。記憶と行動が一致しない。彼は頭を押さえてしばらく震えていた。やがて震えがとまると、リューセの体を担ぎ、ガットの遺体を引きずって歩き始めた。

「僕は、何をしようとしているんだ?リューセさんを何処に連れていくつもりなんだ?」


 ガクン!と床が大きく揺れた。

「ウウッ……」

 ダニアは意識の中の霞を振り払うべく頭を振った。

「オッ、気がついたか」

「アンタ、生きてたの?なかなかしぶといわね」

「まあな、そう簡単にはくたばりやしねぇよ。うぉっとと…」 

 再びステーションが揺れ、プリズマは足をふんばったが、これがまた傷に響いた。

「チッ、さっきから揺れに揺れまくりやがる。何があったんだ?」

 口は達者だが腹の傷を押さえるプリズマの顔にはあまり余裕がない。

「爆発の影響じゃないかしら。あっちこっちで小爆発が起きてるみたいだし」

 その時になってダニアは足元に転がされている物に気がついた。

「こいつ、何者なの?」

「この騒動の元凶だ」

 プリズマは無造作にボロ袋を蹴った。するとボロ袋は泣き声を上げた。

「ヒィィィッ、やめてくれぃ!もう抵抗せん!逃げたりせん!」

 ボロ袋から顔だけ出しているのはコガーであった。

「聞きたいことが山ほどあるんでな。とりあえず両手両足へし折って縛り上げた」

「かなり荒んでるわね、アンタの人生」

 気軽に老人虐待を口にする態度にはさすがにダニアも不快感を覚えた。もっとも虐待犯は気にした様子もなくさらに蹴りを追加している。

「磁界王とやらの居場所をさっさと喋らないからこういう目に遭う」

「敵の居場所が分かったのね」

「ああ、アジトの座標は教えてもらった」

「で、アジトへ行ってどうするの?」

 答える前にプリズマは一瞬だけ間をおいた。磁界王の首にはまだ、賞金がかかっていない。賞金稼ぎであるプリズマにとっては何のメリットもない戦いにしかならない。仮に勝っても犯罪の首謀者であることを立証できなければ、逆にこちらが犯罪者になってしまう。

「……殺す」

「えっ?でも賞金も出ないのに」

「俺たち『竜使い』の正体を知られた。記憶を消すか抹殺するしかない。おとなしく記憶を書き換えさせてくれるとは思えないしな。あ、アンタの記憶も後でいじらせてもらうぜ。殺されたいなら別だけど」

 プリズマは笑った。鋭い牙がのぞかせての、愛嬌からは程遠い凶悪な笑顔だ。敵対する者は決して存在を認めない。それが裏社会に生きる者の狂暴な正義だ。

「最凶の賞金稼ぎの看板を上げるってのも大変なんですね」

 声は背後からした。二人は振りかえった。ダニアは銃を、プリズマは爪を発射体勢にして構えて。

「お前は……」

「あら、警察の坊やじゃないの。驚いて損したわ」

 背後に立っていたのはグラッドだった。しかし一緒に行動しているはずの他の二人の姿はない。

「お前一人か?リューセとガットはどうしたんだ」

 プリズマは爪の狙いを外そうとせずに言葉を続けた。この青年が敵というわけはないことは知っていた。しかし小爆発が続いているというのに、この落ち着きようはおかしい。

「お二人はさっき脱出させました。ほら、あそこです」

 窓の外の星空の中、グラッドの指の先には噴射炎の白い光を引きながら銀色の円筒が飛び去っていくのが見えた。緊急脱出ポッドが射出されたのだ。

「我々も急ぎましょう、このステーションはもうダメです」

「そのようだな。その前に確認しときたいことがあるんだが」

「えっ、何をです?急がなきゃ危険ですよ……って何をするんです!」

 振りかえったグラッドは心臓が飛び出すほど驚いた。プリズマの爪は彼の心臓にピタリと狙いをつけている!

「貴様、何者だ?当社の社員に何をした?」

「ちょっと、何をしてんのよ!彼は敵じゃな……」

 プリズマのひと睨みでダニアは口を閉ざした。口出ししただけで殺されかねない殺気を感じたのだ。

「ぼ、僕は何も!」

「嘘はいけないな。賞金首野郎はともかく、リューセは俺を置いて脱出したりはしない」

 沈黙の時が生まれた。グラッドとダニアの意外そうな視線が爬虫人類の顔に集中する。

「意外ね、そこまで信頼関係なさそうだったのに」

「そうですね、あっさり見捨てられかねないかなーって思ってたのに」

 人格に対する妥当な批評にプリズマはちょっぴり不機嫌になった。

「お前たちは俺のこともリューセのことも知らない」

 ちょっと言葉を切ってからプリズマは続けた。

「あいつは医者だ。賞金稼ぎの片棒担いじゃいるが骨の髄まで生粋の本物の医者だ。そして俺は患者だ」

「つまり治療中の患者を置いていくわけがない、ということですか」

 言葉の後を続けながらグラッドは感心したように何度もうなずいていた。

「おまけに、いまだに給料三ヶ月分が未払いなんだ。しかも残業手当の支払いも滞っている」

「そりゃ……ひどいな」

「駄目押しでホテルの宿泊料も立て替えさせている。どう考えても俺から目を離すはずがない」

「威張って言えることじゃないでしょうに」

 絶対の自信の情けない根拠を聞かされたダニアとグラッドは頭を抱えた。こんな奴の相棒やってるリューセに心から同情した。

「とにかくだ、貴様が磁界王の手下だというのは明白なわけだ」

「手下ですか。まあ、そんなものだ。正解とはいえないがな」

 ビシッとつきつけられた鋭い爪を気にした様子もなく、グラッドは変わらぬ笑みを浮かべていた。変わらぬ?いや、その口調は先ほどまでとはあきらかに違った。彼は警戒する素振りすらみせずに、隙だらけの背を向けた。背後から撃ってください、といわんばかりの余裕だ。

「どういうつもりだ?」

「どうもこうも……ここでもめていても仕方なかろう?早く脱出しないとこのステーションは十五分以内に分解するぞ」

 殺気立つプリズマを背後にしてグラッドはスタスタと歩き始めた。プリズマは黙って爪を下ろした。今こいつを殺っても何ら事態の解決にはつながらない。それに……

「使える脱出ポッドは一つだけしかない。他のは全部壊しておいた」

「じゃあ、このステーションの人たちはどうなるの!」

 ダニアが思わず、口を押さえた。目の前の好青年、だった男は無関係な数百名の人間を抹殺しようとしているのだ。

「他の人間を気遣う必要はない。急いだほうがよいぞ」

「後で後悔させてやるからな」

 吐き捨てるようにそういった後、プリズマは口を閉ざした。爆発寸前の殺気を押さえ込まなければならなかったから。 

「どうした?早く乗れ」

 脱出ポッドのハッチの前でプリズマたちは思わず立ちつくしていた。ハッチの前には十数名の死体があった。皆、頭か腹を撃ちぬかれて即死している。生存の可能性を求めて殺到した彼らを、グラッドは無慈悲に射殺したのだろう。

「貴様……!」

 怒りをあらわにしたプリズマの手がピクリと動いた。

「私を殺したいのなら自由にするがいい。アジトの座標は既に知っておるのだろう?」

 態度も声も元通りの好青年のままだ。それが余計に癪にさわった。

「殺さないか?ならば話は我が居城に着いてからにしよう。席についてベルトを締めるがいい」

 言われるままにシートに体を固定したとき、グラッドは思い出したように言った。

「お前はダメだ。このポッドは定員三人だ、お前を乗せる余裕はない」

 言葉がコガーに向けられたものだった。ボロ袋の虜からは解放されていた彼は最後尾についてきていた。ついさっきまで予想外の逆転劇に有頂天になっていた彼は目を剥いて激怒した。

「な、何をぬかす!長年磁界王様にお仕えしてきたこのワシに向かって……」

「不良品の分際で……」

 まったく面倒くさい、という露骨な態度でグラッドは手の平を、ハッチから乗りこんでこようとしているコガー向けた。

「グギャッ!?」

 突然、コガーが血を吐いた。驚くプリズマたちを尻目にコガーの体は弾き飛ばされ、冷たい壁に激突した。見えない強力な力に押さえつけられて、壁にめり込んでいく。

「グガッ?……グガガ、ガハッ……」

「実験機としてのお前の役割は終わった。これ以上は使い物にならないということも分かっておる」

 冷酷な言葉を続けながら、グラッドは何かを握りつぶすような仕草をした。

 壁と床に大量の血の跡を残して動かなくなった老人を見ようともせずに、グラッドはハッチを閉じた。

「あいつは仲間じゃなかったのか」

 仲間を処分したこの態度にプリズマは戦慄を覚えた。目の前のこの若者は躊躇もなければ残忍さもない、まるで使用済みティッシュをゴミ箱に放り込む程度にしか仲間の命を感じていない。

「コガーのことなら気にせずともよい。一通りの実験は終えているし、寿命も残り一ヶ月もなかったのだから」

「試作品?」

 プリズマの頭の中がグルグル回っていた。人間の姿をした、別の何か、ひどく不快な生き物と喋っているみたいな気分だ。

「そう、本当なら十台後半の年齢のはずが移植組織不適合で老化が加速してしまった。脳にも異常が出始めていた」

「あのジジィが……十台後半……だって?」

 悪夢を見ているような気がした。気分が悪い。吐き気もしてきた。

「発狂でもされると困るので記憶操作で『自分は老人だった』と信じ込ませて……使っておったが」

「記憶…操作?まさか、リューセの使う技と……同…じ?」

 気分はますます悪くなった。めまいもする。手術後すぐに動き回ったせいだろうか。いや、それだけではない。プリズマは後部席のダニアを見て愕然とした。彼女は既に意識を失ってぐったりしていた。

「そう…でも、肉体的に、限界だった。脳組織が…壊死しはじめてて……」

「……貴様、空気に細工を」

 うかつだった。ポッド内に罠がないか調べてみたのだが、空気にまで細工しているとは思わなかった。

「安心するがいい、無害な催眠ガスだ…私も……眠ってしまうが、後は自動操縦で……」

 グラッドもそれっきり無言になった。プリズマはベルトを引き剥がそうと焦ったが、体力の低下している今、催眠ガスはよく効いた。既に両腕は緩慢な動作も満足にできないほど重くなっていた。

「ウグッ……」

 意識が闇に沈んだ直後、ポッドは発射された。銀色の光をひきながら惑星上に落ちていくポッドの遥か後方で、ステーションが大きくねじれた。剥がれ落ちた反射鏡面が銀粒のように暗黒空間にキラキラと輝きながら拡散していく。それらは風に舞う砂のように美しい砂絵を宇宙に描き、その中心の醜く歪んだステーションを装飾した。やがてステーションからまばゆい光の塊が誕生した。真っ白な光はステーションを呑み込み、黒い宇宙を白く塗り替え、夜の帳におおわれていた惑星の地表を明るく照らし出した。



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