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有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
7/10

虚空の砂つぶたち

「フーフフフン、フンフン♪慣れてみたら、ここも結構住み心地いいじゃねぇか」

 鉄格子の内側で気楽に鼻歌を歌っているのはガットであった。窓の外に目をやればそこは暗黒の背景に砂のようにちりばめられた輝く星々の世界。僅かな瞬きも起こさない星の光はここが大気圏の外であることを示していた。ここは地上三万キロ、衛星軌道上に浮かぶ宇宙空港にある惑星警察本庁の留置場、砂漠で救助された後すぐに連絡シャトルに乗せられて収容されたのであった。

「よく、そんな呑気なこと言ってられるわね」

 呆れたように見張りの警官が答えた。この警官、おかしなことに男物の制服を着込んでいるにも関わらずその声は女の声だった。

「それにしてもダニア。おめぇ、よくこんなトコまで潜り込めたな」

「当たり前だわ。探り屋のダニア様はどこかの間抜けな狙撃屋たぁ違うわよ」

 警官になりすましていたのはダニアという名の、ガットのよーく知っている女で『探り屋』つまり潜入調査専門の情報屋であった。

「おいおい、間抜けはねぇだろ」

「はん…自分の女を半年もほっぽいた上、『名高い賞金稼ぎを返り討ちにしてやる』とか格好つけて意気込んで飛び出していった挙句に、生け捕りにされてる奴なんざ大間抜けに決まってるだろ」

「へいへい、分かりました。っと、そろそろ時間じゃないのか」

「そうだね、来たらしいわ」

 廊下へ続くドアの向こうからパタパタという足音が聞こえてきた。面会人が大急ぎでやってきたらしい。バタンとドアが開けられると、そこには頭を7・3分にした黒のスーツの男が大きな黒いスーツケースを抱えて汗を拭き拭き立っていた。

「お、お久しぶりです、ガットさんにダニアさん。す、すみません、お、遅くなっちゃいまして」

 男は明るいスマイルを崩さぬように努力しながら息を整えていた。どこから見ても平凡なサラリーマンにしか見えない。

「時間に正確なアンタにしちゃ珍しく三十秒の遅刻だな、ミスター…ええと、名前なんだったっけ」

「サカキです。ああ覚えなくても結構ですよ、どうせ営業用の偽名なんだし」

 自称サカキを名乗る男は床の上に置いたスーツケースを開けて、着替えやらなにやらの下から書類の束を掘り出した。

「早速ですが、貴方の判決が決まりました」

「始まってもいない裁判の判決を聞くってのも変な気分だな、で懲役何年なんだ?」

「カタコベス重犯罪者刑務所にて懲役十五年ですね」

「えーっ、そいつは長すぎんじゃねぇか!」

「いえ、特赦が出ることになってますから、実質四年ですね」

「四年か…もう一声、なんとかならんか?」

「値切ってもダメです、なお依頼があれば仮出所で出て仕事をして頂きます」

「おいおい、刑務所の中まで殺しの依頼がくるのかよ」

「仕方ないですよ、それが依頼人からの減刑の条件なんですから。その場合の装備と経費は依頼人持ちとなっていますからご安心を」

 用件はこれだけだったらしくサカキは書類を手早く片付けた。ガットはしばらく考え込んでいたようだが、ふと思い出したようにサカキに声をかけた。

「サカキ、ちょっと調べて欲しいことが…」

「竜使いさんのことなら先ほど釈放されましたよ」

 顔を上げもせずにサカキは答えた。

「えっ?なんで竜使いのことだと…」

「現場で回収された機械の破片は確かにサイボーグの部品だ、と鑑識で確認がとれたようです」

 荷物でギュウギュウ詰のスーツケースの蓋を無理矢理押さえつけながらサカキは続けた。

「それと正体不明の半竜人の方は取調べ中のようです。身元は私の方でも分かりませんでした」

「そんなことまでどうしてアンタが知って……」

「そりゃま、仕事ですから。では失礼っと」

 なかなか閉まらないスーツケースの蓋を足で踏んづけて閉め、サカキは頭を下げるとそのまま後ろを向いて退出した。

「……半竜人って、ひょっとするとアイツかな」

「知ってるのか、ダニア」

 ダニア顎先に指をついて何かを思い出したらしい。

「ここへ来る途中で見かけたんだけどね、確か雑居房で……」

「雑居房だって!」

 ガットは思わず膝を叩いて立ちあがっていた。

**********

「どういうことです!どうして『彼』が雑居房なんかに!」

 リューセは憤慨しながら雑居房に続く廊下を走っていた。彼女の後ろにはグラッドも続いて走っていた。

「そ、それが署長命令で取り調べの後すぐに……」

「取り調べ?素人目にも分かる重傷患者を治療もせずに?」

 この宇宙港に到着してすぐリューセたちはバラバラに分かれて取り調べを受けた。幸いリューセはすぐに釈放されたが、不法入国の疑いで逮捕されたプリズマとは連絡が取れなくなっていた。それでも重傷患者に手荒な取り調べはするまいと安心していたのが失敗だった。

「取り調べでも彼は黙秘を続けたらしくて、署長が怒ってしまって」

「暴行を加えたと言うのですね」

 リューセがピシャリと言うとグラッドは首をビクッとすくめた。

「それにしても、どうして雑居房に?負傷あるいは体力の低下している容疑者は独房に入れる決まりのはず」

「それが実は……」

 グラッドは言いにくそうにしていたが、決心したように続きを言った。

「実は署長の両親は大戦中に奴隷兵として駆り出されて、竜人の軍に殺されてるんです。それで竜人をすごく憎んでて」

 リューセはそれ以上口を開こうともしなかった。何も言いたくなかった。

 雑居房の扉を物も言わずに蹴り開けるとリューセは鉄格子のひとつに近づいた。中には陰気な面構えの男ばかりが十数名、こちらを驚いたように見ていた。見張りの警官が二名スッ飛んできた。

「貴様、ここで何をしている!」

「面会なら署長の許可が必要だ!」

「あっ、コラ、放しなさい!」

 左右から羽交い締めにされたリューセの目に牢の隅に転がっている物が映った。それはちょっと目にはボロ布の塊みたいだった。しかし、ボロ布の下の床が濡れて水溜りができていた。正確には水溜りではなく赤い血であった。

「ウッ……ウ」

 塊が僅かに身じろぎし、かすかにうめいた。その瞬間、リューセはここで何があったかを理解した。取り調べと称した暴行を受けた後、プリズマは雑居房に放り込まれ、拘留中の悪党たちから更にリンチを受けたのだろう。

「ウグッ?」「アッ?」

 リューセを羽交い締めにしていた警官たちが手を放すと、その場に昏倒した。

「あ?アワワワ、リューセさん?」

 グラッドが真っ青になった。何をやったか分からないがリューセがこの警官たちを昏倒させたのは明らかだ。警官に暴力を振るったとあってはタダでは済まない。

「単なる立ちくらみね。メディカル・チェックではそう判定されるでしょうね」

 倒れた警官のことなど気にもかけずにリューセは牢の前に立った。中にいた犯罪者たちがゾロゾロと近づいてきた。

「おい、ねーちゃん。俺達になんか用かぁ?」

 男はリューセの一睨みで言うのをやめた。気おされたものの二、三人が鉄格子の間から腕を出してリューセの胸倉をつかんだ。

「おい、小娘!俺達を舐めない方が……」

 言いかけて男はパタッと倒れた。別に殴られたとか撃たれたとかではない。リューセはただ男の手をつかみ返しただけだ。

「そこをどきなさい」

 リューセの暗い迫力に負けて男どもは壁際まで後退した。根性なしの犯罪者たちを一瞥するとリューセは隅に目を戻した。

「社ちょ……えっと、そこの貴方、意識はありますか!」

 リューセの声にボロ布の塊が反応した。向こうを向いていた首を上げ、こちらを見た。

「や、やぁ久しぶり」

 血まみれの腫れ上がった顔が笑った。だが見当外れの方を向いて挨拶したところを見ると、目はよく見えていないようだ。

「ひどい、すぐに治療が、いえ手術が必要だわ。グラッドさん、ここを開けて!」

「えっ、でも……」

「すぐに運ばなくては命に関わります!」

「でも、署長の許可がないと」

 リューセにすごい目で睨まれてグラッドはすまなさそうにうつむいた。ヒラ警官の権限では留置場内の容疑者を勝手に動かすことはできない。

「では、署長に直談判します!すぐに案内してちょうだい」

「それには及ばんよ」

 嫌味ったらしい声が背後でした。そこには腹の突き出たチョビ髭の男が胡散臭い物を見る目つきでリューセを見ていた。

「流れ者の賞金稼ぎが留置場で騒いでおると言うのでこちらから来てやった」

 コツコツと床を踏み鳴らしながら署長は鉄格子の前までやってきた。

「コイツは不法入国の疑いのある容疑者だ、勝手に動かすことは許さん」

「私の診断では骨折十二12ヶ所、挫傷三十二ヶ所、内臓破裂もあります」

 リューセの剣幕に一瞬ひるんだ署長だが、すぐに気を取りなおして傲慢な態度を維持した。

「素性の分からん賞金稼ぎの診断だと?ならばワシの診断を言おう」

 コンコンと鉄格子を叩きながら署長は続けた。

「あれは怪我をしたフリをしとるだけだ。我々を騙して脱走するつもりなのだ」

 悪質な言いがかりに過ぎない署長の言いぐさにリューセは唇をかみ締め、拳をギュッと握って黙っていた。

「そんなことも見ぬけないようでよく賞金稼ぎが務ま……何をやっとる?」

 リューセは留置所入り口のコンピュータロックの操作盤の前に立っていた。識別センサーの光がリューセの顔と手に当てられ指紋と網膜パターンの読み取りを開始した。

「リューセさん、そこは識別コードを登録した人間でないと…」

 彼女が電子ロックを開けようとしていると思ったグラッドはやめさせようとした。しかし次に起こった出来事が彼を仰天させた。コンピュータ音声が意外な答えを返したのであった。

「確認、リューセ・クジョーイン。最優先コードにて命令を実行します」

「留置場七番の電子ロックを開けてちょうだい。一名を治療のため移動させます」

「了解しました」

 呆然としている署長を無視して、彼女はグラッドに声をかけた。

「グラッドさん、手伝ってください。彼を医療室まで運びます」

**********

「さっきは驚きました」

「早く手術台に寝かせて」

「一体どんな魔法を使ったんですか?」

「そう、衝撃を与えないように」

「最優先コードなんて初めて聞きました。署長だって使えないのに」

「急がないと出血がひどいわ」

 グラッドの問いにリューセは答えようともしない。いや、答える暇がなかった。プリズマを医療室に運びこむや、昼間っから酒を呑んで寝ていた医療主任をたたき出して、リューセは手術の準備を始めた。手術台にプリズマを寝かせ、道具と薬を手早く確認した。

「こまりました、この首輪みたいなのが外せないんです。鑑識でも分解できないって言われてるし」

 困らせているのはプリズマの首に巻きつけられた黒い首輪である。青い宝石みたいなものがはめ込まれているだけのシンプルなものだが取り調べの時も外せなかったため、没収を免れた代物である。

「無駄よ、本人が解除コードを音声入力しなきゃ外せないわ。ところで、あなたは確か少し医術の心得があると言ってましたよね」

「あ、はい。ちょっとした手術の助手をした程度ですが」

「よろしい、では今回の助手をやっていただけますね」

「分かりました…ここだけの話ですがアル中の医療主任よりはマシだと言われてますから」

「頼もしいわね。ああ、ダメだわ、この薬全部保管状態が悪すぎて使えないわ」

 リューセは薬瓶を全てダストシュートに放り込んだ。

「じゃあ、麻酔もなしで?」

「いえ、最低限の薬は私がすぐに作ります」

「えっ?作るって…」

 ポカンとするグラッドを尻目にリューセは空瓶を消毒して机に並べた。そして瓶の口に蒸留水を注ぎ、最後に指先を突っ込んだ。待つこと数秒、指を抜き次の瓶に同じように指を突っ込んだ。

 グラッドは瓶を手に取り匂いを嗅いでみた。そして驚いた。

「これ、麻酔薬だ?こっちは抗生物質みたいだぞ!そんな、ただの水だったのに!」

 驚くべきことにリューセが指で触れた蒸留水は全て薬品に変わっていた。それはグラッドにしてみれば錬金術にも等しい魔法であった。

(この人は、いや、この人達は一体何者なんだ?)

 グラッドは最初、彼らのことを腕利きの賞金稼ぎとだけしか聞いていなかった。それがどうだろう。サイボーグと生身で渡り合う奇怪な能力を持つ半竜人に水を薬に変える魔法を使う女医師。

(リューセさんならば望めば大病院の医者だって務まるはずだ。それがどうして賞金稼ぎと言う危険な仕事をしているのだろう)

「あの、リューセさ…」

「ただちに手術を開始します。注射器を!」

「あ、はい!」

 受け取った注射器に麻酔薬を手際よく充填するとリューセは、横たわるプリズマの首に押し当てた。プシュッとかすかな音がしてプリズマは半開きにしていた目を閉じた。リューセはレーザーメスを手に取り、顔をしかめた。

「なによ、このメスも故障中?」

 メスを放り出すとリューセは人差し指をプリズマの腹部に押し当てた。白くしなやかな指先が走ると鱗におおわれた皮膚はスッと左右に切り裂かれた。しかも血一滴流さずに。

「リュ、リューセさん?今何をしたんです?」

「手術中は私語を禁じます」

「……はい」

 グラッドは驚きを押さえて黙ることにした。しかし彼女の手元から目を離すことはもうできなかった。横たわる患者の肉体は鋭利なメスを振るわれたように切開されていた。しかも出血はまったくない。

(それを道具もなしに、指先ひとつでやってのけるだって?)

 それから手術完了までの二時間の間、グラッドは指先が起こす奇跡の数々をただ眺めることしかできなかった。

「これで縫合終了っと。ご苦労様でした、グラッドさん」

「…」

「グラッドさん?」

「あ、いえ、そちらこそ…ご苦労様でした」

 リューセの笑顔をポーッと見とれていたグラッドは我に返り、結局は役に立たなかった手術道具一式を片付け始めた。

「さて、それじゃ社ちょ……『彼』を釈放するよう署長を説得しなきゃ…」

 リューセはドアの前に立って開閉スイッチを押そうとして、そこで手を止めた。

「ドアの向こうに人がこんなに大勢いる?」

 音波探査機能も備えている彼女の耳はドアの向こうに二・三十人もの人間の存在をキャッチしていた。署長が警備員を引きつれて待ち構えているのかと思ったが数が多すぎる。

「どうしました、リューセさん」

「シッ、静かに」

 耳を澄ませると彼らの会話も聞き取れた。そして会話の内容はリューセの顔色を蒼白に変えた。

「いいか、ドアが開いたら突入だ、半竜野郎は叩き殺せ」

「女はどうする?」

「同罪だ、一緒にあの世に送ればいい」

「グラッドも中にいるんだぞ」

「不運な事故で殉職って報告することになるな」

 不穏な会話と殺気がドアの向こうに充満していた。逃げるようにリューセは後ずさりした。

「正気の沙汰じゃないわ、何が起こったの?」

 やがて閉ざされたドアに業を煮やしたのか、暴徒たちは銃を抜いた。強烈な熱線が金属板を赤熱させ、徐々に溶解させ始めた。数十秒後、ナイフや銃を構えた警官たちが医療室内に突入してきた。

「いないぞ!」

 医療室内には人影はなかった。手術台のあたりに薬瓶やガーゼが散らかっているだけだ。しかし天井近くの通風口が開けっぱなしになっており、何かを引きずったような跡が埃に残っていた。

「通風口から逃げやがったんだ、追え!」

「だけど、どこへ逃げたんだ?」

 ステーション全体に張り巡らされた空調システムは迷路の様相を呈しており、監視装置も設置されてはいなかった。逃走した『容疑者』たちを見つけ出すのが容易でないことは確かだった。


 手術開始と同時刻、宇宙港に地上からの定期便が一機到着していた。いつもどおりの点検作業が開始され、申告外の積荷が発見された。

「んー?また申告もれか。ったく面倒な」

 係員はブツクサ言いながら積荷の蓋に手をかけた。

「えっ?」

 蓋は係員の手を煩わすことなく勝手に開いた。キョトンとする係員の額にコツン、と軽い音をたてて何かがぶつかった。

「おーい、どうかしたのか?」

「いえ、俺の勘違いでした」

 同僚の声に係員は特に変わった様子もなく答えた。彼は嘘をついたわけではなかった。申告外の積荷があったことなど記憶にはなかった。

「じゃあ、さっさと片付けて降りて来い。次の作業が待ってるぞ」

「はぁい、分かりましたぁー」

 係員が気づいていないことがもうひとつあった。彼の額には小指の先ほどの小さな円形の傷ができていた。そして彼は何事もなかったかのように、点検作業を続けた。

「さて、潜り込んだはいいが。これからどうするんじゃ、ユルディ?」

 天井近くまで積み上げられた荷物の間を歩きながらコガーは心配そうに口を開いた。まだ怪我の癒えぬ彼はこんな所に来るつもりはなかったのだが、ユルディに半ば無理矢理連れてこられたのだ。

「知れたことよ、竜使いを探し出して……殺すのよ」

 コガーの目は大きく開かれ驚きと恐怖の混じりあった顔がプルプルと震えた。

「し、しかし磁界王様は生け捕りにしろ、と」

「思った以上に相手が強くて手加減できなかった、と言えば済むわ」

 ユルディは歪んだ笑いを口元に浮かべていた。

「妹を、メルイをあんな目に遭わせた奴。生かしてなどおくものか」

 その時のユルディの顔を見たコガーは寒気がした。妹への歪んだ愛情と竜使いへの憎悪が、女の顔をかたどった仮面をかぶっているような気がした。

「では、ワシは人形どもを増やして奴を追い詰めよう」

 ちょうど目の前には荷運び作業中の男たちが五名いた。まだこちらには気づいていない。その一人にコガーは背後から近づいた。

「オイ、こちらを向け」

「はぁ?」

 何事かと振り向いた男は大きく口を開けたコガーと顔をあわせた。コガーの口の中から金属製の筒が伸び出してきて、虚をつかれて動けなかった男の額に押し当てられた。カシュッ。空気が抜けるような軽い音がした。コガーが離れると男はキョトンとした顔でその場に立ちつくしていた。自分が何をされたのかも分からなかった。額にできた小さな円形の傷は自分では見えなかったから。

「オイ、なんだ。貴様等は?」

「何をしてやがる!」

残りの男たちがコガーとユルディを取り囲もうとした。取り囲もうとしたのだが、その場で足を止めさせられた。

「な、何だ?」

「あ、足が、体が」

「動けない!何かが巻きついて…」

 男たちはその場に倒れた。極薄の透明な帯状の何かが巻きついていた。いかなる素材で作られたものなのか、いくら引っ張っても破れそうにない強靭さだった。

「さてと、お前たちにもワシの人形になってもらうか」

 再び大口を開けたコガーはご馳走を前にした狼のようにニタリと笑った。

 一分もしないうちに男たちは皆、円形の傷を頭部にこさえられていた。そして全員が最初の男同様、キョトンとした顔をしていた。

「えっと、俺たち何してたんだっけ?」

「確か、荷運びをしていたんだよな」

「で、それが終わったら次の仕事は?」

「……留置所の雑居房にいる半竜人の若造を」

「そうそう、アイツをブッ殺すんだった!」

 全員が嬉しそうにポンと手を打った。なかなか思い出せなかった仕事を思い出せてスッキリしたようだ。かたわらでコガーも満足そうに微笑んだ。

「よしよし、あと四、五十人も『殺意』の記憶を書き込めばよかろうて」

「とどめは私が刺すんだからね。生きたまま連れてくるんだよ」

 何気ないユルディの一言にコガーはゾクッとした。


「ダメだった、雑居房に例の坊やはいなかったわ」

 様子を探りにいって、ついさっき戻ってきたダニアは首を横に振った。牢の中のガットはベッドに寝そべって天井をにらみながら黙って聞いていた。

「医療室に行ってみたんだけど、おかしな連中がうろついてて近づけなかった」

「おかしな連中?」

「そう、やたらと殺気だってる奴等がステーション中を何十人も徘徊してるの。全員武装して、しかも……」

「他にも何かあるのか、その連中は?」

「うん、頭のどこかに円形の傷がついてるの。それも全員に」

 それを聞いてガットは少し思い当たることがあった。一緒に護送されていたリューセに聞いた話だと、相手の脳に何か機械を埋め込んで記憶を操る敵がいた、と言っていたはずだ。

「そいつがここまで追ってきたのなら、かなりヤバイぞ」

 ガットはベッドから跳ね起きた。悠長に惰眠を貪っている場合ではなかった。

「おい、ダニア。今すぐにここを出る、牢を開けろ」

「ええっ!それじゃ脱走になるわよ、せっかく減刑の話がまとまってるのよ」

「そんな状況じゃなくなったんだ、このままじゃ俺たちまで……?」

 ガットの言葉は尻切れになった。彼の目は天井近くの壁を驚いたような目で見つめていた。

「どうしたの?」

 ダニアもまた沈黙し、銃を構えた。銃口の先には通風口があった。その通風口のネットがカタカタと揺れ、通風口からカタンと外れ落ちた。四角い穴の奥の闇に動く気配がした。ダニアが引き金にかけた指に力がこもった。

「リューセさん、もうちょっとです。ここから出られそうです」

「す、すいません。ズボンがひっかかっちゃって」

「大丈夫ですか、少し引っ張ってあげましょう」

「すいません、あっ、ちょっと待って」

 ビリッ。

「ヤダ、ちょっとズボン破けちゃった!」

「エエッ?すいません、後で弁償します!」

「い、いえ、どうか気になさらずに」

 張り詰めた気がどこかから抜けていくような間抜けな会話が通風口から聞こえてきた。顔を見合わせるガットたちの頭上に会話の主が顔を突き出した。

「あ、あれ?独房に出ちゃったぞ?格納庫に向かってたつもりなのに」

「あら、ガットさん。その節はお世話になりました」

 通風口から首だけ出したリューセはニッコリ笑って手を振っていた。ガットとダニアもつられて引きつった笑顔で手を振り返していた…。

「…で、医療室から逃げてきたのか?」

 通風口から降りてきた二人は、続いて担架に乗せて運んできたプリズマを床の上に下ろした。プリズマの麻酔はまだ醒めていないが、呼吸はしっかりしていて危機を脱したのは確かだった。

「せ、正確に言うと道に迷ってここに出ちゃったんです、スイマセン」

 ちょっぴり赤面しながらリューセは頭を下げた。

「リューセさんの責任じゃないんです。私が方向間違えちゃったみたいで」

 グラッドも頭をポリポリかいて恐縮した。

「それにしても一体何が起こってるんだ、この軌道ステーションの中で?」

 強化ガラスの檻の中からガットは問いかけた。

「どうやらステーション全体が乗っ取られたみたいです」

 答えたのはリューセだった。

「おかしくなっちゃった人たちは……たぶん、脳に端末を埋め込まれて記憶をいじられたんだと思います」

「記憶をいじる?」

「たぶん、この竜人さんに殺意を抱くように記憶を操作されたのだと思います」

 全員が沈黙した。ステーション内が広いとはいえ、殺し屋化された人間が恐らく百人以上。見つかるのは時間の問題だし、ターゲットは今は絶対安静ときている。

「皆さんは大丈夫だと思います。私たちと行動を共にしなければ襲われることはないはずです」

「私たちと、ってアンタはその半竜人を連れて逃げるつもりなのか?」

 ガットは質問というより、断定口調で聞いた。少し間を置いてリューセはうなずいた。

「格納庫まで行けば星系外航路の定期船があるはずです。それに隠れて脱出します」

「無理ですよ!この騒ぎの中で定期船が出航できるわけがない!」

 これにはグラッドが反対した。

「第一、格納庫にも洗脳された人たちがウヨウヨしてるはずです。怪我人を連れて逃げ切れませんよ」

「でも、そうするしか……」

 そうするしかない、と言いかけたリューセをガットが手の平で制した。

「俺も警察の坊やの意見に賛成だな。アンタ一人じゃ逃げ切れんねぇよ」

「それに奴らが私たちを見逃してくれるとは思えないわ」

 後の言葉を続けながらダニアはベルトから下げた電子ロックのキーの束を外した。暗証コードを入力すると強化ガラスの檻がキキーッと音を立てて下がり、床の中へ収納された。

「ちょっと、君!署長の許可もなしに容疑者を勝手に出しては…」

「非常事態だ、署長には内緒にしとけ」

 ガットのひとにらみでグラッドはスゴスゴと引き下がった。下っ端警官と一流どころのスナイパーでは格が違う。ガットは一同の顔を一人一人順番に見つめ、目を閉じて思いきり息を吸い込んだ。それからクワッと目を開き、意を決して断言した。

「俺たちだけで侵入したサイボーグどもを殺るしかねぇな」


「どこに隠れている?」

 ユルディは一人で格納庫へ続く廊下を歩いていた。壁の赤ランプが明滅し、非常警報がけたたましく鳴り響いている。コガーの『人形』たちが竜使いを捜して、あちこちで発砲騒ぎを起こしたせいだ。しかし彼らがターゲットを発見するまで待ってなどいられなかった。自分の手で竜使いを探し出し、一秒でも早く切り刻んでやりたかった。

「奴らはきっと格納庫へ来る、このステーションから逃げるために」

 廊下の反対側から一団の警官たちがやってくる。ステーション中に警戒体制が発令されているというのに、悠然と歩くユルディの姿を見て不信に思ったのだろう。銃を抜き、威嚇しようとした。

「そこの女、止まれ!止まらないと……」

シュバッ!何かが空気を裂く音がして十人ほどいた警官隊は一人残らず硬直した。

「うるさいね、静かにしておいで」

 ユルディは何事もなかったように彼らの間を通りぬけた。彼女の背後でドサッ、ドサッという何かが床に落ちる音がした。首も、腕も、足も切り落とされた十人分の体のパーツが冷たい床の上に温かい血溜りを作っていた。背後の惨劇を気にもかけずにユルディは進んだ。やがて格納庫の分厚い超合金の扉が行く手を阻んだ。

「ふふふ、こんな脆弱なドア一枚で役に立つとでも……」

 扉の向こうからかすかに人の声が聞こえた。耳を澄ますと男二人と女一人の話し声だと分かった。しかも聞き覚えのある声だ。

「武器が手に入ってよかったですね、ガットさん」

「おう、警官標準装備のレーザーガンに手榴弾、煙幕に閃光弾。俺はこのバーゲンホルム社製のライフルとリボルバーをいただくぜ」

「あ、あの、それは押収した証拠物件でして勝手に持ち出しては……」

「あん?勝手に持ち出したらどうなるんだい、警察の坊や」

「あ、あの、その……使い終わったら元の場所へ返してください」

 ユルディは唇の両端をを吊り上げてニィッと笑った。間違いない、竜使いの片割れの女がこの扉の向こうにいる!

両手をスゥッと前に差し出して扉を指差す。そして滑らかに指先を動かした。

 分厚い超合金の扉にスウッと斜めの線が走った。線に沿って扉の上半分がゆっくりとずり落ち始めた。

「待たせたわね、竜使い。今からアナタを殺して・ア・ゲ・ル」


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