砂上より空へ
「ふぁぁぁぁぁ…」
窓の外を埋め尽くす魔女の大群を見ながらプリズマは大あくびをした。警官たちがパニックに陥るほどの非常事態でも、奇怪な技を駆使する者同士の戦いを生き延びてきた彼にとっては日常風景でしかない。
「砂鉄で作ったダミーの表面にホログラム映像を貼りつけてるだけですね。本体は別の場所にいるようです」
リューセも怯えた様子はなく、敵の使っているトリックを冷静に『診察』していた。別の荷台に閉じ込められているガットは何やら大声で怒鳴っているが、怒ってるんだか怯えてるんだかよくわからない。
「護衛の警官どもも敵に気を取られている。今のうちに変形しておくか」
プリズマは後足で立ち、目を閉じて精神集中を始めた。小さな体の表面がブルブルと小刻みに震え、かすかな青い光が全身を包んだ。閉じていた目を開いた瞬間に穏やかな光が貨物車を満たし、リューセは目を堅く閉じてこらえた。ゆっくりと目を開けると、そこには輝く緑色の鱗で覆われた竜人の青年の姿があった。
次に首輪の青い石が輝き始めた。青い光の中に不定形の白い雲のような物が生じて竜人の肉体に綿のようになってまとわりついた。綿のような物質はプリズマの体に触れるとたちまち色を変え、形を変えて鎧となり、手甲となり爪となった。変身の様をリューセは興味深そうに観察していた。
「おい、俺様の着替えをジロジロ見るなよ。見物料取るぞ」
「いつも思うんですけど面白い体してますよね。子猫くらいの大きさになったり、大人になったり…確か子供みたいな姿にもなれますよね?一体どんな肉体構造なんですか?」
「ああ…昔、親父が説明してくれたのによるとだ。竜人族は自分の体の内側に異次元空間を持っているんだそうだ。その中に形態の違う肉体が異次元的に折りたたまれて隠されているらしい」
「それからその青い石の中に『着替え』が入っているんですね」
「うん、これも親父にもらった物だが、服や武器をデータとして記憶し、必要な時に物質化再生できるらしい。この惑星でも作動するところをみると機械仕掛けではなさそうだが、詳しいことは分からん」
実のところリューセは不思議な青い石や伸び縮みする体以上にプリズマの父親に興味があった。しかし尋ねることは今まで一度もしなかった、いやできなかった。『親父』という言葉を口にする度にプリズマは無表情になる。感情をねじ伏せた目に潜む激情に好奇心を拒否されてきたのだ。
「さて、まずここから出なければな。少し下がっていろ」
プリズマはリューセを背後に押しやると、ドアの鍵に指先を向けた。
バン!一瞬の青い輝きに続いて小さな爆発音がした。鍵のあった部分に穴が開きドアが半開きの状態になっていた。
「レーザー…じゃありませんよね。やっぱり竜人が使う気光術っていうやつですか?」
過去にリューセは何度か純血種の竜人に会う機会があった。その時に一度だけ竜人にのみ伝えられる民族拳法を見せてもらった。気光術というのはそのひとつで生体エネルギーの放出により物理法則を逸脱した様々な現象を引き起こすらしい。幼い彼女が出会った竜人は10メートル先のコップに入った水を一瞬で沸騰・蒸発させてみせた。
「いいや、輝光術だ。気光術を元に改良強化した俺様のオリジナルだよ」
肩越しに振り向いたプリズマは歯(というより牙)を見せてニィッと笑った。かっこいい台詞を決めたつもりらしいのだが、妙に子供っぽい所があってリューセは吹き出しそうになった。
「では、行くぞ。気をつけろよ」
プリズマたちは前の車両に続く連結通路に足を踏み入れた。揺れ動く通路で転びそうになりながらも前の車両のドアにたどり着いた。鍵をこじ開けようとして手をとめた。
「おや?」
「どうしました、社長?」
「もう鍵が開いてるんだ。閉め忘れたのかな?」
護送中にはありそうもないミスが気になったのだが、時間もないのでドアの取っ手に手を伸ばした。しかし取っ手をつかむ寸前にドアが勝手に開いた。そして向こう側からドアを開けた人物と互いに間抜け面でご対面することになった。
「あ……誰じゃ、貴様は?」
「お、お前はコガーとかいうジジィじゃないか!」
前の車両にいたのはホテル爆破の真犯人・コガーであった。そして手には何かの部品らしき四角い小さな立方体、恐らくはスライのブラックボックスをにぎっていた。コガーの背後の天井には丸い穴が開けられて空が見えている。ドサクサ紛れに天井板を切断して侵入してきたのだろう。
「貴様が誰だか知らんがワシに出くわしたのが不幸…」
コガーは銃を抜き、プリズマに突きつけてトリガーを引き…ガコッ!
老人が引きがねを引くより速く、プリズマの拳骨が老人の顔にめり込んでいた。コガーは声を上げることもなくぶっ飛び、嫌というほど壁に頭をぶっつけた。
「お前に出くわして幸運だったよ。探し物の手間が省けた」
プリズマはコガーが落とした化学反応式熱線銃を拾い、同じく床に落とした小さな立方体に狙いをつけた。
「うわっ、よせ!それはワシらの物じゃぞ!」
ビシュッ。プリズマは無言で撃った。熱線の直撃にはブラックボックスも耐え切れなかったらしく白煙を上げつつ上部からドロリと溶解し床にへばりついた。
「なんてことを…ハッ、まさか貴様が竜使いの正体…」
グバキッ!コガーの半開きの口へ蹴りが叩きこまれた。
蹴り転がされたコガーは喋ることもできなくなって床の上を転げまわった。七転八倒する老人の背中にプリズマは容赦なく足を踏み下ろして押さえつけた。
「まだ殺す気はない。貴様には聞きたいことが山ほどあるんだ」
プリズマは薄笑いを浮かべていた。まだ殺さぬ、とはいうものの質問に答えた後は知れたものではなかった。コガーは焦った。彼の特殊能力である記憶操作は端末機を相手の脳に撃ちこんで人間を操り人形に変える技、人形どもが近くにいないと意味がない。目の前の敵に隙を見て操り端末を撃ちこもうにも、口の中の装置をさっきの蹴りで壊されてしまった。銃も奪われてしまったし、肉弾戦は彼の最も苦手な戦いだ。彼の肉体は他の仲間と違い生身部分がかなり多く、戦闘には向いていない。
「では最初の質問だ。喋れないなら床に書いて答えろ」
プリズマは壁に懸けてあった記録台帳からペンを外すとコガーの目の前に投げた。
「お前は『蠍』と関係があるな?」
コガーがプイと横を向いた時、プリズマは少しだけ足に力を入れた。グキッと嫌な音がして、コガーは脂汗をにじませた。痛みを堪えて床に乱れた字で『はい』と書いた。
「では次の質問。『蠍』は復活したのか?」
この質問に答えることをコガーはためらっていた。それを見逃してくれる相手ではなかった。
「答えろ」
再び背中で嫌な音と耐えられない激痛が走った。コガーは震えながらペンを握り締め床の上に何かを書こうとした。ペン先が床に触れた。
「しまったッ!」
「社長?」
何が起こったのか、プリズマはコガーを蹴飛ばして後方へ飛んだ。背後にいたリューセに体当たりして彼女ごと車両の後ろの壁まで一気に飛んだ。
「イタタ…社長、いきなり何を?」
「見なよ、俺の立っていたところを」
プリズマが指差した箇所を見たが、ただの床でなにも変わった所はない。だが一瞬の間を置いて床に黒い線が走った。床だけでなく壁も天井も一筋の線が走っていた。
ズッ!線に沿って床がずれた。線は隙間となって下の砂地がのぞいた。隙間が幅を広げて鏡のような金属光沢を持つ切断面が明らかとなり、車体が大きく傾いた。
ズガガガガッ!
「なんだ?どうした!」
運転席の警官たちは完全に動転していた。魔女の大群に取り囲まれていたトラックがいきなり傾き、横倒しになってしまったのだ。やっとの思いで窓から這い出したグラッドは、あまりの出来事に呆然となった。
「大変だ、二号車が真っ二つに切断されているぞ!」
二号車は中央付近で真っ二つになり、他の車両は動力車も含めて転倒してしまっていた。しかもまわりは魔女の大群に完全に包囲されていた。しかし魔女の意識は横転したトラックではなくトラックの上に立っている人物に向いていた。いや正確には立っているではなく、その人物のつま先とトラックの間には数センチの空間があった。
「どうしてユルディ姉さんがここにいるの?」
「あなたに少し手を貸してあげようと思っただけよ」
地上数メートルの高さを浮遊するユルディは悪びれた様子もなく、さらりと言ってのけた。手柄を横取りするつもりでした、とは流石に言えないだけだったが。当然だがこの一言はメルイを怒らせた。メルイの大群のうちの最前列の十名の形状が歪んだ。一瞬で彼女たちは人の姿から黒い円錐形のような姿へと変化した。
「邪魔する気なら姉さんといえど容赦しないわ」
円錐の先端はユルディに向けられていた。ユルディの顔色がサッと変わった。この地で砂漠の魔女と呼ばれる妹と戦うという事がどのくらい危険な事かを熟知していたからだ。
「分かった、この場は引くからそんなに怒らないでよ」
「ふん、じゃあサッサと引き上げなさい」
「そう慌てさせないでよ……コガー、帰るわよ」
「なぁに?コガーまで来てたの!呆れたジジィね」
だがコガーの返答はない。貨物車の中でブラックボックスを回収していたはずなのだが。
「ちょっと、コガー!聞こえないのかしら」
「待って!様子が変よ、姉さん」
両断された二号車の前側から誰かが這い出してきた。前歯を全部叩き折られ、背骨を骨折して立って歩くこともできないコガーであった。声も出せないらしく情けない泣き顔で必死に何か言おうとしていた。
「その姿は、竜使いにやられたのね!」
数百人のメルイの視線が二号車後ろ半分に集中した。コガーが泣きながら指差していたからだ。
「出てきなさい、竜使い。出てこなければ車ごと潰してあげるわ」
二号車の両側にいたメルイのダミーたちの姿が変わった。数名がくっつき融合して高さ10メートル以上の板状に形態に変形した。砂鉄の板は音もなく砂の上を移動し二号車後ろ半分をサンドイッチのハムみたいにはさみこんだ。
左右から数十トンの砂壁にはさまれた貨物車はギシギシときしみながらアコーディオンのようにゆっくりとひしゃげはじめた。その中ではプリズマたちは大きく歪んだ壁の隙間に積荷を押し込んで少しでも持ちこたえようとしていた。
「どうしましょ!このままじゃ私たちぺしゃんこにされちゃいますよ!」
「お前はここにいろ!俺が何とかする」
「ちょっと、社長!その姿を見られたら…」
リューセの声を背後に聞きながら、プリズマは空中に跳躍していた。今の姿『闘竜形態』を人目に晒す以上は敵は全て殺さなければならないし、同行している警官たちも記憶を操作するか、事故に見せかけて始末しなければならない。
「短期決戦しかないな…ならば最初に始末すべきはアイツだな」
プリズマの視線は砂上を這い逃げるコガーにロックされた。空中で右手を大きく振り上げ、落下地点にいるコガーに向かって爪を振り下ろす。狙いは自分、と悟ったコガーは目を見開いたまま恐怖で動けなくなった。
「そうはさせないわ!」
冷たい超合金の爪がコガーの胸板に食い込む直前にユルディが優雅に腕を一振りした。何かを投げたり発射したりしたようには見えなかった。
「クソッ!」
致命の一撃を与えるはずだったプリズマの右手は虚しく砂地に突き刺さった。コガーの体は何かに引っ張られるように砂の上を引きずられ、さらに空中に放り上げられ、ユルディの足元に落ちた。九死に一生を得たもののコガーは完全に白目をむいている。コガーの無事を確認した後でユルディが口を開いた。
「お前は何者?この惑星の宇宙港を通った者の中に竜人はいなかったはずだわ」
「答える理由はないな」
「スライを壊したのもあなたのようね」
「スライ?知らんな、そんな奴は。俺は金目の積荷を頂きに来たコソドロ様だよ」
砂上から睨むプリズマの視線と貨物車上から見下ろすユルディの視線が見えない火花を散らした。
「まあ、いいわ。あなたを捕らえれば分かる事だしね」
「待ってよ、姉さん。これは私の仕事だと何度言えばわかるの?」
ユルディは右手を振り上げようとした時にメルイが止めに入った。ユルディは一瞬不平を口にしかけたが、彼女の足元でうめくコガーを見て黙った。一命は取りとめているが思っていたより重傷だった。早く手当てしないと命が危ない。
「そうね、あなたに任せたわ」
ユルディはコガーを小脇に抱え、貨物車の後方に飛び降りた。
「逃がすか…!」
後を追おうとしたプリズマだったが、進むことはできなかった。砂中から新たに二十名のメルイがあらわれ行く手を阻んでいた。
「チィィィッ」
爪の一閃がメルイの群れの中央を刈り取り、道を切り開いた。横転した貨物車の飛び乗ったが、一足ちがいでユルディの姿は既にない。少し離れた砂の中から一台の装甲車が飛び出し、全速で離脱していくのが見えた。
悔しがる暇もなくプリズマは貨物車から飛び降りなければならなかった。背後から円錐状の砂の塊が襲ってきたからだ。
「姉さんたちに追いつけるなんて思わないでね」
メルイは相変わらずの妖艶な微笑みを崩さなかった。彼女の砂槍の威力は相当なものらしく、貨物車の外壁が大きくえぐりとられていた。まともに食らえばプリズマの体に大穴が開くだろう。
プリズマは近くにいたメルイの一人の胸に無造作に貫手を撃ちこんだ。胸を貫通されたメルイはニヤリと笑ってからポロポロと崩れだし、砂山に変じた。隣に立っていたもう一人の胸を爪で引き裂き、背後にいた奴に蹴りをブチ込んだ。両方ともあっさり砂に変わっただけだった。
「ダメダメ、本物の私の居場所が分からない限り、あなたの勝ち目はゼロよ」
彼女が右手を高々と上げると、地面から数十本の砂槍が生えてきた。十メートルを越す高さに成長した砂槍は鋭い切っ先をプリズマに向けた。そのまま対峙すること数秒。
メルイたちが腕を振り下ろすのを合図に、砂槍がプリズマの頭上から降ってきた。しかし同時にプリズマの両手に強烈な青い輝きが宿っていた。プリズマが腕を頭上で一回転させると、一瞬だけ青い光環が形成された。
砂槍が光環に触れるや、砂漠の太陽も凌ぐ爆発的な閃光が生じた。
「うぅっ、何をしたの!」
あまりのまぶしさにメルイは思わず目を押さえた。閃光の中で砂槍は分解し、砂粒へと戻っていった。光は長くはもたなかった。せいぜい三秒程度だったろう。しかし光が収まった時、メルイ本体の前にプリズマは立っていた。
「本体を発見しました、ってね」
「な、何で私の居場所が……」
ダミーたちに目をやったメルイは自分の失態を悟った。ダミーたちは何事もなかったかのように微笑みを浮かべ前を見ていた。自分だけだったのだ。まぶしい光に反応して目を覆ったのは。
避ける暇もなく強烈な鉄拳が頬に食い込んでいた。目の中で様々な色の火花が盛大に飛び散った。メルイは真後ろに殴り飛ばされて砂の上に倒れた。
「な、なんだ?コイツの体…」
驚いたのはプリズマの方だった。相手は恐らく特殊な改造を施されたサイボーグだろうと察してはいた。しかし、目の前のそいつの体は異様さは初めて見るものだった。
当初、両手と見えていたものは太さ数ミリの黒い紐状の触手の集まりであることがわかった。下半身も同じで数千本のうねる触手が寄り集まって足のような形に見せかけていたにすぎなかった。足の触手は更に伸びて砂の中に根のように潜り込んでいた、恐らくそれが砂を操作しダミーや砂槍を動かしていたのだろう。唯一人間らしさを留めているのは顔だけでそれでさえ髪の毛はやはり触手で構成されていた。
「見たのね、私の姿を、この醜い姿を」
メルイはゆっくりと立ちあがった。いや、立ちあがるというより触手に支えられた首が人の背丈ほどの高さに持ち上げられたと言った方がよかった。彼女の顔は恥辱と怒りに燃えていた。その声は耳にしたプリズマをたじろがせるほど怨念で震えていた。
「許さないわ、死になさい」
既に人の形状を留めていない彼女の首の下で触手がグネグネとうごめき、周りで砂が回転し始めた。
「うわっ!」
出し抜けに生じた砂の大波をかぶってプリズマは転倒した。急いで膝をついて身構えたもののメルイの姿はなかった。そしてダミー全てが砂槍へと変形していた。
「ちょっとヤバイな、こりゃあ」
砂槍の群れが砂の上を走って迫ってきた。波状に押し寄せてきたざっと三、四百本の砂槍全てがプリズマに殺到し、三重四重に囲んで逃げ場を奪っていた。
「おわっと!」
ビュゥッ!真正面から来た槍をサイドステップでかわすと、今度は両側面から同時攻撃が来た。
「ひぇっ!あぶねぇ」
身をかがめてやり過ごすと今度は背後から、さらに足元から頭上から息継ぎの暇すら与えない槍の嵐がプリズマを翻弄した。紙一重でかわし続けているものの、このままでは致命傷を受けるのは時間の問題だ。
「まずい、なんとかもう一度本体を見つけなきゃ…」
槍の攻撃の間隙に素早く視線を走らせてメルイ本体を探すが、それらしき人影はない。
「それに、おかしいことがあるな」
おかしいこと、それは攻撃の不正確さであった。攻撃は確かにプリズマにばかり向かってくるのだが、狙いはひどく曖昧で頭を狙ったかと思えば腕に当たりそうになり、足元にくるかと思えば見当違いな場所をめがけてきた。
「やっぱり、奴には俺の姿が見えていないんだ。では奴の居場所は……リューセ!」
「は、ハイ!」
「この砂漠を『診察』しろ!」
「えっ…それってどういうことですか?」
「奴は俺の姿の見えない所に隠れていやがる。恐らく砂の下のどこかだ。本体いや、患部を探し出せ!」
「は、はい!」
「急いでくれ!」
悲鳴に近い声でそこまで言うのが精一杯だった。円形に取り囲むように出現した砂槍が仕掛けてきたのだ。咄嗟に槍の一本の上に指先ひとつで逆立ちして囲みを抜けた。しかし無傷で逃がしてくれるほど敵は甘くはなかった。
「クゥッ…」
砂の上に着地すると同時にプリズマは足首を押さえてうずくまった。指の間から赤い血が流れ落ちた。足を切り落とされるにはいたらなかったが、思いのほか深くえぐられていた。
「この足じゃ、逃げ切れんかなぁ?」
プリズマは激痛をこらえて牙を見せて笑った。分が悪くなると笑う、それが子供の頃からの癖だった。苦しい時に苦しい顔を見せれば敵はつけこんでくる。だから苦しそうな顔はしない、たとえ死の寸前に身を置いた時でも。
再び彼を取り囲むように砂槍の円陣が出現した。そして今のプリズマにはそれを飛び越える程の跳躍力はなかった。
「社長もう少し、もう少しがんばってください。『患部』を探し出すまで後、三分、いえ一分三十秒だけ…」
リューセは砂地に耳を押し当て必死に耳をすましていた。彼女が行っているのは『聴診』。本来は聴診器で患者の体内の音を聞き取り病因を特定する技術なのだが、今は砂漠自体を患者に見たていた。地下の反響音を聞き取り、患部すなわちメルイの現在位置を特定しようとしていたのだ。
「まずいわ、反響音が弱すぎて地下がよく見えない」
「苦戦してるよーだな、お嬢ちゃん」
リューセはビクッとして跳ね起きた。プリズマの戦いに気を取られるあまり、背後の気配に全く気づかなかったのだ。
「分が悪いみたいだな、あの竜人君は」
「……ガットさん!」
背後に立った男は護送中のガットであった。横転した貨物車から壊れたドアをこじ開けて脱出してきたのだろう。正体不明の竜人が戦っているというのに驚いた様子もない。
(ひょっとして記憶操作が解けちゃったかしら?)
リューセは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。記憶の書き換え直後は本来の記憶が残りやすく、ちょっとしたショックでを思い出してしまう場合もあるのだ。
(もし思い出してしまったら…)
当然、プリズマはガットを始末しようとするだろう。
「あの、ガットさん?ひょっとして思い出したんですか?」
「思い出す?一体何をだい?お嬢ちゃん」
ガットはニヤリと笑っていた。キョトンとするリューセを尻目にガットは熱砂の上で繰り広げられる死闘を真剣な目で観察していた。
「何処の誰だか知らんが砂漠の魔女とやりあうとは大した野郎だ。だが動きにキレがなくなってきているな」
「前の戦いのダメージが回復していないんだわ。」
「おまけに足をやられて飛んだり跳ねたりできなくなったか?」
スライとの戦いで受けた傷の手当ては完璧だった。しかし数日で完治するような軽傷ではなく、本来なら病院のベッドに縛り付けておきたいくらいの傷なのだ。しかも足を負傷して思うように動けない。
「私が何とか敵の居場所を見つけないと……」
リューセはもう一度砂に耳を押し当てた。しかし利用できる反響音は足音くらいしかない。それでは弱すぎて地下全体を『診察する』には弱すぎる。
「ダメだわ。やっぱりもっと大きな音源がないと。一瞬でもいいから」
「どのくらいの大きな音ならいいんだ?」
「できれば爆発物かなにか使ったくらいで丁度いいですけど。あれ、ガットさん?」
ガットは貨物車を降りて先頭の動力車へと走っていた。近くで腰を抜かして座り込んでいたグラッドたちがガットに気づいてライフルを向けた。
「ガット!勝手に外に出ては……」
ライフルを突きつけようとしたグラッドをアッパーカット一発でKOしてから、横倒しになった動力車に潜り込んだ。そして横倒しになったしせいで読みにくくなった火器系統の表示を懸命に調べた。
「ふむ…おーし!まだ壊れちゃいねぇし、弾もあと四発残ってる!これならイケるぜ」
ガットは壊れた窓から首を出して大声で怒鳴った。
「お嬢ちゃーん!ちょいと待ってな、今すぐでっけえ音させてやっからよォ!」
ガットはレバーをつかみ慎重に照準をあわせた。
「あのスナイパー野郎、なにする気だ?」
プリズマはトラックの方をチラリと見たが、それ以上は何もすることができない。砂槍をよけるために砂漠の上を転げまわるのが精一杯だ。そんな彼を嘲笑うかのように姿なきメルイの声が砂の下から響く。
「貴様の仲間が何やら企んでいるようだが、無駄なことよ」
「あー?いや、アイツは別に仲間じゃないんだが」
「お前を仕留めた後で、お前の仲間どもを捕らえ磁界王様に献上する」
「だーかーらー!仲間じゃないって……なんだとッ、マジですか!」
砂槍の隙間から見えたモノにプリズマは仰天した。
「ん?どうかしたのか?」
メルイには触手のセンサーでしか地上の様子を知ることができない。それでは敵のおおよその位置がつかめるだけで何をやっているかまでは分からなかった。ましてやトラックのロケット砲がプリズマのいるあたりに向けられているなどとは分からなかった。
「発射!」
夜店の射的ゲームを楽しむ子供のようにガットは無邪気に笑いつつ、ボタンを押した。ボンという発射音、白煙を引いて飛んでいくロケット弾、銃であれミサイルであれ発射式の武器は彼にとっては最高の玩具なのだ。
グォン!またしても砂漠に赤い炎の花が咲いた。爆風に飛ばされて空中遊泳するプリズマがちょこっとだけ見えたようだが気にしてはいられいない。少し遅れて噴き上げられた砂がパラパラと降ってきた。
「どうだぁー、お嬢ちゃん?」
「ハイ、患部特定できましたぁ!でもこれって……」
リューセの顔に浮かんだ笑顔がたちまち絶望の色に染まっていった。
「こらぁ!間抜け社員!今ので敵が見つかってないんならテメエはクビだぞ!」
砂の上に頭から突っ込んだプリズマが大声で怒鳴った。だが顔を上げたリューセは真っ青であった。
「社長…敵の現在位置は…位置は」
「さっさと言え、このウスノロ!」
「敵の現在位置は私の斜め左前方三十二メートル…」
「よくやった!これで反撃…」
「深さ五十八メートルです!」
瞬間、プリズマの顔にも驚きと絶望がにじみでた。位置は分かっても深さ五十八メートルを貫通できる技も武器も彼にはなかった。
「だから無駄だと言ったろう」
砂漠が震えてメルイの勝ち誇る声を伝えた。同時に数百本もあった砂槍が全て崩れ去り砂へとかえった。
「……グウウッ!」
プリズマは突然、砂の中から突き出した五本の砂の柱に囲まれていた。逃げる時間も巨大な柱に挟まれ、いや掴まれた。柱と見えたものは巨大な指であった。巨大な砂の手がプリズマの全身を握りつぶし始めた。
「ホホホホホ…、指令は生け捕りだったけど、それじゃあ私の気が納まらないわ。細切れ肉になって磁界王様の研究用サンプルにでもなりなさい」
全身を締め上げる力がパワーアップし、体のあちこちで関節がきしみ骨の砕ける音がした。
「グホッ…」
プリズマは口から血を吐いた。折れた肋骨が肺を傷つけたらしい。
「このままじゃ社長が殺されちゃう!何とか、私が何とかしなきゃ!」
必死に考えるリューセだが彼女とて砂中深くに潜む敵を何とかする術などなかった。それでも打開策を必死に考える彼女の目にある物体が飛びこんできた。
「これは……」
それは砂に埋もれかけた金属の黒い紐のような物の切れ端だった。メルイの触手の一部がさっきの砲撃でちぎれ飛んだらしい。しかしリューセが注目したのは触手自体ではなく破損部分から白い糸のような束だった。
「光ファイバー……これが強烈な地磁気の中で機能できる秘密?それならば」
リューセは顔を上げた。効果があるかどうか分からない作戦だが、プリズマにやらせてみるしかない。
「社長、聞こえてますか!触手の内部に……」
ドスッ!砂中から飛び出してきた砂の塊がリューセのみぞおちに命中し、打ち倒した。声を上げることもなくリューセは砂の上に倒れこんだ。
「うるさい小娘が!余計なことを喋るんじゃあない!」
メルイはリューセの意図を理解していたわけではなかったが、念のためにリューセも拘束しておくことにした。リューセの体がゆっくりと流砂に引きこまれていく。腹を押さえ苦悶の表情を浮かべるリューセには抵抗する力はなかった、ただ呟き続けた。
「社長…触手の内部に……強い、光を」
「了解したぞ、優秀な我がヒラ社員君!」
通常では聞き取れぬほどのささやき声をプリズマは聞きとっていた。しかし彼とて身動きひとつできぬ身、反撃は不可能と言ってよいはずだった。
「おい、ガットとかいうヘボ狙撃手!俺の声が聞こえてるんだろう?」
「あ?ああ、聞こえるぞ」
不意に話しかけられてガットは目をパチパチさせた。
「さっきみたいにロケット砲で俺を撃て」
「なんだって?」
「俺のまわりの砂をブッ飛ばせって言ってるんだ!」
「正気か?そんな密着状態じゃさっきみたいに微妙に照準ずらすって訳にはいかないぞ」
「とっととやれ、このウスノロ!」
「何だと、この…どーなっても知らんからな!」
ほとんどヤケクソになってガットはボタンを叩いた。軽い衝撃が走り白煙が巨大な砂の手に向かって伸びていった。そして爆発。砂の手は爆風の中で粉々になった。だが爆発の中でもメルイの嘲りの声は爆音をかき消すほどに響いた。
「馬鹿か、貴様等は?たかだか触手の五本や十本吹き飛ばしたくらいで私がダメージを受けるとでも……」
言いかけてメルイは言葉を止めた。こんな攻撃ではダメージにならないのは気づいていたはずだ。それどころか爆発に巻き込まれた半竜人の方が危険だった。では何を狙っていたのか。
(爆発後、0.01秒経過)
プリズマは肌を焼く炎と轟音の中にいた。煙の合間からリューセがこちらを見ているのが見えた。
(爆発後、0.05秒経過)
赤い炎が縦横に走り、砂粒が空中に拡散していくのが見えた。生と死の極限状態の中で極限まで高められた集中力が生み出す、時間がゆっくり流れる奇妙な感覚だった。引き伸ばされた時間の中でプリズマは標的を探した。
(爆発後、0.15秒経過)
探し物が見つかった。右手のすぐ横で半ばちぎれた黒い触手が砂中から伸びて空中で蛇のようにのたうっていた。プリズマは握り締めていた右手を開いた。指の動きさえもどかしくなるほど遅い。
(爆発後、0.17秒経過)
右手の中には白い光が宿っていた。全身から搾り出した生命エネルギーで作り出した光だった。その光が集中していく指先をプリズマは触手に向けた。
(爆発後、0.20秒経過)
右腕がのろのろと動いて指先が触手の破損面に接触した。
(爆発後、0.25秒経過)
指先でほんの一瞬だけ爆発的な輝きが生じた。同時に停滞していた感覚時間が戻った。凄まじい爆発音が耳を突き抜け、衝撃波が全身を打ちのめし、炎が鱗を焦がした。プリズマの肉体は軽々と飛ばされ、空中でグルグル回転してから地上に激突し、三度ばかりバウンドしてから動かなくなった。
全身が痺れて感覚がない、目に映る光景もグニャグニャと歪み、軽く咳き込むと血を吐いた。何とか意識は保っていられたが、戦える状態ではなかった。
(肋骨が全部イッちまったか。右腕も折れたし、背中に火傷…これでしくじってたら洒落にならねぇな)
そんな彼の思考を嘲笑うかのようにメルイの高笑いが聞こえてきた。
「ホーッホッホッホッ…自分からダメージを負ってくれると何を考えているやら。」
高笑いに合わせて砂が活動を再開した。プリズマのまわりに数十本の砂の手が出現した。同時にリューセやガットも砂の手の大群に取り囲まれた。
「まあよいわ。後はお前たちを磁界王様の元へお連れするだけ……」
砂の手がノロノロと向かってくる。もう誰も逃げる余力も方法もなかった。
「ん?どうしたのかしら」
メルイの声に当惑が走った。獲物に触れる寸前にまで迫った砂の手の一部が停止したのだ。指を大きく開き、つかみかかろうとするポーズのまま凍りついたように止まってしまった。
「故障か、馬鹿な!私のコントロール系統に何か…」
当初、一部だけだった砂の手の停止はたちまち全体へと広がっていった。何百もの手が彫像のように固まってしまった。
「よ、ようやく、き、効いてきたか」
口の端から滴り落ちる鮮血を手の甲で拭い、ニヤつきながらプリズマは何とか半身を起こした。砂の手たちがブルブル震えてサァッと崩れ、砂に戻った。そして彼の足下の砂全て震え始めた。
「貴様ッ!私の、私の体に何をした?」
先ほどまで勝利を確信していたメルイの声には驚愕、狼狽、そして焦りが隠されもせずにあらわになっていた。それも当然、彼女は砂鉄を操るどころか、自分の体の自由も利かなくなっていたのだから。いや自由が利かないどころか意志に反して勝手に動き始めていた。
「さぁ?俺はただ貴様の体の中に光を打ち込んだだけだが」
「なっ?光だとォッ!…ウグッ、ウッ…ギショッォォガッ…」
メルイの声の後半は不可解なノイズに変わっていた。そして砂漠が揺れた。海のようにうねり、波立ち、荒れ狂った。激しい砂の急流に全員が翻弄され、激震が収まるまで立ちあがることもできなかった。
「ヒィッ!地震だぁっ!」
「そんな馬鹿な、この砂漠地帯に地震なんて一度だってなかったぞ」
警官二人は逃げようとしたが、立っていられぬほどの揺れで地面にへばりついてるしかなかった。
「何をやらかしたんだ、あの竜人は?」
「敵の、神経系に強烈な光を打ち込んだんです!」
ハンドルにしがみつくガットの問いに答えたのは砂の上を転げまわっているリューセだった。
「敵は神経系に、金属線のケーブルではなく、光ファイバーを使った、特殊なサイボーグだったんです」
「ひ、光ファイバー?」
「はい、彼等がサイボーグなのに強い地磁気の中で活動できたのも恐らく、電流を使う電子回路の代わりに光を使った言わば『光子回路』を組み込まれていたからだと思ったんです」
「それじゃ、神経とも言うべき光ファイバーに強い光が入りこんだと言うことは…」
「そうです。神経に直接、高圧電流を流されたのと同じです」
「なるほど、この地震は『砂漠の魔女』の断末魔というわけか」
やがて揺れが止まった。一同が安堵の溜息をついて立ちあがった。
「危ない、ガットさん!そこから出て!」
「で、出られねぇよ!助けてくれッ!」
砂の流れが収まったと思いきやガットのいる運転席が砂に沈みはじめたのだ。既にドアは半分砂の下で開かない、防弾仕様の強化フロントガラスか天井の装甲を破なければ外には出られない。
「グラッドさん、そのライフル貸して!」
運転席に駆け寄ったリューセは腰を抜かしていたグラッドからライフルをひったくり、運転席に向かって何度も発砲した。しかし特殊強化ガラスは表面にスリ傷を残すだけで割れる気配はない。
「お、おい!お嬢ちゃん、何とかしてくれ!」
顔に似合わない情けない声をグラッドは上げた。凄まじい砂の圧力でトラックは徐々に歪み始めている、このままでは救助が来る前に砂に潰されてしまう。
「えいっ、えいっ!」
弾を撃ち尽くしたリューセは銃でガラスを叩き始めた。しかしそれくらいではビクともしない。我に返ったグラッドたちもガラスを殴ったり蹴ったりしたが無駄だった。
「ダメだわ…」
リューセたちは悲しげにトラックを見下ろした。あと十秒もしないうちに運転席は砂に沈み、ガットを救助することはできなくなる。その時、フロントガラスが真っ白に輝いた。
「今のは輝光術?社長!」
「くっ……世話のやける社員だ」
振り向いたリューセの目には不機嫌そうな顔で左手の平をトラックに向けているプリズマがいた。呼吸は荒く、顔は血まみれで左腕もブルブルと震えている。
「さっさと助け出せ、ノロマ社員!」
「はい!」
リューセは再度、銃を振り上げた。まっすぐに振り下ろされた瞬間、あれほど強固だった防弾ガラスは音もなく粉々になり砕け散った。流れ込む砂の中から突き出された太い腕をグラッドがつかみんだ。砂の上に引きずり出されたガッドの背後でトラックは完全に砂中に引きこまれ続いてカン、カーンという轟音が響いた。トラックが砂鉄に押しつぶされた音だった。
「ふぅ、助かったぜ。あの竜人の若造に礼を言わなきゃな」
額の冷や汗を拭いながらガットは呟いた。
「そうだ、社長……輝光術を使えるような状態じゃないのに」
プリズマはさっきの場所にはいなかった。リューセはプリズマの姿を探した。いた。少し離れたところを這っていた。リューセは顔色を変えて駆け寄った。
「何をしてるんですか!その体で動いたら命に関わりますよ!」
「あそこを見ろ。」
指差した先には人の頭ほどのタマゴ型の金属の塊がひとつ転がっていた。いや目も鼻も口も備えたそれは人の頭そのものだった。触手の大半が分解した中、残った3本の触手で砂の中から這い出してきたようだ。
「奴だ、砂漠の魔女・メルイだ」
「倒したんですね」
「いや、まだだ」
メルイの首は目玉をグルグル回転させながら意味不明の早口の呟きを続けていた。意識があるのか不明だが少なくとも死んではいないらしい。
「俺は…もう動けん…お前がとどめを…刺すんだ」
「私がですか?」
「生かしておけば……また俺たちを……襲ってくる。今やるしか」
苦しげな顔でプリズマは目を閉じ意識をなくした。重傷を負った上に最後の輝光術で体力気力を使いきり限界は超えてしまったのだ。
「私が……この人にとどめを?」
リューセは息を呑んだ。現在のメルイ程度なら子供にだって壊せる。しかし身動きもできない相手を殺す、自分にそんなことができるのか。今までは凶悪犯であっても殺さずに捕らえるために苦労を承知で戦ってきた。ましてや相手は意識も定かでない状態だ。
「お嬢ちゃんに出来ねぇんなら俺が殺るよ」
「ガットさん」
いつのまにか、背後に立っていたガットが無感情に言った。その表情はまるで岩でできているように堅く、目には明らかに殺意があった。そして彼の手には大型ハンマー、修理用工具箱の中にあったハンマーが握られていた。
「確かに今は無害だが正気に戻ったら危険極まりない。まだどんな武器を隠し持ってるかもわからんのだからな。それに……」
ためらいもせずガットはハンマーを振り上げた。
「それにコイツにゃ俺の知り合いも何人か殺られてるんでなあ!」
全体重を乗せてハンマーを振り下ろした。一撃でメルイの頭をブチ砕くつもりだ。重い鉄の塊が振り下ろされた所から砂が飛び散った。
「なにぃ?何処へ消えた!」
ハンマーは砂を叩いただけだった。一瞬の差でメルイの首は砂の上から消えていた。
「アッ…あんなところに!」
皆が空を見上げた。地上二十メートルくらいの高さをメルイの首はフワフワと漂っていた。
「死んだフリしてやがったのか!」
「違うわ、あれを」
メルイのまわりに砂鉄が舞い上がった。最初、煙のようにメルイにまとわりついていた砂鉄は徐々にある形を取り始めた。それは人間の上半身らしき輪郭線であった。
「何者だ、ありゃあ?」
ガットは呆れたようにリューセは食い入るように空中に描かれた砂絵の肖像画を見ていた。それは陰気な顔をした男の無表情な肖像画だった。砂で書かれた輪郭線だけの男の唇が動いた。
「諸君、お初にお目にかかる。我が名は磁界王、お見知りおき願おう。諸君の健闘に敬意を表し、この場は退くとしよう。いずれまた会おう」
ゴウッ。砂が竜巻のように巻き上がり、視界を隠した。風が収まった時にはメルイも磁界王も何処にもいなかった。
「逃げられちまった、いや見逃してもらったのか?」
ガットは不安に襲われた。この惑星に住んで何年にもなるのに、あんな得体の知れない連中がいるとは思わなかった。
「あの顔は確かどこかで……」
考え込みかけたリューセだが、ハッと我に返ってプリズマの傍らに座った。
「しっかり!しっかりしてください!」
耳元で呼びかけたがプリズマは反応しなかった。三時間後に救助がきた時も意識は戻らなかった。




