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有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
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砂漠の魔女

 コガー老人がトラックで走り始めてから、既に半日以上が経過していた。

太陽も高く昇り、気温も40度を超えている。

しかし目に見えるのは前も後ろ右も左も砂、砂、砂。

町の灯りが遥か後方に消えてからは、何時間走っても景色に変化がない。

「まったくもう、面倒くさいたらありゃせんわい。バカ強い地磁気のせいで、オート・ナビゲーションも使えん」

 この惑星自体が発する地磁気は同クラスの惑星のざっと二十倍。家庭用の自動車に搭載されている自動運転では二日もかからず磁気でおかしくなる。特別に対磁性コーティングを塗り重ねても、わずかずつ侵入してくる砂粒が精密機械を狂わせていく。この惑星上では機械の類は磁気の影響を受けない旧式な物しか使えない。全て手動操作するしかないのだ。

 うんざりした頃に、前方に小さな砂丘が見えてきた。何の変哲もないありふれた砂丘のようだが、しばらく観察していればおかしな事に気がつくだろう。他の砂丘が風が吹く度に少しずつ形を変えていく中で、それだけは全く変化しないのだ。そしてそれはコガーにとっては特別な砂丘であった。

「ようやく、見えてきおったわい。」

 エンジンを吹かせて砂丘の中腹までトラックを登らせて、そこでトラックを停車させた。そしてエンジンを切り、腕組みをして何かを待った。

「さっさと入り口を開けんかい、ウスノロどもが」

 しかめっ面の老人は目を閉じて、ブツブツ文句を言い続けている。不機嫌な顔で愚痴をもらしたとたんに、『入り口』が開いた。トラックが砂の中へ沈みはじめたのである。よく見ると砂がトラックの下へ潜り込むように、サラサラと音を立てて流れている。流砂だろうか?それにしては動いている砂はトラックのまわりだけだ。

「アジトに入るのも、こんな面倒くさい仕掛けを使わにゃならんとはな。」

 見る間に大型タイヤが埋もれ、フロントガラスからの外の景色が覆われ、荷台の屋根も砂の下に消えた。トラックの停車していた四角い痕跡も砂の流れで消えてしまった。

カクン。トラックが揺れ、コガーは目を開けた。

 フロントガラスを覆っていた砂が上のほうから崩れるようにはがれ落ちていく。解放された視野に入ってきたのは、岩盤がむき出しになった高い天井と強烈な照明。横には同様なトラック、鉱山作業用掘削車、パワーショベルなど特殊作業用機械十数台と大気圏外連絡用シャトルが一機。ここは砂漠の下の地底に掘りぬかれた格納庫であった。

 砂が隙間に入り込んで開きにくくなったドアをこじ開けるようにしてコガーは車を降りた。格納庫の分厚い扉を開けると、岩盤を掘りぬいた狭くて長い通路になっている。所々にある薄暗い発光灯がボンヤリと闇を照らしてはいるが、すこし灯から離れると足元もよく見えない。慣れた通り道ではあったが、それでも何度かつまずきそうになった。

「照明もケチりおって。少しは老人にも住みやすい環境を心がけるべきじゃろうが」

 十五分も歩いてようやく、不機嫌な老人は大きな黒塗りの扉の前に着いた。

「それにしても、このドアくらい…」

老人はドアに手をつき力いっぱい引き開けた。

「このドアくらい、自動ドアに、できんかった、の、か、い!」

ギギギギギ。重いドアが重い音をきしませて徐々に開いていった。ドアの向こう側は天井までの高さ三十メートル、奥行きは二、三百メートルはあろうかという大広間になっていた。暗かった通路と違い、この大広間には不要すぎるほどの照明が設置されていた。

 あかあかと照らし出された広間の壁をチラリと見ただけでコガーは余計に嫌な気分になった。岩をくりぬいた人工洞窟の壁面が殺風景なのはしかたがないのだが、壁面をおおいつくすように張り巡らされた数万本のコードと無音で明滅を続ける数千のランプ、プルプルと微振動を続ける用途不明の機械群の不気味さはこのうえない。

 まるで金属製の巨大生命体の腹の中にいるようで、何度見ても気味が悪い。しかも左右二十本の奇妙に曲がった柱がまるで肋骨のように建ち並ぶ様は余計に不気味だ。

「まったく、居住性無視の次は芸術性もからきしダメときている。誰が設計したものやらじゃわい。オイ、今戻ったぞ!」

 広間の奥に向かって老人は怒鳴った。返事はすぐに返ってきた。

「アラ、早いわね、コガーじいさん。首尾はどうだったの?」

 実に艶のある、それでいてどこかに氷のような冷たさを含んだ女の声だった。そして声の主が柱の影から優雅な身のこなしであらわれた。砂漠には不似合いな真紅のドレスに身を包んだその女は、にこやかな笑顔を見せてはいたが目にはあからさまな侮蔑の色が浮かんでいた。

「なんじゃ、ユルディか。たかが小娘一人殺すのに、ワシが出るまでもないじゃろう、と思ってな。スライに任せることにした」

「あら、そうなの。私はまた失敗してスライに尻拭いさせてるのかと思ったわ」

 一瞬だけコガーは激昂しそうになったが、怒りを押さえることに成功した。

「わしの能力はな、単なる殺しなどという野蛮な仕事には不向きなだけじゃよ」

 視線をそらしてうそぶくコガーだったが、ごまかしきれるものではなかった。

「ホホホホホ、そうよねぇ。『相手の脳に受信機を埋め込んで記憶を書き換えて人を操る』なんて高度でデリケートな能力じゃ小娘一人消すなんて簡単すぎてやる気になれないわよねぇ」

 小馬鹿にした笑い声を遠慮なく上げる女に対し、怒りでこぶしを握り締めたコガーが言い返した。

「なんじゃと、色気ばかりの能無し女!」

「役立たずのクソジジィが何を…」

 コガーは膝を曲げ、口を半開きにして飛びかかる体勢に入っていた。唇の隙間から金属光沢のある先細りの筒状の何かがチラリと見えている。

 対するユルディは特に身構えた様子はない。しかし彼女を中心に背景の壁の映像がブレを生じはじめた。例えて言うなら高速回転する扇風機の羽ごしに風景を見たような感じだ。

「小娘がッ、ワシの操り人形にしてやる」

「そっちこそ、細切れにして外宇宙に投棄してあげるわ」

 二人は殺気むき出しの凄い顔でジリジリと距離を詰めていった。

「コガー、ユルディ、二人ともそれくらいにしておけ」

 広間の奥から響く、重く暗い男の声が二人を止めた。

「磁界王様!」

「いらっしゃたのですか?」

 コガーは緊張と若干の恐怖とで顔を凍りつかせ、ユルディと呼ばれた女は歓喜の笑顔になった。

 その人物は広間の一番奥の壁近くに忽然と出現していた。ついさっきまで誰もいなかった場所だ。黒いマントに体を包み、黒い髭を生やした陰気な顔をした無表情な男だった。ちょっと見ただけでは大げさなコスプレした根暗な中年男に思えるのだが、奇怪な点があった。これだけ過度な照明の中でその男の周囲は奇妙な暗さを感じさせるのだ。ムードが暗い、というのではない。彼の肉体の近くには実際に光が届いていないようなのだ。その人物は二人に歩み寄りながら言葉を続けた。

「二人とも、私の前で悪ふざけはやめておけ。仲間同士で喧嘩は禁止しておいただろう」

 歩調を乱すことなく無表情を崩すことなく磁界王は二人に無感情な言葉をかけた。特に脅しをかけているわけではなく、高圧的な態度をとっているわけでもない。しかしコガーもユルディも不服の色を浮かべながらも攻撃体勢を解き、左右に分かれて引き下がった。磁界王はうなずき、コガーの方に顔を向けた。いつもは高慢そのもののコガーが自分より年下の男の視線にビクつき、思わず目をそらした。

「コガーよ。竜使いとやらが『蠍』について探っているというのは本当だったのだな」

「ああ…そうじゃった、アンタに言われたとおりじゃった」

「それで私の指示どおり殺そうとしたが、しくじったか」

「ああ、確かにな!」

 しくじった、という言葉を聞いた瞬間にコガーの表情は怒りに崩れた。ただコガーの激情が本当は怒りではなく、恐怖をごまかすためのものであることは誰の目にもあきらかだった。

「この惑星上では磁場が強すぎて我が『ささやき』の遠隔操作は効かん!その辺のチンピラ殺し屋に『殺意』をインプットするのがせいぜいでは成功率が低すぎる!くれぐれも言っておくがワシの能力が足りんのではない、この惑星が不向きな場所なだけなんじゃ!」

 そこまで一気にしゃべってコガーは一息ついた。だが老人の弁解に対してユルディは意地の悪い笑みを浮かべた。

「あらあら、出かける時に『この程度の仕事に貴様らの手を借りるまでもない』っておっしゃっていらしたのは、どこのどなたでしたかしら?」

「ウググ…このお喋りめ、舌をひきちぎってやろうか?」

 露骨に顔色を変えるコガーと蔑みの視線で彼を射るユルディ。しかし両者が舌戦を再開する前に磁界王の一言が入った。

「やめろ、と言ったはずだが。もう一度同じ台詞を繰り返してほしいか?」

 別に怒りの口調というわけでもない淡々とした口調だったが、それでも二人は青ざめ、出かかった言葉を呑み込んだ。

「それで、コガーよ。竜使いはどうなったのか?」

「そ、それがホテルごと爆破してやったのに、どうやってかわからんが脱出してワシを尾行してきた。それで倉庫街までおびき出してスライに任せたのじゃが」

 おびき出して、の部分は脚色で真実は尾行に気づかず連れてきてしまったのだが、コガーは一応は事実を告げた。しかし必死に言い訳するコガーを磁界王の冷たい視線が突き刺す。報告を受けているというより、尋問していると言うほうが正しい状態だった。

「どちらにせよ、竜使いは始末されとるはずじゃ。この惑星上で我らに勝てる生身の生物は存在しないのじゃからな」

「それで、スライはどうした。まだ帰らないのか」

 磁界王は老人の言い訳など気にもとめていなかった。ただ、確実な報告が欲しいだけだった。すなわち『竜使いの死を確認した』の一言が。

「そうよねぇ、戦闘が長引いたにしてもそろそろ帰ってくるはずよねぇ」

「帰ってきたわよ、たった今ね」

 新たな女の声が開けっぱなしになっていた扉の外から聞こえた。そこには黒のローブをまとったしなやかな体つきの女が立っていた。

 身の丈はユルディとほぼ同じだが、体つきはやせ気味だった。顔は…顔はユルディと全く同じ、冷たい目つきまでよく似ていた。女は一歩広間に足を踏み入れた、奇妙なことに足音がない。足音の代わりにザワザワという虫かムカデが這い回るような音が足元からする。

「ただいま、磁界王様、姉さん。スライなら私が連れて帰ってきたわ」

「あら、おかえりなさい。それでメルイ、スライは何処なの?」

 目の前にいるのは帰ってきたばかりの女、つまりユルディの妹メルイだけでスライの姿は見えない。そのメルイがいかにも面倒くさそうに片手を差し出した。そして握っていた何かを無造作に磁界王の足元に放り投げた。

カツーン、ゴロン、ゴロン…。

 二、三回床の上を転がって止まったそれは、何かをつかもうとするかのように五本の指をカクカクと曲げ伸ばししてから停止した。手首から先だけになったスライの姿だった。破壊面は握りつぶされたように内側にへし曲げられ、引きちぎられた数十本のコードからはかすかな光がもれている。

「それしか回収できなかったわ、それが一番大きな破片だったのよ。爆発してバラバラ、っていうより粉々っていう感じでさぁ」

「倒されたというのか?戦闘用サイボーグのスライが生身の小娘に!」

「スライもたいしたことなかったわね、格好ばかりで」

 驚くコガーに比べ、ユルディは表面上は高慢な態度を保っていた。しかし内心はそうでもないらしく床の上の上でわずかに動き続ける手首から目を離せない。磁界王は黙ってスライの手を拾い上げた。

「単純な腕力による破壊ではないな。装甲皮膚の金属結合が何らかの方法で崩壊させられて握りつぶされたようだ。しかし薬品や放射線の痕跡は全くない」

 一通り調べ終わると興味も失せたようで、磁界王は壊れた玩具かなにかのようにポイと投げ捨てた。

「竜使いとやらが未知の能力を隠し持っているのは間違いないようだ、どんな能力か知りたいものだな。……ブラックボックスは回収できなかったのか?」

 全身を機械化されている彼らには聴覚と視覚で見聞きした事を二十四時間分記録するブラックボックスが内蔵されていた。考えうる限りの保護措置が取られたブラックボックスなのでボディを木っ端微塵にされたくらいなら、無傷で回収できるはずだった。

「無理言わないでよ、騒ぎを聞いて私が駆けつけた時には倉庫街は炎上、大勢の野次馬で身動きもとれなかったわ。その手首をこっそり拾うだけでも大変だったんだから」

 メルイが首を横に振ると、磁界王も黙ってうなずいた。メルイはそのまま話を続けた。

「回収した破片は明日の空港定期便で送られるはずよ、ブラックボックスもその中にあると思うわ。竜使いも爆破事件の容疑者として一緒に空港衛星送りになるらしいわ。どうする?」

「その定期便というのは『砂蛇のガット』とかいう狙撃手も護送するはずだったな」

 そう言うと磁界王は少しの間、目を閉じて考え込んでいた。やがて目を開くとメルイにこう命じた。

「メルイ、その定期便からブラックボックスも奪回しろ、方法は任せる。それと可能ならば竜使いとガットを捕獲しておけ。生きてさえいればよい。いや蘇生可能なら死んでいても構わん」

 それだけ言い終わると磁界王は三人に背を向け、その場を立ち去ろうとした。

「お、お待ちを、磁界王様!」

「ワシらは何をすればいんじゃ?」

 完全に無視されたコガーとユルディが磁界王を追ったが、磁界王は一言も喋ろうとせず広間の奥の壁に向かって進んだ。岩の壁が目の前に迫っても歩調を変えずにそのまま歩き続け、自分から壁にぶつかろうとしているように見えた。

 だがそうはならなかった。衝突の瞬間に壁がグニャリと歪み、破れたカーテンのように左右に引き裂かれて亀裂が口を開けたのだ。磁界王が壁の亀裂に入るとすぐさま亀裂は閉じ、壁は何事もなかったように元通りになった。

「姉さんたちは心配しなくてもいいわ。相手が砂漠にいる限りは、こんな仕事は私一人でも多すぎるくらいよ。そう、砂漠の魔女・メルイの名に賭けてね、オ、ホホホホホホ…」

 コガーとユルディの嫉妬の視線を心地よく感じながら、メルイは広間に反響する高笑いを続けた。

**********

(ん?もう朝、いやお昼か。夕べの残業はきつかったなー。)

 プリズマは眠くて開かない目をこじ開けた。目の前には鉄格子、体の下には硬くて冷たいコンクリートの感触。身につけていた武器の類は没収されたようで残っているのは首輪だけである。目をこすりながら首を後ろに向けると、ベッドに腰を下ろしたリューセが恨めしそうな目で彼を見ていた。プリズマは社員の恨みがましい視線を気にせずに大あくびすると、留置場内をウロウロしはじめた。

「しゃちょ…コホン、プリズマちゃん、こっちにきなさい」

 リューセは、つい社長と呼びそうになって気を落ち着けて言いなおした。現在のプリズマは『小竜形態』と自らが呼ぶ子猫くらいのトカゲの姿をしていた。ペットのトカゲを社長と呼んだりすればまわりの人間からおかしな目で見られてしまうし、疑いを持つ者も出てくるかもしれない。そのため、小竜形態の時はプリズマは言葉を喋れないフリをしていた。ちなみに戦闘時に見せた人間サイズの姿は『闘竜形態』、接近格闘戦向きの姿である。

 プリズマはチョコチョコと駆け寄りリューセの膝の上に飛び乗った。リューセは彼の頭に手を置いた。

(おはよう、リューセ君)

「おはよう、じゃないでしょう!夕べどれだけ大変だったか」

(昨日はよく眠れなかったようだね、目の下にクマができてるぞ)

「眠れるわけないでしょう。一晩中取り調べで保安官さんに小突き回されてたんですよ」

 会話しているようだがプリズマは一言も喋ってはいない。会話が成立しているように見えるのはリューセがプリズマの伝えたいことを読み取っているからだ。彼女は相手の皮膚に直接触れさえすれば体温、脈拍、呼吸などを瞬時に『診察』できる。頭部に触れれば脳波だって解析できる。何度か診察した相手ならば考えを読み取ることも可能なのだ。

「まったくもー、留置場で夜明かしするなんて最低……」

(そうかぁ?屋根もベッドもあるところで寝られるなんて最高だと思うんだけど)

 プリズマのこの冗談のような台詞、本気であった。なにしろ賞金稼ぎを始める以前からロクな場所で寝たことがない。路地裏で雨ざらしなどいつものこと、猛獣のうろつく荒野で夜明かしなど当たり前だった。ついでに言えば牢屋にぶち込まれるのも初めてではない。

「とにかくですねー、あれからホテル爆破犯兼倉庫街放火犯の犯人にされちゃったんですよ」

(犯人じゃなくて重要参考人だろ。それにお前は本当に何もしちゃいないだから知らんフリしてりゃいい)

「確かに大暴れしてたのは社長でしたね」

(おい、俺だって犯人じゃないぞ。ホテル爆破は得体の知れないジジィの仕業だし、倉庫街吹き飛ばしたのはスライとか名乗った変なサイボーグ野郎だ)

「おい、ペットとお喋りする暇があるんなら取り調べに協力してもらいたいな」

 鉄格子の向こうに立った保安官が胡散臭い目でこちらを見ていた。当然、彼にはリューセがペット相手に独り言いっていたようにしか見えてはいない。

「確かにホテルのフロント係を問い詰めたら口を割った。金をもらって怪しい男を通したそうだ。」

「ねっ、私の言ったとおりでしょう?」

「一応、吹き飛ばされた倉庫も調べてみた。サイボーグ体の破片らしき部品も回収された」

「ほら、私は嘘なんかついてなかったでしょう?」

「しかしだ、お前の言うことは信用できん」

「そう、私の言うことは信用できないでしょ…って何で信用できないんですか!」

 リューセは泣きそうな顔で鉄格子にしがみついて、涙で瞳をウルウルさせて保安官に訴えかけている。

「例のフロント係はあまり信用できん奴だ。物証も本当に戦闘用サイボーグの部品かどうか、ここでは鑑定できん」

「そんなぁ…」

 リューセは気を落として力なく冷たい床にへたり込んだ。

「第一、この惑星上にサイボーグがいた、なんぞあり得んことだ。例えばこいつを見てみろ」

 保安官はリューセの鼻先に腕時計を突きつけた。何の変哲もない腕時計だが時刻のデジタル表示がおかしい。時分秒の内、時は昼間なのに真夜中を示し、分は停止したまま、秒に至っては39秒、38秒、37秒という具合に逆にカウントしている。

「たった一回磁気クリーニングを忘れただけでこの始末だ。分かるか、この惑星の地磁気の中じゃ電子機器など三日ももたんのだ。精密電子装置の塊みたいなサイボーグなぞ生きてはいけんのだ」

 それだけ言うと保安官はさっさと出ていってしまった。

「この場はあきらめな、竜使いのねーちゃん」

 隣の牢から気楽な声が聞こえてきた。昨日から留置場に宿泊中の『砂蛇』のガットである。

「衛星ステーションの警察本部まで行きゃ、ちゃんと鑑定してくれるから容疑も晴れるさ。ま、落ち着くこった」

「ガットさんはよく落ち着いていられますね」

 同じ囚われの身でもガットは落ち着いたもので、ベッドの上に寝そべって鼻歌なんぞを歌っている。

「まぁな、裁判始まるまでは大人しくしてるさ」

「でも裁判にかけられたらよくて終身刑、悪くすれば死刑って言ってませんでした?」

「常識的な裁判ならな」

 ガットはリューセの方を向いて(といっても壁が邪魔で顔は見えないのだが)ニヤリと笑った。

「俺の得意先には暗黒街の顔役が何人かいてな、その連中が手を回して減刑してくれることになってるんだ。仮に裁判で負けたって脱獄の手筈を整えてくれるよう話がついている」

「へぇー、そうなんですか。うらやましいなぁ」

 リューセはため息をついた。実のところ今の状況は彼女にとってかなりヤバイかった。警察組織もこの惑星のような末端では賞金稼ぎの素性を詮索したりはしない。しかし逮捕されれば身元を調べられる。当然、彼女の肉親にも連絡されるだろう。

「やっぱ、マズイわよねー」

 幼い頃に両親を亡くしたリューセには弟が一人いた。このままでは彼女の身を心配しているであろう弟に連れ戻されて、当分監視つきの生活が待っている。『蠍』を追い詰めるという彼女の目的は果たせなくなる。

(ま、心配するな。宇宙港に着いたらそのまま星系外へ逃げればいい)

 床の上でゴロ寝中のプリズマはあくまで気楽であった。いざとなった全責任をリューセに押し付けて自分だけ逃げる気なのだろう。

「そんなことしたら私は全銀河指名手配になっちゃいます!」

 怒鳴り返されてプリズマは首をすくませ体を丸めて大人しくなった。

(なあ、リューセ君)

「何ですか?」

(サイボーグが磁気に弱いってのは間違いないよな?)

「そりゃそうでしょう。生体組織と機械組織をリンクするコンピュータは精密な電子回路を搭載していますし、感覚センサーも磁気の悪影響を受けやすい。この強烈な地磁気の中では毎日のようにメンテナンスしないと命に関わりますよ」

(そんな危険な惑星になんでスライの奴はあれだけ動けたんだ?)

「恐らく磁気の中でも影響を受けぬくいメカを開発したんだと思いますが」

(たかが犯罪者崩れのサイボーグがそんな物を開発したというのか。そもそも、どうしてこの惑星に居なきゃいけなかったんだ?安全な隠れ家なら他の辺境惑星がいくらでもあったろうに)

「それじゃ…何か裏があるということですか」

(たぶんな。それも『蠍』がらみの可能性が大きい)

 蠍の一言を耳にした時、リューセの表情が一瞬だけこわばった。

「おう、竜使いのお嬢ちゃん。お話するならペットじゃなくて俺としない?俺様の武勇伝の数々を聞かせて……」

 返事はなかった。リューセは何か考え込んでるみたいで耳にも届いていないらしかった。

「……お呼びじゃない?すみません…」

 ガットの一人ボケ&ツッコミは虚しく砕け散った。その時、ドアが開いて保安官が首だけ出してきた。

「おい、護送車が着いたぞ。お出かけの支度をしな」

 そして保安官の後ろから三十歳くらいの男が姿を見せた。

「初めまして、私はグラッド・ナインシュタン巡査と申します。皆さんを軌道ステーション本庁まで護送させていただきます」

 誠実そうな護送役は場違いなくらい明るいスマイルを披露した。

**********

 護送車が町を出て二日と十時間が経過した。外は地平線の果てまで赤茶けた砂漠が広がり、空には昼間は太陽、夜は星のみで雲のカケラもない。砂嵐さえ、ここ数日は来なかった。窓から見える退屈な景色にリューセは溜息をついた。

「護送車っていうから檻みたいな車かと思ってたんですが、普通のトラックなんですね」

 リューセたちが乗せられたのは例のイモムシ型大型トラックだった。6両連結貨物便でリューセとプリズマは三両目に、ガットが五両目に閉じ込められていた。本来は広々した貨物車なのだが、ギッチリと詰め込まれた鉱石のために人間一人寝転がるのがやっとのスペースしかない。

(要するに定期便の隙間に押し込まれている訳だ)

 プリズマの小さな体でさえ手狭に感じられる、快適には程遠い環境のおかげでリューセは大分くたびれているようだ。疲れているのは彼女だけではない。ガットのわめき声も今朝から静かになってしまったし、二交代制で運転しているドライバーの疲労も相当なものだろう。

「まだ着かないのかなー、宇宙港連絡市に」

 到着すれば困る事が山ほどあるのだが、今のリューセは砂鉄の砂漠が見えない場所に行く方が重要だった。

(あと四時間というところかな。あくまで予定通りにいけばの話だが)

 妙に含みのある言い方をしながらプリズマは窓の外をチラチラみていた。何かを待っている、そんな感じだった。

「予定通りにいけばって、まだ何かあるんですか?」

(俺の推測によればだ、到着直前にスライの仲間が襲ってくる筈だ)

「やっぱり仇討ちですか」

(いや、狙いはあれだ。回収されたスライの残骸を狙ってくる)

 プリズマが尻尾で示したのは前の車両だった。そこには倉庫街爆破事件の証拠物件が積み込まれていた。

(運び込まれる時にみたんだが、部品の中にブラックボックスっぽいのがあった。スライが破壊される直前までのデータを記録してるんだろう。あれを奪回しにくる)

「じゃあ、社長の本当の姿も記録されているんですね」

(そうだ、だから奴らをおびき出すと同時にブラックボックスを破壊しなけりゃならない)

「どうやって破壊するんですか?私たちはこの貨物車から出られないのに」

(だから奴らが襲ってくるのを待ってるんだ。ドサクサに紛れて外へ出て、流れ弾か何かに見せかけて証拠隠滅だ)

「すご-く、ずさんな計画だと思うんですが」

(そんなことはない!俺はいつもこうやって窮地を切りぬけてきた)

「つまり行き当たりばったりで無計画な行動のおかげで、いつも窮地に陥ってきたんですね」

 プリズマ君は黙って立ちあがり荷物の隙間にもぐりこみ、小さな体を丸めて寝転がった。つまり図星をさされてスネてしまった。子供のようにスネてしまった上司をみてリューセはクスッと笑った。

「そうしてると子犬みたいでとってもかわいいですよ、社長」

 それを聞いたプリズマはさらに体を丸めてしまった。

コン、コン、コン。ドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します、竜使いさん。食事をお持ちしました」

 目を向けると、のぞき窓からグラッド巡査の笑顔が見えた。ドアを開けて、パンと水の入ったボトルを抱えたグラッドが入ってきた。

「いつもすみません、お気づかいいただいて」

「いえいえ、お気になさらないでください」

 礼を言うリューセに屈託のない笑顔で答えるグラッド、とても護送中の重要参考人と警官の会話とは思えない。

「おや、プリズマ君はどうかしたのですか?」

 隅っこで丸くなってジッとこっちを見ているプリズマに気づいてグラッドは尋ねた。

「気にしないであげてください。ちょっとスネてるだけですから」

「そうですか?ホラ、プリズマ君のご飯だよ。機嫌が直ったら食べてくれよ」

 そう言ってグラッドはパンと水の入ったコップをプリズマの前に置いた。

「空港市まであと三時間ちょいかかります。私の当番はもう終わったんで少し話相手になってくれませんか?」

「あの、グラッドさん。親切にしていただけるのは嬉しいんですけど、ご迷惑になるんじゃありませんか」

 ここ数日のグラッドのリューセたちに対する態度は友好的、というよりなれなれしいくらいだった。

「全然構いませんよ、私のボスの警察署長なんぞ密輸業者から堂々と賄賂もらってるくらいなんですから」

「はぁ、そうですか」

「いやーっ、実は私、プロの賞金稼ぎの方とお話するのは初めてだったんですよ。ステーションの内勤ばっかりで」

「まあ、そうですね。グラッドさんは普通の方ですものね」

「それが賞金獲得ランキングトップでしかも、こんな可憐な美少女なんて、もう感激モンですよ」

「そんな風に言われると…恥ずかしいです」

 少し顔を赤らめてうつむきながらも、リューセは嬉しそうだった。けれど会話に聞き耳を立てていたプリズマ君は更に機嫌を悪くした。

(まったく、何が可憐な美少女だよ。小娘たぶらかす時の決り文句じゃねーか)

 プリズマはこの警官がどうも好きになれなかった。親切なのも分かるし態度も公正で紳士的だ。しかし…

(賞金稼ぎに近づいてくる奴なんぞどうも信じられない。それに、リューセの奴め。話しかけられたくらいで小娘みたいに喜んでんじゃねーよ)

 リューセはグラッドと話に花を咲かせていた。命がけの追跡や捕獲した犯罪者に逃げられそうになったこと、密入国の苦労まで実に楽しそうに。彼をイラつかせている本当の原因はこちらかもしれなかった。

(ったく、いつ敵が襲ってくるかもしれないって時…)

 プリズマは首を上げた。匂いを確かめるようにクンクンと鼻を鳴らす。

 ガクン。荷台が大揺れしトラックが止まった。

「あれ?どうしたんでしょう?」

「故障かな?ちょっと見てきます。危ないかもしれませんから外には出ないで下さい」

 どう聞いても犯罪者向けではない台詞を残してグラッドは運転席へ向かった。

(……来たな)

 プリズマはすっくとその場に立つと準備体操でもするように体をほぐし始めた。


「おい、どうしたんだよ。こんな所で停車させて」

「あれを見てくれ」

 狭い運転席の同僚が指さす方向を見たグラッドは首をかしげた。前方五十メートルに黒い布を全身に巻きつけた人影ひとつ。顔の部分をおおっていた布を外すと妖艶な微笑みがあらわれた。

「おい、あれって女だよな。しかもかなり美人の」

「ああ、確かに女だ。しかもかなりの美人だ」

 同僚の意見に同意しながらもグラッドは手にしたライフルの安全装置を外した。火薬で弾丸を発射する旧式な銃だが、電子装置に頼れない場所では最も有効な武器だ。彼は開けた窓から身を乗り出してライフルを進路上に立つ女に向けた。

「そこの女性に告ぐ。十秒以内に姓名と目的を告げよ!さもないと射殺する!」

 いきなり射殺とはやりすぎのようだが、辺境では当然の処置と言えた。警官仲間には五歳くらいの子供に顔面をレーザーで撃ち抜かれた者もいた。

 まして広い砂漠で道に迷って偶然、定期便トラックの進路上にいました、などということがあるはずもない。しかもまわりには女の姿以外には何もない、ということは摂氏四十度以上の焦熱地獄の砂漠を車一台使わずに彼女はやってきたことになる。それでも平然とした顔で笑っていられるならば少なくとも普通の人間ではない。

ズダァン。十秒が過ぎ、警告どおりにグラッドは発砲した。一応、命は奪わないように足を狙った。

「外れたのか?いや、そんなはずが…」

 グラッドは狼狽した。ライフルには結構自信があった。確かに銃弾は彼女の右足を貫通したはずだ。しかし黒を身にまとう女の微笑みはまったく変化しなかった。

ズダァン、ズダァン…ズダァン。

 左足、右腕と狙いを変えるも変化なし。やむをえず、心臓を狙った。だが、確かな手応えがあったにも関わらず女は全く意に介してはいない。

「何者なんだ、奴は?こうなれば仕方ない!」

ズダァン!最後の一発をグラッドは女の額の中央に撃ちこんだ。だが…

「ば、化け物!まさか……噂に聞く『砂漠の魔女』か?」

 額を弾丸に貫通されたというのに、スコープの中で唇の両端を吊り上げて嘲笑う女の姿にグラッドたちは恐怖した。そしてある魔物の噂を思い出していた。蜃気楼のよう砂漠にあらわれて遭遇した者を流砂の中へ引きずり込む恐ろしい魔女の噂を。顔を引きつらせた同僚が震える腕で『非常』と書かれたガラス板を叩き割り、レバーのひとつを引いた。

 カキュウン。運転席の丸屋根が開き、中から口径7センチの金属筒が二本突き出された。この定期便には二連装ロケット砲が装備されていた。砂漠の強盗も最近では連邦軍横流し品の装甲車まで使う。そんな連中に対抗するための装備だ。

ボン!鈍い発射音と噴煙を引いて二発のミサイルが女を直撃した。

ドゥォン!鈍い爆発音、赤い炎、灰色の煙。砂漠の風が煙を吹き払うと女のいた場所はえぐりとられたような大穴しか残っていなかった。グラッドは安堵し冷や汗を手の甲で拭いた。しかし、終わりではなかった。

「ウワァッ!」

 同僚があげた叫びにグラッドあらためて窓の外を見た。そして声と血の気を失った。たった今、五十メートル先で木っ端微塵にされたはずの女が変わらない微笑を浮かべて立っていたのだ、運転席のすぐ前に。

「逃げるぞ!」

 同僚からハンドルを奪い、グラッドはアクセルを踏み込んだ。ギャリギャリギャリ!キャタピラが異音を発しながら、女の前でトラックは急旋回して走り出した。だが!

「ウワァッ!まただ!」

 いかにして回り込んだのかトラックの真正面にあの女があらわれたのだ。今度はハンドルを切って避ける暇はなかった。女は動くことを知らない人形のように加速中のトラックに跳ね飛ばされた。

ブバッ!驚いたことに女の体は飛ばされた瞬間に粉々に分解し、空中に飛び散った。

「砂になりやがった?」

「やっぱり化け物だ!砂漠の魔女だぁっ!」

 頭を抱えて震える同僚を励まそうとしていたグラッドだが、前方を見て言葉を失った。前方にはやはり『砂漠の魔女』。右にハンドルを切ろうとして断念した。そこにもやはり魔女はあらわれたからだ。左にハンドルを切ろうとするとそこにも…

「ナッ?三、三人も?い、いや五人、いや!」

 トラックの行く手をふさぐように魔女は次々と砂中からあらわれた。同じ服、同じ顔、同じ笑みを浮かべて。トラックは数百人の魔女に取り囲まれて動けなくなっていた。この時、魔女は初めて口を開いた。

「砂漠では誰も私を倒すことはできない。この『砂漠の魔女』メルイ様をね」


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