砂風の戦い
「なるほど、君こそが竜使いの正体ということなのか。ところで闘い始める前に聞いておきたいことがあるのだが」
何を考えたのか、スライは急に足を止めてこう口を開いた。
「何かな、スライ君とやら?」
対する自称社長・プリズマも殺気を緩めることなく応じた。
「今、気づいたのだが君の目の色は青だね。しかも瞳孔の形も爬虫類系生命体のと違っている」
「…貴様、何が言いたい?」
プリズマの態度に不機嫌さが加わった。それも尋常ではない、大気にピリピリしたものが走る程だ。
「君、ひょっとして混血かい?それもヒューマノイド系との?」
「余計な詮索だな!」
竜人族とヒューマノイドとは折り合いが非常に悪かった。元来は竜人族は他種族との交わりを厭う傾向があり、銀河大戦以前から人類文化圏とは千年近い鎖国状態にあった。その上に彼らは銀河大戦初期には数百万人のヒューマノイドを殺していた。正確に言えば帝国に隷属化された惑星と交戦状態にあり、ヒューマノイドの奴隷兵と戦ってきたのだ。その後、帝国の衰退とともに解放されたヒューマノイドと和解して同盟を結び帝国を打ち倒したのだが、遺恨は残った。帝国に屈して命令されるままに戦争を仕掛けてきた奴隷兵を『誇りなき卑怯者』として竜人族は蔑み、情容赦なく殺してきたために、大戦後二十年近くたった現在でも彼らを仇敵として憎悪する者も多かったのだ。
その竜人族と人間との混血児は双方から忌み嫌われ、いわれなき差別を受けるだけでなく暴行、排斥、迫害などつらい人生を送っているものがほとんどであった。彼ら混血児は知的肉体的に高い能力を持っていることが多かったが、社会でまともな職業に就ける機会はほとんどなかった。もし人並み以上の稼ぎを得ようと思えば犯罪の世界に身を投じるか、プリズマのように賞金稼ぎになるしかなかった。
「おいおい、誤解しないでくれよ、人種差別のつもりは僕にはないんだから。
ただ、混血だと戦闘能力まで下がってるんじゃないかな、と心配でね」
「戦闘能力が純血種より低いと言いたいのか」
「怒らないでくれよ、やっぱり闘う相手が強くなければ折角の殺し合いが楽しくないからね」
「だったら今すぐ俺の戦闘能力を計測してみろ」
プリズマはダランと下げていた右腕を上げて、金属爪をスライに向けた。間髪を入れずにスライも右の手の平を差し出す。プリズマの爪からスライの胸元に向かって一条の青い光が二人の間を結んだ。爪の間に挟んだタバコくらいの小さな筒から発せられた光であった。しかし光はスライには届かなかった。
スライがかざした手の平の前で光線は大きく角度を変え、スライの右腕をかすめて後方の倉庫の壁へと流れた。
ジュォッ。煙と焦げ臭い匂いが立ち上った。高温を浴びたコンクリート壁は溶け、周囲の塗装が黒く焦げていた。
「この使い捨てレーザービームが君の戦闘能力なのか。ガッカリだな」
スライは失望を隠せないといった風情で腰に手を当てた。奇怪なことに彼の姿は陽炎のように、または歪んだレンズ越しに撮影した映像のようにグネグネと歪んでいた。
「安心しろ、今のは貴様の性能を確かめたかっただけだ」
必殺の一撃を外されたというのにプリズマは焦った様子もなかった。むしろ、何かに納得したという顔だ。
「今ので確信したよ。貴様の武器は圧縮空気だな」
プリズマの一言でスライの眉がピンと跳ね上がった。プリズマは更に続ける。
「大量に吸入した空気をピンポン玉くらいの大きさに圧縮し、フォースフィールドに包んで射出する。目標とする固形物に接触するとフィールドは崩壊し圧縮された空気は爆発的に膨張する。そう、炎も煙も伴わない大爆発を起こす。しかも元が空気の塊だけに爆発物の痕跡が残らない。事故に見せかけた暗殺やテロには実に便利な兵器というべきかな」
「なんだ、よく知っているじゃないか。付け加えるなら密度の違う空気の層を体の周りに作り出すこともできる。僕に向かってくる光は密度の異なる空気の境目で屈折し直進不能になる。つまり…」
「貴様の体には光学兵器は命中しない、といいたいのか」
後を続けたプリズマの説明にスライはニィッと笑った。プリズマは視線をスライに固定したまま、背後のリューセに話し掛けた。
「喜べ、ヒラ社員君。コイツはお前の探し物の手がかりをもってるかもしれんぞ」
「えっ?」
「お前がご執心の蠍のメンバーの一人も全く同じ武器を装備していた」
リューセは驚いてスライを見た。
「それではあの人も蠍のメンバーなのかしら」
「知りたければ……僕を倒してみるんだね」
スライは今度は両手を差し出した。左手にも右手と同じ黒い穴、圧縮空気砲の射出口が開いている。
「リューセ、隠れてろ!」
「キャァァァッ!」
プリズマは右の開けた搬送車駐車場へ、リューセは悲鳴を上げながら左の倉庫の柱の影に飛びこんだ。スライの右手がプリズマを、左手がリューセの動きを追尾した。カクン、カクン。見えない空気の弾丸発射の反動でスライの体が揺れた。
ドン!バァン!倉庫の壁が削られたように吹き飛び、コンクリート舗装の地面が大きくえぐられた。飛び散る破片の中をプリズマは転がるようにして逃れ、チラリと破壊された倉庫を見た。
「どうやら無事か」
倉庫の裏を必死に走るリューセの姿が見えた。既に敵の射程距離からは出ているはずだ。さらに一回転してプリズマは立ち上がり、敵の追撃に備えて身構えた。が、攻撃がこない。見るとスライは両手を広げて、突っ立っている。スライを中心に風が渦巻き彼の元に集まっていく。
「なるほど、空気を補給中か。ならば」
プリズマは一直線にダッシュした。今のプリズマの手持ちの武器には長距離・中距離で有効なものがない。確実にしとめるためには強引にでも接近戦に持ち込まねばならない。空気を補充している今が一気に間合いを詰めるチャンスだった。
「そうはさせるか!」
プリズマの猛ダッシュが80メートル以上の距離を僅か2秒で5メートルに縮めた時点で、スライは空気吸入作業を中断していた。そして今度は手の平ではなく指先をプリズマに向けた。
「ウッ、そんなところにも発射口があったのか?」
プリズマは泡をくうはめになった、警戒していた手の平の発射口の他にも、五本の指の先端にもそれぞれに5ミリほどの黒い穴が開いていた。
バババババン!
プリズマの急停止と同時に足元のコンクリが弾けて直径50センチの穴が5つ並んだ。ギリギリで攻撃をかわせたものの無理な体勢での急停止をスライは見逃しはしなかった。もう片方の手の平を流れるような動作でプリズマの胴体へと合わせる。
「照準ロックOK」
ニッとサディストの笑いがスライの唇に浮かぶ。再び彼の瞳にオレンジ色の輝きが宿る。
カクン。スライの腕が揺れ見えない魔弾が発射された。
「クッ!」
プリズマは咄嗟に右へとジャンプした。敵の腕の角度とタイミングでなんとか射線を読み、ギリギリでかわせた。そのはずだった。だが、かわしたはずの危険な気配がいきなり背後にあらわれた。
「何ィッ!」ブボォン!
背後での爆風がプリズマの背中を激しく打ち据えた。巨大なハンマーが背中から腹まで突き抜けたような衝撃が彼を路上に叩きつけた。
「僕の空気弾はねぇ、ストレートだけじゃあない、変化球もあるんだよ。カーブにフォークボール、スライダーもあるよ。フフン、魔球王と呼んでくれたまえ」
コンクリートの上にうつ伏せに倒れたまま、動かなくなったプリズマにスライは楽しそうに武器を自慢した。自慢気に鼻を鳴らしながら、スライは余裕たっぷりに空気吸入を再開した。
ヒュォォォ…大量の空気が風となってスライの胸に開いた円形の吸入ファンへと流れ込んでいく。吸入が終わりに近づくと、スライは地面に転がる苦しそうな息をしているプリズマに右手を向けた。
「短い付き合いだったが、なかなか良い動きだったよ。それなりに楽しめた、ではサヨナラだね」
バン!とどめの一発が発射され、コンクリートの破片が飛び散った。だが、宙を舞う欠片の中に肝心の血肉が一かけらもない?
「意識があったのか!」
振り仰いだスライの電子眼は空中から放物線を描いて迫ってくるプリズマの姿を捉えた。プリズマは咄嗟に尻尾で地面を叩き、その反動で跳躍して直撃を逃れ、爆風に乗ってスライの方へ飛ばされたのだ。
「くらえっ!」
振り上げられた爪が冷たい光の線を暗がりに鮮やかに走らせた。
ビシュッ!手応えがあった、しかし今度はスライの姿が消えている。
シュウゥゥゥッ。
空気を噴出する音が頭上で聞こえた。プリズマは上をみた。高さ10メートル程度の空中、スライはそこにいた。
破れたズボンの裾が激しくはためいてる。よくみると噴出口らしき金属パイプがふくらはぎに並んでいる。どうやら両足からの空気噴射で空を飛べるように設計されているらしい。
「油断したよ…」
スライのわき腹は鋭い爪に引き裂かれていた。斜めに入った三本の裂け目からは黒い液体がダラダラと流れ落ち、切断されたコードの端が見え隠れしている。
「お互いにな…」
プリズマも左腕の出血を右手で押さえた。背中の打撲傷は大した事がないようだが、左腕は裂傷が大動脈に達している上に骨折していた。
(右腕一本で闘いきれるか?一旦退いて体勢を立て直すべきか)
しかし、そう簡単に退かせてくれる敵とも思えなかった。無言でにらみ合う中、スライは足のジェット噴射を弱めてゆっくりと降りてきた。
「まずいわ、あの出血。早く応急手当だけでもしないと」
トラックの陰に隠れていたリューセは心配そうに顔をだした。彼女がみる限りプリズマの方がダメージが深い。出血もひどいし、左腕は手当てしなければ動かないはずだ。しかし、この状況では自分が出ていって応急手当するなど論外だ。彼女が考えているうちにも事態は悪化した。
「あ、なんだ、この破壊状況!」
「おい、そこの二人!何をしている?」
プリズマもリューセも、そしてスライも声のした方を見た。巡回中の警備員2名がライトを持ってやってきたのだ。
「危ないわ、逃げて!」
リューセは我を忘れてトラックの陰から飛び出して叫んだ。
「あ、あんなところにも女の子が!」
「あー、二人とも、いや三人とも、君たちは不法侵入を犯している」
年長の方の警備員がのんびり警告を発し、銃を向けた。
「蝿ごときが、うるさいぞ」
スライは不快な感情をあらわにして右手を警備員に向けた。
「やめろ!」
顔色を変えたプリズマは咄嗟にスライに飛びかかった。だが遅かった。
「大人しくしなければ撃…」
バン。警備員のすぐ側で不快な炸裂音が響いた。
意外なことに音が消えた時に警備員たちはちゃんと両足で立っていた。ただし足だけが。彼らの膝から上の肉体は見事に消失していた。肉体を支えるという任務を失った両足はそれでも数秒間役割をこなし続けたあと、思い思いの方向へパタリと倒れた。
「人間風情が僕の最も楽しい時間の邪魔をしようなどと…」
ビュッ!振り下ろされた特殊合金の爪をスライは危うくかわし損ねるところだった。
「何を慌てている?闘いはこれからが…」
ビュッ!かわしたはずの攻撃がバックハンドで返ってきた。
「怒っているのかい?君と何の関わりのない人間を始末しただけだぞ」
ビュッ、ビュッ、ビュッ!返事は息もつかせぬ連続攻撃だった。しかし、速さと手数こそ増したものの単調な攻撃であった。スライは既に見切って余裕を見せつけるように口笛まで吹き始めた。
「少しはやるな、と見直してたのに残念だよ。この程度のことで我を忘れ…グワッ!」
右手一本で単純になぎ払うばかりだった攻撃が一瞬だけ停止、いきなり方向を変えた爪がスライの顔面を襲った。顔の右側を手で押さえてのけぞったスライの腹に、今度は前蹴りが命中した。スライの体は後方へ弾き飛ばされ、無様に地面を転がった。
「や、やってくれたな」
ふらつきながら立ち上がるスライ。押さえていた右手を離すと、顔の右半分の人工皮膚を剥がれた下から、引き千切られた人工筋肉と神経コードを垂らした不気味な金属製の頭蓋骨が剥き出しになっていた。腹も空気吸入口のひとつを破損したらしく、モーター音に軋むような異音が混じっている。対するプリズマも足をふらつかせ荒い呼吸をしていた。かなりの出血をしながら無理矢理動いたため、スタミナを消耗しすぎたようだ。スライは左半分の顔でニヤリと笑った。
「だが、まだまだ…だ。これからが楽し…」
カラン、カラン、カラン。二人の間に万年筆くらいの白い筒が三本投げ込まれた。
シュッ!筒から白い煙が噴出し、霧のようにあたりをおおった。
「煙幕か!」
スライは電子眼を輝かせた、が煙幕には探査機器を妨害する成分が含まれていたのであろう。何の映像も映らなかった。
「どこだ、どこにいる、竜使い」
焦って叫ぶスライだが返事はない。
「どこに隠れた!逃げるつもりか、卑怯者!」
それでも返事は返ってこない。
「クゥッ…」バァン、バァン、バァン!
スライは煙幕の中からでたらめな乱射を始めた。いくつもの倉庫が吹き飛び、トラックが爆破され、地面はクレーターだらけになっていった。それでもプリズマの姿は見つからなかった。
「ナイス・タイミングだったよ、流石は我が社の有能な社員だ」
プリズマたちは半壊した倉庫の裏側にいた。でたらめに攻撃しているつもりでも一度、攻撃した方向を再度攻撃する可能性は低いと考えてここへ避難したのである。
「そう思うなら給料ちゃんと支払ってくださいな。」
プリズマの左腕に包帯代わりの保護スプレーを吹きつけながらリューセは冷たく言い返した。プリズマは笑顔を凍りつかせるハメになった。
「社長、左腕はこれで動くはずです」
「そのようだな」
応急処置の終わった左腕をプリズマは曲げ伸ばししてみて、顔をしかめた。動きはするものの痛みも激しい。
「痛み止めを処方しますか、社長?」
「いや、腕の感覚までなくなるのはまずい。今はこのままでいい」
煙幕弾を使って数分、負傷の応急処置は終わった。しかし、戦闘能力は回復したとは到底言えない。出血も止まったものの、体がふらつく。
「社長、この場は逃げるしかないのでは」
リューセの言う通り、今のダメージでは闘い続けても勝ち目は薄い。煙幕も薄くなり始めているので、逃げるなら今しかない。
「そうもいかん。奴は俺の正体を見てしまったからな」
そう言ったプリズマだが、何か考え直しているようだった。
「そうだな、ひとまず逃げよう。まだ無傷の倉庫を盾にして奴から距離を取って町の中に身を隠そう」
プリズマが指差す先にはまだ破壊されていない倉庫が数棟残っていた。あれを盾にして進めば確かに町の中へ逃げ込んで行方をくらますこともできそうだ。
「ムゥッ、そんなところにいたか!」
煙幕の切れ目からスライはプリズマたちの姿を捉えていた。破壊力を押さえた空気弾を連射で数発撃ちこんだのだが、これは狙いを外してしまった。建物の陰に逃げ込んだ彼らを見て、建物ごと吹き飛ばそうかとも考えたのだが実行できなかった。大規模な爆破をしたからと言って、確実に仕留められる保証がない上に見失う可能性が高かったからだ。
「それよりも今から追いかけて奴らの背後につき、後方から撃てばいい。」
プリズマたちが走っている、倉庫と倉庫の間の通路は狭くて直線状に伸びており、倉庫への出入り口もない。途中には盾にできるような障害物もなく、後ろからの攻撃をかわすことはできない。
「君一人なら僕が追いつく前に駆け抜けられるだろうが、ヒューマノイドの女を連れては間にあわない」
通路の端にスライは駆けてつけた。そして通路のもう一方の端に向かっているプリズマの背に狙いを…
「いないぞ?」
通路にはプリズマたちの姿はなかった。ただ、砂を含んだ冷たい夜風が吹き抜けているだけだ。
「ど、どこへ消えた?どこにいるんだ」
スライは両側の壁を見た。壁に穴を開けて逃げ込んだ形跡はない。
「おや?これは、この跡はなんだ」
片側の壁に指先くらいの小さな穴が開いていた。何かで突き刺したような穴が四つ並んでいる。よく見るとその少し上にも同じ穴が四つ開いていた。さらに上にも、そのまた上にもほぼ等間隔で穴が開いている。
「これは、奴の爪の跡?では壁に爪を突き立てて登って…」
「気づくのが遅い!」
壁の上を見上げた瞬間、勝ち誇った声が響いた!万歳するような格好で両手を広げて落下してくる尻尾のある人影ひとつ。
「しまった!」
避ける暇はスライにはなかった。両腕を上げて迎撃弾を撃つ暇もなかった。急降下してくるプリズマに対して可能な反撃はひとつしかなかった。スライは大きく口を開けた。彼の口の中を見た瞬間、プリズマの背に戦慄が走った。
「く、口の中にも圧縮空気砲が?」
この無防備な状態で砲撃を食らえばプリズマの体は文字通り粉々にされるだろう。だがもう、どちらも避けられない、止められない。スライの電子眼が輝き、プリズマの両腕が重力を上乗せして振り下ろされた。
ビシュゥゥゥ…プリズマの耳のすぐ側を見えない爆弾がかすめていった。
ギャリギャリギャリ!耳障りな金属音が通路に反響した。
パァ……ン。最後に何かが弾けるような音が上空からかすかに聞こえた。
「……社長、大丈夫ですかー?」
上のほうから心配そうな声が聞こえた。倉庫の屋根の上からリューセが顔を出してこっちを見下ろしていた。
「ああ、大丈夫だ」
はっきりした声が聞こえてリューセは胸をなでおろした。
「よかった、社長が無事で」
「君が心配してくれるとは俺の人徳も捨てたものじゃなさそうだな」
「はい、今月の給料日まで生きていていただかないと…どうしました?」
「俺って給料分の価値しかないのか」
少しいじけているらしかった。
「で、あの派手好きのお兄さんは壊しちゃったんですか?」
「いいや、生きてるよ。」
プリズマはスライを見た。彼は倒れもせずそこに立っていた。立ってはいたが、天を仰いで口を開け、後ろに倒れかかった不自然な姿勢で固まっていた。両肩から腰のあたりまで縦に左右4本合計8本の亀裂が入っていた。
亀裂からはみ出したひときわ太いケーブルからは白い火花が散っている。
「生きてはいるが、主動力ケーブルを切断してやったからもう動けない。」
プリズマは満足そうにスライの前に立った。頬のあたりコンコンと叩いてみたが動き出す気配はない。
「これで、こいつから蠍の情報が引き出せるかもしれん。あとはこいつの首に賞金が懸かっているかどうかだな、多少でも元がとれるといいんだがな。とりあえず、現金くらい持っているだろ…」
いつものように獲物の懐を探るというセコイ行動に移ろうとした時だった。
ブゥン。低い音がしてスライの目がオレンジ色に輝いた!
「なんだと?」
スライの首がクルリと回転し、正確にプリズマの方を向いて歯を見せて笑った。危険に気がつきプリズマは後ろに跳躍したが、これがまずい結果を生んだ。
ヒョォォォッ。
突如として突風が吹き荒れ、空中にあって踏ん張りのきかないプリズマの体を吹き戻してしまったのだ。自然の風ではなかった、スライが空気吸入力を最大限にしてプリズマを吸い寄せたのだ。
ズルッ。「テッ、しまった!」
体勢を崩されて着地にも失敗し、プリズマは転倒した。膝をついて立ちあがりかけたところに、スライが首につかみかかってきた。反射的にスライの両手首をつかんで首を絞められるのは防いだものの完全に動きは封じられた。
「捕まえたよ、竜使いさん。君の負けだ」
「グッ…」
スライは笑っていた。まるで大好きな玩具を苦労の末に手に入れたように喜んでいた。
「この野郎、主動力切られたくせになんで動けるんだ?」
「残念でした。主動力が停止してから一分後に起動するサブバッテリーが手足に内蔵されているんだ。動ける時間は5分程度だけど、逃がさないよ」
ツゥィィィン。両手の平に発射口が開く。サブバッテリーのパワーが弱いせいか発射には数秒かかるようだ。
「おい、こんな至近距離でブッ放したらお前も無事には済まんぞ」
接触するような距離で圧縮空気弾を撃てばプリズマは無論、スライ自身も消し飛ぶことは間違いなかった。しかしスライは半分残った顔で不気味に笑うだけだ。
「僕の…勝ちだ」
ウ・ウ・ウウウウゥン。発射口からの機械音が高くなってきた。
「ウグググッ。し、仕方ない。奥の手を…」
プリズマは目を閉じ、精神集中した。己の両腕にある特殊な力を発生させるために。
ブ・ブ・ブゥゥゥン。今度の異音はプリズマの肉体から発生した。正確には彼の両腕の中心から。
「なんだ、この音は?」
同時にスライの腕がカタカタと震え始めた。
「こ、これは?俺の腕が故障したのか。いや違う?」
異常を感じたスライは最大出力には達していなかったが、ただちに空気弾を発射することにした。
ピキッ!スライの手首がおかしな音を立てた。
見ると両手首とも数本の亀裂が走っている。
「バカな!宇宙戦艦の装甲と同じ強度の俺の砲身が」
バキッ!
「生身の生物に」
バキィッ!
「握りつぶされている?」
パァン!スライの関節部が握りつぶされ、ちぎれた両手首が路上に転がった。信じられない、という顔をしていたスライだが次の瞬間自らの死を悟ることになった。彼の両腕には既に発射体勢の圧縮空気弾が装填されていた。その状態で発射口を握りつぶされればどうなるか?
ボコン。肘のあたりが膨れてテニスボール大の瘤ができた。
ポコン。ポコン。肩や腕の途中にも次々と瘤が生まれた。
たちまち腕全体が数倍の太さに膨れ上がった。腕の中で行き場を失った圧縮空気が限界を超えて弾けようとしているのだ。
「うぐぐぐ、だ、だけど、君を逃がさないよ!」
凄まじい憎悪の顔をしたスライはプリズマに向かって大きく口を開けた。口からの圧縮空気砲をプリズマの顔面に撃ちこむつもりだった。不安定に明滅するオレンジ色の光がスライの眼に宿る。
「しょ、照準ロック…うっ?」
スライは狼狽した。照準の十字線の先にあったプリズマの顔が消えたのだ。
「この距離で見失うはずが…」
グワァン!
顔の下から突き上げるような衝撃があり、大音響とともに視覚・聴覚システムが停止した。照準を合わせる一瞬の隙をついて、プリズマは地を蹴り、つかんだ両腕を支点に半回転して相手の顎を蹴り上げたのである。渾身の蹴りの威力でスライの顎は金属製の頭蓋骨にめり込み、顔の大きさが半分以下になった。眼窩からは砕け散った電子眼のガラス片がキラキラと光りながら撒き散らされた。続いて、喉のあたりがボコッと膨れた。いや今度は首や腕だけでなく上半身全体がボコッボコッと膨れていく。
「リューセ、そこから逃げるんだ。飛び降りろ!」
「えっ、えっ?こんな高いところから?」
それだけ叫ぶとプリズマは逆立ち状態で身をねじった。極限まで身をよじるとすぐさま、全身のバネを解放し、その勢いで回し蹴りをスライの腹部に叩きこんだ。
ズドン!ほとんど爆発音に近い打撃音が轟き、スライの体はぶっ飛んだ!
倉庫の壁をあっさりとぶち抜いて中の暗闇へと吸い込まれていく。反動でプリズマ自身も宙を吹き飛び、反対側の壁に背中から激突する。
「クッ!リューセ、死にたくなきゃ急げ!」
「は、はいィィィッ!」
3階分の高さの屋根から飛び降りたリューセを、空中で抱きとめるとプリズマは全速力で狭い通路を駆けた。
ブボォォォンッ!
落雷のような炸裂音が小さな町全体を揺るがした。スライが叩きこまれた倉庫は一瞬風船みたいに膨らみ、すぐにもとに戻った。かと思いきや、壁が崩れ、屋根が落ち、柱が倒れ、砂煙の中へ崩壊していった。さらに可燃性の荷物も保管されていたのだろう。あちこちから火の手があがり倉庫街は見る見る炎に包まれていった。
「フゥーッ、危機一髪だったな…」
倉庫街の外れでプリズマは、ようやく本当に一息ついた。
「社長といるとどうしていつもこんな騒ぎになっちゃうんですか?」
地面に下ろされたリューセの方は深いため息をついた。
「確かに騒ぎが大きくなりすぎたな。町の連中がやって来た」
夜眼がきくプリズマは闇の向こうからやってくる町の人々をはっきりと識別できた。もちろん全員が銃を携帯している。
「なんて説明しましょうか?」
「君に一任する」
プリズマは大あくびをした。
「えっ、そ、そんなのってないですよ!」
「俺はもう限界なんだ。休息しなければもう動けない」
リューセの抗議の言葉を無視してプリズマはゴロンと地面に寝転んだ。
「社長、面倒事を私に全部押し付けるなんてひどいですよーっ!」
だが、リューセの眼の前には先ほどまで激戦を闘いぬいた竜人の姿はなかった。あるのは地面に寝そべって高いびきをかいてるトカゲ君の姿だけだった。
「ホントにもう、どうしよう?今夜泊まるトコもなくなっちゃったのに」
ほとほと困り果てたリューセだが、野宿の必要はなかった。やってきた町の人々の一人が親切な声をかけてくれたのだ。
「泊まる所が吹っ飛んだそうですね、お困りでしょう?」
暗がりの中なので誰か分からないが、どこかで聞き覚えのある男の声だった。
「ええ、そうなんです。どうしたらいいのか」
「よければ、私の所に来なさい。ベッドはいくつか空いていますよ」
この親切な申し出にリューセは感動した。
「ホントですか?よかった、見ず知らずの方からこんなに親切にしていただけるなんて」
「いえいえ、お気になさらずに。少々寝心地は悪いかもしれませんが」
「いえ、屋根のあるところで寝られるだけでも…」
この時、ライトの光でリューセは親切な紳士が誰なのかを知った。
「ほ、保安官さん?」
「こちらもアンタには聞きたいことが色々あるのでね、留置場のベッドなんで申し訳ないが」
保安官以下全員の銃はもちろんホテル爆破および倉庫街崩壊の重要参考人、つまりリューセに向けられていた。リューセは黙って手を上げた。社員のピンチも知らずにプリズマ君は眠りこけていた。




