表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
3/10

砂丘の向こう

 ホテル『スハラ』に一人の男が尋ねてきたのは夜もだいぶ更けてからのことだった。半分居眠りをしていた受付係の前に立った男はただ一言こう言った。

「奴は、竜使いは部屋にいるのか?」

「えっ?あっ?お客様のプライベートに関する事はお答えでき…」

 飛び起きた受け付け係は目の前に差し出された札束を見て黙って頷いた。ニヤニヤしながら札を数える受付係を無視して男は2階へと続く階段を見た。

「293号室だな…」

 目を異様な輝きでギラつかせながら男は足音を立てぬように階段を上り始めた。


 シャァ…ッ。水音と同時に蛇口から勢いよくお湯が降り注ぐ。

「ワァーォゥ!ツイてますよ、社長!ホラ、シャワーからちゃんとお湯が出てます!」

 リューセはバスルームからドア越しに歓声を上げた。といっても客室に人影はない、人影はないのだが…

「うるさいな、シャワーからお湯が出るのはあたりまえだろうが」

 人影はないのに返事がちゃんと返ってきた。

「でも、社長の選ぶ宿屋ってまともなトコほとんどないじゃないですか!

 お湯のかわりに冷水がでるのはまだマシなほうで、何にもでないか変なニオイの水とか泥水とか…」

「しゃーねぇだろ、宿代に割くほどカネないんだから」

 普段の彼らはシャワーどころかベッドすらない部屋で寝泊りすることも珍しくなかった。実のところこのホテルを選んだのも、この小さな町には他に宿泊施設がなかっただけだ。

「ま、俺一人ならまだしも、お前を連れて路地裏で野宿ってワケにもいかんしなぁ」

 姿なき男の声はブツブツとぼやいた。賞金首の追跡中は野宿はしょっちゅうだが、街中で宿以外の場所でよそ者が寝泊りしようものなら、明け方までには身包みはがれた死体にでもなっているのが関の山だ。死体が女性の場合には『レイプの痕跡あり』との報告も追加されるだろう。

「それにベッドで寝るのも久しぶり…」

「あ、ベッドは私が使いますからね。社長はそこのソファの上で寝てください。ルンルンルルルン…」

 ガタン!おそらくは社長とやらがずっこけたのであろう物音が夜のしじまを破った。

「な、なんでいつもヒラ社員のお前がベッドで寝て、社長の俺がソファの上なんだ!」

 敬意のカケラもない部下の言動に腹が立ったのであろう。社長を名乗る人物は猛然とバスルームの中で鼻歌歌いながらシャワー浴びてるヒラ社員を怒鳴った。

「そりゃあ、このホテルに泊まっていることになってるのが私一人だからですけど?」

「あのな、仮にも俺は雇い主…」

「じゃあ、先月分の給料払ってください」

「あ……いや、もうちょっと待って…」

「先々月分もまだ未払いでしたよね?」

「う…その…賞金が入るんだから、あと三日…いや一週間…」

「それから…未払いになってる深夜勤務手当て二千時間分もお願いしますね」

「…いいよ、分かった。俺、ソファが大好きだから」

 ものすごぉく気落ちした声が惨めに続く。敗北者の泣きごととも言う。しかしヒラ社員の追及の手は緩まなかった。

「まったくもー、どーしていつもお金使い果たしちゃうんですか?収入は銀河系一番なのに月末になると帳簿は赤字ピーピーのオンパレードじゃないですか!」

「あ…う…その、賞金稼ぎという業界はですね。戦闘時に使用する強力な兵器の買い付けだの追跡のための運賃等、何かと物入りな仕事であって…」

「必要経費意外にも莫大な額の使途不明金が確認されておりますが?」

「ううっ?そ、それはだな、恵まれない子供たちへの募金とか学校建設の寄付金とか…お!そうだ、先月は確か心臓病の子供の手術費用も……」

「……信用っていう言葉を知っていますか?」

「うっ、うっ、うっ、もう、もう勘弁してください、リューセさん。来月はちゃんと3ヶ月分払いますから」

 自称社長はついに涙声で訴えた。

「まあ、いいですけどね。私の目的はお金じゃありませんし…今夜はぐっすり休みましょう」

「いいやダメらしい。休む前に残業の追加がきやがった」

 社長の意識はリューセではなくドアの外にいる招かれざる客人へと向けられていた。

**********

 男は一枚の薄い板状のプラスティックを胸ポケットから取り出し、表面のビニール膜を手早く剥がした。そして音を立てないように注意深く、それをドアの隙間に差し込んだ。微かに煙が立ち昇り、ツンとした香りがする。プラ板から発生した気体を吸い込まぬように男は口と鼻を手で覆った。そのまま待つこと1分。男はポケットから鍵を取り出した。買収したフロント係から借りたものだ。ドアは音もなく開いた。もっともさっきの仕掛けが効いていれば音を立てても心配はない。

 使用したプラスティック板は即効性の催眠ガスを発生する暗殺用の七つ道具のひとつだ。相手はもう深い眠りに落ちているはずだ。

「シャワ-を浴びていたようだな」

 部屋の照明は消されていたが、バスルームには明々と照明がついている。暗い部屋の中を足元のテーブルやソファに気をつけてバスルームの前に進んだ。そしてホルスターからそっと銃を抜き、バスルームのガラスに狙いをつけた。

「はい、そこまでだ。動くなよ、お客さん」

「なに!誰だ?」

 そいつの声は背後から聞こえた。同時に背中に硬い金属の筒のような物が押し付けられた。このホテルには今は竜使い以外の泊り客はいないはずだった。それに夕方からずっとホテルを見張っていたが、出入りした者はいなかった。

「この場合に問題なのは俺が誰か?じゃなくて君が誰で何の目的で竜使いを殺しにきたか?だよ。まあ、銃は捨ててもらおうか」

「グッ…クソッ、催眠ガスが効かなかったか」

「まーな、俺もシャワー浴びてるアイツも薬物には耐性があってな。通常濃度の催眠ガスではアクビひとつが関の山だな」

 ゴトッ。刺客の男は熱線銃を床の上に投げ捨てた。

「では、質問だ?君は何処の誰で何が目的かな?」

 刺客は何も答えない。悔しそうに歯軋りしているだけだ。

「うちの社員の入浴シーンを覗きにきた痴漢です、というなら無駄な努力だったな。残念ながらわざわざ見物するほどの代物ではないんだ」

「社長、それってセクハラ発言です…」

 新たな声、女の声が割り込んだ。しかも異様に殺気だっていた。

「おい…リューセ!銃を突きつける相手が違うんじゃないか!何で俺の頭に狙いを…」

「社長、私の入浴シーンが覗くほど価値がないってどーゆー意味なんですか?取り消していただきます!」

(なんなんだ、こいつらは?仲間割れはじめやがったぞ。)

「あ、あのなあ。今は取り込み中なんだから…」

「取・り・消・し・を要求します!」

(こ、こいつら状況分かってんのか?俺のこと完全に無視してやがる!)

「ったく、別に胸が小さいとかバラしたワケじゃ…ハッ?」

 がちゃり。リューセは今度は何も言わなかったが、手にした銃から重くてイヤーな金属音をさせた。

「こ、こら、安全装置外すなよ!分かった、分かった取り消してやるから…」

「誠意が全然感じられません!」

(バカにしやがって…俺の武器が銃だけだ、と思ってんのか!)

 リューセをなだめるのに気を取られすぎたのか、刺客の頭に突きつけていた銃が一瞬だけ離れた。

バッ!その隙を逃さず刺客は動いた。すばやく身を翻して背後の二人の方へ体を向けつつ、防弾チョッキの前をはだけた。防弾チョッキの裏地にはある細工がしてあった。薄いアルミ箔のような磨き上げられた鏡の小片が数十枚縫い付けてあったのだ。

パァ…ッ。その鏡が赤い強烈な光を放った。

ジュオォォォ!床の絨毯が溶け発火して燃え上がった。

パン!花瓶の内側の水が沸騰して花瓶を粉々に砕き、宙に飛ばされた花が床に落ちるより早く灰になった。

ゴォォォ!壁紙が火を吹き、大きな真っ黒い焦げ跡を刻みつけた。

 服の裏地に縫い付けれていた鏡板は本来は対光学兵器用の反射鏡であった。熱線を反射・拡散して肉体への高熱ダメージを軽減するための物であって攻撃兵器ではない。だが、2枚の反射板を合わせ鏡のように密着させると、鏡同士の隙間に反射された熱エネルギーが蓄積してしまう性質があった。その状態を数日間続けると蓄えられた熱量は数千度に達する。これを利用すれば、瞬間的に4~5メートル四方を焼き払うくらいはできる。だが…

「いない!」

 鏡が作り出した焦熱地獄のどこにも人影がない!

 タン!上のほうで壁を蹴る音がした。

「上だと!」

 反射的に見上げた闇の中に黒い影がかすかに見えた。

タタタタタタタッ!

 壁を蹴って跳躍し、天井にはりついた影は動きを止めることなく猛スピードで天井を駆け抜けた。まるで天井を逆さまになって走るのではなく、平坦な陸上グランドでも駆けぬけるように。

「チイィィィッ!」

 刺客は咄嗟に投げ捨てた銃に飛びついた。素早く拾い上げた銃を構える。間一髪、背後の壁を駆け下りてきた影の鼻先に狙いをつけた!

「死ねェッ!」

「キャァッ!そこ、どいてェッ!」

「エッ?」

悲鳴は頭上から聞こえた。思わず見上げた目に何かが見えた。ただし落下してくるそれが一体何かを知る暇はなかった。

「オグッ?」

 顔全体に感じた感触で、なんだか柔らかくて暖かくて少しお湯で濡れていたことだけが分かった。決して重いというわけではなかったが、天井から落下してきたそいつの勢いを彼の首は支えきれなかった。

「グゲェッ!」ガツン。

 床と落下物に頭をはさまれる形で後頭部を強打した刺客は白目を剥いて動かなくなった。

「ワハッハッハッ!必殺の隠し芸も我が社の正社員の体重には勝てなかったようだな」

 足元に転がる刺客が完全に気絶しているのを確認して社長は笑った。

「ナイスなヒップ・アタックだったよ、リューセ君。流石は我が社唯一の正社員だけのことは…」

 社長の誉め言葉は途切れた。刺客の上に座り込んだリューセが半泣き半激怒のすさまじい眼光で社長を睨み据えていた。おもむろに彼女は刺客の銃を奪いとり、社長に突きつけた。

「ウワワワァッ?ちょっと待て!なんで俺を…」

「この…セクハラ社長!天罰を受けなさい!」

 パッ、パッ、パァァァッ!闇の中で数回にわたって真紅の熱線放射が煌き、逃げ惑う社長の悲鳴が完全防音の部屋に響いた…

**********

「ウッ…」

 刺客は無意識の闇の底から這い上がった。思いっきり床にぶっつけた頭がズキズキする。

「あっ、目が覚めましたか?よかったわ」

 ちょっとはしゃいでるような感じの娘の声だ。目を上げると銃を構えてこちらを覗きこんでる娘と視線がぶつかった。素早く身を起こそうとしたつもりだったが、手足は縛り上げられていて動けなかった。

「一匹狼で名を馳せた竜使いが実は二人組だったとはな!騙されたぜ」

「二人組?なんのことですか?」

 怒りもあらわな刺客の怒声にもリューセはすっとぼけた顔をしたままだ。

「ふざけるな!男がひとりいたろうが!顔は分からなかったが声はハッキリと聞いたぜ」

「声?声ってこんな風でしたか?」

 リューセは背後のテーブルに置いてあった小さな箱型の機械を示した。傍らには例のトカゲのプリズマ君が仏頂面して立っている。おかしなことにプリズマ君、体のあちこちに包帯を巻いていた。まるで火傷でもしたみたいに。

「プリズマちゃん、さっきのをリプレイしてみて」

 プリズマ君はコクッとうなずき、尻尾の先でスイッチを入れた。とたんに安っぽい音楽が流れ、つづいてラジオドラマみたいな台詞が飛び出してきた。

『この場合に問題なのは俺が誰か?じゃなくて君が誰で何の目的で竜使いを殺しにきたか?だよ。

まあ、銃は捨ててもらおうか。』

 つい先ほど刺客の男が耳にした声であった。

「そうだ、確かにこの声…」

「私みたいな女の子の一人旅は危ないんで、男の声でダミーの会話の台詞を用意してるんです。夜中に部屋の中から 男の声が聞こえたら悪い人たちも近寄りにくいでしょ?」

「で、でも…さっき黒い影が天井走って…」

「これですか?」

 今度は床の上に黒い布が無造作に置いてあった。布の端には紐がゆわえつけてあり、その紐は壁から天井に向かってピンで留められていた。リューセが手にした紐を引くと、黒い布切れが壁の表面を上るように移動した。

「えいっ!」

 一気に紐を引くと布は一瞬で壁を上りつめ、天井を走って反対側の壁の前にふわりと落ちた。

「……」

 刺客は言葉もなかった。

「ちょっとした仕掛けなんですけど、結構騙されるでしょ?」

「畜生め!こんな単純な手でひっかけやがって!」

 子供だましの仕掛けに引っ掛けられたと知って刺客は憤りを押さえられなかった。悪戯を成功させた子供みたいに得意げなリューセの笑顔が余計にむかついた。

「で、誰に頼まれて私を狙ったんですか?」

「誰にも頼まれてねぇよ。俺が自分で貴様を殺ると決めたんだ」

「何のために?」

「何のためだぁ?そりゃぁ…」

「敵討ち?」

「いや」

「名前を上げるため?」

「いいや!」

「じゃ、私の首に懸かった暗黒街の賞金目当て?」

「いいや…そんなモンのために、わざわざ一番危険な賞金稼ぎを狙うほど俺は命知らずじゃねぇ!」

「じゃあ、なんで?」

「……?何でって…何でだろう?」

 この答えにはリューセも呆れるしかなかった。人の命を奪いにきたにも関わらず、その動機を本人が知らないと言っているのだから。

「……もしかして、からかってるんですか?」

「違う!ホントに分からないんだ!アンタを殺ると決めた理由が本当に思い当たらないんだ!」

 刺客自身もようやく自分の行動の異常性に気がついたようで、取り乱しはじめていた。

(オイ、どっかオカシイんじゃないか、こいつ。)

 リューセの耳元で囁くような声が聞こえる。いつのまにかトカゲのプリズマ君が肩にチョコンと乗っかっていた。

(社長は黙っててください)

(けどよ、絶対なんかオカシーぜ、この野郎は)

(確かに記憶障害の兆候がありますね。診察してみます)

(ふむ、お前の『診察』か。なら確実だな)

 リューセはそっと左手を刺客の頭の上にかざした。

「お、おい。俺をどうする…」

「すいません、しばらく動かないで」

 奇妙な気迫のこもった一言で刺客は思わず息を呑み、ジッとしていた。お馬鹿な小娘にしか見えなかったリューセの瞳に人を圧倒する何かが宿っていた。そのまま頭の上の手を前後左右に動かすこと数秒。

「あった!」

「な、なんだよ!」

 リューセがいきなり刺客の髪の毛の中をまさぐったのだ。

かきわけられた髪の毛の下から2センチほどの傷跡のようなものが見つかった。

「殺し屋さん、この傷はいつから?」

「えっ?ンなところに傷跡…いや、覚えていないが」

「普通の怪我や火傷の跡じゃありませんね、これは…」

「怪我の跡じゃない?じゃあ、なんだというんだ?」

「意図的な切開の後で縫合されています。間違いなく手術痕です」

 リューセの顔からは普段のお気楽さが完全に消えていた。新米の賞金稼ぎというより、まるで急患を前にした熟練した医師のようだ。

「手術だって?俺はそんなもの受けた記憶ないぞ!」

「待って…何かが」

 リューセは目を細めた。傷跡に直接触れた指先に全神経を集中させていた。

(おい、こいつはどんな手術を受けているのだ?)

 耳元で囁かれる声にも反応せず、リューセの『診察』は続く。

「…頭蓋骨にも穿孔の痕跡が認められます。その下に…」

 リューセは目を閉じ、眉間に皺を寄せた。

「その下に金属製の円筒形物体が存在します。大きさは約20.27ミリ。この物体を中心に太さ0.01ミクロンのコードを脳全体に張り巡らせています」

「お、おい、何の話だよ!俺の頭の中に何があるだって?」

 刺客の顔には言い知れぬ恐怖がありありと浮かんでいた。当然であろう、知らぬ間に頭を手術され、何かを埋め込まれているらしいのだから。

(その円筒形物体とやらを、もっと詳しく調べられるか?)

「はい…材質はプラチナ合金に保護コーティングしたもの。一般的な埋め込み型治療器具と同じです。コードの脳組織への配線からみて、脳の記憶に関わる分析または干渉のための機能を有していると思われます」

(ふむ、記憶障害の原因はこれか?これが『竜使いを暗殺すると決意した』という記憶をコイツの脳へ書き込んだ、ということか。)

「おそらく…あっ、円筒形物体の表面に数字が書いてあります。ええと、35です」

(ふむ、この通し番号ならこいつが35番目ということか。ならば、その前に少なくとも34人の…)

「あ…違ってました、29でした」

(おいおい、数字くらいちゃんと読めよ!)

「いえ、27…あ、あれ24…あれれ、20…」

(数字が減っていく?)

「18、17、16、15…」

(おい、それって、もしかして?)

「10、9、8、7、6、5、4」

「爆弾か!」

「3、2、1…」

**********

 ホテル『スハラ』の2階の一室の窓から放たれた眩い光が明かりの少ない暗い街を一瞬だけ照らし出した。

ドグァン!

「なんだ!」

「ガス爆発か!」

 続いて2階部分の全体の窓が内側からの爆風で吹っ飛び、粉々になったガラス片を道行く人々の頭上に撒いた。

シュゴォッ!さらに猛烈な炎が窓から吹き出し、瞬く間に防火設備などない安普請の安ホテルは業火に包まれた。

「ヒャァァァッ!タ・タ・助けて!」

 背中とズボンに火をつけた男が正面玄関から飛び出してきた。地面の上を転げまわる男は受付係、つまり刺客から賄賂を貰って素通りさせた男だった。ちょっとした小遣い稼ぎのつもりがとんでもない火遊びになってしまったようだ。彼のまわりにも、あっという間に燃え落ちつつあるホテルのまわりにも『何事か?』とばかりに野次馬どもが集まってきた。それっきりホテルから出てきた者はいなかった…

「片付いたか…、これで安心して眠れるわい。もっとも野次馬が集まりすぎた、死体を確認するのは明日じゃな」

 突然の火災を見ていた一人の老人はポツリと言ってなおも燃え盛る現場に背を向け、のんびりとした歩調で立ち去っていった。

**********

「フウーーーーーゥッ、今のは危なかったな」

 通りの向かい側の雑居ビルの屋上で荒い息をしている者がいた。

「俺の『輝光壁』で防がなかったら二人とも爆死だったぜ」

「……」

 ビルの屋上に立つ人影は二人、暗いのでお互いの顔までは見えない。

「手荷物は無事に持ち出せてよかった」

「……」

 彼らの足元には鞄とズタ袋がひとつずつ転がっていた。

「武器も道具もなしでやってける商売じゃないからな」

「……」

 女の方は声を殺してすすり泣いているらしい。

「ん、どうした?リューセ、泣いてるのか?」

「……社長」

 人影の正体はリューセと自称『社長』であった。先ほどのホテル大爆発から何らかの方法で逃れたらしい。

「ま、確かに泣きたい気持ちは分かる。せっかく屋根のある部屋のベッドで眠れるはずだったのに屋根も壁も床もベッドも全部吹っ飛んじまったからなぁ」

「……違います」

「そうか、前払いした宿代、無駄になっちまったよな。仕方ない、こんな夜もあるさ」

「違います!」

「えっ…違うのか?」

 自称『社長』のシルエットが小首をかしげた。

「人間の記憶を書き換えるなんて…あれはそんなコトに使うために開発した技術じゃなかったのに」

 リューセは両膝をつき涙を流していた。非情に徹しなければ生きていけない賞金稼ぎにはあるまじき姿だ。

「ノイローゼや自律神経失調を和らげるために開発した技術だったのに。人殺しをさせるために使うなんて、その上に、爆弾を仕込むなんて…」

「…今は忘れろ。お前が悩むコトじゃない」

「でも!」

「今のお前が生きているのは人の命がパン一切れの値打ちもない世界なんだ」

 自称『社長』の言葉は無慈悲と無感情というしかなかった。

「以前から言ってることだが、お前は裏の世界には向いていない。できるだけ早く表の世界に帰った方がいい」

「分かっています。でも!」

「お前が追っかけてる『蠍』という連中は、お前のような軟弱者が関わっていい相手じゃない。命を無駄にするだけだ。…まぁ、お前の命はお前の自由だがな」

 まるで突き放したような自称『社長』の冷たい台詞だが、何度も同じ台詞を聞かされたリューセには自分の雇い主がただ冷たいだけの人物ではないことも十分にわかってはいた。

「さて、時間を無駄にはできんな。犯人を逃すわけにはいかん」

「犯人?社長には誰が犯人かわかってるんですか?」

 リューセは顔を上げて社長を見上げた。暗いので表情まではわからないのだが自信たっぷりの口ぶりである。

「下を見てみな。俺たちがここにいるのが気づかれないように注意して」

リューセはビルの手摺に隠れながら下を見た。

 ホテルはほぼ完全に崩れ落ち、燃え続ける瓦礫を囲むように野次馬の人垣が二重三重に取り囲んでいた。

「あの野次馬どもの中に犯人がいる。爆破の成功を確かめるためにな」

「でも、こんなに沢山人がいたら誰が犯人だかわからないじゃないですか」

「あそこを歩いてるジジイがいるだろ。あいつが犯人だよ」

 社長の指差す先には確かに背を丸めた小柄な老人がいた。のんびり散歩でもするように消火作業の始まった火災現場から立ち去っていく。

「でも、なんであの人が犯人なんですか?証拠らしきものは何もないじゃないですか」

「…野次馬が『何事か!?』とばかり次から次へと町中から集まってくるのに、あいつだけは原因不明の爆発も燃え広がりそうな大火災も気にもかけずに立ち去っていく。何故か?奴にとっては『爆発は予定通りのこと』だからではないだろうか」

「耳が遠くて爆発が分からなかったとか…」

「たとえ耳が遠くても何十人もの血相変えた野次馬にすれ違ってて気がつかないものかな?」

「…目も不自由とか」

「ぶつかりそうな通行人をヒョイヒョイ身軽にかわしているみたいだが?」

 社長の言う通りで老人は前から走ってくる野次馬たちを軽いステップでよけている。

「犯人自身かどうかはわからんが、犯人につながっていることは確かだろう。じゃ、俺は犯人を追うからお前ここで荷物番ね」

「ええっ、私一人でこんな場所で留守番ですか?!」

「心配はいらない。必ずや犯人を突き止め、そして…」

「そして?」

「宿代を慰謝料コミで弁償させる!当然お前の深夜勤務手当ても上乗せしてな!」

 影のひとつが勢いよく立ち上がり、もう一人の影、リューセに背を向けた。そして屋上の手摺に向かって足音ひとつたてずに、駆け出した。

「あっ、社長!」

 ビルの屋上にはリューセ一人が残されていた。屋上から跳躍した自称『社長』の影は夜の闇に同化するように消えていた。

「ちょっとォ!こんな所に女の子一人でほったらかしにしないでくださいよ!」

**********

 老人は人気のない倉庫の間を歩いていた。まわりは何百棟もの倉庫が建ち並んでいた。本来は採掘した希有金属の保管と住民の生活物資で満たされていたはずの建築物なのだが、開発された鉱山も事実上閉鎖したため大半は空家か、怪しげな密輸品の隠し場所になっていた。この倉庫のひとつに隠したトラックがなければ町から離れたアジトまで戻ることはできない。

「やれやれじゃ、なんであんな不便なところをアジトにしたのやら。町の中でも別に構わんじゃろうに」

 この時、50メートルばかり離れた大型コンテナの陰に追跡者がいることに老人は気づいていなかった。老人からは常に死角となる物陰に身をおき、気配を絶って尾行を続ける。賞金稼ぎという稼業には必要不可欠の技術だが、身につけるのは並大抵の苦労ではない。追跡する相手に視線を感じさせてはならず、かといって目を離すのは論外だ。その点をこの追跡者は完璧にマスターしているようだ。

(どうやら、町から出て砂漠へいくつもりらしいな。やつらのアジトは砂漠の向こうか)

 追跡者とはもちろん、自称『社長』であった。ホテル爆破現場から約1時間、老人に気取られることなく続けた尾行であったが、ここで決断しなければならなかった。

(うーむ、困ったぞ。身を隠す所のない砂漠では流石に尾行は不可能だし、トラックにでも乗られたら徒歩で追いかけるわけにもいかん。)

 社長は腕組みをして考えた。

(トラックの荷台に隠れて尾行するか?それともこの場であのジジィをふん捕まえて、口を割らせるか?)

 迷っている間にも老人はトボトボと屋根の崩れかけた倉庫のひとつに近づいていった。半分壊れて破れかけたシャッターの間にトラックらしき物が見えた。

(危険だが、アジトまで尾行するか。敵についてもっと詳しい情報が必要だしな)

 そう決心し足音を殺してコンテナの陰を出ようとした、だが結局のところ追跡は中断せざるを得なくなった。外れかけたシャッターの影から一人の男が飄然と姿を現したのだ。老人の顔見知りの人物であった。

「おやおや、スライではないかい?わざわざワシを出迎えにきてくれたのかの?」

カツ、カツ、カツン。

 細身の体に、やたらとカラフルな短い布を何十も縫い付けた奇妙なシャツを着た優男が、格好つけてブーツを踏み鳴らした。

「残念だけどね、ジイさん。違うんだなー、これが」

「違う?何が違うと言うんじゃ」

「んー、今の俺はねえ、アンタがしくじった仕事のフォローしにきたのさ」

スライと呼ばれた男は老人をからかうようにポーズを決めてそう言った。

「この『ささやき声のコガー』様が仕事をしくじったじゃと?つまらん冗談じゃな。爆破したホテルからは受付係以外は誰も逃げ出しては来なんだわい」

 不快感もあからさまに老人・囁き声のコガーはくってかかってきた。だがスライの方は老人の怒り様など気にした様子もない。

「んーっ、確かに爆発の後では誰も出てこなかったけどねー。爆発と同時に何かが窓から飛び出したのを見ちゃったんだよねー、俺様の目が。ま、流石にその後は炎と煙で見失っちまったけどね」

 スライが指先で示した自分の目が鈍い赤い光を放った。何らかの電子装置が組み込まれているらしい。

「ふん、機械仕掛けの目ン玉がこの惑星の地磁気で壊れたんじゃないのか?」

「とぉんでもない。毎日の入念なお手入れで照準カメラ・アイの調子は今日もバッチリだよ。じいさんの頭のまわりを飛んでる蝿の羽ばたきまでバチバチッと見えちゃうくらいにね」

 自称『社長』の表情が険しくなった。距離は結構あるのだが、ホテル爆破犯たちの会話を彼の耳は完璧に聞き取っていた。

(脱出はバレていたか。俺の姿を見られなかったらしいのは幸いだったが…)

「でさぁ、アンタと合流しようと思ってね、ここへ戻ってくる途中で見つけちまったんだよなぁ。アンタを尾行してる奴をね」

 スライはニッと歯を見せて笑うと、自称『社長』の潜むコンテナをビッと指差した。

「おい、そこのコンテナの後ろ!隠れてないで出てきな!」

「クッ、見つかっちまったか!」

 社長の声に狼狽の色がにじんだ。

「じいさん、アンタは一足先に帰ってな。アンタの『能力』はこういう戦い向きじゃないからね」

「あ、ああ、そうじゃな。分かったわい」

 コガー老人は足早にトラックに乗り込んだ。この惑星上で使われているトラックは他所で見かける反重力浮揚式の物とは違い、5、6台の荷台と動力車を連結器で結んだ多節式のムカデ型の奇妙な形の車両が一般的だ。高精度な反重力フィールド発生機を搭載した車では惑星全体を包む強力な磁場の中では長持ちしないからである。

ブ、ブ、ブロロロロロ!

 エンジン音が響くとトラックの車体が倉庫の中からムカデか芋虫のようにノソリノソリと這い出してきた。

「さあさあ、さっさと出て来いよ。折角追いかけてきたジイさんが逃げちまうゼ?」

「チッ、尾行を見破られていたか。しかし何故尾行がバレたのだ?気配は絶っていたし周囲にも注意を払ってきたし、なにより今の俺は『小竜形態』だっつーのに?」

 物陰に潜んだ社長は険しい顔で呟いた。実戦の中で会得した尾行術には自信があったのだが。

「見つかっちゃいましたよ、社長?」

「お前に言われんでもわかってる」

「それじゃあ、これからどーしましょうか」

「うむ、それだが何かいい考えがないか、お前も少しは考え…?」

「はい、それではあのキザなお兄さんを捕まえて…アレレ、社長どうしました」

 振り返った社長の鼻先五センチのところにリューセの顔があった。そしてリューセの目の前には例のトカゲ君が驚いたように目を見開いて振り返っている姿があった。

「……リューセ君、なんで君がココにいるんだ?」

「はい、あの一人で寒くて暗いビルの屋上で待ってるとなんだかスゴク怖くなってきて」

 トカゲのプリズマ君の小さな額がピクッと引きつった。そしてプリズマ口から驚くほどなめらかに人間の言葉が流れ出してきた。

「そ、それで…どうして俺がここにいるって分かったのかなぁー?」

「ああ、それなら、社長の心音と呼吸音のパターンって特徴があるから300メートル以内なら、私にはスグに分かるんです!」

 プリズマ君の口が引きつった笑いに歪み、小さなひたいに所狭しと血管が浮きまくった。

「いつまで隠れているんだい、お嬢ちゃん!」

「テメエかぁぁぁっ、見つかりやがったドアホはぁぁぁっ!」

「しゃ、しゃちょぉぉぉっ、く、苦しいです!尻尾で首絞めないで…」

「出てこれないなら、この僕が出てきやすくしてあげよう」

 スライはスッと右手を差し上げた。軽く握っていた指を一本一本ゆっくりと開く。小指を最後に伸ばすと、金属光沢のある手の平が露出した。手袋をはめているわけではない、その金属製の装甲こそが彼の本当の皮膚だった。

 この世界ではサイボーグは決して珍しい存在ではない。20年前に終わった銀河大戦ではサイボーグ戦士は主戦力にひとつであったし、現在でも軍隊や警察には多数の戦闘用サイボーグが活躍している。また鉱山開発や深海探査などの危険な場所での仕事には肉体の改造を義務付けている仕事もある。同時に犯罪者向けに戦闘用改造をやってくれる無免許医や非合法改造パーツを提供する闇業者も数多く存在した。スライもまた自らの体に凶悪な戦闘能力を組み込まれていた。

 手の平の下部に直径3センチほどの円形の穴が開いた。穴の内側にはうっすらと青い光のトンネルが腕の中に、おそらくは肘のあたりまで続いている。

「あれは…確か、圧縮…」

 自称社長の口調が変わった。彼はスライの右手の穴と同じ物を以前見たことがあった。その脅威も十分すぎるほど知っていた。スライの右の目に一瞬だけオレンジ色の光が輝く。

「照準OK。破壊力は、まずはレディに優しく出力30%…発射」

 ニィッ…余裕たっぷりの笑みを唇の端に浮かべスライは撃った。音はなかった。光もなかった。ただ何かが空気を裂いてやってくる。その気配が圧迫感として迫ってきた。

「社長?あいつ何を…」

「まずい、このままではアレは防ぎきれん!」

 プリズマ君はリューセとコンテナの間に駆け込み、何かを押しとどめようとするように両手を前に差し出し、地に足を踏ん張った。コッ。何かがコンテナに触れる音がした。ブワッ、コンテナの前面が大きくへこんだ。頑丈さだけが取り柄の鉄板に亀裂が入った。

ボゴッ、ボゴッ。左右と後ろの鉄板が前面の鉄板とは逆に風船にように膨れた。少し遅れて上部も膨れあがった。

ブワァンッッッ!コンテナは瞬時に弾けるように四散した!いや、弾けたというより『炎も煙もない大爆発』というべきだろう。

ゴワンッ!ゴワン!ベチッ!ベベベベベチッ!

 四散したコンテナの金属片が致命のスピードに乗って近くの倉庫の壁とコンクリートで固めた地面を叩き、削り、めり込み、突き刺さった。

「ヒュゥゥゥ…ちょっと、強すぎたかなー」

 軽く口笛を吹きながらスライは髪をかきあげた。

「これじゃあ、コンテナの陰にいたレディは跡形も…おやおやおや?」

 何故かコンテナの後面の鉄板だけが倒れずに残っていた。衝撃で激しく変形はしていたものの、普通ならばありえないことだった。鉄板がグラリと前に傾いた。まるで背後の何かを守り終えて絶命したかのようにゆっくりと倒れてゆく。

ガッシャァァァァァン。鉄板がコンクリートの上に転がった。そして遮る物がなくなった向こう側には、目もくらむほどの青白い光があった。

「?…なんだい、そりゃあ。バリアの類かな?」

 スライは目をほそめた。光は縦横約2メートル、正方形の盾のような形をしていた。

「ふむ?そう言えば、生体エネルギーを光のような形にして放出して攻撃を防いだり、遠くの敵を倒したりする種族がいくつかいたっけな」

 スライの眼前の『光の盾』の光輝は次第に弱まり薄くなり、水に溶ける氷のように消えた。その後には人影が二人、一人が背後の女を庇うように両足を踏ん張っていた。前に立っていたその一人が鱗に覆われた両腕を下げた。

「くたびれる一日だぜ。今日だけで3回も『輝光壁』を使うとは思わなかった」

 そいつは長い尻尾を一振りして、殺気を満たした青い瞳で忌々しげにスライを睨んで吐き捨てるようにそう言った。細長い顔の耳まで裂けた口の中に、ズラリと並んだ白い牙が薄暗い街灯の光に異様なほど光る。

身につけているのは胸から腰をガードするセラミック小板をつなぎ合わせた装甲プレートと両手にはめた刃渡り20センチを超える緩やかなラインを持つ金属製の爪。だが何より特徴的なのは2メートル近い太い筋肉質な尻尾と全身の皮膚を被う鮮やかに輝く緑の鱗であろう。

「竜人か…こんなヒューマノイド文化圏のド田舎の星では珍しいな」

 スライの顔に浮かんだのは『意外!』という驚きと、こみ上げるような『喜び』だった。

 竜人族、広義には爬虫類系知的生命体を総称してそう呼ぶが、一般的にはブレダークソーブ星系第五惑星を母星とする温血爬虫人類を指す。高い身体能力と高度な知性を持ち、誇り高く理性的な種族である。20年前の銀河大戦ではヒューマノイド系人類と同盟を結び、帝国打倒の先陣を切って戦った勇猛果敢な戦士を多数輩出し、勇名を全銀河に轟かせた。

「竜人族の戦闘能力の高さは色々と聞いたことがある。生身のくせに戦闘サイボーグとタメ張れる強さらしいな。一度闘ってみたいと常々思っていた」

 スライは一歩踏み出した。同時に竜人族と呼ばれたそいつも一歩前へでた。二人とも隙のない身のこなしで接近していく。

「おっと、申し遅れたね。僕の名はスライ、仲間内じゃ『風神のスライ』で通っているけどね」

「これはご丁寧に…それでは俺も自己紹介しておこうか」

 そいつは牙の並んだ口を開き、長く細い舌で唇をペロリと一舐めしてから言葉を続けた。

「俺の名はプリズマ・ラハラ。有限会社『竜使い』社長だよ。ちなみに後ろにいるのが唯一人の社員のリューセ・クジョーイン君だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ