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有限会社「竜使い」  作者: 境陽月
2/10

■ 砂底の町

「ううっ…どこだ、ここは」

 ガットは鉛のように重い体を両手をついて持ち上げた。それだけでも息切れしそうだ。

感触からすると硬いコンクリートの床の上らしい。重石でもくっついてるような瞼をこじ開け、霞む目をゴシゴシ擦った。最初に目に入ったのはコンクリートが剥き出しの床。首をあげると、床と同じくコンクリートの壁。後を向くと、これまでの人生で一番見たくなかった物、すなわち黒光りする鉄格子が見えた。

「気がついたようだな、砂蛇のガット」

 無愛想な中年の声が鉄格子の向こうからなげやりにかけられた。声の主は背中向きに椅子に腰掛け、何やら書類を書いているらしい。

「ん、久しぶりだな、保安官」

「ふ、貴様も年貢を納める時がきたようだな。今まで随分煮え湯を飲ませてくれたもんだ」

「捕まっちまったってワケか、クソッタレが…」

 記憶は竜使いのバイクを捕捉したところで途切れていた。頭に手をやるとゴワゴワした布の感触。

「包帯?…・応急処置?」

 まるで病院でしてもらったような完璧な包帯の巻き方だった。戦闘中に頭部に強い衝撃を受けて負傷したらしい、記憶が一部とんでいるのもそのせいだろう。頭が半分麻痺してるせいか、怒りも絶望もまだ沸いてこない。

 ふと、視線を感じて鉄格子の方をもう一度見た。女が一人、鉄格子の向こう側にいた…いや、女というより小娘と言ったほうがいいだろう。身長は165というところか、髪は肩の少し下まである黒髪、瞳も黒で少し不安の色がある。防砂塵のフードとマントの下の体型は、ややほっそりした体つきで残念ながら出るところはあまり出ていないようだ。顔立ちも結構な美人というより可愛い女の子という感じだが、賞金稼ぎの標準ファッションともいうべき、あちこち綻びた対光学兵器仕様の防弾チョッキも、薄汚れた合成皮のこげ茶色のブーツと手袋も、ナイフと拳銃を装備したガンベルトもお見事なほど似合っていない。どこをどう見ても、少なくとも賞金稼ぎには見えない。どこかの学校の制服でも着せてしまえば、そのまま女子高生で通用するだろう。

「あんたは…」

 ガットが何か言う前に目の前の娘は頭を深々と下げた。その時ガットは気がついた。娘の背中に貼りつくようにしてこちらを見ている、猫くらいの大きさの緑色のトカゲに。

(じゃあ、こいつが、この小娘が竜使いなのか?)

 トカゲはチョロチョロと肩の上に這い登り、チョコンと座ってこちらを注視している。何の変哲もないトカゲかと思ったがそうではないらしい。前足にはキラリと光る金属製の大きな爪を装着しているし、肩口にはトゲトゲのついた肩当が、尻尾の先にもガラスのような小球をつけている。それらが黒い被服コードで背中のバッテリーらしき小箱に接続されている所を見ると、何らかの武器であろうと言う事は見当がつく。

「お初にお目にかかります、私はリューセと申します。は、恥ずかしながら…賞金稼ぎやってます…」

「……お前が俺を捕まえたのか」

 ガットは返す言葉もなかった。凶悪テロリストとして名を馳せた彼が、こんな年端もいかぬ小娘にやられたとあっては誇りも面子も丸つぶれである。

(だが…なんか違うような…)

「頭の怪我、痛みませんか?」

「あ?ああ…大丈夫みたいだ」

「そのお嬢さんに感謝するんだな。物好きにもお前を手当てして目を覚ますまで付き添ってくれたんだ」

 保安官の言葉にガットは目を丸くし、リューセを見た。

「あんたが手当てしてくれたのか?」

「はい、でも半日も目を覚まさなかったので心配してたんです」

「半日?…そうか。そいつはすまなかったな」

 言ってしまってからガットは苦笑した。こともあろうに自分を捕獲した仇敵に礼を言ってしまうとは。だが、目の前の娘が心配してくれている様を見ていると、つい怒る気になれなくなってしまう。

「この街、医療施設とか全然なくて…もし具合が悪くなったらすぐに言ってくださいね」

「ああ…ところでどうやって俺を捕まえた?どうにも思い出せない…」

 ガットは頭を両手で押さえた。思い出そうとすると軽い痛みが頭の奥でする。

「幸運だったんです!」

「幸運?」

「えっと…ホラ、貴方のライフルが砂で作動不良になって!」

「作動不良…だって?」

 そんなことがあるのだろうか?手入は十分にやっていたし、砂塵対策も万全だったはずだ。あのライフルに対する彼の思い入れは犯罪者仲間では『偏執狂』と呼ばれるほどで、これまで整備ミスなどしたことはない。しかし…万が一ということもないとは…

「で、不発弾で貴方のライフルが使えなくなっちゃって。私が近づいた時には今度は突風でゴーグル飛ばされちゃって目に砂が入って…」

「見えなくなったところでお嬢ちゃんが俺をどつき倒した…とでも言うのか?」

 疑惑の目つきでガットは目前の娘を睨んだ。相手が屈強な男ならともかく、こんな半分ガキみたいな女の細腕で殴り倒されるなど…

「い、いえ私じゃないんです。このコが…」

しどろもどろで答えつつ竜使い、リューセは肩に座り込んで大アクビしていたトカゲの首をつかんで持ち上げ、胸に抱きかかえなおした。

「このコはプリズマちゃんっていうんですけど!ピストルを抜きながら立ちあがろうとした貴方の足首に体当たりして!それで貴方はバランス崩して後ろに倒れて…ジープの荷台に頭ぶつけて……」

「じゃあ、この怪我はその時に…」

 ガットは黙って頭に手を当てた。なんてお粗末な、なんて馬鹿馬鹿しい結末だったのか、せめて正面からの撃ち合いで殺られたならばまだ体裁も繕えたものを。

「こんな無様な展開で、この砂蛇のガット様が…捕獲されちまうとは。ハァーッ……」

 ガットは深い、とても深くて長い溜息をついた。

「ク…ックックックックッ…ブワハハハハ!」

 向こうをむいて必死に笑いをこらえていた保安官が我慢し切れなくなって大爆笑をはじめた。

「笑うんじゃねえ!俺は貴様にやられたワケじゃないんだぞ、この無能保安官!」

「なんだと、この間抜けヤロウ!」

 顔を真っ赤にした保安官が椅子を蹴飛ばして立ち上がり、いきなり銃を鉄格子越しにガットに向けた。ガットの方も威嚇するように凄い目つきでにらみ返している。

「あ、あの!喧嘩はよくありません!」

 銃が火を吹く一歩手前でリューセが割って入った。保安官は舌打ちしながら椅子に座りなおして書類作成を再開し、ガットは簡易ベッドに腰を下ろしてリューセと向き合った。

「ごめんなさい…、私のせいでガットさんに怪我させて、喧嘩までさせて…」

 竜使い、リューセと名乗る娘も本気ですまなさそーに頭を下げたままだ。

「で、俺が目を覚ますのを待っててくれたわけか?」

「はい!治療の結果を最後まで見届けるのは私の義務ですから!」

「?まるで医者みたいな台詞だな。あんた本当に悪名高い賞金稼ぎ・竜使いなのか?」

「はい、そーです!」

 ニコニコ笑ってる娘を前に無法者は呆れて沈黙した。

「それにお礼も言わなきゃいけないなー、って思っていたし!」

「礼?俺にか?」

「はい!」

「何の礼だ?」

「貴方のおかげで今夜は野宿しないで済みます!闇商人のお爺さんからエアロバイク買ったらお金なくなっちゃって、ここ2週間ずっと野宿続きだったです」

「ハハハ…そりゃよかったな」

 娘のうれしそうな顔にガットもつい間抜けな返事を返してしまった。

「ま、確かに俺の首に懸かった賞金をくれてやったことになるかもしれんが…」

 言いかけてガットは気がついた。このちっぽけな町には彼の賞金を現金化できるような金融機関がないことに。では、どうやってリューセとやらは現金を手にしたのか。

「あ、いいえ!賞金はまだ受け取ってないんです。

そうじゃなくて…無断で悪いかな?っと思ったんですけど…売却させてもらったんです」

 売却=売り払う…ガットは嫌な予感がした。

「売ったって…何を…?」

「貴方のお使いになっていたライフル」

「…」

 ガットの顔の筋肉が硬直した。10年間愛用した彼の魂ともいうべきライフルだった。それこそ我が子のように手入れを怠らず、砂嵐の中でも汚れひとつないように磨き上げてきた彼の分身であった。

「それと実弾もおまけにつけて」

「……」

 ガットの硬直した顔の筋肉の一部がヒクッと動いた。弾丸も闇社会の一流職人にオーダーメイドで作らせた最高級の逸品だった。気に入った客の注文以外受けてはくれない老職人を口説くのに何日かかったことだろう。

「それからアジトに隠してあった宝石と金の延べ板も…」

「…いくらだった?」

「えっ?」

「全部でいくらで売れたんだと訊いているんだ!」

 無表情な顔の硬直した唇からようやくその言葉だけが搾り出せた。

「えっとですね、ライフルが2万クレジット。弾丸が全部で5800、貴金属類が1万2千…」

「なにぃ!そんな値で売ったのか?!」

「えっ、この値段じゃダメだったんですか?」

「当たり前だ!あのライフルはレア物の上にタップリ金かけて改造してあったんだ!捨て値でも10万はくだらねえ!それを…」

「じゃ、じゃあ?あの闇商人のお婆さんに私、ボッタくられちゃったんですか!」

「どこの闇商人のババァだ、そいつは?」

「えーと、薬屋の裏手にある表向きは乾物屋やってる、とっても人の良さそうな…」

「バカヤロウ!そいつは『10枚舌のバラク』っていう、このあたりじゃ有名なインチキババァだ!」

「えーっ!そうだったんですか?」

 ガットは忌々しげに舌打ちし、リューセはガックリと首をうなだれた。

「ったく…重犯罪者も震えあがる賞金稼ぎ・竜使いがコロッとダマされやがって…」

「…ごめんなさい、貴方の大事な銃を買い叩かれてしまうなんて。そんな変なお店だったなんて知らなかったから」

 シュンとなったリューセは目に涙さえ浮かべているではないか。

「…今度からは気ィつけろよ」

「はい、ご忠告ありがとうございます…」

 肩を落としたまま牢の前を立ち去って行くリューセを見送るガットはつい一言付け加えずにはいられなかった。

「この町で売り買いするんなら、酒場の二階にある『マルボロ』って店に行きな。

あそこの親父は頑固でシブチンだが客を誤魔化したりはしねえ」

「はい、これからはそうします…」

「あ、ちょっと待ちな」

 出て行こうとするリューセを保安官が制止し、書き上げたばかりの書類を渡した。

「ほい、待たせたな。これで賞金支払い手続きは完了だ。ま、そんなに気ィ落とすなや」

「お気使いありがとうございます」

 ガシャァン…。頑丈な鋼鉄のドアがやかましい音を立てて閉まると、すっかり落ち込んだ娘は消えた。牢屋に静寂が訪れた。

「ふぅ…っ」

ガットは冷たいコンクリートの床に腰を下ろして溜息をついた。ひどく疲れたような気がした。

「あれで三代目・竜使いなのかねぇ?全然、そう思えねぇぜ」

「…プッ。プッ…クッ、クッ…クハハハハハハハ!ヒャァハッハッハハハァッ!」

我慢し切れなくなったのだろう、保安官の笑い声は何時絶えるともなく続いた。


**********

 留置所の玄関を開けるとたっぷりと砂を含んだ風が顔に吹きつけてきた。慌てて砂避けゴーグルを下ろして飛ばされかけた帽子を被りなおす。砂漠に吹き荒れる強風を避けるために、すり鉢状の巨大隕石孔の底に作られた小さな町の中にもいまいましい砂が風に乗って容赦なく侵入してくる。僅かばかりの希有金属の採掘で生計を立てる、褐色の砂にまみれたちっぽけな町。正式な町の名は…開拓当時はあったらしいが、現在は『砂底町』というあだ名のみが通用している。この町唯一のメインストリートなのに通行人もほとんどなく、人を見かけてもどこか生気がない。

「はぁーーーっ、私ってホントにドジなんだなー…また悪徳商人に引っかかるなんて」

 リューセは大きな溜息をついた。合わせるように肩に乗っかったトカゲ君も大きく溜息をついてガクリと肩を落とした。実のところ、裏世界の商人にカモられたのは初めてではない。賞金稼ぎの世界に身を投じてたった半年の間に、覚えているだけでも5回騙されている。

「1回目は銃のエネルギーカートリッジ買った時だったかしら。空っぽのカートリッジ5ダース買わされて。

2回目は確か、電磁10徳ナイフだったわ。後で聞いてみたら相場の5倍だったもんなー。

3回目は倉庫一杯の密輸武器を売っ払った時よね。後で銀行口座に振り込むっていってたのに、そのまま夜逃げされちゃって。

4回目と5回目は同じ故売屋のおじさんに言いくるめられて盗品のダイヤとルビーを半値で買い叩かれて。

……あたしって騙されやすいタイプなのかなー?」

 気を取りなおして、つばの広い帽子を深くかぶりなおして、留置所の外へ出た。賞金引き換えの手続きは終わったが、換金するには銀行の支店がある衛星軌道上の宇宙港まで戻らねばならない。

「でも今日はこの町でお泊まりですね、宇宙港のある町までジープで三日はかかるし」

バタン!ブォ…ブォ…

留置所の前に停めておいたジープに乗りこみドアを閉めて、エンジンを吹かした。いまいち吹けがよくない。

「ん…とぉ?」

 バコッ!ブォ、ブ…ブォォォォォッ!

ブーツの踵で床に思いっきり蹴りをいれると、やっとエンジンがかかった。

「ところで社長、これからどうします?ここでの仕事はもう終わりですか?」

 自分以外はトカゲ君がいるだけの車内でリューセは誰かに話しかけていた。ちびトカゲのプリズマ君はそんな彼女の横顔をジッと真顔で見ている。

「…そっか、『蠍』の情報が入ってるかもしれませんでしたね」

 いつもは快活な彼女の顔が、『蠍』という言葉を口にしたその時だけ少しだけ曇った。

「それじゃ、近くの情報屋さんを捜さなくっちゃ…でも何処に行けば情報屋さんに会えるのかな?」

 考え込む飼い主をチラリと見たプリズマ君。ピョンとリューセの肩から飛び降りシートの上に器用に胡座をかいた。それからジープの前方、砂まみれのメインストリートのはずれに下がっている傾いた看板を尻尾の先で示した。

「…?『バー・マルボロ』…あ、そーか!親切なガットさんに教えてもらったお店ですね。

 そっか、そっかぁ!裏家業の酒場なら情報屋さんも兼ねてるかもしれませんね」

 キラキラと瞳を輝かせるリューセにプリズマ君は呆れ顔とも白け顔とも言えそうな複雑な表情をした。まるで、(んな事もわからんのか、この天然ねーちゃんは…)とでも言いたげだった。

「それでは情報屋さん目指してレッツ・ゴー!!」

 ブプロロロ…・なんか妙にテンション高くなってるリューセと、人生に悩める哲学者なみの憂鬱な顔したプリズマ君を乗せてジープは走り出した。

**********

 仕事がないんだか、それとも仕事はあってもやる気がないんだかわからないが、その場にいる男どもは昼間から酒を呑んで酔っ払っていた。ロクに空調も効かせていない酒場の中はアルコールと男どもの体臭でむせかえるようだ。

ギィー…・ッ。外れかけた蝶番を軋ませて店のドアが開かれ、新たな客が入ってきたようだ。

「…何か用かい?ウチはアンタみたいな娘は出入り禁止の店なんだが?」

 客を一瞥するなり、白髪のマスターは無愛想な言葉で出迎えた。

「あ、あの…私は別に…」

「連れねえコト言うなよ、マスター。よく見りゃ結構可愛い娘じゃねえか」

 一人のビール樽みたいに太った大男が邪魔な椅子を座った奴ごと蹴飛ばしながら彼女の前にやってきた。

「なあ、お嬢ちゃん。アンタだって呑みたいよなぁ?さっ、こっち来な、俺のおごり…っ、痛えッ!」

 大男の顔が歪み、数歩後へ下がった。何気なく娘の肩に置いた手を何かに思いっきり噛まれたのだ。

「な、なんだよコイツは?アンタのペットかよ!」

 噛みついた奴は肩の上に乗っかったトカゲだった。敵意剥き出しの目で大男を威嚇している。

「バカにしやがって、このォ!俺様を誰だと思って…」

「それくらいにしときな」

 やけに威圧感のあるマスターの声が殴りかかろうとしていた大男を止めた。

「確かに呑みにきた客じゃなさそうだ。アンタ、『竜使い』のリューセだな?」

「あ?はい、確かに私が賞金稼ぎのリューセです。その、『竜使い』三代目の…」

 照れくさそうに頭を掻きながら娘が名乗った瞬間、酒場の喧騒が停止した。酒場にいた全員の視線が入り口で立ちんぼうになってる小娘に集中した。ある者は驚愕の視線で。ある者は懐疑の視線で。また、ある者は恐怖の視線で。

「ア、アンタ、い、いや貴様が『竜使い』だと!」

大男の視線は驚愕と恐怖のそれだった。後ろに飛び下がろうとしたようだが、筋肉が硬直したのか足が動かないらしい。

「やめろ!俺の店の中を汚すんじゃない!」

 マスターの言葉はテーブルの下で銃を抜こうとした数名に向けられたものだった。

「心配は要らん、お前等程度の賞金額じゃ、こちらさんの『お得意先』にはしてもらえんよ」

 マスターはカウンターを出て、二階に通じる階段を顎先で示した。

「アンタの用件は上で聞く。ついてきな」

 二階の窓は全て防音遮光板で封じられて中の様子が外から見聞きできないようになっていた。当然、壁も防音壁である。

「さて…ご用件は売り物かい?買い物かい?

何でも取り揃えて…とまではいかんが、可能な限りご要望におこたえしよう」

 床の上には無造作に置かれた正体不明の機械や銃器、刃物、爆薬、怪しげな薬品…売り物というよりはガラクタ市とでも言う方が適切だ。

「あのぅ、欲しいのは物じゃなくて情報なんですけど?」

「ふむ、いいだろう。1回25クレジットだ」

 パチッ。マスターが指を鳴らすと壁の一部にシュッと縦の線が走った。ガタガタと音を立てて線の幅が広がっていくとその奥に古びた机と椅子、そして薄汚れた旧式ディスプレイと操作用キーボードがあらわれた。

「えーっ?高ぁーい!もうちょっとまけてくれませんか?」

「ダメだ、まからん。こっちも上客なくしたばかりで商売苦しいんでね」

「上客をなくした?ここのお客さんに何かあったんですか?」

「…く・く・くっ、プッ、ブハハハハハ!」

 途端に仏頂面を決め込んでいたマスターは吹き出し、大声で笑い始めた。

「上客ってのはアンタがとっ捕まえたガットの奴さ」

「ええっ、ガットさんが?」

「奴さん、高級な弾丸ばかり注文しやがるんで結構、仲介料稼げたんだが残念だよ」

「そうでしたか、ごめんなさい。商売の邪魔しちゃったんですね、私…」

「まぁ、いいさ。で、欲しい情報はなんだい?」

 リューセはしばらくためらった後に言葉を続けた。

「その…『蠍』と名乗っていたテロリストグループについての情報をお願いしたいんです」

「えっ…『蠍』?サソリだって?」

 マスターの眉毛がピクンと跳ね上がった。

「いや、でも奴らは、蠍は1年ほど前に壊滅しているはずだろう。確かアンタの前の、先代の竜使いが皆殺しにしたはずじゃないか?」

「それはそうなんですが、ちょっと気になることがありまして」

 リューセは暗い顔でうつむいてしまった。床の上からプリズマ君も心配そうに見上げていた。

「何か訳ありのようだな、よかろう」

 傍らのガタのきた椅子に腰掛けると、マスターは静かにボードを操作しはじめた。

「出たぜ」

 ディスプレイには数枚の顔写真と100行近いの犯罪の略歴が表示されていた。

ただし顔写真にはすべて赤い×印がついていた。

「湾岸都市ビル連続爆破、ゴストガ大統領暗殺、銀河連邦銀行イェルン支店襲撃…事件を起こした場所はすべて大破、居合わせた者は皆殺し。まったくとんでもねえ奴らだったな、そして…」

 マスターはわざわざディスプレイの一点を指差した。

「惑星ドクガのアジトにて賞金稼ぎ・竜使いと交戦、全滅…ここから先の情報はない。復活したなんて噂もない。蠍の名を騙る偽者はいたが、手口からみて全くの別物だった。ごらんのとおり、何の役にも立ちそうにないネタばかりだが、プリントアウトするかい?」

 めぼしい情報がなかったことに失望したらしく、リューセは悲しそうに首を横に振った。

「いえ…ありがとうございました」

 財布から取り出した現金を渡すとリューセはゆっくりと階段を降りていった。床の上で昼寝を決め込んでいたプリズマ君も置いてきぼりをくらって驚いたのか、飛び起きて後を追った。

*********

 リューセたちが2階に上がった後、階下の男たちの反応は様々だった。ある者は酒の入ったグラスを手にしながら、呑むことも忘れて階段の上をずっと見ていた。逆に俺には関係ないとばかりに階段に背を向けて呑み続けた者もいた。まるで何事もなかったかのように大笑いしながら世間話を華を咲かせる者もいた。しかし2階でかすかな足音が聞こえる度に、誰もがグラスを傾ける手を止め、盛り上がった話を中断して天井を見上げるのだ。緊張あるいは恐怖で顔をこわばらせて。そしてついに誰もが避けていた話題を口にする者があらわれた。

「あの女、本物なのかな?」

 不安そうに言う男の隣で吐き捨てるようにこたえた者がいた。

「馬鹿言うんじゃねえ。あんな小娘に銀河指名手配の凶悪犯を捕まえられるもんか」

「そ、そうだよな。あの『蠍』を全滅させた先代とは違うもんな」

「それにしても先代竜使いは、なぜ引退したんだ?」

「そりゃ、蠍のメンバー全員ブチ殺して得た賞金総額は150万クレジットだからな」

「引退して悠々自適の生活を楽しんでるってトコか」

「引退?俺は死んだって聞いたぜ。それも殺されたらしい」

「おいおい!あんな恐ろしい奴を何処の誰が殺ったっていうんだ?」

「それがよ…先代を殺ったのは3代目らしいんだ」

「マジか?じゃあ、あの女が!」

「そう、先代を殺して自分が3代目の座に居座ったって噂…!」

 無責任な噂話のお披露目をしていた男は言いかけた台詞を呑みこんだ。階段を降りてきた噂の小娘と視線があってしまったのだ。小娘の方は照れ笑いしながらペコリと頭を下げたのだが、男の方は硬直した首を無理矢理動かして目線をそらした。よほど慌てていたのであろう、グラスの中身を半分以上を床の上にこぼしていた。

他の酔っ払いどもも冷や汗を浮かべながら小娘に背を向けた。酒場にいた全員によそよそしい態度を取られてリューセは少し悲しそうな気分になった。

「……?私って嫌われてるのかなぁ?あなたはどう思います?」

 彼女は足元をチョロチョロ走る連れに訊いてみた。いきなり妙な質問をされたトカゲ君は青い目を大きく見開いてご主人様を見上げ、答えるかわりに大あくびをした。

「蠍について何かネタが入ったら知らせる」

 後ろからの声にリューセは振り返った。後から降りてきたマスターだった。

「えっ、でもご迷惑じゃ…」

「アフターサービスだよ。アンタ位の超一流どころのハンターになら恩を売っておいて損はないからな」

「ありがとうございます!連絡先は…」

「連絡先なら分かってる。ホテル『スハラ』の293号室だったな」

「ええっ!どうして私たちの宿泊先をご存知なのですか?」

 リューセ自身は自分の宿泊先を教えた誰かに記憶はなかった。

「フッ、この町一番の情報屋を甘く見てもらっちゃ困るな…と言いたいトコだが、この町にホテルは1軒しかないだけさ」

 ニヤリと格好つけて笑うマスターにリューセも思わずプッと吹き出した。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げて、賞金稼ぎらしくない一流ハンターは店を出ていった。

「フフフ、このつまらねえ町で久しぶりにオモシロイ奴に会えたぜ」

 まだ金縛り状態の解けない荒くれ男たちの中でマスターはニヤニヤと笑いながら、カウンターへと戻っていった。

……いや、もう一人だけ金縛りになっていない者がいた。酒場の片隅で朝から酒をチビチビやっていた背を丸めた小男だ。誰と話すでもなく、黙々と店の客たちの様子を観察していたそいつが初めて口をひらき、小さな声で呟いた。

「…蠍、竜使い、3代目、女、ペットのトカゲ…ホテル『スハラ』293号室…」

 背を丸めた小男は一息ついて少しの間、沈黙していた。それからゆっくりと席を立ち、誰にも聞こえないような小さな声で一言付け加えた。

「……念のためだ、消しておくか」


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