第四話 ③
「何?」
「カラオケだよ、カラオケ。ほら、行くぞ」
「……」
詩音ちゃんは大人しく俺に着いてくる。
繁華街の人混みと街並みを眺めながらカラオケ店に向かう。
途中、俺は一軒の洋服店の前で足を止めた。
自動扉のガラス越しに、店内を見つめる。色とりどりの服が棚に並べ置かれており、女性物のコートを着たマネキンがこちらを向いてポーズを取っていた。そしてその頭には――
「どうした?」
俺は今一度詩音ちゃんの変装を見つめる。
――ふむ。
「ちょっとここで待ってろ。すぐに戻るから、どっか行くなよ」
そう言い残すと、俺は急ぎ洋服店の自動扉を抜けて入店した。そして目的の商品を手に取り、会計を済ませてすぐに外に出た。
詩音ちゃんはちゃんと待っていてくれた。俺は喜んでくれるかなと思いながらそのそばへ駆け寄る。
そして疑問の眼で俺を見る詩音ちゃんの前で足を止め、買った商品を笑顔で差し出した。
「ほら。これ、やるよ」
タグは外してもらい、袋はキャンセルしてきた。詩音ちゃんは不思議そうにそれを受け取る。
「着けてみろよ」
「……」
詩音ちゃんは変装に使っていた登山用の茶色い帽子を取り、今しがた購入した俺のプレゼント――つば付きの白いニット帽を被る。
「おお、可愛いじゃん。そっちのがずっといいぞ」
俺が褒め称えると、詩音ちゃんは登山用の帽子をバッグにしまい、手鏡を取り出して自分の姿を確認する。
「な? 可愛いだろ?」
「……。ふん、おまえに褒められても嬉しくない」
憎まれ口を叩くわりには帽子を取ろうとしない。どうやら気に入ってくれたらしい。それなりのブランド品でちょっと高かったけど、買ってよかった。俺は満足してまた詩音ちゃんと肩を並べて歩き出した。
黙って歩くのも何なので、テキトーに話題を振ってみる。
「そういやぁさ、おまえ紅薔薇女学院に通ってるんだよな。あそこってかなり偏差値高いんだろ?」
「……ああ」
「すげーな。おまえ頭いいんだな」
「ふっ、何を言い出すかと思えば。当然だろ。馬鹿にNSLの操縦士が務まるものか」
俺は心の中で謝る。この子、ちょっと馬鹿だと思ってた、ごめんなさい。あと、なるほど、俺はある意味馬鹿だからNSLの操縦が務まらないんだな。死んでも治らないとか辛すぎる。
「執事がいるくらい金持ちで頭も良くておまけに美人か。羨ましいなぁ。おまえ、人生に不満とかないだろ?」
「……」
「なんで黙るんだよ……」
他愛もない話しをしながら、俺たちはカラオケ店に到着した。
入店して受付を済ませ、マイクとリモコンの入った籠を受け取ってエレベーターに乗り、カラオケルームに入る。
詩音ちゃんを長ソファーの奥に座らせ、俺はその横に座り、「ふぅ」と一息着く。
「さて、ようやく人目を気にしないで済む所に着いたな。ここならマスクと帽子、取っても大丈夫だろ」
「……なぜ変装を解く必要がある?」
「いやぁ、せっかくこうして会ったのに、詩音ちゃんのお顔を見られないのは勿体ないかなって」
数日前にすれ違った時はチラッとしか見れなかった。是非その可愛い御尊顔を間近で拝みたいと願うのは、健全な男子として当然の要求だろう。
でもやっぱり詩音ちゃんは断固として拒否しちゃうのかな? と思いきや、
「……わかった。じゃあちょっと向こうをむいてろ」
と、意外にもあっさり応じてくれた。
おお、やった。でも、
「なんで?」
――背中を向ける必要があるのだろう?
詩音ちゃんは答える。
「恥ずかしいからだ」
「ああ、そっか――?」
俺は言葉では納得するも、疑問を心に留める。マスクと帽子を脱ぐだけのことが恥ずかしいとはこれいかに? 女の子ってそういうものなのかな? まぁ何でもないことだ。それで変装を解いてくれるのなら大人しく従っておこう。
俺は座ったまま、顔を背けて詩音ちゃんの姿を視界から外した。
「これでいいか?」
「ああ。しばらくそのままでいろ。私がいいと言うまで絶対に振り向くなよ」
「わかったわかった」
言われるがままにカラオケルームのドアを見つめ続ける俺。
背後でごそごそと変装を解くのとは関係のない音がしているが、気にせずそのままで居続ける。が、その微かな衣擦れのような音すらも一切聞こえなくなった、次の瞬間。
――っ!?
俺は殺気を感じて瞬時に振り返った。
目前に黒い物体が迫っていた。
俺はそれを持つ腕を咄嗟に掴んだ。
詩音ちゃんは変装を解いていなかった。眉間にシワを目一杯寄せた鬼のような形相で俺を睨み、黒い物体――スタンガンを握る手に力を込める。
「死ねぇぇぇえええ!」
こえーよ。最悪だよ。なんだよこの状況!?
「おまえっ、やめろって!」
スタンガンの先端が電気の閃光をバチバチと走らせる。高電圧のスパークだ。これに身を触れさせるのはさすがにまずい。
俺が力負けするわけがないので、スタンガンの進行を止め続けるのは問題ないが、女の細腕にこれ以上力を加えては怪我をさせる可能性がある。
「無理だって! あきらめろよ!」
「ぐぅうううう!」
詩音ちゃんは必死にスタンガンを突き出し続ける。
なんとか攻撃を止めさせ、身を引いてもらわないと。しかし、どうやってだ?
俺は考える。すぐに事態の打開策が思い浮かぶが、果たしてこれを実行に移してもいいものか? いやダメだろ、とは思うが、迷ってる場合じゃない。
他に手が思いつかないんだ。仕方ない。やるしかないんだ!
「だあああもぉおー!」
俺は叫び、ソファーに着いていた左手を持ち上げる。
刹那!
その左手で、俺は詩音ちゃんのおっぱいを鷲掴みした。
「ふひゃあっ!」
詩音ちゃんは可愛い奇声を発して跳び退った。意外とスタイルがよくて、夏原さんほどではないけどなかなかの大きさを誇る詩音ちゃんのおっぱいは、ふにょん、として、とても柔らかかった。
詩音ちゃんはソファーの端まで身を引いていた。自らを両手で抱き締め、俺に非難の目を向ける。
「な、何をする!? この、変態っ!」
「うるせぇ! 不可抗力だバカやろう!」
俺に卑怯な上に卑猥な手まで使わせやがって!
ソファーの上に落とされていたスタンガンを拾う。
トゥルルルルとドアの横に設置されている電話が鳴ったので、俺は受話器を取る。
店員の胡乱気な声が聴こえてきた。
『……お客様、トラブルは困るんですけど』
しまった、カメラで見られていたのか。だが諍いが起きていたのはわずかの間のことだ。なんとか誤魔化せるだろう。
「すみません。なんでもないんで。えっ? スタンガン? いやだなーそんなわけないじゃないですか。おもちゃですよ、おもちゃ。あはは。……はい、はい。もう大人しくしますんで、はい。ほんと、すんませんでした」
俺は受話器を置き、安堵の息を洩らす。どうにか切り抜けることができた。
振り返り、詩音ちゃんに近寄る。
「……」
そんなに睨むなよ。悪いのはおまえじゃないか。ったく。
俺は手にしていたスタンガンに視線を落とす。
「一応言っとくけど、俺をこいつで仕留めることはできないぞ。昔ふざけて鉄塔に登って高圧電線に触れたことがあったけど、服が焦げただけで俺自身はなんともなかったからな」
「化け物め……」
あーそうですね。なんとでも言ってくれよ。




