第四話 ④
「はいはい。ほら、スタンガン。あと、これも返すよ。処理に困る。持って帰ってくれ」
俺はスタンガンと、ズボンのポケットから取り出した使用済みの銃弾を詩音ちゃんに差し出した。
「もう暴れんなよ」
服を焦がされては帰れなくなる。頼むから大人しくしてほしい。
「……」
詩音ちゃんは何も言わずにスタンガンと銃弾を受け取り、バッグにしまってくれた。
ようやく落ち着いた話しが出来そうだ。俺はソファーに座り、俺に危険がないことをわかってもらうべく、語りかける。この場では名前を呼んでも構わないだろう。
「あのな、詩音ちゃんはさ、どーしても俺を殺したいみたいだけど、実は俺にそんな価値なんかないんだぜ」
「……どういうことだ?」
「うん……俺はさ――」
と、俺は自らの欠点を詩音ちゃんに説明した。学校での不甲斐ないNSLの操縦ぶりも含めて。
詩音ちゃんはしかし、「馬鹿馬鹿しい」と、俺の言い分をまったく意に介さなかった。
「そんなことが信用できるか。たとえそうであったとしても、おまえが脅威であることに変わりはない。必ず殺してやる」
「そうかよ。でも今日のところはもう勘弁してくれよ。おまえのこと、誰かに言ったりしないからさ。ほんと、マジで。誓って詩音ちゃんの普段の生活を脅かすようなことはしないから」
「……。ふん」
説得を少しは聞き入れてくれたのか。警戒が薄らいだらしい、詩音ちゃんはマスクと帽子を取って変装を解いてくれた。
よかった。これで少なくとも、今日はもう襲ってくることはないだろう。
俺は笑顔を見せる。
「やっぱおまえ、すげー可愛いな。ぶっちゃけモテるだろ?」
詩音ちゃんはむすっとして答える。
「学校の女子生徒になら……いや、聞きたいことは、そんなことか? もっと他にあるんじゃないのか?」
学校の女子生徒にはモテても男にはモテないのか。出会いがないのかな? このぶんだと彼氏もいなさそうだなー、と邪推しつつ、俺は意外な返答に戸惑う。
「えっ? 他にか? ……うーん」
聞きたいことがないことはないけど、なんだろう? わざわざ問い返してきたということはくだらない質問を求めているわけではないのだろう、けど、これといって変わった問いは思い浮かばない。
「おまえは今日、なぜ私を誘ったのだ? まさか本当に馴れ合うつもりだったのか? この私と」
そういうことか。
「ああ、うん。映画のチケットが余ってから、誘っただけだ。別に詩音ちゃんの組織の内情を探ってやろうとかいう気はまったくないよ。そりゃあ敵同士だから馴れ合うのは無茶かもしれないけど、遊ぶくらいなら構わないかなって」
言ってて思う。軽いノリで誘ったけど、詩音ちゃんからしたら何かしらよからぬ思惑の上でのことと考えるのが自然だよな。
そしてふと思う。味方から見てらこれは背徳行為にあたるのだろうか? やばい。大変なことをしでかした気分だ。
でも、ま、いっか。言わなきゃバレやしないだろう。
「おかしなヤツだ。能天気にもほどがあるだろう」
これ以上なくごもっともですが。
「まぁまぁまぁ、この際細かいことは気にしないでさ。ほら、せっかくカラオケに来たんだし、歌おうぜ」
俺は液晶パネルの付いたカラオケのリモコンを詩音ちゃんに渡してやる。
「……」
両手に持ったリモコンを凝視し、固まる詩音ちゃん。
ははーん。
「おまえ、もしかしてカラオケ初めてか?」
「ああ……」
「そっかそっか。まぁ俺も一人で二回しか来たことないから、似たようなもんだ」
引きこもりで友達いなかったからね。でも高校に上がる前にカラオケくらい経験しとかないと女の子に笑われると思って、中学の終わりの春休みにTPOを弁えた今時の歌を一生懸命覚えて行ったのだ。ちなみに俺は歌も下手くそでしたとさ。
「寂しいやつだな」
「ほっとけ。普段歌は聴いたりするのか?」
「それなりには……」
「なら知ってる曲言ってくれ。俺が入力してやるよ」
俺はリモコンのパネルを操作し、指定された曲を選択する。スピーカーから音が流れ、マイクを持って立ち上がった詩音ちゃんが歌い出したのは、クラシックの讃美歌『アヴェ・マリア』だった。
伸び伸びとした清涼な歌声が室内に響き渡る。聴いたことのある曲だ。しかし今時のJKらしからぬ選曲だなと思いつつ、熟練のオペラ歌手を彷彿とさせる見事な歌声に、俺はうっとりと聞き惚れてしまった。たまにはこんな歌も悪くないね。
曲を歌い上げた詩音ちゃんに、俺は拍手と賞賛の言葉を贈る。
「すげーじゃん。おまえ歌もうまいんだな」
天は二物を与えずというけれど、この子に限っては別らしい。詩音ちゃんはニヤッと口元を緩ませる。
「当然だろ。私を誰だと思っている」
誇らしく自らを称える。
その笑みは、確かな自信に満ちていて、とても楽しげだった。
詩音ちゃんはその後もクラシックな曲を歌い続けた。俺は男性アイドル歌手の曲を歌うも、詩音ちゃんに「下手くそ」とか「歌のレッスンを受けた方がいい」とか「耳が腐る」とか言われて打ちのめされっぱなしだった。
しかしそれでもどこか和気あいあいとした空気の中、楽しく時間は過ぎて行き、俺たちはカラオケを終えた。
◇
坂下歩を仕留めることはできなかった。
詩音は心残りを感じながら、カラオケを終え、再びマスクと帽子を着けて店を出た。
目の前の通りの路肩に、黒塗りの車が待機していた。GPSで追跡していたのであろう、その脇に立つ老紳士がこちらに向けて軽く一礼した後、静かに口を開いた。
「御嬢様、そろそろ御帰宅の頃合いかと」
詩音は「ああ」と返事をして、横に立つ男を見る。憎たらしいメガネ面にニコッと晴れやかな笑みを浮かべる。
「今日は来てくれてありがとーな。色々しでかしてくれたけど、楽しかったよ。次はボーリングでも行こうぜ」
命を狙われてあれだけのことをされておきながら、どうしてこんなに愉快げにしていられるのか。
「お断りだ。……二度とおまえとなど遊ぶものか」
「そうか? でも誘うよ。またな」
別れを告げ、軽く手を振って駅の方へと歩いて行く。
詩音は「ふん」としてその姿に背を向け、車へと歩き出す。
――舐めやがって。
よくもこの私をここまでコケにしてくれたものだ。絶対に許してなるものか。次こそは必ず殺してやる。
そう思いつつも、詩音は無意識に右手を帽子に触れさせていた。
白い毛糸の感触がこれをくれた時の坂下歩の笑顔を想起させる。所々で気づかわれていたことに今更ながらに気がつき、その優しさが心に深く染みて行く。
トクンと、わずかに、胸が今までにない鼓動を奏でた。
しかし――
「チッ……」
詩音はそれを受け入れなかった。そんなことはあってはならないことだった。
やはりあの男は生かしておけない。
詩音は心に新たな殺意を芽吹かせる。しかし、その頬は、ほのかに朱に染まっていた。




