第三話 ④
メインヒロインとは。
物語の初期に登場し、出番が他のヒロインより多い、主人公に最も近しい女性キャラのことである。
条件解釈は多々あれど、一般的にはそうだろう。
では、春斗を主人公とするこの物語におけるメインヒロインはいったい誰にあたるのか?
まぁまず夏原さんだろうなぁ。
胸でかいし。
めっちゃ美人だし。
出番一番多いし。
春斗のルームメイトだし。
ツンデレだし。
巨乳だし。オッパイオッパイ。
間違いなく、誰がどう見てもメインヒロインは夏原さんだ。
つまり順当に考えればこの物語で最終的に春斗と結ばれるのは夏原さんになるのだろう。
でも一応考えてみる。他のヒロインには可能性はないのか?
春とを取り巻く主なサブヒロインとして今のところ登場しているのはラーラさんと佐倉さんとのあちゃんだ。
しかしラーラさんはまだデレてないしなぁ、一応初期から登場はしているがここからの巻き返しは難しいだろう。佐倉さんとのあちゃんは春斗にバッチリ好意を寄せているようだが夏原さんに比べるとキャラが薄い。
やはり夏原エンドが最有力か。
ハーレムエンドの可能性もなくはないが、日本は一夫多妻制ではないし、それが理由で、ない、と言い切れるものではないけど、うーん。
春斗自身はヒロイン達のことをどう思っているのか? いずれ聞いてみようかな。
そんでもって肝心の俺のメインヒロインは誰になるのだろう? いやいやもちろん俺は主人公のサポート役だし、そんなものはいないのが普通なんだろうけど、でもサポート役の恋愛というのもたまには見かけるものだ。
俺に彼女ができたっておかしくはないはず。
そんなわけで誰だろう? 俺のメインヒロインちゃん。
なんだかんだでそれなりの数の女の子とお近づき、もといお知り合いになれた。しかしその中で今のところこの子が俺のメインヒロインだ、と思える子には出会えていない。才花部の面々には有力候補が潜んでると思われるがまだ知り合って日が浅いし、そもそもどうもそんな雰囲気にはなりそうもない。俺自身があの人たちは恋愛要員とは別枠に置いているし、彼女たちもそうだろう。先のことはわからないけど。
やっぱり俺には佐倉さんしかいないか。とか考えるあたり、俺にはメインヒロインは存在せず、延々と佐倉さんへの片想いを続けることになるのだろう。
授業中の教室で、俺は斜め後ろの席に座る佐倉さんの顔を遠目に望みながら、そんな切ない感情を抱いた。
しかしあんまりじっと見ているとおかしく思われ兼ねないので、ちら見程度に留めてすぐに教室の光化学モニター板に直る。
数学の授業だ。八重樫先生が生徒たちに向けて何やら小難しい理論を説明している。その美しくも冷徹な顔を見て、俺は、ふむ、待てよ、と思う。
メインヒロインに成りやすい女の子の性格はツンデレだと俺は思う。上記に記したように、夏原さんもツンデレだし。では俺にとってのツンデレ要員は誰か? 確かめてみる価値はある。
「以上のようにフェルマーの最終定理の解決に決定的貢献をした理論の名称を、誰かわかる人はいますか?」
八重樫先生が問いを投げかけてきた。俺はすかさず手を上げる。
「はい!」
こちらに顔を向ける八重樫先生。うむ、今日も綺麗だ。
「坂下さん、答えられますか?」
俺は大声で即答する。
「いいえ! その問題は俺にはさっぱりわかりません!」
「……。坂下さん、わからないのはNSLの操縦だけにしてください。バカに構ってる時間はありませんので」
「はい……」
しおしおと声のトーンを萎める俺。容赦ないっすね先生。でもとりあえずツンは確認できた。一生デレることはないことも。
毎度訓練でへこまされてる相手に我ながら度胸あることをしたなと思うが、意味もなくふざけたい年頃の衝動は抑えられなかった。若さって怖いね。
先生は先ほどの問いの答えである岩澤理論の説明を終えると、そこで授業終了のチャイムが鳴り、「では本日の授業はこれで終わります」と言って教室を後にした。
これからNSLの訓練がある。今日もぼきぼきに心を砕かれに行きますかと鞄を持って席を立つ。そして佐倉さんに目を向ける。
教室を出る前に、渡す物がある。昨日買っておいたハンカチだ。いただいてしまった物と同じく黄色い布地で可愛らしい小鳥の絵柄のある物を選んだ。
朝がいいか昼にするか、渡すタイミングを考えていたらこんな時間になってしまった。
ブレザーの胸の位置に手をあて、
「よし」
それが内ポケットにしっかり入っていることを確認し、俺は佐倉さんの下へと向かう。
佐倉さんは俺が近づくのに気づく様子もなく、いそいそと鞄に私物を詰め、席を立った。俺は少し緊張しながら声を掛ける。
「佐倉さん、ちょっといいかな?」
「え? ああ、坂下くん。どうかしたの?」
ようやくこちらに顔を向けてくれた。なんか久々に会話を交わす気がする。清楚で健やかな声が耳に心地いい。
俺はほわほわと高揚する気持ちを抑えながら、制服の内ポケットに手を入れ、包装紙で綺麗にラッピングされたハンカチを取り出し、佐倉さんに差し出した。
「これ、入学式の日に貰ったハンカチのお返しというか、代わりに買ったハンカチなんだけど、受け取ってもらえるかな?」
ちょっと戸惑った顔をする佐倉さん。
「わざわざ買って来てくれたの? 別に気にすることなかったのに」
「いやぁそういうわけにはいかないよ。ちゃんと返さなきゃなって、ずっと気にしてたんだ」
「そっか。じゃあこれは遠慮なく貰うね」
佐倉さんは快く俺の手からハンカチを受け取ってくれた。
「ありがとう、坂下くん」
ニコッと、笑顔でお礼を言ってくれた佐倉さんの背景に、俺は太陽に照らされた向日葵の花畑を見た。
最高っす。ヤバイくらい可愛すぎる。
俺は「そんな、ははっ」と照れ笑いをして、もう一つの贈り物を渡すべくズボンのポケットに手を突っ込む。
実は昨日、俺はワッフルを買った帰りの足で映画館にも立ち寄っていたのだ。そこで映画のチケットを二枚購入し、今、この時に渡す算段を立てていたのである。
これならハンカチのお礼という口実で自然にデートに誘える。我ながらなかなかナイスな作戦だ。しかし。
「あと、それから、これ――」
「あ、ごめんね。みんないっちゃうから」
唐突に会話を打ち切り、佐倉さんは教室を出て行こうとしていた春斗たちの下へ駆けていく。
「え……」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、呆然とその背中を見つめた。
そんなぁ……。
チケットを出すことすら叶わなかった。
佐倉さんは皆と合流し、笑顔を振り撒く。皆と、特に春斗と、楽しそうに言葉を交わす。
「……」
俺はそんな佐倉さんの後ろ姿に、心の中で訴える。
――佐倉さん。
君は春斗のことが好きみたいだけど、君はメインヒロインじゃないんだ。だからといってもちろんその恋が叶わないとは言い切れない。でも十中八九、九十九パーセント、それは実らぬ恋だ。俺にはわかる。勝ち目がない。君はあまりに、存在がおざなりだから。サブヒロインにはなれても、決して春斗のメインヒロインにはなれない。誰の目から見ても御飾り要員。まるで主人公を引き立てるための小道具だ。そんな恋に身を焦がしても、辛い想いをするだけじゃないか。
君は何も気づいていないみたいだけど。
似たような存在だから。
俺には、わかるんだ。
◇
その日のNSLの訓練が終わって、夜。
俺はまたも学校を抜け出し、春斗と夏原さんが勝負した日に訪れた、学校の近くの川に足を運んだ。
目的の川に到着し、川辺の草むらに腰を降ろす。
満月の月明かりの下、ぼーっと川面を見つめ、佐倉さんを想う。
あの時、教室で、春斗と話す佐倉さんを振り向かせ、言ってやりたかった。春斗に恋心を抱くのをやめろと。どうせ叶わない、無駄な恋だと。けど、俺が感じたことを佐倉さんに伝えたところで理解などされないだろう。きっと頭のおかしい人だと思われて、嫌われるだけだ。
何も言わずにこの恋の行く末を見守るより他に仕方がない。
「はぁ」
ため息を吐き、俺はズボンのポケットに手を入れ、二枚の映画のチケットを取り出した。
「これ、どうしよっかなぁ……」
微風に晒され、わずかに揺れるチケット。佐倉さんをデートに誘う千載一遇のチャンスを逃し、今一度アタックする度胸もなければ、気力も失せてしまった。
しかし捨てるのはもったいない。一枚は無駄になるけど、一人で観にいくか。他に誘う相手もいないしな。と、そう思った、その時。
――ん?
またも直感。
俺は自らの身に危険を感じて立ち上がり、川に背を向けて上空を見上げた。
見覚えのある黒い飛行機が遠方の空を横断している。そして、月の光に明るく照らされ、こちらに猛スピードで迫り来る一機の赤いNSL――
『坂したぁああ!』
赤いNSLは俺の手前上空で急ブレーキ。ジェットの火を鎮火させ、重力に身を任せて落下する。
ドオォオオオン! と俺の前に着地した赤いNSLは、鉤爪を既に両手に出していて、すぐに臨戦態勢の構えを取った。
『ここで会ったが百年目だ! この前は油断して不覚を取ったが、今日はそうはいかんぞ!』
吠える赤いNSL。なぜかやたら興奮している。
俺はその姿を見上げて、頭の中でポンッと手の平を打った。おー、そういえばこの子がいた。いいところに来たなー。
とりあえず挨拶をしておこう。
「よぉ、今晩は。今日も赤くて綺麗だね」
俺がもいだ腕もヘコませた胸部の装甲もちゃんと修理されてる。直ってよかったなー。
『舐めるな! 坂下歩! いざ尋常に私と勝負しろ!』
俺の挨拶をかき消すように、鉤爪の腕をブンッ! と振って威嚇する赤いNSL。おーこわっ。すんげー怒ってる。前に俺にやられたのをかなり根にもってるな。
俺は興奮を静めていただけるよう、やんわりとした口調と態度で語りかける。
「まぁまぁ、そんなことよりさ。おまえ、今度の日曜日、暇?」
『ああ!?』
「いやさ、映画のチケット、ここに二枚あってさ、よかったら一緒にどうかな、って思って」
友好的な俺の態度に、怒りの溜飲が少し下がったのか、ドスは効いているが落ち着いた声が返ってくる。
『ふざけるなよ。おまえどういう神経してるんだ? 私はおまえを殺しに来たのだぞ』
「そんなんまた今度でいいじゃん。チケット捨てるのも勿体ないしさー。とりあえず映画行こうぜ、な?」
俺はここで、少しばかり嗜虐的な笑みを浮かべ、続く一言を強調して言う。
「詩音ちゃん」
『――っ!?』
赤い巨体がわずかに揺れた。狼狽の声が洩れる。
『おまえ……どうして……?』
「どうしてって、昨日紅薔薇学院の前ですれ違ったろ。殺気で誰なのかすぐに気付いたよ」
あの時は本当に落ち込んだ。『戦うと好きになる』の法則はどうやら俺には適用されず、好意は皆無で殺意しか抱いていなかったとは。意味がわからん、なんでやねん! そもそも好きになる要素のない戦いだったからか。まぁそれはもういいや。
『殺気で……だと?』
「うん。俺、すっごい敏感だからさ、そういうのわかるんだよね。あと耳もいいから、名前もバッチリ聞こえちゃった」
『ぐっ……この化け物』
動揺する詩音ちゃんを、俺は笑顔で賛美する。
「詩音ちゃんすっごく可愛くてびっくりしちゃった。ほんと、もーめちゃくちゃ美人でさ、女神様かと思った。詩音ちゃんみたいな子と映画観に行けたら幸せだろうなー」
『黙れ! 誰がおまえなんかと!』
「えー、行こうよー。別にデートしようってんじゃないんだ、気楽に遊ぶ感じでさ」
さすがに敵同士だしね。遊ぶのもどうかと思うが。
『断る!』
いやそんなハッキリと。無理もないけどちょっとショックだ。しょうがねーなー。
俺はちょっとブーたれた感じで言ってやる。
「ああそう。じゃあシオンちゃんのこと、みんなに言っちゃおっかなー」
『なっ……! それは……』
困るよねー、そうだよねー。まぁそんなことする気はないけど。
さらに俺は追い討ちをかける。
「詩音ちゃんってさ、ファナティックフォースの人でしょ? でなきゃ俺たちに攻撃を仕掛けるなんて有りえないもんね」
『……』
黙す詩音ちゃん。俺はそれを肯定と受け止めた。
「さぁ、どうする? テロ組織の一味だってこと、詩音ちゃんの学校のみんなにもバレちゃうよ」
いいのかな? いいのかな?
と、かなり性格の悪いいじわるな物言いだが、これも俺の卑怯な策略の上でのことだった。詩音ちゃん、ごめんね。
俺の煽り文句の応酬にとうとう堪忍袋の尾が切れたか、
『殺す!』
赤いNSLは唐突に駆け出し、鉤爪で切りかかって来た。
ほいきたっ。
怒りにまかせた鉤爪の一撃をひょいとかわし、俺は軽く出した足で赤いNSLの脛を引っ掛けてバランスを崩させる。
『――なっ!?』
赤いNSLは片足立ちになってつんのめり、そのまま二回けんけんした後、川にダイブ。
バシャーン! と大きな水飛沫を上げて、無様に倒れ伏した。
機体の半分ほどが水に浸かっている。俺はその背中に向け、
「そんじゃチケット、一枚置いてくから。今度の日曜日の十時にここに書いてある映画館の前で待ってるねー」
と言い残すと、すぐに後方の土手の向こう側へ駆けて行き、身を潜ませた。
赤いNSLは大量の水を滴らせながら身を起こし、すぐに後ろを振り返る。しかしそこにはもはや俺の姿はなく、月明かり下、一枚の映画のチケットが草むらに残されているだけだった。
『ガアアアアア!』
よほど悔しいのだろう。宙空に向けて雄叫びを放つ赤いNSL。
俺はその様子を土手の縁から顔を半分だけ覗かせて見ていたのだが、怖すぎるのでさっさとその場を去ることにした。
見つからないように身を低くしてて走りながら、ふと思う。
詩音ちゃんが来てくれてよかったなー。ってか発信器の存在を忘れてた。
たぶん制服のどっかに仕掛けられてるんだろうけど――
まぁいいか。このままにしとこ。




