第三話 ① 部活と薔薇
また東京の街がやられた。
昨日のテロのせいで朝からニュースが騒がしい。報道のヘリが破壊された街の惨状を映し出し、キャスターやコメンテイターがテロへの怒りに激しく唾を飛ばす。
当然、死傷者は多数出た。
NSLのコックピットは非常に強固に造られているため、テロとの戦闘でこれまでに目立った負傷者はNSL学校の生徒からは出ていない。故に死亡者と重傷者は全て民間人だ。怪我を負った者や遺族の嘆き悲しむ声が悲痛に響く。
しかしそれも八回目ともなれば、さすがに慣れた。
もちろん傷ついた人々を愁い、同情する気持ちはある。しかし俺たちは軍人だ。またいつ来るとも知れぬ敵に備えて心は常に均衡を保たねばならない。悲しんでばかりはいられないのだ。
そんなわけで今日も平時と同じく学校はある。俺はいつもどおり授業とNSLの訓練を終え、強くあり続けるべき心をヘロヘロに弱らせて才花部の部室へと出向いた。
夕月さんと科風さん、そして西園寺部長が昨日と同様、テーブルに座っている。俺はまずはほっとして、西園寺部長の正面の席に座った。
「部長、無事でよかったす」
三枚の光化学モニターと睨めっこしていた面を上げ、部長は応えた。
「ああ。今回もこの学校の生徒は全員無事だった。負傷者は出ているが、それも大したものではないらしい。民間人には死者や重傷者が出ているから、幸いと言えないが、正直ほっとしているよ」
「っすね」
夏原さんが多少負傷したらしいが、今朝にはけろっとしていた。むしろいつもより肌艶が良いくらいだった。ルームメイトの春斗がかなり我がままな看病をさせられたらしい。病気でもないのになぜか「一緒に寝て私を暖めなさい」と言われて渋々応じたとか。情事には至ってないそうだが、ハレンチなこって。いかがわしい。羨ましい。
「ほんと心配しましたよー。部長がいなくなったら私悲しくてショック死しちゃいます」
「うん。部長、大事」
「誰がいなくなっても同じだよ。私たちは運命共同体だからな」
夕月さんと科風さんが言って、部長が微笑む。
いいなー、なんか、年の差を超えた友情を感じる。よろしければ俺もそこに加わりたい。
皆が胸を撫で下ろすの中、西園寺部長は俺に顔を向ける。
「さて、私の無事を喜ぶのはこのへんで切り上げるとして、坂下くん」
「はい」
「君は昨日入部届を提出して正式に才花部員になったわけだが、何かやりたいことはあるかな?」
「やりたいこと……ですか?」
「ああ。見ての通り、私たちはそれぞれ別のことをしている。夕月さんは占い師を目指して占いを。科風さんはプロゲーマーを目指してゲームを。そして私は株で稼いだ金で生活していくのを目標に証券取引を行っている。君も将来に繋がる何かをやってみてほしい」
ここはそういう部活だもんね。
しかし、NSLに乗って活躍すること以外に将来のことなど考えていなかった俺は、まずはこれをやってみよう、というその一個目すらすぐには思い浮かばないのだった。
「うーん……」
考えあぐねていると、夕月さんがその意を汲み取ってくれた。
「いきなりは難しいですよねー。私たちはたまたま好きなものがあったからすぐにやることが出来ましたけど、将来何に成りたいだとか、そんなのないのが普通だと思いますし」
そうなー。モテる男とか金持ちにはなりたいけど、具体的にはなんもねーなぁ。
「別に私たちだってこれで食べていこうと決めているわけではない。何となく好きだったり、性に合っているものを試しにやっているだけだ」
「色々やって、その中の一つを選ぶ。プロのNSL操縦士になれれば一番だけど、それは無理だし」
「残念ですけどね。私たちは私たちの道を開拓するしかないからここにいるんですよ」
なるほど、そんなに固く考えることもないのか。
「でも難しいな。俺、今までの人生で趣味らしい趣味をもったことないし」
「では何か得意なことはないのか?」
「得意なこと……」
「特技とか」
「ああ、それなら。俺、学校を抜け出すことができます」
言った瞬間、部室の温度が1℃下がった。
「……何? 学校を、抜け出す?」
「はい」
和やかさが失せ、皆一様に表情に疑問の色を浮かべる。まぁそういう反応になるわな。
当然のように、西園寺部長が問う。
「どうやってだ? 守衛の目をごまかして入り口にたどり着いたとしても、門を開かなければ抜け出すことは不可能だろう。ハッキングでもするのか?」
その道に詳しいのか、科風さんが説く。
「門を開くコンピューターをクラックしても無理。門の外にも警備の人はいる。学校の入り口から出ることは出来ない」
なんだか、何言ってんだこいつ大丈夫か? みたいな頭のおかしい人を見る雰囲気になってきた。俺は少し焦燥を覚えて言及する。
「ああ、いやいや、そんなことをしなくても、普通に壁を飛び越えて抜け出せますよ」
「飛び越えるって……あの外壁をか?」
校舎の二階に位置する才花部の部室の窓に目を向ける一同。土の地面の先に学校をぐるりと囲む高い外壁が見えた。
「三階に届く高さだぞ。何か忍者の道具でも使うのか?」
鉤縄あたりをイメージしたのだろが、不正解だ。別にクイズをしているわけでもないので俺は勿体ぶることもなく答えを出す。
「いえ、ジャンプして飛び越えます」
夕月さんが確認するように言う。
「それはつまり、跳躍で、ということですか?」
「うん」
とてもじゃないが信じられない、といった様子で、西園寺部長が苦笑する。
「馬鹿げたことを。冗談にしても度がすぎるぞ」
「そんなこと出来る人間がいるわけないですよねー」
「絶対無理。不可能」
この三人ほんと息が合う。
「んー……普通に考えたらそうなんだけど。まぁ、ここで色々言うより見せた方が早いか」
俺は席を立ち、窓の外の外壁に指をさす。
「俺、これからあの窓の外の壁を飛び越えて、何か買って来ますよ」
言ったことを証明するだけならパシリを申し出ることもなかったのだが、もののついでだ。
「食べたいものとか、なんかありますか?」
俺がそう言うと、
「食べたい物、ですか……」
疑ぐりつつも欲しい物を考えてくれる一同。
「横浜にある、キャティーシャロットのワッフル」
科風さんがぽつりと御所望の品を口にした。ワッフルが食べたいだなんて女の子らしくて可愛いね。心がワッフル、ってか横浜かよ。すぐそこのコンビニあたりで買える物をイメージしてたのだが。
「ああ、あのお店のワッフル、有名ですよねー。生クリームが乗っててさくさくふわふわですごくおいしいって評判なんです」
「私もその店ならテレビで見たことがあるぞ。確か場所は紅薔薇女学院の近くだったか」
もうみんな確実にワッフルを食べる気でいる。仕方がない、快速のリニアを使えばすぐだし、行ってこよう。
「まぁOK。わかりました。じゃあちょっと寄りたい所もあるので一時間程で帰ってきます」
せっかく横浜まで足を伸ばすのだ。ついでといっちゃなんだが、買って返そうと思っていた佐倉さんのハンカチを駅前のデパートで購入しておこう。
俺は「いってきます」と言って、部室を出る。
玄関で靴を履き替え、校舎裏へ。
ほどなくして、部室の窓から見えていた壁の前に到着。
辺りに人の気配がないのを確認して、高く跳躍する。
「――っと」
壁の上に乗って振り返り、軽く手を振る。部室の皆の唖然とした顔を視認すると、俺は壁の向こう側へと自らの身を滑空させ、歩道に着地した。
我ながらこなれたものだ。学校を脱け出すのはこれで三回目。光化学モニターで科風さんが言っていた店までの道を確認し、特に緊張感もなく、俺は駅へと歩み出した。
一時間程後――
俺はガックリとした心境で部室に戻り、テーブルの上にワッフルの箱の入ったビニール袋を置いた。ついでに購入したハンカチはブレザーのポケットに入れてある。
「はぁ……ただいま戻りました。これ、御所望の品です。ここにいる人数分買ってきました」
「わぁーありがとうございます」
「いい匂い。香ばしい」
夕月さんと科風さんはワッフルの甘い香りに歓喜し、ガサガサと袋から箱を取り出す。
「ご苦労だったな。ん? 何かあったのか?」
西園寺部長は部室を出た時とは違う俺の感情の変化に気付いたらしい。
俺は虚ろな目をして答える。
「いえ、別に、何も問題なかったですよ。気にしないでください……」
ほんと、やっぱそんな都合のいいことあるわけないよなー、と思うことがあっただけで、問題と呼べるほどのことはなかった。
「そうか? ならいいが」
「あ、そういえばお金っ。ワッフルの代金、ちゃんとお支払いしなきゃ」
「ああ、そんなの全然いいから。これからお世話になるお近づきの記しということで」
「買って来てもらった上に、悪い」
「いや、こちらこそ。買って来るって言ったの俺だし、本当にいいから。むしろおごらせて」
なんだろう、お金のことだからしっかりした方がいいのかもしれないけど、女の子からお金をいただくってすごく抵抗がある。男の性だね。
「でも……」と食い下がる夕月さん。
「まぁまぁ、そこまで言うならこれは遠慮なくいただいておこう」
西園寺部長の一言で、なんとかこの場は収まった。
「それにしてもあの壁を飛び越えるとは、すごい身体能力だな。それだけのものがあればいくらでも活躍できる場がありそうなものだが」
「ほんと、オリンピックにも出れそうです」
「金メダル取れる」
隠れた才能を探すまでもない。
どの運動部でも活躍できるだろう、俺の身体能力の高さを見て、なんでこの部活に? と問う目を三人は揃って俺に向ける。
「それがなかなかそうもいかない事情というか、欠点がありまして」
「欠点?」
「はい。これも見せた方が早いかな。科風さん、ちょっとそのゲーム、俺とやってみてほしいんだけど」
俺は科風さんの席にある光化学モニターに指をさし、
「コントローラー、もう一つあるかな?」
「ん。アーケードコントローラーはここには一つしかないけど、普通のなら」
「ああ、それでいいよ」
ワッフルはおあずけにして、ゲーム用のコントローラーを鞄から取り出す科風さん。
モニターに起動していたのは格闘ゲーム『路上武闘3』だ。
世界的に大ヒットしたゲームで、発売から3年が過ぎた今でも公式の大会が開かれており、毎回かなり盛り上がっている。プロのプレイヤーも存在し、結構な額の稼ぎがあるとか。
実は俺もそこそこやり込んだゲームだ。腕前には自信がある。けど――
俺は自分の光化学モニターにゲームを起動する。科風さんのゲームIDを聞いて入力し、接続すると、互いのIDがモニターに表示された。瞬間。
「――っ!?」
科風さんの手がピタリと止まる。
何かあらぬものを見たような、戦々恐々とした声を出す。
「あなた……アユム?」
「え、俺の名前? うん、俺、歩だけど」
「違う。このID。ayumu99。あのアユムかと聞いてる」
ああ、そういうことか。
「あー、うん。たぶん」
科風さんの言いたいことがわかった。たぶん、と答えたが、俺は間違いなく科風さんの言うあのアユムだ。
夕月さんが問う。
「そのIDがどうかしたんですか?」
「めちゃくちゃ強くてすごい有名人。だけど、大会には出ないし、ネット対戦しかしないから、匿名掲示板で不正を疑われてすぐにいなくなった。異常なコンボ精度。小足のヒット確認が出来ているとしか思えなかった」
「小足……? それはどれくらいの難易度なんだ?」
「コンボに繋げるコマンド猶予時間が5フレーム、0.08秒しかない。どんな人間にも無理。有りえない」
俺としては普通のことだったのだが、どうやら常人離れしたプレイを披露していたらしい。反応が早すぎて蝿がプレイしてるんじゃないかとさえ言われた。あとチートとか卑怯者とか。散々叩かれて嫌になってやめたのだ。
「ほえー、坂下さん、すごい人だったんですね」
褒められても、昨日の今日でさすがに調子に乗る気にはなれない。俺は冷静に返す。
「全然、そんなことはまったくないよ。ともかくプレイしてみよう」
「了解」
科風さんと俺はそれぞれキャラクターを選択する。対戦するステージを選んで画面が切り替わり、二人のキャラクターが対峙する姿が表示される。
『レディ、ファイッ!』
対戦開始。しかし、コントローラーを持つ俺の手は動かない。
あー、もうダメだ。
「……?」
科風さんの選んだ青いチャイナドレスを着た女キャラ『秋麗』が、俺の白い胴着を着た男キャラ『リウ』に近づき、微動だにしないその身を弱パンチでピシピシと叩く。
「対戦は始まっている。なぜ、動かない?」
隣の対戦相手の問いに、俺はいたって真剣に答える。
「動きたくても、動けないんだ」
西園寺部長が問う。
「どうしてだ?」
俺はその問いに答えるべきか少し悩んだ後、言わなければいけないことだと思い、意を決して口を開く。
「正直に言いますけど、怖がらないでくださいね。俺は今、隣にいる科風さんをぶっとばすことを考えちゃってます。対戦相手自身を行動不能にして、その後ゆっくりゲームのキャラを倒してやろうっていう魂胆です」
無論、それを実行に移すことは絶対にないが。
夕月さんがドン引きした顔で批難する。
「卑怯ですね。そんなことをして勝って嬉しいんですか?」
「嬉しいわけないよ。俺だって普通にプレイして勝ちたい。だけど、それがどうしても出来ないんだ――」
俺は自らの欠点を説明した。
およそ信じがたいことだとは思うが、三人は素直に聞いてくれた。
「なるほどな。ちなみにこのことを知っている者は私たちの他にもいるのか?」
「いえ、まだこの学校では誰にも言ってません」
「なぜ言わないんだ?」
「言っても顰蹙を買うだけだからですよ。欠点を説明して、それでもやってみろって言われて、直せってなって、それができないとワザトか、ふざけるなと責められて。使い物にならないとわかると、あいつはまともにやる気がないんだ、と言われて見捨てられる。どこにいってもいつもこのパターンだった。誰にも理解されなかったし、これからもそうでしょう」
言っても悪いことしか起こらない、なら言わない方マシだ。
少し投げやりに言った俺の両肩に、後ろで対戦を見ていた西園寺部長がそっと手を置いた。
「そんなことはないさ。いや、正直、こんなことが有り得るのか? とは思う。しかし、それでも、せめて私たちは君を理解しよう。なぁ、二人とも」
「はい。坂下くん、辛い人生だったんですねー」
「歩、大丈夫。私たちは理解者」
みんなに優しく慰められる。
聞くも涙語るも涙。それでも生きてる自分を褒めたい人生だった。
みんなわかってくれた。疑いつつも、問い詰めることなく、素直に受け入れてくれた。こんなことは初めてだ。俺は感動して礼を言う。
「三人とも、ありがとう、ありがとうございます」
みんな、うんうん、と優しい笑顔をくれた。
西園寺部長は話しを続ける。
「しかし勿体無いな。これだけの身体能力を活かせないとは。ふむ、ならば勝負ごと以外のものをやってみるというのはどうだ? ギネスに挑戦するとか」
「あー、やっぱりそうきますよね……」
大道芸やサーカスなどで見られる、誰とも競わず個人で出来る種目であれば、確かに問題なくこなせる。
しかしそうした種目の中に今まで興味がもてるものに出会った試しがない。
過去にはジャグリングやけん玉にチャレンジしてみたことがあったが、記録を出す前に飽きて投げ出してしまった。
能力に適したものに興味が持てないとは、我がままに思えるかもしれないが、これは特におかしなことでもめずらしいことでもなく、むしろよくあることで、頭のいい人が全員学業で優秀な成績を収められるかと云えばそうではないのと同じだ。
そのように説明すると、西園寺部長は「そうか」と納得してくれた。
「興味がもてないから出来ないということか。わからなくもないことだが、そうなると本当にとことん能力を活かす場がないな」
「そうなんですよねー。まいっちゃいますよ、ほんとに」
こんな俺に誰がした。神様はたまに妙なことをするとはよく云ったものだ。
どんなに優れた才能も活用できなければ意味がない。
かと言って体を動かすこと以外に何かできることがあるのかと云えば何もない。
マジでまいっちゃう。俺の将来どうなんの?
「まぁまぁ、人生にまでまいっちゃうことはないですよ。身体を動かすこと以外にも、何かこれだと思えるものがあるかもしれませんし」
「前向きに、色々やってみよう」
「そうだなー、何かあればいいけどなー」
同学年の女の子二人に励まされるも、これといってやりたいことは思い浮かばず。
さて、何をしたらいいものか。




