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第二話 ⑥

 本来であれば、サポート役として主人公と同じ部に入るべきなのだろう。しかし、武術部は無理。まともに活動が出来ない以上、さすがに俺自身に酷すぎる。それを云えばNSLの操縦も大分きついものがあるのだが……


 ――学校、辞めちゃおっかな。


 自主退学は認められてはいる。辞める意思を伝えれば明日にでもここを去ることができるだろう。しかし、そうはいかない事情がある。


 俺だけ逃げ出すわけにはいかない。


「はぁ……」

 でも辛いなぁ、逃げたいなぁ。先行きを不安に思いながら廊下を歩み、なんとなく目星をつけていた部活――才花部の部室へと向かう。

「ここだな」

『才花部』と書かれたプラカードが掲げられたドアの前で足を止める。声はしないが、室内に人がいる気配がした。ドアのタッチパネルには『OPEN』と表示されていて、鍵は掛かっていないようだが、いきなりこれを押して入っていくのは無粋だろう。コンコンとドアをノックすると、

「どうぞ」

 すぐに中から女性の応答があった。パネルを押してドアを開ける。


 中央に数人が共同で使える白い大きなテーブルと椅子があるだけの、狭く殺風景な部屋だ。

 三人の女子生徒がテーブルに鎮座したままこちらに顔を向けている。――どうすればいいのかな?


「あの、俺、えっと、部活見学に来ました」


 言うと、奥に座る女子生徒から返答があった。

「そうか。歓迎するよ。どうぞ、中に入って私の前の席を使ってくれ」

 歓迎すると言うわりに、そっけない感じで誘導する。しかし態度に怪訝な印象はない。淡々とした空気はこの部の雰囲気なのだろう。


「失礼します……」


 緊張の面持ちでパネルを押して扉を閉め、指定された窓側の席の椅子に腰掛ける。

 正面に座る俺を誘導してくれた女子生徒は髪をショートに切り揃えたなかなかの美人さんだった。冷静な気質を窺わせる切れ長の目をこちらに向け、自らの名を名乗る。

「私はこの才花部の部長、二年の西園寺綾香(さいおんじあやか)だ。君は今年入学した男子生徒の一人だな。名前はなんと云ったか」

「坂下歩です」

「ああ、そんな名前だったか。すまないね。もう一人の方は覚えているのだが」

 まぁ春斗くんは有名ですもんね。大活躍もあってもはや校内にその名をフルネームで言えぬ者がいないほどに。

 対して何の活躍もしてない俺の名前なんてね、覚えてなくて当然だしね、言えなくても気にしてませんよ、ええ、ちっとも。


 ちょっぴりねちっこく思いながら、残る二人の自己紹介を聞く。

 まずは西園寺部長の隣にいる、俺から見て斜め前の席に座る女子生徒が名乗った。

「私は坂下くんと同じ一年生の夕月富美奈(ゆうづきふみな)です。よろしくお願いします」

 丁寧な口調のわりに、ニコニコとした笑顔で、西園寺部長の隣に座る女子生徒が名乗った。童顔で髪はボブカット。目がクリッと大きくて、ぬいぐるみを思わせる愛らしい女の子だ。

「で、そっちは――」

「私も同じ一年。科風霞(しなかぜかすみ)

 夕月さんに促されてそう名乗った俺の隣に座る女子生徒は、長く白い髪に雪のように白い肌、加えて眉毛まで白い、ぼうっとした目付きでこちらを見つめる、美しくも可憐な少女だった。座っているので判然としないが、背丈はのあちゃんと同じくらいだろうか。気の抜けた声と端的な自己紹介が寡黙な性格を連想させた。


 二人とも俺を警戒する感じはなく、静かに歓迎する空気を纏っている。

 俺も「よろしく」と頭を下げる。

 才花部の部員はここにいる三人だけとのこと。そして部室に入った時からそうだったのだが、三人はそれぞれ別のことをしていた。


 夕月さんはテーブルに何やら数枚のカードを並べていた。どことなく見たことのある類のカード。占いで使う、確かタロットカードとか云うやつだ。明日の運勢でも見ていたのだろうか。

 科風さんは光化学モニターをテーブルの上に起動させていて、膝にアーケードスティックを置いていた。モニターを覗き見ると、格闘ゲームの対戦画面が映っていた。格ゲーマーなのかな?

 西園寺部長は三枚の光化学モニターを起動させていた。背面が非透化であるため何が映っているのかはこちらからは見えないが、「ふむっ、先物が下がったか、明日の日経平均は危ういな」とか呟いてるいるあたり、どうやら株価を見ているらしい。株って儲かるものなのかなぁ……


 三人は各々の作業の手を止めて俺を見ている。西園寺部長が言った。

「名前は覚えていなかったが、君の噂は少なからず耳にしているよ。NSLの操縦が酷くおぼつかないらしいね」

 不甲斐ない俺の操縦だけは皆の知れるところであったらしい。誤魔化しようがなく、言い訳をする気にもならない。

「ええ、まぁ、そうですね。はぁー……」


 俺はテーブルに突っ伏した。忙しないNSL学校の中あって、ここは静かで、安らかな空気に満ちていて、とても居心地がいい。他とは時の流れが違って思えて、俺は入学してから初めて心の平穏を得た気がした。だからつい、愚痴を洩らしたくなった。

「俺、NSLで、活躍したかったなー」

 視線を窓の外に向ける。雲がゆっくりと空を漂っていた。あの雲のように、高く空に昇り、どこまでも行けると信じていた。しかし、その夢は露と消えた。もはや自分には何もない。


「みんなそうだよ」


「え?」

 西園寺部長の言葉で意識と視線を再び部室の皆に向けた。

 続けて西園寺部長は言う。

「ここにいる三人とも、君と同じく劣等性ということさ。みんなNSLの活躍を周囲に期待されてこの学校に入学した。だけど、期待に応えられなかった」

 俺の場合は期待よりも心配の方が大きかったが。


 そうか。そうなのか。


「まぁ、しょうがないですよね。才能がなかったってことで。あきらめて別の才能を探しましょう」

「それがいい。道は一つじゃない」

 夕月さんと科風さんも西園寺部長に同調し、俺を慰め、励ましてくれる言葉をくれた。


 光があれば、影がある。


 みんながみんな活躍できるわけではない。あたりまえの話しだ。活躍出来る者もいれば、出来ない者もいる。前者は多くの人々に称賛され、後者は気にも留められない。


 俺が見てきた創作物の中では描かれていなかった、見えなかった物語の世界がここにあった。


 西園寺部長はマウスを操作し、一枚の光化学モニターを俺の前に起動させた。そこには『才花部入部届け』と表示されていた。 

「ここで色々やってみるといい。自分自身を見つめ直して、君の中に新たな発見があることを願ってるよ。ここはそういう部活だからね」

「……。はい」


 いい部活だ。ここはこれ以上なく俺に打って付けの場所だろう。


 俺は制服の内ポケットからモニター筆記用のペンを取り出し、入部届けにさらさらと自分の名前と学年とクラスを記入した。

 西園寺部長はそれを見届け、モニターを消す。

「これは後で私から顧問の先生に提出しておくよ」

「ありがとうございます。あの、みんな、改めて、よろしくお願いします」

 俺は座したまま皆に深々と頭を下げた。


「はい、こちらこそ」

「よろしく」

「うむ、よろしくだ」 


 皆暖かい笑顔で歓迎の返事をくれた。その時だ。

 プォーンプォーン! と、警告音が校内に鳴り響いた。


「この音って、もしかして……?」


 夕月さんが口にしたその疑問に答えるように、すぐにアナウンスが流れる。

『中央区にファナティックフォースのNSLが出現しました。出撃要請の出た生徒はすみやかに機体に搭乗し、出撃してください』

 ――そうか、これが出撃要請か。と、予備知識のある俺は素直に受け止めたが。

 品川基地を始め、なぜNSLを保有する基地が多数存在するこの国で操縦能力の未熟なNSL操縦士育成学校の生徒が出撃しなければならないのか?


 一つバカげた話しをしよう。


 NSLを兵器として利用できるのは、この国で唯一軍隊としての活動が許されているNSL操縦士育成学校だけなのだ。

 この国には大人で構成される軍隊は存在せず、代わりに『国衛(こくえい)隊』という名目の組織が存在する。

 十八歳を超える大人の軍人は国衛隊隊員であるとしており、国際的には国衛隊は軍隊であるとされながら、彼らはこの日本国内では軍人ではないとされている。



 この国で正式に軍人と呼べる存在は俺たちNSL操縦士育成学校の生徒だけだ。



 NSLは場合によっては核より危険な存在とされており、このため『武力放棄法第二十四条国衛隊によるNSLの兵器利用の禁止』により、国衛隊によるNSLの利用は固く制限されている。その制限は酷いもので、国衛隊のNSLは全て操縦技術を競うだけのスポーツとしての利用目的でのみ所有が許されている。

 すなわち国衛隊の中には兵器としてのNSLの部隊は存在せず、NSLスポーツクラブがあるのみである。

 NSL学校は『精強無比な心身育成のため軍人としての教育と活動を行使する』というNSLによる事件が皆無だった学校発足当時の理念をたまたま利用して軍隊としての活動が許され、攻撃・防衛にNSLが利用できるとされている。


 なんとも曖昧でややこしい話しだが、そういうことだ。


 NSLのテロに対しては大人の手出しは一切無用で俺たち少年少女が駆り出される。

 この件は世間でもすこぶる評判が悪い。

「大人はただ眺めているだけで子供を命の危険に晒すとは何事か!」

 そう声を荒げる野党政治家や民間人の姿をよく目にする。


 えらく頭の固いことで、有事の時くらい融通が利かないものかと思うが、法治国家における法の定めしこと。従うより他に仕方がない。


「私にも出撃要請が出た」


 西園寺部長のMUリストバンドのパネルに『出撃要請』と表示されていた。

「そんな……」と夕月さん。

 西園寺部長は自分も劣等生であると言っていた。しかし出撃要員の選別に能力はあまり考慮されないとされている。特機保有者だけは優先的に選別されるが、わざと手を抜いて劣等生に成り下がり、危険な任務から遠ざかろうとする者が出るのを防ぐため、出撃要員にはどの生徒も優劣なく選別される。


「さすがに君たちはまだ一年生でしかも入学したばかりだ。特機保有者でもなければ選ばれることはないだろうが、私はそうもいかないな」

「……大丈夫? 怪我、しないで」

 不安げな声を出す科風さんに、西園寺部長は微笑む。

「心配するな。どうせ私は部隊後方の援護要員だ。やることは実弾による遠方からの射撃のみ。危険なことはないさ」


 危険な任務も、望むところではあるのだがね――と静かに洩らして立ち上がる。


「あの、お気をつけて……」

 俺が言うと、西園寺部長は、ふっ、と軽い笑みを見せた。

「うん、行って来る」

 それだけ言って、西園寺部長は部室を後にした。

 俺もいつか選ばれることがあるのだろうか。さすがに劣等生の中の劣等生、最下生であろう俺が出撃要員に選ばれることはなかなかないことだろうが、選ばれた時の心構えだけはしておこうと思った。たとえ何も出来ず、死ぬかもしれぬとも、任務を全うする覚悟だ。屈強すぎる肉体を持つ俺が言うのもおかしな話しだとは思うが。


 みんなそうした覚悟でこの学校での日々を過ごしている。

 木偶の棒でもNSLを動かせる以上、この学校から逃げ出すわけにはいかない。


「まぁ、大丈夫ですよ。今占ってみたところ、どうやら無事に帰ってくるみたいですし」

 テーブルの上に敷いた占い用の紫のクロスの上に並び置いたタロットカードを見て、夕月さんは言った。

 本当だろうか? でもいいカードが出たのならよかったと思ってしまう。理論的に何の根拠がないものだとしても心の支えにはなる。

「よかったら坂下くんのことも占ってみましょうか?」

「ああ、うん……じゃあ、せっかくだから」

「ではワンオラクル(一枚引き)で。坂下くんのこれからの運勢を見てみましょう」


 どんなカードが出るのだろう? うろ覚えだけど確か死神のカードとかあったはず。そんなのが出たら嫌だなー。

 夕月さんはテーブルに広げたカードを両手でかき混ぜ、それから一つの束にまとめて何度かシャッフルし、一枚のカードを引いた。

 テーブルに置いたそれには、何やら落雷に見舞われている高い建物から二人の人物が落下する絵が描かれていた。

「あー、塔の正位置が出ちゃいました。坂下くんはよっぽどの不運の持ち主ですね」

 どうやら死神よりもっと酷いカードが出てしまったらしい。

 幸せになりたい。当たらないことを切に願う。

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