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第二話 ⑤

 華矢部長にはずいぶんなことをした。これでもう武術部への入部は誰がどう考えても有り得ないだろう。とはいえ、引きこもるのはもう懲り懲り。武術部は無理だがどこか部活に入部するのは悪くない選択だ。放課後なんてやることなくて暇だしね。


 そんわけで、次の日の放課後。


 俺は学校の職員室近くの廊下にある光化学掲示板を眺めていた。色とりどりに彩色された様々な部活のポスターが貼り付けられている。


 テニス部、ソフトボール部、サッカー、バスケ――う~ん。


 もう身体を動かすことはしたくないな。そもそも勝負事が絡むものは無理だし。何か別の、文化系の部活でいいものはないか。


 演劇部、書道部、合唱部、美術部、茶道部、才花部――才花(さいか)部?


 聞いたことのない部活名だ。文化系の部活だろうか。どんな活動をしてるんだ? 掲示板の隅っこに貼り付けられているそのポスターをよくよくと見てみると、『己の内に潜む隠された才能の種を発見し、開花させる部活』と簡素に記入してあり、書かれているのは部活名と部室の場所とこの一文だけだった。

 無骨すぎる。イラストの一つもないとは、新入部員を勧誘する気力をまったく感じない。しかし、妙に惹かれる。


 隠された才能――か。


 俺は物凄い身体能力を持っているが、これを活かせる場はこの世に存在しない。となれば、他の才能を模索するしかないだろう。俺はこの部活の一文にそう告げられている気がした。


 他の才能、そんなものがあればいいけど、そう都合よく見つかるものではないよな。


 才花部のやる気のない勧誘ポスターを眺めながら、さて、どうしようかとしていると、廊下の遠方から声が掛かった。


「あ、いたいた! おーいサイボーグくーん」


 武術部の華矢部長だ。大きく手を振ってこちらに駆けて来る。その後を追って春斗も来た。

 ってか今あの女俺のことなんつった? 昨日も言ってた気がするけど。

 まぁ悪口の類ではないし、別に怒るほど気にしたものではないので、俺は足を止めた華矢部長と向き合い、まずは昨日の一件を詫びることにした。今一度頭を下げる。


「華矢部長……、あの、昨日は、すみませんでした。身体、大丈夫ですか?」


「うん。あの後起き上がるのにちょっと苦労したけど、もう全然だいじょーぶ。サイボーグ君こそ、みんなに酷いこと言われてたけど、あの後誰かに責められたりしなかった?」

「いや、まったくそういうことはなかったですけど……」

 武術部の道場を出た後、俺は誰に咎められることもなく普通に寮に帰り、今日も誰とも口を利くことなく今に至る。


「そっか。ならよかった」


 華矢部長はいたって元気な笑顔を見せる。本当に大丈夫そうで何よりだ。だけどどうしても一個気になることがある。訂正を求めよう。

「はい……、ってかあの、一応言っておきますけど、俺、人間なんで」

 表情に若干の苦笑いを含ませて言う。出来ればちゃんと名前で呼んでくれ。

「あはは、ごめんごめん。殴ったらあんまりにも硬かったから、ついつい」

 快活に笑う華矢部長。

 いやマジで今朝もブリブリだから、その勘違いはほんと勘弁してほしい。変な噂が広まっては困る。わかってくれたみたいだからいいけどさ。


 俺は肩を竦め、華矢部長の隣に立つ男子生徒に顔を向けた。

「武術部に入ることにしたのか?」

 昨日の怒りはどこへやら、春斗は口元に笑みを浮かべる。

「ああ。もう入部届けも提出したぜ。それでな、歩、華矢部長がおまえのことを武術部に誘いたいと言って来てな、是非入部してもらいたいそうだぞ」

「え?」

 マジで? いいのか? 俺みたいなのが入部しちゃって。


「うんうん。君、めちゃくちゃ強いんだもん。私、同年代の人に負けたのなんて初めてだったよ。しかも君年下だし、びっくりしちゃった」

 目玉が飛び出るくらい――と、華矢部長は息巻く。あー、確かにあのブレーンバスターはそう錯覚するくらいの衝撃があったと思うわ。

「俺もだ。歩、おまえすげーよ。やればできるやつじゃないか」

 春斗もやけにテンションが高い。ニコニコとめっちゃ嬉しそうで、いいやつだなー、と思う。マジで。友達になってくれてありがとう。


 俺も褒められてまんざらでもない感情を抱く。

「そうかなー。そんなに、俺、すごかったかなぁ」

「そうだよ。君はすごいよ」

 手を両手でぎゅっと握られた。やわらかくてあったかい。

「だから、ね? お願いだから武術部に入部して。君なら毎年全国大会優勝間違いなしだよ」


「えっと――」

 やばい、顔がニヤつく。慣れないベタ褒めで心が引き寄せられる。


「い、いいんですか? ほんとに、……俺なんかが入部して?」

「もちろんだよ! もぉ大歓迎しちゃう!」

 満開の笑顔で俺を勧誘してくれる華矢部長。これに応えないようでは男が廃るというものだ。

 俺は決断する。よし、決めた。武術部に入部しよう。どこまでも着いていきますよ華矢部長!

 しかし、誘いを快く受諾する決意を表明しようとしたその口を、華矢部長の次の言葉が遮った。


「それでね、今度は正々堂々と勝負しよう」

 ――え?


 華矢部長はちょっと困った笑顔を造る。

「足を踏んだり、唾飛ばしたりするのは流石に反則かなって。世の中にはそういう武術もあるのかもしれないけど。でも、君なら大丈夫。ちゃんとやっても絶対強くなれるって」


 あー……


 確かに、世界にはそうした妙技が実在する。しかし俺のは別に武術でもなんでもない。ただの姑息なだまし討ちだ。

 公式に大会まで開かれる武術の試合は、当然ながら明確なルールが存在する。武術だけじゃない、バリートゥード(何でもあり)といわれる格闘技にもルールはあるものだ。本当にルール無用の競技などこの世には存在しない。


 乗せられて、ついその気になったりしたけど、やっぱり俺には無理。


 俺は握られた手の上にもう片方の手をそっと被せた。

「すみません。やっぱり、やめときます……」

 手を解き、静かに意思を伝える。

「どうして……?」

「せっかくのお誘いで、本当に嬉しくて、ありがたいんですけど。俺、もう、他の部活に入部することに決めちゃったんで。ほんと、すみません……」

 嘘だ。本当はまだ決めてはいない。だけどこれくらいのことを言わないとこの場を収められそうになかった。


「そう……?」

 表情を暗く沈ませる俺の感情の変化に気づいてか、華矢部長は理由を問い詰めることはしなかった。


「残念だけど、他の部に入るなら仕方ないよね。でも、たまに遊びに来てほしいな。いつでも歓迎するから」

「はい……ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで……」

「歩……」

「ははっ……、ごめんな、春斗。わざわざ華矢部長に来てもらったのに。でも、俺、ごめん……」

 後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、俺は二人に背を向けて歩き出した。


「歩くーん。絶対遊びに来てねー!」


 最後にちゃんと名前を呼んでくれた。嬉しいな。だけど、――無茶言うな。

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