聞いてくれる人
お久しぶりです。
夕介「昨年もお世話になりました。明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」
まだまだ、蝉の鳴き声に夏の日差しに、夏の終わりが感じられない日々が続いている。
「あっつ……」
龍野涼はバスケ部の助っ人を終え、帰り道を歩いていた。
夏休みの昼下がり、ちょうど太陽が真上に来ている時間帯で、汗が流れるのを感じる。
「コンビニでも寄ればよかったな……」
そう呟きながら歩いていると、少し前に十川夕介が歩いているのを見つけた。
「十川さ──」
呼び掛けようとして、涼は口を閉じた。
何やら、誰かと話している。
姿は見えないが、隣に居る何かに夕介は笑顔で対応している。
もし声を掛けてしまったら、夕介はこちらには気づくだろうが、顔を戻したら誰かはいなくなってしまうかもしれない──。
とりあえず帰る方向は一緒なので、涼は静かについて行くことにする。
「何を話してるんだろ……」
夕介は時折口元に手を持ってくと、笑いを堪えるような仕草をする。
もちろん隣には誰にもいない。すれ違う人たちが夕介を横目に見て、不思議そうに見ては少し距離をとる。
夕介はそんなことに気づいていないのか、それとも気づいているのに気にしていないのか、それはわからないが、姿の見えない誰かと話すのを止めようとはしなかった。
だいぶ歩くと、夕介の友人の黒岩史葉が夕介を見つけて眉間に皺を寄せる。
楽しそうに隣と会話する夕介に近付いていくと、史葉はがっと夕介の肩を掴んだ。
「あ」と思わず涼は声が出てしまった。
夕介は驚いたように史葉を見てから、何か言葉を交わし、そっと隣を見てから少し寂しそうな顔になる。
「……」
二人が何を話していたのかわからないが、なんとなく、涼は寂しいだろうなと思った。
今まで話していた相手が、本当は存在していないのだと気づいたら、悲しいとも思うかもしれない。
なら、話している間はそっとしておくべきなのではないか、そう考えていると、前から呼びかけられた。
「涼くん──今帰り?」
「え、あ、はい、そうです……」
夕介に声を掛けられ、涼は今まで静かに見ていたことが申し訳なくなる。
「あの……」
「うん?」
「十川さんは、その、見えない何かと話してる時は、声掛けない方がいいですか?」
その問いに答えたのは、夕介ではなく、史葉だった。
「掛けた方がいいに決まってるだろ。コイツ、そういうのに一回呑まれてるんだ。無害な顔して有害な奴だったらヤバいだろ。コイツはそういうこと忘れてんのかわかんねえけど、すぐペラペラと話すからな」
「そうだったんですね……」
と涼は少し驚いて夕介を見る。
夕介は「もう昔の話だよ」と苦笑いした。
「なのに警戒心のねえ奴でな」
「ちょっと、言い過ぎじゃない……?」
と夕介は若干眉間に皺を寄せる。
それから「でもね」と続けた。
「あの時はおれもまだわかってなかったから──今はもうわかってるからさ」
「何がわかってるだよ、全然わかってねえだろ」
「わかってるよ」
「どうだかな。じゃ、俺は一回会社に戻る。ちょうど外回りが終わってついでに見掛けたから声掛けただけだから──」
「じゃあな」と史葉は先を歩き出す。
涼は軽く頭を下げて、史葉を見送った。
「……本当は、どうなんですか?」
「え?」
「そういうのと話してる時、声掛けない方がいいですか? 実は、その……、さっき十川さんが話してるの見掛けて、声掛けようとしたんですけど、何か楽しそうに話してたから、邪魔したら悪いかなと思って……声掛けなかったんですけど……」
「黙っててすいません」と涼は軽く頭を下げる。
夕介はきょとんとしてから「いいよいいよ」と微笑んだ。
「うーん、どっちでもいいよ。史葉も言ってたけど、おれ一回呑まれてるからさ。あれ、呑まれると自分じゃどうにもできなくて……。あの時は史葉が居てくれたから大丈夫だったけど、普段はわからないから。もちろん気にしてるし、ヤバいなと思ったのには近づかないし、ちゃんと警戒はしてるから」
「何て言えばいいかな」と夕介は少し考える仕草をしてから、涼に言う。
「もし明らかにおれがおかしかったら、声掛けてほしいな。でも今日みたいな、楽しく会話してる時は、声掛けなくて大丈夫だよ。今日みたいに、史葉が心配して声掛けてくれるのはわかるし、助かる。でもね……」
と夕介は少し寂しそうに笑って続けた。
「現実に戻されてから、隣に居たはずのその人が、跡形もなく消えてるっていうのは、悲しいんだ。数分でも、おれはその人と楽しく話したりしてたんだ。それが、急になくなるなんて、信じられないでしょ。楽しかった時間が、嘘だったなんて思いたくない……」
「……」
何て言葉を返せばいいのかわからなくて、涼は口ごもる。
夕介は「いや、それだけじゃないな」と呟いてから、涼に言った。
「それが現実じゃなかったと知らされたあと、一人にされるのが嫌なんだ──おれが話してた、視ていたのが、存在していなかったんだって言われたあと、それが嘘じゃないと、おれが話すのを聞いてくれる人がいればいいんだ。だって、おれは視てたんだ。話してもいた。それは現実なんだ」
夕介はどことなく泣きそうな顔で、それから「ごめんね」と謝った。
「なんか、変な空気になっちゃったね……。とりあえず帰ろうか──」
そう歩き出す夕介の後ろに、少し遅れを取りながら涼は続く。
史葉であれば、何かいい返事が出来ていたのかもしれないと、思いながら、涼は夕介が言っていたことを思い出した。
「話すのを聞いてくれる人がいればいい──」なら……。
「あの、十川さん」
「ん?」
「どんな話、したんですか? ちょっとでいいんで、聞かせてください」
そう涼が隣に並ぶと、夕介は少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。
「聞いてくれるの?」
「はい。ちょっと気になるんで、見えない相手って」
夕介は「普通の人と変わらないよ」と前置きして、話し始める。
涼は話を聞きながら、黒岩さんもこんな感じで支えていたんだろうか……と少しだけ思った──
別れた後
史葉「……ったく、心配させんなよ──ひやひやするわ(急ぎながら)」




