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 エスカレーター式の私立学校、星見ヶ丘学園の高等部に通う私は、目の前のカレンダーをにらみつけて仁王立ちしていた。

 今年で高等部一年に進学したが、中学からの持ち上がりであるため特別な感慨は無い。私を悩ませるのは、もっと別のことだった。

 もうすぐ連休が明ける。連休が明ければ『主人公』がやってくる。

「絶対に、負けない……!」



 +++++++



 私、鈴木奈津紀には前世の記憶がある。以前の私もごく普通の一般家庭で育った女子高生だった。共働きの両親の元、3つ年下の妹の面倒を見たり、時々は喧嘩して、でも概ね平穏に暮らしていた。そんな私が死んだ理由は分からない。ごく普通の生活を送っていたはずの私は、気がついたら赤ん坊になっていた―――のだと思う。

 物心ついたときには私は「私」だった。親からするとちょっとおとなしすぎるくらいに泣かない子供だったらしい。それでも、両親は普通に私を娘と扱ってくれたし、私も今の両親をちゃんと「お父さん」「お母さん」だと思える。ただ、「前」の両親のこともはっきり覚えている、というだけだ。

 私が今の人生に敵愾心を燃やすようになったのは、もっと成長してからのこと。親に勧められた学校の名前を見たときからだ。

 『私立星見ヶ丘学園』。

 それは、前世の私がプレイしたゲームに出てくる学校の名前だった。



 +++++++



 ―――ありきたりな主人公に飽きた貴女に。

 そんなキャッチコピーで発売されたそのゲームは、天真爛漫で誰からも愛される、そんな設定の主人公が多かった当時の業界で、新たな試みに挑んだものだった。人間関係においてトラウマのある主人公が、転校してきた学校で様々な人間と知り合い、恋をすることで己のトラウマに決着をつけ乗り越えるというストーリー。王道と言えば王道だが、この主人公、割と生々しい思考回路をしている。

 中学時代のいじめが原因で、誰からも悪意をもたれないよう、病的な「いい人」を演じる主人公。それに気付いた相手役が、あるいは「作り笑い」と看破したり、あるいは「いびつな心」と暴いたりして波乱を起こし、最終的に恋が実るのだが。

 「いい人」の皮を剥がされた主人公が吐き出す本音は、ああ、あるあると共感を呼ぶのだ。それは誰だって多かれ少なかれ持っている妬みだったり憎悪だったりするわけで、身につまされるプレイヤーは多かったと思う。

 そのため、このゲーム売れなかった。レビューにも酷評が多い。ただ、それだけ心に訴えかける力というのは本物だったんだと思う。好きだという人は本当に好きで、熱狂的なファンからは非常に高い評価を受けていた。

 私はというと、攻略3人目あたりで挫折した。あまりにも身に覚えのある感情で、でもこの主人公には救いがある。どんなにつらくて、わかるわかる、と思っても、結局最後まで進めれば理解者が現れて幸せになるのだ。そう思うとゲームを進められなくなってしまった。

 だって私には救いなんてないじゃないか。


 私は、そんな主人公のいる世界に転生してしまった。



 +++++++



 負けない、と決意した私だが、できることはそう多くない。そもそもすべてのルートを見たわけではないので、『攻略法』が分かっている2人を軸に対抗していこうと思う。

 何を持って勝ちとするのか、これは自分の中で決めていた。『主人公』よりも幸せになってやる。

 それは裏を返せば、主人公が相対的に私よりも不幸であったらいいということ。だから手っ取り早く、主人公の理解者になりうる人間を、先に私の理解者にしてしまえばいいと考えたのだ。

 理想は主人公が私の落とそうとしている相手役のどちらかのルートに入り、その上ですべての恋愛イベントが潰れてくれれば最高だ。ただ、私の知らない人間のルートに入ってしまえば効果は著しく薄くなる。ことによっては普通に幸せを掴まれてしまうかもしれない。

 主人公がどのルートに入るのか。そこだけは運を天に任せるしかなかった。

 私の狙う攻略対象のうち、ひとりは学級委員の敷島裕人。中学からの持ち上がり組みである裕人は、主人公に「自分の前では取り繕うな」と包容力で攻めるお兄ちゃん気質だ。けれど実際は、中学高校と学級委員を務めるプレッシャーで徐々に苦しくなり、最後には主人公とお互いの弱いところを見せられる、という関係に落ち着く。つまり、頼られるだけでなく、誰かに頼りたいとも思う少年なのだ。私はそこに付け込んだ。

 現在、裕人は一息つきたくなると、私に頼ってくれるようになった。攻略は順調だということだ。

 もうひとりはサッカー部の辰巳誠一。野生の勘が冴える、というタイプの誠一は、人気者だが主人公と同じように「嫌われたくない」という願望の強い少年だった。シュート一つ外しただけで浴びせられる冷たい視線が恐怖なのだと吐露し、主人公の本音に触れて共感と連帯を見出していく。そんな誠一に、私だけは嫌いにならないよ、と下心に砂糖をまぶしてささやいた。

 結果、誠一は刷り込まれた好意を信じ、わんこのように私になついてくれている。

 当時の説明書を思い出せば、攻略対象は全部で5人。だから、単純な確立で言えば私が先回りした2人を選ばない可能性のほうが高い。けれど、私は裕人のルートに進むのではないか、と予想していた。

 共通イベントである転校初日の学校案内。任されるのは学級委員の裕人なのだ。



 +++++++



「あ……」

 通路を挟んだ隣の席で声が上がる。こいつは田中……なんだったか。親しくないクラスメイトであることもあって、下の名前までは覚えていない。名前は覚えていないが、『役割』は記憶に残っていた。

 こいつは学級委員ルートと生徒会長ルートにおいて、敵役を張るストーカーだ。主人公はまったく覚えていないが、かつて同じ中学だったらしい。そのことからこの邂逅を一方的に「運命の再会」だと信じ、執拗に付きまとうのだ。裕人ルートで見たおびただしい主人公の写真が貼られた部屋はちょっとしたトラウマ物だった。

 こいつの反応、学級委員ルートで確定か、と淡い期待が起こる。しかし、私のそんな楽観は、次の瞬間粉々に崩れた。

「なんだお前ら。知り合いか?」

「は、はい。同じ中学で、あの、その……」

 主人公が、覚えている?そんな、そんなルート無い!

 私の混乱をよそに、とんとん拍子で案内役が田中に決まる。共通イベントすら起こらないとか、いったいどうなっているんだ!



 +++++++



 結局、主人公は私の思惑を大きく外してくれた。

 私の知る誰のルートも選ばず、初日に案内をした田中に首っ丈のようだ。遠くから伺う主人公は、本当に好きなんだな、と私でも分かるような様子で田中の後をついてまわっている。田中も嫌そうではないから、そのうち恋人同士になるんだろう。そう思った。

 ―――薄々は思っていたのだ。ここは、ゲームの世界にとてもよく似ているけれど、でもみんな自分の意思で生きる人間なんだと。画面越しに眺めていた人と同じ名前で、同じように生きている、そう見える。でも、そう見えるだけで、本当は違うんじゃないかって。

 私というイレギュラーがいたから、少なくとも裕人と誠一はゲームと違う今がある。だったら、他の誰かも、ゲームと違う今を生きていてもおかしくは無いのだ。

 本人にはとても聞けない。でも、田中が転生者なんじゃないかな、とは後になって思った。ゲームから受けた印象と大分違ったから。

 違うといえば、主人公も大分違う印象だった。私の知る彼女はいつも笑っていて、決して負の感情を表に出さない。陰口も悪口も絶対に言わない。そんな人間を演じていた。

 けれど、田中の後を歩く主人公はとても演技をしているようには見えない。これもやっぱりそう見えないだけで、本当は違うのかもしれない。でも、今の主人公は田中が好きで、彼の気持ちを手に入れようと一生懸命になっている、ただの『花岡亜紀』なのだと。そう信じて見たいと思った。



 +++++++



「誠一くんに、謝らなきゃならないことがあるの」


「委員長、ちょっと話したいことがあるんだけど」


 私のこれからだって、ゲームで描かれなかった時間の方が長い。だから、一番関わってきたふたりのことも、きちんと向き合わなければいけない。そうするだけのきっかけをくれた主人公には、感謝しないといけないのかもしれない。

 主人公への対抗心だけでふたりに告白していたら、たぶんもう取り返しがつかなくなっていた。引き返せる、やり直せる、そのデッドラインを超える前にそれに気付けた。

「最初から、勝ち負けなんて無かったってことか」

 睨み付けるカレンダーはあれからいくらか時間を進めて、そろそろ学園祭の季節が訪れる。告白のメッカだとかなんとかで、女子も男子もそわそわし始めるこのイベント、果たして主人公は勝負を仕掛けるのだろうか?すこし気になったが、私は私で大勝負に出るのだ。出歯亀するような余裕は無い。

 すべてぶちまけた私に、それでも気持ちは変わらないといってくれたあの人に、今度は私から好きだと言ってみる。それに対する返答を思うと今から心拍数が上がってくるくらいだ。



 ―――もしかしたら、『前』の私もたったそれだけの勇気を出せば、救いを掴むことが出来たんじゃないかって。

 そう思ったから、今度は後悔しないために一歩踏み出そうと思う。

 私の人生の主人公は、あの子じゃなくて私なんだから。




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