59.空に咲く光
暗い地層の中から、突如光の中へ突き出る。その眩しさに、無いはずの目がくらむ。
見覚えのある街並みや風景の上を、蔦を伸ばして進んでいく。人の歩みも、車すらも置き去りにしてただひたすらに目指し続ける。
――見つけた
帝都の、人気の少ない一角。周囲を厳重に鉄の板で覆われた建物を、実際に見るのは初めてだ。それでも、嫌悪感は拭えない。
まとわりつく感覚を振り切るように、割れた窓の隙間から蔦を滑りこませ、中を進んでいく。ぞわぞわと、全身を嬲るような魔力の波動が強まっていく。
やがて、見覚えのある扉の前に辿り着いた。あの時とは違った感情のまま、蔦で扉を押し開ける。
部屋の中は魔晶石の欠片の山でいっぱいだった。
かつての面影はない。それでも、この空間全体に濃密な魔力が充満し、魔晶石が脈打っていた。まるで生きているかのように。
ここから魔力を補充できれば。私は意識を一度エスティアに戻して片手を石板にピタリとつけた。
蔦の先が、一際大きな魔晶石の欠片に触れる――
瞬間、肺が潰れたように息が止まった。
「――っ!」
声にもならない何かが喉から漏れる。はく、はく、と吸えない空気を取り込もうと藻掻く。
単純な、一つの属性だけの魔力が大きなうねりをあげて身体へ押し寄せる。
熱い。そんな言葉では到底足りない。無理やり身体の内側を押し広げられ、ひび割れていくような感覚に視界が白く染まる。身体のどこかで、みしり、と嫌な音がした。
「ルナ!」
公の立場も忘れてイヴァンが駆け寄ってくる。焦りを隠せない表情に、心のどこかで嬉しいと感じる自分がいた。でも――
流れ込む魔力の奔流からほんの一筋掴み取り、足元から蔦を生み出す。想定した量の何十倍にもなって現れたそれらは、暴れようとするのを無理やり押さえつけられるように複雑に絡み合い、石板を覆う壁となった。
「止めないでくださいね。これはっ……ぐ……わ、私のやるべき、こと……ですから」
壁を壊そうとするイヴァンの目をじっと見て、一方的に述べる。やめろ、と言うその言葉に、今回は従うことはできない。例えイヴァンであっても。
顔にぎゅっと力を入れて、口角をあげて見せる。イヴァンが息を呑むのが分かった。何かを言われる前に、再び顔を落とす。正直、これ以上耐えられそうになかった。
地上から今もなお、魔力が怒涛の勢いで流れ込んでくる。その勢いに身を任せるように、私は体内の魔力を一気に石板へと叩き込んだ。
身体の内側がマグマでも流されているように熱い。耳鳴りが酷いのに、身体の奥で何かが軋む音だけは、断続的にはっきり聞こえる。
石板に垂れる濃紫の髪から、色素が抜けていく。それを視界の端に映しながら、私は石板に刻まれた魔方陣にようやく光が灯るのを見た。
液体を流し込むように光の線が伸び、刻まれた魔法陣を一つずつ埋めていく。やがて満ちた光は石板から溢れ出し、強い輝きを放ちながら一か所へ集まり始めた。
眩い光の道がまっすぐに水晶へと続いていく。途中でどんどん空気中に放出してしまってもなお、その光は消えることなく水晶へと注がれていった。
内部からぼんやりと紫に光り始めた水晶。初めは不安定に明滅を繰り返していたが、徐々に安定していき光も強くなっていく。
――このまま、浮かべ!
私は祈るような気持ちでさらに魔力を送り込んだ。
……どれくらいの時間が過ぎたのか。私には何十分にも感じられた頃、ようやく水晶の明滅が治まった。地面の振動も感じない。
――終わった……?
ふ、と気が抜けた途端、腕の力が一気に抜けて倒れ込む。石板にぶつかりかけた直前、大きく温かい腕が私を支えた。来てくれたのだと、ぼんやり思う。
「隊、長……」
抱きかかえられているのは分かる。けれど、もう全身が麻痺したように感覚が鈍い。
「みんな、無事、ですか?」
「無事だ。だがお前が――」
「頑張りましたよね、私」
不意を突かれたように目を見開き、直後に唇を噛む。何かを耐えるような、そんな顔。
「ああ。よく頑張った。おかげで、エスティアの墜落も止まった」
ほら、とイヴァンが地上からの映像を空中ディスプレイに映し出す。そこには悠然と空に浮かぶ、いつものエスティアがあった。それを見届けた途端、視界がゆっくり滲んでいく。
イヴァンの胸に耳が触れる。どく、どく、と刻まれる鼓動の響きが私という存在を包んでくれるよう。
「……大好きです、イヴァン」
掠れた声は空気にすぐに溶けて消える。でも、その言葉が伝わったのだと、抱きしめる力の増した腕から伝わる。
俺もだ、ルナ。愛してる。
音の消えた世界で、でもイヴァンは確かにそう言った。
ゆるりと睡魔に誘われるように瞼が重くなる。
ああ、本当に。貴方に会えて、本当に良かった――




