58.地の底へ
水晶の蔦が敵の銃口を逸らす。その隙をついて、隙間を縫うように戦場を駆け抜けた。
記憶の中にあったルナリアナのように、魔力を固めてできた魔晶石を細長く伸ばす。彼女のイメージに引っ張られてか、その形はまさに彼女の作り出した薔薇の蔦と同じだった。私にとってあまり良いものではないそれを、四方へと伸ばす。
紫の蔦が床を這い、敵の足へ絡みつく。反射的に向けられた銃口をさらに別の蔦が弾き上げ、その間から炎がうねり飛び出す。
「邪魔だよ! っと」
ハルトのピンクがかった炎が、イヴァンの青白い炎と交差しながら爆ぜ、敵陣を一気に呑み込む。熱風が髪を揺らし、焦げた匂いが鼻を刺した。
「ルナ、右!」
アイリーンの声に反応して咄嗟に身を捻る。直後、雷撃が頬を掠めて背後の壁を砕いた。砕けた瓦礫が降り注ぐ前に、マゼルカの風の盾が衝撃を受け止める。
「マゼルカさん、ありがとうございます。アイリーンも」
「どぉいたしまして! でもルナ、身体大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
だるさは依然として感じている。けれど、アドレナリンが出ているのか、いつも以上に動ける。
「だったらいいけど!」
アイリーンが振り上げた手から圧縮された風が解き放たれ、敵兵をまとめて吹き飛ばす。その隙に蔦を伸ばし、動きを封じた相手へサイドからライアスの雷撃が叩き込まれる。
敵の方が人数はまだ多いけど、これなら全員捕縛できそうだ。
ほっとしたのもつかの間、部屋全体が大きく唸り声をあげる。ぐらり、と地面が傾き、咄嗟に床へ手をついた。
遠くで悲鳴が響く。
天井から落ちた瓦礫が激しい音を立て、床を転がった。
「悠長に戦ってる暇はなさそうだ、ねぇ!」
ハルトが舌打ち混じりに炎を放ちながら叫ぶ。その言葉に返事をする余裕もなく、私は残った敵へ蔦を
叩きつけた。魔晶石と武器がぶつかり、耳障りな音を立てる。
「フォルテ!」
イヴァンの声にパッとその場からバックステップで離れる。その場をイヴァンの炎が一気に薙ぎ払い、私達と敵を分断する。既に敵は炎の輪に包まれて逃げ場はない。
「確保!」
こんなにも大人数分の手錠は無い。刺の無い魔晶石のロープを作り出し、私は一人一人を縛り上げていった。
ようやく、戦場から喧騒が消える。それでも、状況は待ってはくれなかった。
低い振動だけが、絶え間なく足元から響いている。そして、視線の先で、巨大水晶の明滅が先程よりも激しくなっていた。
デルタの皆の協力を得て、石板の周りに集まる。右手を石板につけ、その反対の手を前に翳して吸収の魔法の球を生み出す。
「では、ここに魔法を撃ってください」
合図と共に放たれた色とりどりの魔法が紫の球体に吸い込まれていく。その魔法の属性を体内で変換し、右手に流し込んでいく。
ぶっつけ本番だったけれど、なんとかうまくいきそう。
期待を込めて顔を上げるが、仲間の表情は私とは真逆だった。
「副隊長っ、これっていつまでやるんだ?!」
「くっ、きつ……」
先程の戦闘では微塵も見せることのなかった苦悶の表情。自身の魔力を追加して流し込んでも、この状況なら……
私は、石板に触れていた手を離し、吸収の魔法を解除した。溜めていた息を一気に吐き出すように全員が荒い呼吸を繰り返す。
「フォルテ、何故魔法を止めた。このままではエスティアが――」
「その前に、魔力不足で皆が死にます。現時点でも、まだまだ水晶に魔力が満たされそうな気配はないのです。むしろ、もっとくれと言わんばかりに欲してきます」
――絶望的だ。ここで魔力を補充できなければ墜落して、人々に被害が出るというのに。
重苦しい沈黙が落ちる。振動だけが、低く空間を揺らし続けていた。
魔力が足りない。けれど、ここにいる人員では足りない。だとすれば、魔力が豊富にある場所は……?
周りをぐるりと見渡した視線が、明滅する巨大水晶で止まる。
「……魔晶石には、魔力がある」
脳裏に薔薇の樹が映し出される。その姿にぞわりと鳥肌が立つ。けれど、あれならば……
「魔力が豊富にある場所……。地上の、薔薇の樹があった場所なら、大量に魔晶石があります。魔晶石の濃度が高すぎて、魔力酔いや魔法障害を引き起こすからと、立ち入り禁止になっていたはずです。そこまで、この蔦を伸ばしていけば、魔力を補うことができませんか」
魔法に詳しいシルヴァならば分かるはず。そう思って目を向けると、彼はしばし考えた後、頷いた。
「理論上は可能だ。魔力を集める装置としては使えなくしたが、魔力タンクとしての役割は持っている。どれくらいつまっているかは分からんが、少なくともここにいる人間以上分はあるだろう」
試してみる価値は十分にある。わずかに見えた希望で、全員の顔が上がった。
皆の視線に答えるように一つ頷く。息を深く吸い、目を閉じて意識を体内を流れる魔力へと向けた。
開いた両の手から紫の魔力が零れる。霧散する前に収束し結晶の蔦となったそれは地面へと突き刺さった。
エスティアの内部を這い、下へ、さらに下へと潜り込む。幾重もの岩盤を貫き、遥か眼下にある地上を目指して。
目指すのは、かつて薔薇の樹が存在した場所。
既に樹の形は失われている。けれど、その欠片はたくさんの魔力を吸ってきた。今も残っているはず。
まるで蔦と同期するように、私は意識を下へと沈めていった。




