55.終わらせるために
身体からあふれ出る魔力が空気を濃い紫に染め、まるで霧が立ち込めたように視界が不鮮明になる。突然のことに驚いて緩んだ手を払いのけて、私はシルヴァの元へと駆けた。
石板に足を踏み入れた途端、全方向から押し固められるような圧力と魔力を吸われる感覚に襲われる。よろめいた足に力を込め、シルヴァの元へと一歩ずつ近づく。
――ここから、早く出なきゃ
シルヴァの魔力も、かなり吸われているはず。シルヴァの手を取り魔力を移していく。その傍から、どんどんと石板に魔力が吸われているのも感じる。私はシルヴァを支えながら、立ち上がった。
石板の周りをぐるりと取り囲む施設員を睨むように見つめる。
「そこをどいて」
彼らは何の反応も返さない。おそらく、私達を石板――魔方陣から離れさせる気はない。
この間にも、シルヴァの息はどんどん荒くなっていく。焦りと不安が襲い掛かってきてどうにかなりそう。
途端、がくん、と一気に肩にかかる重さが増した。
支えきれなくなった身体が崩れ落ちる。シルヴァを見れば、顔に血の気が無く額には大粒の汗が浮いていた。触れた部分から感じられる魔力はいつの間にか微々たるものになっている。
このまま魔力が無くなれば、シルヴァは、死ぬ。
恐怖で視界が真っ暗になる。「嫌だ」と強く認識した瞬間、周囲に漂っていた魔力の霧が細長い無数の刺に変わった。施設員に致命傷を負わせるまではいかない。それでも、足止めができればいい。
その思いに答えるように、刺は縮みながらもロープのように施設員の身体に巻き付いていった。まるで薔薇の蔦のように。小さくなった刺が服を突き破り、無数の穴をあける。施設員たちの口からうめき声が漏れた。
――早く、安全なところに……
脱力したシルヴァを抱え直し、足を踏み出す。その足が地面に付こうかとしたときだった。
激痛が左の脇腹に走る。見れば、深々と羽のついた棒が刺さっていた。続けざまに2本、3本と皮膚を裂き身体に埋め込まれるそれは、施設員たちの奥から飛んできた矢だった。
バランスを崩し再び石板へ沈んだ私達に、それでも容赦なく矢が降りかかってくる。痛みの信号は絶えず脳へと送られ続け、もはやどこを打たれたのかすら分からない。
シルヴァの呼吸はか細いものだった。魔力も、もう底をつく。
間に合わない。でも、ここから逃げることもできない。
そう理解した瞬間、これまで溜め込んでいた思いが溢れた。
なぜ、こんな目に合わなくちゃいけない。なぜ、痛い思いをしなきゃいけない。魔力なんてなければ良かったのに。
あんなもののために、生きてきたんじゃない!
ぐ、と視線を前方へ向ける。石板から送られる私達の魔力を蓄えて、部屋の中央にそびえたつ巨大な水晶は生き生きとしているようだった。
水晶が、魔力の素。あれが無ければ、魔力を発現できない。
ならば、と、私は息を吸った。




