54.重なる過去
願いは、叶わなかった。
どんなに時間が経とうとも、痛みも、全身を覆う圧も途切れることなく私に襲い掛かる。気絶したくてもできない。眠くもならなければ、食欲すら湧かない。自分が人間ではない何かになっているのは分かる。けれど、今ではもう感覚も思考も麻痺してしまって、何も分からない。
「ルナリアナ! 僕だよ。シルヴァだ!」
だから、この目の前にいる青年が、私にとっての何なのかも分からない。でも、なぜか安心感だけは感じた。この人は大丈夫だ、と。
青年は、苦し気な表情をしながらも脱力した私を引きずり、部屋の隅に連れていく。そこには見覚えも懐かしさも感じないもう一人の青年が立っていた。
「シルヴァ、見張りは眠らせてきた。あと1時間は起きないぜ。魔方陣の影響は?」
「大丈夫だ。ありがとう。……デルタイト、この子がルナリアナだ。僕の知る限りでは、3年ほど魔方陣の中にいた。どう思う?」
「うーん、魔力量は、だいぶ少ないな。あの魔方陣の中にいたことを考えると、元々驚異的な量だったんだろう。他の被検体は半年もてば優秀だったって聞くよ」
久しぶりに感じる人肌の温かさに、止まっていた時間が徐々に動き出していく。ぎこちなく持ち上げた手を、シルヴァという青年が掴んだ。何も知らない私に向けて、笑みを浮かべる。
「ルナリアナ、もう大丈夫だよ。遅くなってごめんね。一緒に、ここから出よう」
知らないはずなのに、その手の感覚を、知っている気がした。男性ならではの低い声に聞き覚えは無いけれど、意識せずとも私は頷いていた。
よし、と声をあげて私を抱え上げる。わずかに開いていた扉から部屋の外に出ると、眩しい光が私の目を貫いた。反射的に閉じた瞼を、恐る恐る開く。天窓から差し込む太陽の光は温かくて、私の身体のこわばりをほぐしていく。けれど同時に、この場所を嫌だと思っている自分もいた。
そんな私に構うことなく、青年たちは何かから隠れるように進んでいく。
どれほど進んだか。
いくつもの扉を抜けたところで、急に甲高い笛のような音が鳴り響いた。その音は止まることなく鳴り続ける。
「くそっ、ばれた! 急ごう!」
しかし、その足はすぐに止まった。曲がり角の向こうに多くの足音が聞こえ、こちらに向かってくる。シルヴァという青年越しにその姿を見た私は、思わず息を飲んだ。
――良質な無属性だ。これでまた1年。いや、2年はもつ。
――俺たちの研究のおかげで、魔法が使えるんだ。有難く思えよ。
――人工無属性の成功例はまだ1人だけか。6番がいるとはいえ、無属性のストックもそんなに多くないが。
魔法陣の中で、見えていた服装が、たくさん。芋づる式に蘇る彼らの声が、断片だった言葉が、ひとつに繋がる。
何かが掴めそう。あと少しで。そう感じた瞬間、宙に投げ出されて床を転がる。見れば、青年二人も倒れこんで足を抑えていた。そのズボンは黒く縮れて、焦げた匂いが鼻につく。
後ろから追いついてきた人影が、彼らと私を引きずり起こして進んでいく。たどり着いたのは、鉄製の扉の前。一見どこにでもありそうなのに、なぜか胸がざわつく。口の中もカラカラに乾く。
中に入ると、そこは私が最初に彼らと会った場所だった。
呆然とする私の前で、シルヴァという青年が何か模様の書かれた石板の上に放り出される。何か言葉が紡がれた途端、青年は急に苦しむように身体をのけぞらせた。
「ぐぁ、あ……」
喉から漏れる声に、脳が揺さぶられる。揺れる白髪が、視界から離れない。
――ルミネシア
かつて、私の名前を優しく読んでくれた彼の姿と、目の前の青年の姿が重なる。
「シル、ヴァ……?」
忘れていた記憶が、雪崩を起こすように一気に降り注いできた。
私が、奪った。彼の光も、色も、未来も。
そして今、目の前で――同じことが繰り返されている。
「やめて」
声にならない声が漏れた。それでも、シルヴァの苦しみは止まらない。彼の身体から、魔力がどんどん抜けていく。
「もう、やめて」
掠れた声は、誰にも届かない。伸ばした腕も、無力なまま。
――また、繰り返すなんて、嫌だ
私は身の内の魔力を全力で放出した。




