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53.戻らない色

「なん、で……なんで、ここにいるの……?」


 震える声で名前を呼ぶ。返事はない。ただ、かすかに上下する胸だけが、生きている証だった。

 でも、そんなはずはない。彼には私と違って家族がいて、大きな家に住んでいた。ここにいるのは何かの間違い。ましてや、こんな扱いをされるなんて……。

 なぜ、というその問いに対する答えを探す間もなく、背後から荒い足音が響いた。怒号と共に肩を強く掴まれ、無理やり引き剥がされる。振り返る間もなく、床へと叩きつけられた。


「この餓鬼と知り合いだか知らねぇが、お前は吸魔をしてりゃいいんだ。おら、さっさと吸っちまえ」


 ふるふると首を振る。手を胸の前で堅く握りしめて、施設員から離れるように後ずさった。それでも、小さな部屋の中では逃げ場などなくて、両腕を掴み、シルヴァに向けさせられる。


「早くしろ。……チッ、いいんだぜ? この餓鬼殺しても。お前が吸わないなら、こいつは用済みだ」


 背後から振り下ろされた手がシルヴァの真上で止まる。その手には、鋭く光るナイフが握られていた。固まる私の前で、じわじわと手が下に降りていく。嫌だと声を発しても、止まらない。


 はっ、はっ、と自分の呼吸が大きく響く。

 小さな球を一つ、生み出すと、もう止められなかった。


 苦しむシルヴァ。彼から出ていた緑色の綺麗な光の筋は、もはや糸のようにか細くなっていた。そのかすかに揺れていた糸も、ふつりと途切れる。シルヴァの胸が大きく上下し、そして止まった。


「っ!」


 死んだ。死なせてしまった。そんな考えが、頭の中を駆け巡る。だが背後の施設員から出た声は、喜色に満ちていた。


「いいぞ! 次はお前の魔力を入れろ!」


 魔力というのが何かは分からない。しかし、先ほどシルヴァから吸い取った光が自分の身体の中に入り、循環しているのは本能的に分かっていた。


 ――シルヴァ。戻ってきて……!


 まだ温かい彼の身体に手を添えて、光を返す。その色は本来の緑ではなく紫だったけれど、目をつぶっていた私には気付くことはできなかった。


 手を通して、鼓動が伝わってくる。初めは弱弱しかったそれも、徐々に強くなってきて、シルヴァの口元から規則正しい呼吸が聞こえる。

 どっと力が抜けて、私はシルヴァにもたれかかった。助かったのに、息がとても苦しかった。






 それから、どれくらいの時間が経ったのかは分からない。ただ、時折シルヴァに会う機会はあった。彼はそれなりに優遇された立場のようで、監視の目を盗みながら、私にお菓子を差し出してくれる。その表情も性格も昔となんら変わりはない。けれど、緑から紫に変わった目と、日を跨ぐごとに増えていく白髪が以前とは違うのだと私に現実を突きつけてきた。


「気にすることないよ。この色も気に入ってる」


 そう言って彼は笑う。本当は家族に売られたと知っている。でも、それをおくびにも出さずに、私の頭を撫でる。


 その優しさに、私は甘えていたのだろう。

 束の間の安らぎに身をゆだねていた私は、その終わりがすぐそこまで来ていることにも気付かず、何も考えないままその時を迎えてしまった。








 禁断の間。

 ――そう呼ばれている場所だった。その扉の前に、私は施設員と共に立っていた。絶対に入ることも、中を見ることも禁止。でも、これまで施設員に連れられて行って帰ってこなかった友達の半数はこの扉の先に消えていくことだけは確かだった。

 この先には何があるのだろう。好奇心よりも、恐怖の方が大きかった。でも、それよりも頭を占めていたのは……


 ――シルヴァに話せてないのに


 どこへ行くとも言われずに、ここに来てしまったから。きっとシルヴァは心配する。それに、もしも二度と会えないのならば、お別れの言葉を言っておきたい。

 しかし、私の願いは聞き届けられず、頑丈な鍵が開けられたその中へと連れられて行った。




 キラキラと輝く水晶がそびえ立つ。紫色のそれは場違いなほど綺麗で、思わず見とれた。


「さっさと歩け」


 施設員に背中を押されて足を踏み出すが、視線は部屋の中を見るので忙しい。これまで見たことも無いほど高い天井。不思議な絵や文字のような規則的なものが描かれた壁。魔方陣を刻まれた大きな石板。そして何より、中央の巨大な水晶。見るものすべてが新しく、神秘的な雰囲気で満ち溢れていた。


「この上に乗れ。じっと座って動くなよ」


 規模は大きいけれど、やる事はいつもと同じ。私は疑うことなく、石板の中央に座り込む。ここからは長い。膝上で組んだ腕に頭をうつぶせる。こうするのが、一番楽だから。

 施設員が石板から離れて何かをブツブツと唱える。その言葉がいつもと違う気がして、ちらりと目を向けた。


 施設員の口元に、不気味な笑みが浮かぶ。


 その瞬間、今まで感じたことの無いほどの圧が逃げ場もなく、全方向から私の身体を押しつぶした。頭が締め付けられるように痛み、骨がぎしぎしと軋む。

 声を上げたくても、満足に息もできなくて、掠れた音が出るだけ。


 早く終われ。――そう、願うしかなかった。

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