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52.流れ込む過去

 ひび割れた魔晶石の隙間から、光が噴き出していく。淡い紫の粒子が視界を埋め、出口を求めて部屋中を漂う。

 何かを叫ぶ王弟の声は聞こえず、代わりに轟音と振動が襲い掛かる。一瞬、重力の感覚がずれた。


 ――落ちている


 先程まで収まっていた浮遊感を強く感じて、頭の中が真っ白になる。ぱらぱらと細かな破片が天井から降り注ぎ、床に当たって乾いた音を立てる。


「誰か止めろ! 魔晶石に魔力を戻せ!」

「無理ですっ。前回とは違って、魔晶石にヒビが入っていますから……」

「っお前達ができると言ったから、私はこの作戦に乗ったのだ! 今更何を抜かす!」


 彼らのやり取りから、何となく読めた。初めにエスティアが落ちたのは、彼らがここで何かをしたため。一時的に止まっていたけれど、今はもう落ち続けているはず。

 石板に倒れ込んだまま出来ることを考える。鈍い思考は空回りし、焦りだけが募っていく。


 そんな中、石板から魔晶石に繋がる光が逆流するようにこちらに押し寄せてきた。光の束が肌に触れる。その瞬間、内側から共鳴するように体内の魔力がぐるりと渦巻いて身体が跳ねた。どくん、と一際強く鼓動が響く。今は跡も残っていない魔晶石の古傷が、熱を帯びている気がする。


「っ、あ……」


 視界がぐにゃりと歪む。意識がどこかへ引きずられ、床に倒れているはずの身体の感覚が、急に曖昧になる。自分がどこにいるのかすら、分からない。

 音が遠のく。代わりに、別の“何か”が流れ込んできた。


 知らないはずの景色。

 知らないはずの空気。


「……これはまた、派手にやったな」


 混ざりこむ二つの世界の中、聞き覚えのある声が遠ざかっていった――





 * * *


「シルヴァ、早く!」

「待ってよ、ルナリアナ」


 懐かしい声が、耳元で弾けた。子どもの笑い声が聞こえる。目を開くと、私の目の前には荒く息を吐きながら駆け寄ってくる男の子がいた。遅い! と自分の口から自然と声が出る。


「早く行かないと、全部、なくなっちゃうよ!」


 ほつれだらけのワンピースを着た女の子(自分)と、小綺麗な恰好をした黒髪の男の子。明らかに住む世界が違う二人は、それでも手をつないで街の中を笑顔で駆けていた。






 平和で穏やかな時間が流れる。しかし、景色は色あせてさらさらと砂のように消え去っていった。温もりが、指先からすり抜ける。それを追いかけるように伸ばした手は、がしりと強い力で掴まれた。


「やだ! 離して!」


 大きな腕に引かれて暗い場所に閉じ込められる。周りには、同じような恰好をした子供が集められていた。


「孤児のお前たちを世話してやるんだ。有難く思えよ」


 そうして連れられて行った施設は、シャワーを浴びたり一日2回も食事が出たりして、そこだけ見れば確かに前の暮らしより良かった。しかし――そこで求められたのは、生きることではなかった。


 あれだけたくさんいた子どもの数が、どんどん減っていく。気づけば、紫の色を持つ者しか残っていなかった。


「来い、6番」


 時折呼ばれては、魔方陣の上で、何もせず座らされる時間が訪れる。終わるころには自分の中身が抜け落ちたように、身体が重い。歩くのすら億劫になる。それでも最近、施設の職員から教えられた魔法を使うと、すぐに回復できると知った。吸魔の魔法というらしい。


 そうやって繰り返していたある日、私はいつもと違う部屋に連れていかれた。部屋の中には麻袋をかぶせられた子供が横たわっている。


「こいつに向けて、吸魔を使え。なに、死にゃあしない。上手くいったら飯を豪華にしてやる」


 私は、初めて人に向けて魔法を繰り出した。魔法の球が触れた途端、子どもの身体がぴくりと跳ねる。指示されるままに続けていると、やがて子供の唸り声が袋の内側から聞こえてきた。引き戻そうとする手を掴まれて、続けさせられる。


「っぐ、あぁぁ」


 唸り声ははっきりとした声に変わり、子供の背中が弓なりにのけぞる。その声に、どこか聞き覚えがある気がした。怖くなって手を止めると、荒い息で袋が大きく上下した。


「はぁ、はぁ、…………ルナ、リアナ……っ」

「っ?!」


 頭の中が、真っ白に弾けた。止める施設員の手を振り払い、麻袋をむしり取る。その下にあったのは、見慣れたシルヴァの顔だった。

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