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50.その人は

 島の端に建てられた霊廟は、風の音すら遠ざけるようにひっそりと佇んでいる。白い石で組まれた壁はどこまでも滑らかで、長い年月を経ているはずなのに、傷一つ見当たらない。


 王族の霊廟。限られた者しか立ち入ることを許されない、聖域。


 そのはずなのに、ウノはためらいもなく扉に手をかける。鍵も、センサーも反応しない。さらに、霊廟を守護する守り人すらも出てこない。


「どうして……」


 私の呟きが扉の擦れる音にかき消される。誰も答えることなく、押されるように前へ進められ、扉が閉まった。

 慌ただしい空気が漂っていた外とは違う、澄みきった静寂。並ぶ石棺はどれも整然としていて、無駄な装飾はない。ここだけが切り取ったかのように別世界だった。

 並ぶ石棺には目もくれず、奥へとどんどん進む。やっとその足が止まったのは、霊廟の最奥。一際大きな石棺の前だった。

 綺麗に磨き上げられているけれど、明らかに大昔のものと分かるそれは、名前の部分が抉れたように削れて、読むことができない。そんな石棺を前にして、ウノが手を上げる。すると、黒服たちが両開きの重い石蓋を掴み、開いていった。


「……っ」


 次の瞬間、視界が紫に染まった。濁流のようにうねるそれは、ただの光ではない。


 ――なんて、膨大な魔力なの


 押し寄せるそれに、思わず息を呑む。しかし、ウノ達の視線は墓の中に集まっていた。本来、人が眠るはずのそこにあったのは、階段。地下へと続くそれは、まるで口を開けているみたいに、暗く沈んでいる。

 灯りが掲げられ、揺れる小さな火が石の壁をかすかに照らし出した。


「行け」


 短く命じられ、背を押される。石の階段は、思っていたよりも急だった。足を乗せるたびに、乾いた音が小さく響く。上を振り返っても、もう霊廟の光は見えない。

 あるのは、前を行く灯りと、下へと続く闇だけ。


 ――かなり、深いのね


 どこまで続いているのか分からない。ただ、降りるほどに、空気が変わっていくのが分かる。

 冷たい。それだけでなく、空気がだんだん重くなっていく感覚があった。それでも、一団は止まらずに進み続ける。




 どれだけ降りただろうか。ふいに、視界が開けた。城の大広間にも匹敵するほどの、空間が広がっている。その中央には、天井にまでそそり立つ巨大な魔晶石の柱。淡い紫の光が脈打つように明滅し、その度に空間そのものが呼吸をするように揺らぐ。肌の奥まで震えるような圧が、逃げ場なく満ちていた。

 その魔晶石の前には、ひとりの男が立っていた。微動だにせず、魔晶石をじっと見つめている。顔は分からずとも、その背からは、魔力すら押し退けるような威圧が滲んでいた。

 宰相やウノがその人の前に進み出て頭を垂れる。


 ――“あの方”というのは、この男ね。


 帝国の技術を、他国に流した人物。

 そして、王族の霊廟にまで監視の目を潜り抜けてきた人物。


 男はすぐには振り向かなかった。わずかに首を傾け、ゆっくりとこちらを見る。露わになったその顔に、私は自分の目が信じられなかった。


「嘘……」


 幼いころから、何度も顔を合わせてきた。だからこそ、間違えるはずがない。その視線が、まっすぐこちらを捉える。


「待っていたよ、ルナ嬢」


 見慣れたはずの、穏やかな顔のまま。


「――いや、こう呼んだ方が良いかな。 “始まりの魔女”殿?」


 男は、僅かに目を細めた。まるで、この空間そのものが彼の声を運んでいるように、やけに近く響く。

 息が、うまくできない。

 ――この国を支えてきた人のはず、だった。

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