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49.檻の入口

 腰に差していた警棒を素早く振って伸ばし、紐を伝って地上へと滑り降りていく。降りると同時に伸ばした警棒で男たちの手元を打ち、落とした紐を巻き込むと警棒ごと上に向かって投げた。隊員は私の意図を読んだようで自由になるや否や空へと急上昇していく。


 見る見る遠ざかっていくVANT(ヴァント)の姿にほっとしたのもつかの間、逃がした鬱憤を晴らすかのように男たちが私に迫ってくる。


「へえ、やってくれるじゃん? せっかくデルタのトップを捕えられると思ったのに。逃がしちゃったよ」


 そう言いつつも可笑しそうに笑うセイス。クアトロは興味が無さげに自分の爪を見ているし、ウノは私をじっと見つめるだけだ。


 黒服たちが振りかぶる足や手をいなし、バランスが崩れる隙にみぞおちや首の裏に打撃を入れ昏倒させていく。

 全方位から襲ってくる魔法の数々は吸収し、銃でふくらはぎや腕を撃ち無力化していく。それでも痛みを感じていないかのように、敵の勢いは増すばかり。


 チッ、カチッ


 引き金を引いても、乾いた音が鳴るだけ。遂に予備の弾すらも尽きてしまった。

 背後に飛び込んできた黒服の顔面に向けて銃を投げ捨て、バックステップで距離を開ける。次の攻撃に備えて構えた瞬間だった。


 ウノの手がゆっくりと前へ突き出される。その動きが、やけにスローモーションに見えた。ぴたりと攻撃の手が止まり、耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。


 ニヤリ、と口角が持ち上がり、そして――


 魔力が膨れ上がる。視界を埋め尽くすほどの魔法陣が重なり合い、轟、と世界ごと叩き潰すような奔流が解き放たれた。

 反射的に吸収の魔法を展開する。次から次へと押し寄せる奔流を受け止めていく。


 ――重いっ


 体内に流れ込んでくる魔力が、重力のように身体を押し潰してくる。膝が、わずかに沈んだ。

 それでも、諦めるわけには行かない。ぐ、と歯を食いしばった瞬間だった。

 流れ込んでくる魔力の量が、一気に跳ね上がる。


「っ――」


 抱え込んだ魔力が体内で暴れる。意識が一瞬、白く弾けた。

 ふらりとよろめいた身体に、横殴りの衝撃が叩きつけられる。受け止める暇もなく、身体が宙に浮いた。

 背中から壁へと叩きつけられ、鈍い音が響く。肺の中の空気が強制的に吐き出されうまく呼吸ができない。


 ――まずい……動かなきゃっ


 焦る思考と裏腹に、身体に力が入らない。なかなか定まらない視界は、いつの間にか黒服で覆いつくされていた。

 両腕をもち上げられ、ずるずると引きずられるようにしてウノの前へ連れてこられる。

 笑みを浮かべたままこちらを見ていたウノの手が伸びてきたかと思うと、ガッ、と強い力で首を掴まれた。


「改めて、こんにちは。今日は良い天気だね」


 行動に似つかわしくない言葉が紡ぎだされる。手の力はますます強くなり、引き攣った息が漏れる。


「前はよくもオレたちから逃げてくれたね。おかげでリーダーに怒られちゃったよ。……どうしてくれるのさ」


 殺される。ウノの顔は笑っているのに、自然とそう感じた。

 しかし、その予想はこちらに向かってくる足音によってかき消された。


「そこまでだよ、ウノ君」


 歩くたびに靴に付いた飾りがチャラチャラと音を立てる。視界の端に写った顔は、いつかテレビで見たガルドニア王国の宰相と一緒だった。

 ウノの舌打ちが小さく響く。それを気にすることなく、宰相はウノに向かって促すように頷く。


「いいところだったのに」


 不満げにそう呟きながらも、ウノはあっさりと手を離した。支えを失った身体が、力なく地面へと崩れ落ちる。急に入ってきた空気に、咽ながら息を吸った。


「あまり壊されても困るからね」


 私を労わるように背中を撫でる。しかし次の瞬間、私は大きな魔力の揺れを感じて半ば無意識で魔法を出した。

 ゼロ距離で放たれようとしていた魔法が球に吸い込まれていく。


「……なるほど。これが、例の」


 値踏みするような視線が、ゆっくりと全身をなぞる。鼓動が大きく、早く音を立て続けて煩い。今の魔法は、対処できなければ死んでいた。それに――


「何故、ガルドニア王国の貴方が、魔法を使えるの……?」


 魔晶石は帝国内でしか配られていない。個人認証も徹底しているから、他人が持っても意味はない仕様になっているはず。

 考えてみれば、ウノもガルドニアの騎士だ。

 掠れた声で絞り出した問いに、宰相は一瞬だけ目を細めた。


「ああ、その反応は正しい。本来はあり得ないことだ。でもね、私達も持っているんだよ」


 懐から細い金属の鎖が出される。その先には、帝国民が持っているものと同じ、魔晶石がついていた。管理用のナンバーまで掘られた正規品。


「あの方から頂いたものだ。だから、こうやって――魔法が使える」


 空中に向かって炎が舞い上がる。その威力は、制御装置によって抑えられるべき威力をはるかに超えていた。


 ――違う。


 思わず息を飲む。魔力の流れが、綺麗すぎる。制御を無理やり解除したものではない。元から、だ。


「驚いたかな? もっとも、君なら気づくだろうとは思っていたけどね」


 愉しげに目を細める宰相。その背後で、ウノたちが再び動き出す気配がした。遅れて気づき、逃げようと脚を踏み出した。

 力が、入らない。

 魔力の過剰流入で鈍った身体は、思うように言うことを聞かなかった。


「無理はしない方がいい。今の君では、立つことすら難しいだろう?」


 見透かしたような声音だった。次の瞬間、両腕を後ろから強く押さえ込まれる。抵抗しようと力を込めるが、指先にすら力が届かない。


「離して……!」


 かすれた声が虚しく空を打つ。


「大人しくしていてくれれば、痛い思いはさせないよ」


 そう言いながらも、その手は一切の容赦なく私を拘束していく。冷たい金属の感触が手首に食い込み、動きを完全に封じられた。


「連れていけ。あの方も、お待ちだ」

「了解」


 短く返したウノが、こちらを見下ろす。先ほどまでの殺意は消えているのに、逆にそれが不気味だった。


「今度は逃がさないよ」


 耳元で囁かれた声に、身体が強張る。そのまま、ずるずると引きずられるようにして歩かされる。抵抗する力もなく、ただ運ばれていくしかなかった。




 遠く、エスティアのどこかで警報が鳴り続けている。

 その音は、まるで別の世界のもののように遠かった。

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