48.断絶
映っているのは、総司令室前の廊下。広い通路のはずのそこに、黒い影がいくつも並んでいる。
数は一つや二つではない。扉を中心に、逃げ道を塞ぐように配置されている。そして、その手には銃やチェーンソーが握られて、扉を破壊しようと立て続けに攻撃されている。火花がまるで滝のようにとめどなく出てくる。
総司令室のログを見れば、十数分前に非常用ロックがかけられたようだった。しかし、その操作元は、中から。
「今も総司令はあの中にいるのね」
ソルティアに逃げ場はない。かといって、扉が攻撃に耐えられる時間も、そんなにない。このままではあと数分で破壊されてしまうだろう。
私に出来ることは一つだけ。HAWKに積んで持ってきていた予備装備に手を伸ばす。防護ベスト、実弾銃、閃光弾――。一つ一つを手早く身につけていると、必要な対処を終えた二人の隊員も、言葉を交わすことなく装備を整え始める。その間に、私は敵の配置を頭に叩き込んだ。
「作戦は」
「一人が配電盤を落とす。その瞬間に、この死角ルートから二人で突っ込む。私が切り込むから、カバーお願いできるかしら?」
「了解です」
お互いの装備を再確認し、私達は一斉に動き出した。
曲がり角の手前で後ろの隊員にハンドサインを出し、腰を沈める。視線の先では相変わらず敵が扉を開けようと耳障りな金属音を響かせていた。
コツコツコツ、と三回端末越しの合図が小さく聞こえる。一瞬の後――廊下は暗闇に包まれた。敵の意識が乱れた、その隙を逃さない。二人で足音を殺し、敵へと距離を詰める。
「何だ?!」
喉元へ打撃を叩き込み、声も上げさせずに沈める。崩れ落ちる体はそのまま床へ流した。
「襲撃だ!」
叫び声と同時に銃口が向く。横から伸びてきた腕をいなし、閃光弾を床へ叩きつけた。目を覆って動きの止まる敵を一人ずつ、確実に沈めていく。
「左!」
背後からの声に、身体を捻る。銃声が一発、二発と響いたが横を掠めるのみ。そのまま距離を詰め、相手の銃を奪うと銃床で顎を打ち抜いた。ぐらりと揺れた身体が崩れ落ちていく。
横では、最期の一人の意識を奪ったところだった。荒い呼吸と、焼けたような静寂に包まれる。敵を拘束すると、合流した隊員と共に私達は扉の前に立った。
「総司令! VDです、救助に参りました!」
中からの反応は、すぐには返ってこなかった。
数秒。それだけなのに、妙に長く感じる。
「総司令!」
もう一度、強く扉を叩く。やがて、扉の向こうから警戒を強めたままの声が返ってくる。いくつかのやり取りのあと、ようやく扉が開かれた。
そこには、即席で築かれた防御陣地がそそり立っていた。机や機材が積み上げられ、その隙間から銃口がこちらを向いている。その数二つ。総司令付きの補佐官の人数と同じ。
一歩前進し止まると、背後の扉はすぐに閉められた。相変わらず銃口は向いたままだったが、ソルティアの短い命令によってすぐに解除される。
「ルナ!」
呼ばれた次の瞬間、華奢な体が飛び込んできた。それを、強く抱き留める。気丈にふるまってはいたが、その細い肩は、抑えきれないほど小さく震えていた。怪我がないことを確認して、ほっと息を吐く。
――後は、安全な場所に逃がさなくては
温もりを一瞬だけ抱きしめ、すぐに手を離す。意識をデルタのものに切り替えて、ソルティアの目を見る。
「総司令。現在のエスティアに残るのは危険です。すぐに避難を開始してください」
「……分かりました。指揮は引き続き現場主体の元、001対策を行ってください。私も出来ることをやります」
直前までの震えが嘘のように消え、総司令の顔になるソルティアに敬礼を返し、すぐさま行動に移す。室内にあった機密文書や重要機器は既にまとめられ、後はこれを持って脱出するだけ。
言葉数少なく、私達は緊急用の発着デッキへ駆ける。点検以外で使われたことのない真新しいVANTがそこにはあった。
他の隊員がVANTを起動させ、ソルティアの搭乗を手助けしている間に補佐官と荷物を積み込む。デッキ上部の発進ハッチも開き、風が一気に流れ込んで機体が外へと誘われる。
全員が乗り込み、後は私だけ。手すりを握る手に力を入れ、足を片方乗せた時だった。
「ああ――見覚えのある顔だと思ったら」
騒音の中、やけにはっきりと聞こえてきた声に肩が跳ねる。
「君だったんだね。久しぶり」
信じられない思いで、振り向く。いつの間にか、デッキ入口を塞ぐ多数の人影。
セイスにクアトロ。何人もの黒服の男たち。そして――ウノ。
「まさかこんなとこで会えるなんて、オレたちは本当に運が良いよ」
一歩、ウノが足を踏み出した。
あの時の恐怖が蘇ってきて身体が動かない。あの時と同じだと、頭の奥で何かが囁く。脚が震えて崩れ落ちそうになる。
そんな私の腕が急に温かい手に引かれた。
「ルナ、しっかりしなさい! 出して!」
離陸を待っていたVANTがエンジンをうならせながら宙に浮く。歯を食いしばり、無理やり意識を引き戻す。そのまま、開いたままのドアを閉めようと手を伸ばしたときだった。
掴もうとした手が、取っ手にわずかに触れて空を切る。
ぐらり、と大きく傾いたVANTによって、私の身体は外へと投げ出された。咄嗟にタラップの縁を掴んだが、そもそも掴む構造となっていないそれが手に食い込む。
そして私のすぐそばの翼には、黒い紐が硬く巻き付いていた。その紐と繋がる先は黒服たちの手元。綱引きのように引っ張られ、VANTの動力に負けることなくだんだん地上へと引きずり降ろされていく。
――このままだと全員逃げられない。でも紐が切れる道具はない。絡まりを外すことも無理。となれば……
こちらに手を伸ばすソルティアに、わずかに笑みを向ける。
「後を頼みます。総司令、どうかご無事で」
――大丈夫よ。
声にならない言葉を唇だけで伝えて、
私は、手を離した。




