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23.家族になる日

 ゆるゆると瞼が開く。

 アイボリーの天井をぼんやりと見つめていると、視界の端から黒いふさふさとした生き物が覗き込んできた。ハッハッと息を吐き、ぺろりと鼻先を舐めて離れていく。

 それにつられるように身体を起こし、私は周囲をゆっくりと見渡した。


 小さなチェストに、一脚のスツール。窓の外は、湖が風に吹かれて静かに波打っている。

 なぜか、その穏やかな光景から目が離せずにぼうっと見つめる。


 その時、控えめなノック音と共に二人の男性が部屋に入ってきた。後から入ってきた男性が目を見開き、入り口で止まってしまう。

 先に来た男性は格好からして、執事のような人だと思う。


「ようやく目が覚めたのですね。治療の甲斐があったようで何よりです」


 治療……ああ、私は怪我でもしていたのか。

 耳に入る言葉を理解するのに時間がかかる。まるで夢の中を揺蕩っているよう。

 自然と手を伸ばしていた黒狼を撫でながら、考えていく。


「まだ、本調子ではないのでしょうか」


「むりやり魔晶石から引きはがしてきたんだ。何らかの影響があってもおかしくないな」


 私の前で会話を始める二人。どちらの顔にも、見覚えは無かった。執事のような人が、一言断ってから私の腕を取る。器具をつけると、軽い電子音がして数字の羅列が現れた。


「バイタルは安定してますが、やはり魔力量はとてつもなく多いですね。……こんなに溜め込んでも平然としていられるなんて」


 彼は手元の手帳に数字を書き込む。私の反応があまりなかったからか、二人はまた来ると言って部屋を出ていった。





 * * *


「シルヴァ様。予定通り、実行されるので?」


 書斎に戻った途端にソフィーンの質問が飛んでくる。俺は眉間の皺をほぐしながら唸った。


「そのつもりだった。……今は、悩んでいる」


 思い出すのは、あの瞳。顔つきも、表情も違うのに、かつてのあの子と重なって見えた。

 無力だった自分と、あの子の笑顔が脳裏によぎる。


「ソフィーン、魔力を抜いていくとしたらどれくらいかかる」


 数刻前までは黒狼に飛び掛かられてでも殺そうと思っていた。しかし、今口からは全く違う言葉が出てくる。


「そうですね。設備を整えるのに1か月程かかります。そこから、一日に魔晶石1つ分抜いていくとしても……5年以上、でしょうか」


 部屋に沈黙の時間が流れる。ソフィーンの入れた紅茶の匂いだけが、部屋の空気を温かくしてくれる。


 ―――やはり、あの瞳を濁らせることはできない。


 机をトン、と1つ叩き、目線を上げる。ソフィーンに向けて、俺は命令を出した。


「ソフィーン、魔力を抜くぞ。準備してくれ」


 仰せのままに。そう言って下がっていった彼の姿を見送る。口に含んだ紅茶はほんのわずかに苦く感じた。





 * * *


 次に目が覚めたときには、だいぶ思考ははっきりしていた。しかし―――


「そうですか。名前も、何をしていたかも思い出せない、と」


 私と向き合う執事―――ソフィーンさんが、眉を下げる。どんなに時間をかけても、頭に霧がかかったようで駄目だった。


「この子の事も、思い出せないんです。こんなに懐いてくれているなら、おそらく飼っていたのかとは思うのですが……」


 私と同じベッドで寝そべる黒狼を撫でる。瞼は閉じているのに、尻尾がぱたりぱたりと左右に振れる。


「その狼は懐いているというか……分身みたいなものだ。お前の魔力でできてるからな」


 ドアに寄り掛かってこちらを見ていた、シルヴァと呼ばれる男性が歩み寄ってくる。彼の発した言葉に、私の目は丸くなった。


「魔力で……? ふふ、だから、目が一緒なのね」


 ちらりと黒狼は片目を開いてこちらを見る。ふす、と鼻息を漏らして、また目を閉じてしまった。

 その仕草を微笑ましく感じていると、「それで」とシルヴァの声が降ってくる。


「これからの話だが、お前はこの屋敷で暮らしてもらう。窮屈だろうが俺かソフィーンの許可無しに屋敷外に出るのは禁止だ。ああ、中庭は許可する」


 ここを追い出されても、今の私に行く当てなどない。シルヴァの話は、渡りに船だった。


「食事は、マゼルカが……ああ、この際だ。皆を紹介しよう」


 シルヴァが指を鳴らすと、屋敷中にチリンとベルの音が鳴り響く。少しの間を置いて、2人の人がこの部屋を訪れた。


「もー、待ちくたびれたよシルヴァ様。初めまして。俺はハルト・ルミネシア。気軽にハルトって呼んでくれていいよ?」


 その喋り方に、誰かの面影がふっと重なる。私を見下ろす3つの影の口元が、何かを言った。


「……兄、様」


 思わず零れた言葉にハッとして口を押える。初めてあった人に、なんでこんなことを言ってしまったのか。

 しかし、ハルトは顔をふにゃりと緩ませると、私の頭を撫でて言った。


「兄様って響き、いいねぇ。そうだよ。今日から、俺が兄様だよ」


 こんな妹欲しかったんだぁ。そう言って笑う彼につられて頬が緩む。


「ハルト、何時まで女性の頭を触っているんだ? 早く降ろせ。……失礼。私はマゼルカ・ルミネシア。何か困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」


 ハルトの手を叩き落としたのは、中性的な顔立ちの騎士だった。


「マゼルカはこんな喋り方をしていますが、女性です。我々に相談しにくいことは、彼女に聞くといいでしょう」


「はい、よろしくお願いします。……ところであの、ハルト……兄様と、マゼルカさんは、ご兄弟なのですか? 同じ姓でしたが」


 その言葉に2人は目を見合わせると、笑い声をあげた。


「いやなに、我々に血の関係は無いよ。ただ、シルヴァ様と同じ姓を名乗らせてもらっている」


「そうそう。ここにいるみーんな、ルミネシア。家族みたいなもんだよね」


 その言葉につられてぐるりと周囲を見回す。

 家族。その言葉に、何故か胸の奥がつきりと痛んだ。


「んで、君の名前も教えてくれる?」


「それが、思い出せなくて……」


 そうなの? と言ってハルトが次々と女性名を羅列していく。しかし、どの名前もしっくりこなかった。


「名前が無いのは不便だな。…………カノン、でどうだ」


 シルヴァの挙げた名前も、慣れない響き。でも、素敵な名前だと思った。


「カノン……。私の名前、ですよね?」


「そうだ。気に食わないか」


 否定の意を込めて首を振る。周りの皆も肯定してくれた。


「なら、お前は今日からカノン・ルミネシアと名乗るがいい」


 そうして、私はこの不思議な一家に仲間入りをすることになった。

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