24.小さな騎士
私のことが終われば、話の流れは自然と私の横にべったりついて離れない黒狼へと向かった。今は目をぱっちりと開いてマゼルカさん達をじっと見ている。
「まるでカノンを守る騎士のようですね」
「確かに! 夜みたいに真っ黒ってのも合ってんね」
ナイト。口の中で反復するうちになんだかこの子の名前のように思えてくる。
「ふふっ、貴方の事、ナイトって呼んでもいいかしら?」
それを了承してくれたのか、興奮を露に私の周りをぐるぐる駆け回る。どうやら気に入ってくれたらしい。
「俺をカノンの元まで案内したのがこいつだ。今はまるで犬のようだが、魔晶石をバリバリ噛み砕いていた。牙には気をつけろ。そうだな……ハルト、こいつに何か魔法を撃て」
はーいと間延びした声と共にハルトさんの手から炎球が飛び出す。それがナイトにぶつかるという瞬間に、ナイトはぱくりと炎球を食べた。
「ナイト?! そんなことしたら火傷を―――」
「いや大丈夫だ。“食べる”という動作でこいつは魔法を吸収できる。魔力でできているだけあって、普通の狼とは違うようだ」
シルヴァのいう様に、ナイトはけろりとしている。むしろ、物足りなさそうな顔。
「ナイト、もっと食うか?」
ハルトがくすくすと笑って再び小さな火球を生み出す。ぽん、と軽い音を立てて放たれたそれを、ナイトは今度も難なく飲み込んだ。
ぱちり、と空気が震える。その瞬間、身体の内側がじわりと熱を持った。
「……?」
自分の手元を見る。何もしていないはずなのに、指先が淡く光っている。
「ソフィーン」
シルヴァの低い声に、空気が重くなる。ソフィーンはすぐに機械を私に当てると、僅かに高い電子音が鳴った。
「数値が上がっています。ナイトが魔法を食べると、カノンの魔力も連動して増えてしまうようですね」
シルヴァは腕を組み、しばし考え込む。
「カノン。手を出せ」
言われるままに差し出した掌の上に、彼は小さな光の粒を浮かべた。
「こんな風に、魔力を集められるか」
光は、まるで小さな星のように揺れている。
真似をしようと意識を集中させると、胸の奥の熱が一気に指先へと流れ込んだ。
ぶわり、と。
予想以上に大きな光が弾ける。
「うわ、まぶし!」
ハルトが目を覆う。同時にナイトが跳び上がり、ぱくりとそれを飲み込んだ。
光が消え、部屋に静けさが戻る。
けれど―――くらり、と視界が揺れた。
「カノン?」
マゼルカがすぐに肩を支えてくれる。温かい手だった。
「大丈夫、です。ありがとうございます」
「当然だな。制御も無しに流せばそうなる」
シルヴァは短く息を吐くと、ナイトを見やった。
「魔力を抜くのもそうだが、制御もだな。少しずつ慣らしていく」
「え、訓練? カノンまだ起きたばっかだよ?」
「だから“少しずつ”だ」
そのやり取りが、なぜか可笑しい。まるで親子のやり取りだ。気づけば、私の口元は緩んでいた。
ナイトがぴたりと私の膝に顎を乗せる。その体温が、じんわりと伝わる。
ここにいてもいいのかもしれない。
そんな、淡い予感がした。
シルヴァ達にお世話になり始めて早くも1ヶ月が経とうとしていた。ここ最近はお屋敷を散歩したり、家事を手伝ったりして過ごしている。
そして今日は、ソフィーンに呼ばれてある一室を訪れていた。
「来ましたね。こちらへどうぞ」
案内されたソファへと足を進める。その間、私の目は部屋中を埋め尽くす不思議な模様に囚われていた。天井や床の絨毯、ドアにまで描かれている。
「さてカノン」
その声にハッと正面を向くとソフィーンが小さな子でも見るかのような目を向けていて、私は気恥ずかしさを感じながら姿勢を正した。
「前々から話はしていましたが、本日から貴方の体内に溜め込まれた魔力を少しずつ抜いていきます。その際、身体には多少の負荷がかかるでしょう」
今の私の身体には、魔力が溜まっているらしい。しかもただ溜まっているだけではなく、濃縮に濃縮を重ねて強引に詰め込まれた結果、いつ暴走してもおかしく無い程だという。
「はい、承知しています。……でも、どうやって抜くのですか?」
「この部屋全体が装置のようなものですね」
そう言って、ソフィーンは部屋中を指した。
「この魔法陣を使って、貴方の体内魔力を抜いていきます。抜いたものは別室にある魔晶石に送られるようになっています」
魔法陣のことは、この屋敷内の秘密ですよ。ソフィーンはそう付け足した。曰く、外にはない技術らしい。
魔晶石? というものが何かも分からなかったが、話の流れから、タンクのようなものなのかもしれない。
「カノンはそこに座ったままで構いません。では、始めます」
ソフィーンが指先で空間をなぞると、床の魔法陣が淡く光を帯びた。じわり、と足元から冷たい感覚が這い上がる。
「……っ」
胸の奥を掴まれるような違和感。指先が小さく震えているのが自分でも分かる。
その瞬間。
ガウッ、と低い唸り声が響いた。扉の向こうから、ガシガシと爪でかく音が聞こえる。
「ナイト、大丈夫よ」
そう言って声をかけると、音は止まった。しかし、依然として扉の向こうにいる気配はある。
「やはり分身ですね。主の魔力の流出を察知している」
魔法陣の光が強くなる。身体から、光が細い糸になって引き出されていく。
痛みはない。けれど、ひどく心許ない感じがした。
自分の一部が削られていくような。
「……シルヴァ様」
ソフィーンの声に、部屋の隅に立っていたシルヴァが一歩踏み出した。
「まだだ、続けろ」
短い命令。その声音は冷静だが、視線は私から逸らされない。
やがて、魔法陣の輝きがゆるやかに収束していく。光が消え、部屋に静寂が戻った。
「本日はここまでにしましょう」
膝に力が入らず、ソファに崩れ落ちる。身体は怠いが、どことなく軽さを感じているのも事実だった。
開いた扉からひょこりとナイトが顔を出す。私の姿を見つけると、駆け寄ってきた。その頭を撫でていると、私の心も落ち着いていく。
ナイトの温かさを感じながら、私はゆっくりと息を吐いた。身体の奥に残る熱も、今はただ静かだった。




