第一話 ベリーベリーベビー
「おんぎゃあぁあああああ」
赤ちゃんが泣いている。
うるさいな。
まさか目覚ましでも母さんでもなくて、赤ちゃんに起こされるとは。
ああ、なんだかすごく長い間寝ていたような気がする。
ん?……
目が見えない。
正確には見えているが、暗い場所から明るい場所に移動した事くらいしかわからなかった。
まあ時間が経てば治るだろう、きっと。
ちょっと不安になる。
それにベットじゃなくて、大きな手の上にいる感覚だ。
今日見た夢は自転車で事故る夢か……。
そうか、あの夢のせいですごい泣いてたんだ、多分。
そのせいで大量の目やにができて目が見えないんだな。
俺は適当に結論づける。
何故か少し涙が溢れた気がした。
――
「 。 、 」
(見てあなた。この子、私と同じ目をしてる)
女の人の声が、何かを話して穏やかに微笑む。
「 。 。 。 、 。 。 」
(うん、とても綺麗な黄色だ。君の目にそっくりだよ。でも、髪の毛は僕に似て黒髪でかっこいい。この子はきっと沢山の女を連れてくる。逸材だ)
大きくゴツゴツとした手が俺の頭を撫でる。
「 、 」
(もう、何言ってるの)
クスクスと笑い声が聞こえる。
なんだなんだ?
この人達が何を話しているのかわからない。
日本語じゃないな。
中学レベルの英語しかわからない俺が、英語でも無いと直感で感じる。
お、目が見えてきた
目を凝らしてみると、目の前には俺の頭を撫でている黒髪の男が見えた。
その隣にはニコニコとしている女の人。
何かを話していたのはこの二人か。
ていうかなに? この人達、美男美女すぎる。
顔立ちからして日本じゃ無い。
それからもっと周りを見渡す。
俺は大きな籠の中にいた。
あれ、これって……
恐る恐る両手を伸ばしてみる。
短い。
そして太い。
両足を交互に動かしてみる。
今までの感覚とは似つかない関節の動き。
俺、赤ちゃん?
「 、 」
(この子、きっとあなたに撫でられて喜んでるのよ)
ぷにぷにと俺の頬に指を当てる。
なんとなくわかった。
きっとこの2人は俺の母親と父親だ。
あれは夢じゃなかった。
俺、死んだのか……
もう、父さんにも母さんにも、お兄ちゃんにも会えないのか。
俺、スマホばっかいじってたし会話なんてロクにしてなかったな。
後悔。
その二文字が頭に浮かぶ。
別に仲が悪かったわけじゃない。
けどめんどくさがりの俺は「うん」とか空返事ばかりしていた。
人間っていつ死ぬかわからないもんな。
もう一度会いたい。
「 、 。 」
(いいか、お前はアルス•グラベルだ。これから元気に育つんだぞ)
キラッとした笑顔と共に、男はまた俺の頭を撫でた。
相変わらず何言ってるかわかんないや。
まあ、笑っとこう。
「アウゥ」
――
雨の降る夜。
とある家の目の前に、白髪の女の子が姿を現す。
女の子は家の2階の窓を見ると、その姿を刹那に消した。
「見つけた」
いつのまにか2階にいた白髪の女の子は、ゆりかごの中ですやすやと寝ている赤子に近づく。
女の子は赤子のそばに立つと、手を伸ばす。
手の平から、ルービックキューブ程の大きさと形をした微かに紫色に発光したものが現れ、胸の中へ沈んでいく。
女の子はうっすらと光る赤い瞳で、赤子を見つめていた。
――
俺が生まれてから一年が過ぎた。
この家は家電製品なんて物は何もなかった。
水道は無いし、冷蔵庫も無い。
キッチンには石窯とかしかない。
窓の外を見てみると煉瓦造りの家が並んでいた。
水はどこから来てるのか、不思議だ。
「アル、 」
(アル、後でお外で遊ぼっか)
俺はアルスという名前だ。
今母さんは俺をおんぶ紐でおんぶしながら家事をしている。
ちなみに父さんは仕事だ。
毎日働いている。
父さんも母さんも俺の事はアルと呼ぶ。
二人の顔立ちはどことなくヨーロッパ風の顔立ちをしている。
それにぼーっと見惚れてしまうほどに美男美女。
俺に兄弟は居なかった。
日本ではお兄ちゃんがいたから今度は弟か妹が欲しい。
一緒に遊びたい。
あと、相変わらずこの世界の言葉はわからなかった。
まあ、パパとママの単語と、俺の名前くらいなら分かるけど。
父さんはよく「パパはどこだー?……。ここでした!」と変顔でいないいないばあをする。
母さんはよく「アルー、ママのところまでおいでー」と両手を広げて、ハイハイの練習をさせる。
父さんは母さんのことを「ベル」と呼び、母さんは父さんのことを「レイ」と呼ぶ。
愛称なのかな。
ブリッ
あ……
出た。
何が出たのかって? 諸悪の身だよ。
まだ一歳の俺は、ケツのコントロールなんてできない。
一応おむつは履いてるけど、やっぱり毎度毎度お尻の心地は悪い。
しかも臭い。
俺は母さんの髪の毛をクイクイと引っ張って、何があったかを伝える。
「ママ、ア! ア!」
言葉はわからないし、喉の発達もまだだからこんな事しか言えなかった。
手でお尻を触ってジェスチャーした。
「 、ママ 」
(あら、ママの背中でうんちしたのね)
ニコニコと笑いながら俺を背中から下ろす。
申し訳ないと思いながら母さんに奴の後始末を任せる。
なんだか、とても退屈だ。
意思疎通が出来ないと人はこれほどもどかしい気持ちになるのか、と悟った感じを出してみる。
今、すっぽんぽんだけどね。
まあずっと言葉がわからないのもあれだ、色々と周りの物の単語を覚えることにしよう。
――
単語を覚え始めて半年。
今では簡単な意思疎通ができるようになった。
といっても単語をずらずらと話すだけだが。
父さんと母さんが話す単語も理解できる。
高校の小テストの勉強で、英語の単語帳を使って単語を覚えるのとはまるで別だ。
やっぱり、「あれ、何?」と目で見て、触って、聞いて、嗅いで、食べてみて、五感を使って覚える事が大切なんだと思った。
そうだ、まだちゃんとした父さんと母さんの名前を聞いていなかった。
今日は家にいる父さんに聞いてみよう。
「パパ」
続けて話す。
「名前、アルス。呼ぶ、アル。パパ、名前、レイ? 呼ぶ、レイ? ママ、名前、ベル? 呼ぶ、ベル?」
これで伝わるだろう。
単語しか覚えてこなかったから文法は無視だぜ。
「んー……」
数秒沈黙が流れる。
あれ、流石に無理があるか?
頭を抱えていた父さんは、ハッとこちらを見た。
「アル 賢い 。パパ ママ 呼んでる名前、覚えてる 。 名前 ついてる。パパ グレイダ 、ママ イザベル 」
(アルは賢いな。パパとママの呼んでる名前、覚えてるのか。それに愛称と名前の区別がついてる。パパはグレイダで、ママはイザベルだよ)
「グレイダ? イザベル?」
グレイダのレイと、イザベルのベルか。
「 、カッコいい名前 ? ママ 名前 超絶カワイイ」
(そうさ、カッコいい名前だろ? それでママの名前は超絶カワイイ)
ははー。
何言ってんだこいつ。
とりあえず便乗しとこうか。
「かっこいい、かわいい」
前から思ってたけど、この男はバカなんだと思う。
グレイダとイザベルか。
それで俺がアルス。
よし、父さんの仕事についても前々から気になってたんだ。
「グレイダ、仕事、何?」
あ、うっかり名前で呼んでしまった。
「パパ カジシ 」
(パパは鍛冶師さ)
父さんが腕を曲げて力こぶを見せる。
「カジシ?」
なんて意味なんだろう。
腕を見せてるし、力が必要な仕事なのかな。
「 、カジシ。剣 防具 作ってる 。グレイダ•グラベル この国随一 カジシ 」
(そう、鍛冶師。剣とか防具を作ってるんだ。グレイダ•グラベルはこの国随一の鍛冶師なのさ)
両腕を組みウンウンと頷く父さんは、やっぱりただのバカにしか見えない。
剣と防具。
鍛冶師か!
いやでも、鍛冶師ってさ、包丁の職人とかならまだわかるが、剣と防具って。
うん、どこのファンタジーです?
嘘ついてるのかな。
腕を組んで口の先を尖らせ、頭を傾げてジーっと父さんを見ていた俺に、父さんは言った。
「アル、いつか見せてあげる 。パパ 仕事」
(アル、いつか見せてあげるよ。パパの仕事)
「見たい」
父さんの仕事を見てみたい。
こんな嘘のつき方は流石に何か隠してる。
そういえばさっき、父さん自分の事なんて言った?
グレイダ•グラベル?
それが父さんの本名なのか?
「パパ、グレイダ•グラベル?」
「 、 アル 言って 」
(そっか、まだアルには言ってなかったか)
父さんがぶつぶつ呟く。
「 、グレイダ•グラベル。ママ イザベル•グラベル。 お前 アルス•グラベル 」
(そう、グレイダ•グラベル。ママはイザベル•グラベル。そしてお前はアルス•グラベルだ)
グラベルは苗字か。
アルス•グラベル。
よし、覚えた。
この家はグラベル家だ。
――
「「「いただきます」」」
今日も食卓で夕飯を食べる。
俺はまだ一歳だから、赤ちゃん用の椅子に座る。
テーブルを見ると、麦からできたパンと、野菜の入ったスープが並んでいた。
日本人からしたらとても質素だし、決して美味しくはないが、母さんの作る料理は美味しく感じる。
俺はパンを一口サイズに千切り、口へ運ぶ。
「 、アルス 俺 鍛冶屋 行く約束 した 。」
(そういえば、アルスと今度俺の鍛冶屋に行く約束をしたんだ。)
「 、この子 剣 興味ある 。今度ケンジュツ 稽古 ?」
(あら、この子も剣とかに興味あるのかしら。今度剣術の稽古でもつけてあげたら?)
「俺 鍛冶仕事 興味 持って欲しい ……」
(俺は鍛冶仕事に興味を持って欲しいな……)
違う、そうじゃない。と父が話す。
クスクスと母さんが笑う。
ケンジュツって言ってたな。
なんなんだろう、ケンジュツ。
「 、危ない 大きくなってからね。」
(でも、危ないからもうちょっと大きくなってからね。)
社会科見学はもうちょっと先になるっぽいな。
俺はパンをひと千切りして、口へ運ぶ。
母さんが俺のことをジーっと見る。
「 アルス 不思議 。産まれた時 産声 あげていた 、 泣かないもの」
(それにしてもアルスは不思議よね。産まれた時は産声をあげていたけど、それ以来泣かないもの)
「お昼 アル 話 したんだけど、 一歳 俺 言ったこと 全部わかる 。末恐ろしい子 。パパ 賢いかも !」
(お昼にアルと話をしたんだけど、まだ一歳なのに俺の言ったことが全部わかるみたいなんだ。末恐ろしい子だよ。パパよりも賢いかもな!)
「最近 言葉 お勉強してる 。『あれ何ー、あれ何ー』 」
(最近はずっと言葉のお勉強してるもんね。『あれ何ー、あれ何ー』って)
母さんが「ねー?」と言いたげに顔を覗かせる。
「 ベル、 寝る時 絵本 読み聞かせたら ? 早いかも 、言葉 もっと流暢 話せる なるかも 」
(そうだベル、これから寝る時に絵本を読み聞かせたらどうだ? まだ早いかもしれないが、言葉ももっと流暢に話せるようになるかもしれない)
お、読み聞かせか。
ちょっと恥ずかしい気もするけど、文法とか色々と学べることはありそうだ。
「 。 早速今日 始めましょ」
(いいわね。じゃあ早速今日から始めましょ)
母さんがニコリと笑う。
俺はパンをまた千切り、口へ運ぶ。
――
「どこ 」
(どこだっけ)
母さんが本棚で本を探す。
俺はベッドで横になっている。
「あった!」
母さんが一冊の本を取り出すど俺の隣へ来る。
「今日 このお話 しましょう」
(今日はこのお話にしましょう)
――
パタリと本が閉じる音がする。
「今日 これでおしまい 」
(今日はこれでおしまいね)
今日のおとぎ話は武神アークス•ベアドの英雄譚だった。
とても強いらしい。
俺はふと本の裏表紙に目をやると、長方形の絵が目に映る。
地図だ。
海と大陸が描かれてある。
世界地図か?
よく目を凝らしてみてみると、俺は急いで母さんに聞いた。
「これ、世界地図?」
「 、 知ってる 。 、私たち いるのはこの辺 」
(そうよ、よく知ってるわね。そう、私たちがいるのはこの辺よ)
母さんは右の方にある大陸を指差していた。
なんてこった。
俺は気づいた。
この地図には日本はない。
大陸の形も地球にある大陸と違う。
ヨーロッパだと思っていたここも東にある。
普通は真ん中か左側にあるはずだ。
俺は確かに転生した。
だけど多分、転生したのは別の世界だ。
それだと辻褄が合う。
この家にある家具も、食事も、服も、どれも中世ヨーロッパあたりのものだ。
化学技術が発展しなかった世界なのかもしれない。
地図をまじまじ見ていると、地図の下には文章が書かれていた。
「ママ、これ、読む」
母さんにその文を読むようにお願いする。
「どれどれ……」
母さんが読み始める。
『ゼドが4人の神を生む
ボルデアが大地を作り
ラグランが太陽で照らす
アプトュルが干からびた大地に水を注ぎ
ラリアルが植物の種を運ぶ
母なる大地を守るため
四人の子供が手を挙げる
プロネシスに知恵を
ディカイオスに正義を
アンドレアに勇気を
ソプロシュネに節制を
ゼドは徳を彼らに与える
〜世界の産声〜 より』
んー、さっぱり何言ってるのか分からない。
「有名 神話 。ゼド 言う神様 、ゲンソノカミ 言う四人 神様 生む 。その神様達 今いるこの世界 作った 。 、四人 子供 いうのは、シトクノコ 呼ばれてて、彼ら 今 存在してる 」
(有名な神話ね。ゼドって言う神様が、元素之神って言う四人の神様を生むの。その神様達が今いるこの世界を作ったのよ。あと、四人の子供っていうのは、四徳之子って呼ばれてて、彼らは今でも存在しているのよ)
ゼド、ゲンソノカミ、シトクノコ。
ややこしくなってきた。
「 アル まだ難しい 。 寝ましょっか。お休みなさい」
(まあアルにはまだ難しいわね。もう寝ましょっか。お休みなさい)
母さんはそう言うと、俺のおでこにキスをした。
「お休みなさい」
俺は疲れていたのか、うとうとと眠りについた。
もっと良い表現の仕方が見つからず、見づらいセリフ文になってしまいました。すみません。




