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第百七十三話『公平』

「剣聖様はガイス・レヴァリオンを使えるのですか!?」

「……だったら、どうして!? どうして、フリッカに覚えさせようなんてしたんですか!?」


 純粋な驚きを口にするフレデリカに対して、アルヴィレオの問い掛けには抑え切れない怒気が含まれていた。

 他に居ないから彼女が苦悩する羽目になったのだと思っていた。他に使える者がいたのなら、最初から彼女には不要な苦悩だった事になる。


「剣聖マリア・ミリガンを頼る事は純粋に危険だからだ」

「危険……?」

「彼女はキャロライン・スティルマグナスの師だ」


 あまりの説得力にフレデリカとアルヴィレオは押し黙った。

 アザレア学園で最も危険な人間が誰かと問われれば、恐らくは大抵の人間が彼女の名を挙げるだろう。

 王国の騎士すら超える武力を持ち、王族すらも躊躇いなく斬ろうとする狂人。その師匠こそがマリア・ミリガンなのだ。


「エルフランがロズガルドとして覚醒したとしよう。その時、彼女は決して我々の思い通りには動かないだろう。確実にロズガルドとの戦闘を楽しみ始める。そして、この大陸全土がロズガルド出現以上の地獄と化す」

「で、ですが、剣聖様はパシュフル大陸全土を守る為に日夜戦っていると……」

「彼女がただ邪悪な存在であれば話は単純なのだがな。彼女は人を思い遣り、人を守る事が出来る。ただ、それはそれとしてロズガルドと戦う事は、彼女にとって民を守る事よりも優先するべき事なのだ」

「そんな……」

「彼女はゼノンとも交戦した記録がある。その際は巨大な山が平地と化した。理由は戦いたかったからだそうだ」

「ゆ、勇者様に害を為すなど、禁忌に抵触する筈では……?」

「ああ、その通りだ。だが、彼女は罪に問われない。何故なら、彼女を罰する事が出来る存在など、それこそ勇者だけだからだ」


 フレデリカとアルヴィレオは絶句した。


「そ、そんな方を頼って大丈夫なのですか?」

「ああ、今回に限れば話が別だ」


 不安そうなフレデリカに対して、ネルギウスは言った。


「ザインがこの世界で行動を共にした人間達。その内の一人が彼女だったのだ。彼女もザインとの再会を望んでいる。協力してもらえる可能性がある」


 そう言うと、彼は息を深く吐いた。


「本題に戻るとしよう。創造神バルサーラが実在する根拠は先に挙げた七大神器だ。そして、その内の一つをお前達はよく知っている筈だ。ああ、ヒヒイロガネの方ではない。王者の剣の事だ」

「……勇者の剣『アリエル』の事ですね?」

「そうだ。アリエルは意思を持つ剣であり、オルネウス王はその意思から創造神の実在を教えられた。そして、ザインがアースへ帰還する直前、創造神バルサーラと推定される存在に語り掛けていた事が報告されている」

「で、では、ゲームを作ったのは本当に創造神様だと仰るのですか?」


 神のゲームというと少しかっこいい気もするけれど、中身は乙女げーと冒険RPGのごった煮なテレビゲーム。フレデリカの中ではどうしても神と『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』が結びつかない。


「少なくとも、何らかの干渉を行った事は間違いない」


 神が乙女げーを作った。そう考えると、創造神の神秘性が急速に薄れていく。

 ただ、バルサ―ラは女神だという。神様という事を一旦忘れて考えてみると、女の子が乙女ゲーを作ったという事になる。

 とても自然な事だ。それで納得しよう。フレデリカはバルサ―ラの神という部分を心の棚に仕舞い込んで納得した。


「そして、そのゲームには制作した意図がある筈だ。その意図を完全に解き明かすまでは盲信するべきではない」

「かしこまりました」


 フレデリカはそう答えながら深く後悔していた。

 手紙に記した数行の情報だけでも、ネルギウスは様々な謎を解き明かして見せた。

 もっと早くに打ち明けていればと思わずにはいられない。躊躇った時間の分だけ、ラグランジアはもちろん、アガリア王国も不利益を被ってしまった。

 王家に嫁ぐものとして、許し難き大罪だ。


「そのような顔をするな。たしかに、ゲームのシナリオの内容がこの世界の未来を描いたものである以上、有用である事は確かな事だ。だが、そのゲームではお前とアルヴィレオの関係性が今と異なっていたのではないか? それ故に、お前は情報を出し渋ったのだろう?」


 フレデリカは恥ずかしいやら、申し訳ないやらで顔を赤くしながら小さく頷いた。


「その時点で、そのゲームに描かれていた未来は破綻している。そもそもだが、お前自身はゲームに沿うように生きて来たのか? そのゲームにはお前自身も登場していたのだろう? その行動の一つ一つを完璧に模倣出来ていたとでも言うのか?」

「い、いえ、それは……」

「ある程度、ゲームに描かれた内容と類似する事態は起きるだろう。だが、それだけだ。ゲームには描かれていなかった事態の方が多く起こり得るだろう。その時、ゲームの知識がノイズとなる可能性が高い。だからこそ、私はお前からゲームの内容をすべて聞くつもりはない」

「で、ですがその……」


 食い下がるフレデリカの様子をネルギウスはよく観察していた。その様子から、彼は彼女の思考を推察した。


「ゲームの私は失策したのだな。そのゲームは大衆向けに作られ、それなりの人気を博したのだろう。その事を踏まえ、エルフランのロズガルド化の期限とお前がその事実をゲームから教えられていない事実を結び付ければ、お前達がアザレア学園の最終学年に上がる少し前辺りが物語としてのクライマックスだったのだろう。それまで、ラグランジアの問題が解決していなかった。だからこそ、お前は情報の解禁に踏み切ったのだな」


 ネルギウスは小さく息を吐いた。


「それは失策ではない。恐らく、ゲームのお前はアルヴィレオとの関係が冷え切っていたのではないか? そうなると、ゲームの私はお前を手札として使えなかった可能性が高い。そうなると、エルフランのロズガルド化を阻む手段は限られてくる。そのゲームでは、エルフランを黒幕にぶつけたのではないか?」

「……は、はい。その通りです」


 ゲームの主人公はエルフランだった。だから、彼女が魔王に決戦を挑む事は必然だった。

 その流れに対して、フレデリカは疑問を抱いた事がなかった。なにしろ、物語というものは大抵の場合、主人公が事態を解決するものだからだ。

 ゲームのフレデリカとアルヴィレオの関係が冷え切っていたのもその通りだった。


「ならば、断言しよう。ゲームの私はエルフランのロズガルド化を回避する為に、その瞬間まで解決を引き延ばしたのだ。その為にラグランジアの民の犠牲を容認し、メルセルク王国をはじめとした多くの国々にも苦境を敷いた。それが解答だ」


 フレデリカは開いた口が塞がらなかった。ネルギウスが失策などあり得ないと知りながら、彼の手腕を疑ってしまった。その事が恥ずかしくて堪らない。

 自分はなんと愚かなのだろう。目の前におわすのは偉大なる賢王陛下。この御方はすべて正しく、信じる以外の選択肢など存在しない。その事をフレデリカは改めて心に刻み付けた。


「ラグランジア王の背後にいる黒幕を倒す。エルフランのロズガルド化を阻む。両方を遂行する上で、ゲームの私はお前と言う手札を手に入れる事が出来なかった。それを失策と言われれば、否定は出来ないがな」


 意地悪く笑みを浮かべるネルギウスにフレデリカは小さくなり、そんな彼女を庇いながら、アルヴィレオは父を睨みつけた。


「まあ、つまりだ。お前のゲームの知識よりも、お前達が愛し合う関係になった事の方がアガリア王国にとっても、この世界にとっても有益だったわけだ。お前は十分によくやってくれている」

「……フリッカはあなたの駒じゃない。ボクの妻だ」


 お礼を言おうとするフリッカの口を手で覆い、アルヴィレオは言った。


「無論、分かっている。だから、手札と言った。アルヴィレオよ。お前も覚えておくがいい」


 ネルギウスは憂鬱そうに言った。


「王は公平でなければならない。愛する者であろうと、許し難き悪党であろうと公平に、平等に利用しなければならないのだ」

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