第百七十二話『シャロンの目的』
「創造神バルサーラについて、お前達はどこまで知っている?」
ネルギウスに問われ、フレデリカとアルヴィレオは顔を見合わせた。
バルサーラ教の教典の内容ならば諳んじる事が出来る。その成り立ちの歴史や戒律も学んでいる。けれど、それは創造神バルサーラの事を知る為ではなく、王家に連なる者の教養として世界最大の宗教であるバルサ―ラ教を知る為だ。
「バルサーラ教の主神であり、バルサーラ大陸の名の由来となった神。この世界を創造した存在としか……」
「まあ、そうだろうな。創造神の存在は意図的に曖昧化されているのだ。だが、実在する」
その言葉に二人は言葉を失った。
神が実在する。ネルギウスの顔を見れば、それが嘘や冗句の類ではない事が分かる。
だからこそ、二人の頭の中は真っ白になった。
「驚くのも無理はない。『存在して欲しいと希うが、存在しないであろう存在』。そうあるように創造神の存在は永い時を掛けて曖昧化されて来たのだからな」
「ほ、本当に実在するというのですか? ですが、どうして曖昧化など……」
アルヴィレオは混乱を必死に抑えながら問い掛けた。
「世界を神の物ではなく、その世界に棲む者達の物とする為だ。その為に創造神が自ら作り上げたのがバルサーラ教という宗教だ。自らの存在を曖昧化し、いずれ必要になるであろう創世記の情報を残す為の機関。それがバルサーラ教の始まりなのだ」
ネルギウスは必死に理解しようとしている二人を見つめ、少し間を置いてから話を進めた。
「七大神器の事は知っているか?」
「……シャシャが持つ、神器『イスラ・ウズラ』がその一つだとは。あと、彼女から創世記の七王に創造神が力を与えたと聞きました。竜王の系譜だけに許された神器『緋々色金』の事も」
フレデリカは自らの手を見つめながら答えた。
「その通りだ。神器とは、創造神が創世記の七王に与えた力。炎王レリュシオンには、『神器:ニエガミノカグラ』。竜王メルカトナザレには、『神器:ヒヒイロガネ』。妖王ルミナスには、『神器:イスラ・ウズラ』。獣王アルヴァトロスには、『神器:エクセリオン』。風王バイフーには、『神器:イトシキコ』。冥王アルファには、『神器:ルル・エブラム』。そして、いずれ現れるであろう人の王には、『神器:王者の剣』が残された」
ネルギウスはフレデリカの目が大きく見開かれた事で、彼女が語るゲームに七大神器の事はあまり詳しく描かれていなかった事を推察した。そして、彼女が小声でアルヴァトロスとアルファの名を呟いた事も聞き逃さなかった。
「フレデリカよ。アルヴァトロスとアルファについて、お前が知る事を語るが良い」
「え? あっ、はい。アルヴァトロスは『成層圏を泳ぐもの』の異名を持つ魔獣の事です。帝国が制空権を得る為に空を目指した時、すべてを破壊した天空の覇者と……。アルファについては知りませんでした」
無知を恥じるフレデリカに対して、ネルギウスは小さく微笑んだ。
「なるほどな」
「陛下?」
「冥王アルファはゲームに登場しなかったのだな。その名すらも」
「は、はい」
冥王アルファ。その名を聞いたのは、今が初めての事だった。
フレデリカが戸惑うと、ネルギウスは更に話を進めた。
「冥王アルファとは、創世記の七王。冥府の門番として、今は霊王が行っている霊魂の管理を担っていた王だ」
そして、とネルギウスは語った。
「初代魔王ザラクによって滅ぼされ、アルファは王の力を簒奪された」
「ザラク……、初代魔王にですか!?」
「ああ、そうだ。当時、王を名乗る事を許された存在は七王のみ。それ以外の者が王を自称する事は決して許されない大罪だった。そのルールを初代魔王は破壊した。新たなる王、『魔王』を自称し、世界に向けて宣戦布告を行った」
それは歴史書にも記されていない事実だった。恐らくは、賢王の権能を継承した者だけに許される知識。その一端を与えられ、フレデリカはひたすらに呆然としていた。
「『エターナル・アヴァロン ~ エルフランの軌跡 / ザラクの冒険 ~』と言うタイトルだったな。エルフランとザラクという少年少女を主役に添えた物語。ほぼ間違いなく、そのザラクという少年と初代魔王は同一人物だ」
フレデリカは何かを言いたげに口を何度も開きかけた。けれど、言葉にならなかった。
彼女の明晰な頭脳をもってしても、賢王の頭脳はその遥か先を突き進んでいる。追いつけないまま、息を切らしている状況だ。
「ザラクという名は忌み名として刻まれていてな。人間である限り、その名を無意識的に忌避してしまうものなのだ。故に、その名を付けられる子供など、本来は存在しない。だが、その名を持つ者が現れた。ならば、その者こそが初代魔王ザラクその人であるという事だ」
「で、ですが……、でも……、あの……」
フレデリカはザラクをフレデリカ・ヴァレンタインとゼノン・ディラの息子だと考えていた。だからこそ、ゲームの話をアルヴィレオに打ち明ける事を躊躇い続けて来た。
「そして、話は最初に立ち戻る。シャロンに転生という閃きを与えた者。それこそが初代魔王という事なのだろう。突飛な発想と思うだろうが、一つ根拠を提示する事が出来る」
「……父上、根拠とは?」
アルヴィレオは完全に機能不全に陥っている婚約者の肩を抱きながら、父王に問い掛けた。
「魔王の権能のゲートだ」
ゲート。そのスキルをフレデリカが使う場面をアルヴィレオも何度も見て来た。
「元々、初代魔王はあのように便利なスキルなど持っていなかった。だが、側近であったアルトギアの転移魔法を己の能力だと大衆に誤認させる事で権能にそのスキルを芽生えさせたのだ。そして、その行為によって権能に意図せぬ能力が追加された可能性がある」
「意図せぬ能力ですか……?」
「アルトギアの魔法を己の力とする能力だ。そして、それが魔王の権能にアルトギア式の転生術式を付与したのだろう。その事実をシャロンは何らかの方法突き止め、利用しようと企み、結果として七大魔王となった。私はそう推察している」
「……アルトギア手記」
「ん?」
フレデリカの脳内に稲妻の如く、記憶が蘇った。
それは彼女の社交界デビューの日にシヴァと出会った時に視たものだ。
次々にフラッシュバックした記憶。エターナル・アヴァロンの魔獣達が跋扈している地球の風景、メナス・ミリガンの姿、そして、四冊の本。最後に七王の一画である宝王ガンザルディと会話している場面でフラッシュバックは終了した。
「そう……、シャロンはアルトギア手記を読んだ。そして、ガンザルディに会いに行った。初代魔王がやろうとした事を再現する為に」
「フ、フリッカ!?」
「でも、違う。彼女が知りたかったのは王の力を簒奪する方法だった。初代魔王を倒す為に戦い、滅びた獣王の権能。それが彼女に宿ってしまった。元に戻す為には初代魔王が冥王から王の力を奪った時の方法を知る必要があった。だから、調べたんだ。側近であるアルトギアの手記を読んだ。だけど、そこには肝心な情報がなかった。あれはアルトギアが転生する際に記憶を保存する為の器だったからだ。アルトギアが知らない事は分からない。だから、会いに行ったんだ。ガンザルディ。あの時代の唯一の生き証人である彼ならばと思ったからだ。だけど、ダメだった。彼も知らなかった。知る為には魔王自身の知識が必要だった。だから……、だから……、だから、わたしは魔王の権能を求めたのだ。魔王の記憶を手に入れる為に!!」
「フリッカ!!」
アルヴィレオに両肩を掴まれて、フレデリカは正気に戻った。
「……今のはシャロンの記憶だな。必要なピースが揃った為に、フラッシュバックが起きたのだろう。フレデリカよ、それ以上は踏み込むな」
「は、はい……」
いつものようにテンションが上がってしまったのではなかった。途中から、明確に口が自分の意思を超えて言葉を発していた。
恐らくはシャロンの意思だ。
「いや、違う」
「え?」
「シャロンの意思ではない。シャロンの記憶だ」
あまりにも自然に思考を読まれた。
フレデリカが口をポカンと開けると、ネルギウスは微笑んだ。
「この程度の読心術が出来ないようでは王になどなれぬ。お前は特に分かり易い」
その言葉にフレデリカは真っ赤になった。そして、アルヴィレオは酸っぱい物を食べたみたいな表情になった。
「……嫉妬する要素があったか? ああ、フレデリカを赤面させていいのは自分だけというわけか。その独占欲は抑えられるようになっておけよ」
ネルギウスはやれやれと肩を竦めると、再びフレデリカに視線を戻した。
「フレデリカよ。お前の中にシャロンの意識が残っているわけではない。そこは安心するがいい。だが、お前の中にはシャロンの記憶が残っている。今のはそのフラッシュバックによる反射だ」
「わたしの中にシャロンの記憶が……」
「だが、おかげで確定したな。まあ、その辺りだろうとは思っていたが、やはり初代魔王の記憶を欲しての行動だったというわけか。そして、実際に得たのだろう。初代魔王の発想やアルトギアの転生、魔王の権能の拡張性、異世界の存在などの情報を統合し、行動に移したという事だろうな」
しばらく、沈黙が続いた。フレデリカとアルヴィレオは与えられたばかりの情報を整理する為に躍起になっており、ネルギウスも思考を巡らせている。
そして、最初に思考を終えたのはやはりネルギウスだった。
「しまったな。ザインを帰らせたのは失敗だった」
「え?」
「どういう事ですか?」
「獣王の権能の本来の継承者はザインだったのだ。だが、ザインは継承を拒んだ。それにより、ナギサという少女に宿り、暴走した。その暴走を止める為、七英雄は時喰の獣を利用した。王の力が移る前の状態に彼女を移行させたわけだ。そして、再び行き場を失った獣王の権能はヴァイクに宿った。けれど、ヴァイクは仮初の宿主に過ぎず、時が元に戻れば、再び彼女の下へ戻ろうとするだろう。その瞬間にザインが立ち会ってくれれば、彼に獣王の権能が宿る可能性が高い。なにしろ、本来の継承者なのだからな」
「あっ……」
フレデリカとアルヴィレオは目を見開いた。
「で、でも、ザインは……」
「寿命が尽きている可能性が高い。だが、間に合う可能性もある。ラグランジアの件もある事だ。予定を変更しよう」
ネルギウスは言った。
「剣聖マリア・ミリガンを呼ぶ。彼女ならば、ガイス・レヴァリオンを使えるからな」
「え!?」
今日は驚いてばかりだ。




