どうしてダメなの?
エクセレントグループの社長へのアポイントを繋ぐことに反対する、小野田の断固とした態度に、秋音はしびれを切らし、カウンター越しに身を乗り出しながら、睨みつけるような表情で語りだした。
「私の友人が勤めるホテルなんです!やっと前の社長の呪縛から解かれて、社員の皆さんはホテルを良くしようと意気込んでいたんです!だからこそ私は、少しでも彼らの力になりたいんです!どうしてダメなんでしょうか?」
すると、小野田はため息を付きながら、額に手を当て、少し首を振ると、ようやく口を開いた。
「あなたは、友人のために役立ちたいという一心で、僕にお願いしてるんだと思う。でも、それは僕も同じでね。社長は僕を見つけてくれて、こんな立派なお店を与えてくれた、そして僕の人生にチャンスを与えてくれた。だからこそ、僕は自分のためだけじゃなく、社長のために、このホテルのために、この店を必死に切り盛りしてきたんだ。それなのに、社長の意に反することを、頭を下げてお願いすることなんて、できないよ」
そういうと、小野田は小さなコップにウイスキーを注ぎ込み、一気に飲み干した。
秋音は小野田の言葉を聞くと、力なくうつむき、両手で頭を抱え込んだが、しばらくすると顔を上げ、再び小野田の顔を見つめた。
「わかりました。じゃあ、私から小野田さんにはお願いしません。マスターをきちんと話を通して、お願いしますから」
すると、小野田は呆れ顔で振り返った。
「あのな、祥次郎君が来ても、僕の答えは同じだよ。それに、祥次郎君は、この店が出来るまでの経緯を、よーくわかっているはずさ。だから、僕を通して社長に会わせろだなんて、軽々しいことは言ってこないはずだよ」
万事休す?いや、まだまだ望みは捨てない。
秋音は立ち上がると、カバンを拾い、小野田に一礼すると、店を出て行った。
「どこに行くつもりかね?」
小野田は、訝し気な表情で秋音の背中越しに呼び掛けた。
「社長に、直談判します」
「社長はきちんと事前にアポイントを入れた人間じゃないと、会ってはくれないぞ。あなたの気持ちは分かるが、もう少し冷静になってほしい。そもそもあなた方は、ウエストサイドホテルの美術品盗難事件の捜査をしていた。もうその件は解決したはずだ。これ以上、ホテルのいざこざに首を突っ込む必要はないと思う」
秋音は小野田の言葉を聞き、振り返ると、キッと睨みつけた。
「美術品盗難事件は解決しました。だけど、事件が解決したことで、また違う問題が発生してしまったんだと思います。そのことには、私も責任を感じていますので」
そういうと、秋音は再び頭を下げ、店の外へと足早に走り去っていった。
小野田は、小声で「勝手にしろ」と言いながら、再びウイスキーを小さなコップに注ぎ込み、飲み干した。
秋音は、雪を踏みしめながら駅に戻り、電車に乗りながら、祥次郎にLINEでメッセージを送った。
『小野田さんに会ってきたけど、ダメでした。ここまで社長に助けてもらったから、社長の意に反するようなことはしたくないんだって。本当に意固地で、呆れちゃった!ウエストサイドホテルの社員の生活や今後のことなんか、何一つ考えてないんだから。だからマスター、今度、小野田さんに会って、社長に会わせるよう進言してほしい!それしか、私方法知らないし……』
送信すると、秋音はふう、とため息をつき、手すりにもたれかかった。
しばらく浅い眠りについていた秋音だが、下車駅が近づいた時、コートのポケットから着信音が鳴り響き、目が覚めた。
秋音はポケットからスマートフォンを取り出すと、LINEのメッセージが1件届いていた。
『それは、小野田君が正しいよん。秋音ちゃんがいくら頑張っても多分時間のムダだから!残念でしたあ。じゃあ、おやすみん☆』
「ざ、ざけんなよ!残念でしたあ、じゃねえよ!マスターまで、何なのよ!」
祥次郎からのメッセージを読み終えた秋音は、怒りで手が震え、スマートフォンを叩きつけようと手を上に振りかざした。
その時、怒りに震える秋音の様子を心配そうに見つめている周囲の視線に気が付き、少し照れ笑いすると、猛ダッシュで改札を出て、駅舎の外へ走り去っていった。
その時、秋音は、雪で凍り付いた路面に足を踏み入れてしまい、不意に足元のバランスを失ってしまった。
「キャアア~~!!」
秋音の体は地面に叩きつけられた。
強烈な痛みで、体中に電撃が走ったかのような感覚に襲われた。
何とか起き上がろうとしたものの、足がふらついてまた倒れてしまった。
「大丈夫……ですか?」
その時、秋音の頭上からかすかに男性の声が聞こえた。
秋音が何とか体勢を立て直し、真上の方向を見ると、ロマンスグレーの髪をオールバックにまとめ、品のよさそうな雰囲気がある1人の男性が、手をのばしてきた。
秋音は、見ず知らずの自分に手を差し伸べるなんて、と懐疑的に男性を見つめたが、男性は微笑みながら、手を差し伸べてくれた。
「ありがとう、ございます」
秋音は、その手を掴むと、ふらつきながらも起き上がった。
「雪、いっぱい背中についてますよ。払ってあげましょうか?」
「い、いや…良いです」
「ご自宅は、このお近くで?」
「いや、ここから10分近く歩くんです」
「じゃあ、送っていきますよ」
「え、結構ですよ。タクシーでも拾って帰りますから!」
「じゃあ、タクシー乗り場まで、僕の肩に捕まって」
そういうと、男性は秋音の肩に手を回し、一歩ずつ、雪の上をギュギュっと音を立てて踏みしめながらタクシー乗り場まで秋音を連れて行った。
やがて、タクシーが1台、2人の前に停まると、男性は秋音とともにタクシーに乗った。
「お姉さん、自宅はどこなの?」
「わ、私は大丈夫ですから!ここからは1人で結構です!」
「だけど、足がふらついていますよ。こんな雪の日に、危ないじゃないですか?」
「私は、こう見えても丈夫なので。ここまで、ありがとうございました」
秋音が頭を下げると、男性は心配そうな顔で見つめながらも、ポケットをさぐり、1枚の名刺を秋音に差し出した。
「もしお怪我が酷いようでしたら、ここに、連絡ください。すぐ駆け付けますからね」
そういうと、男性はタクシーのドアを閉め、手を振って見送ってくれた。
秋音は、窓越しに軽く一礼し、男性の姿が見えなくなると、ふうっとため息をついて、座席にもたれかかった。
そして、男性から貰った名刺に、そっと目を通した。
「野口……三喜雄?」
白地に名前と電話番号だけが記された、シンプルな名刺だった。
家路を急ぐ人が多い中で、献身的に秋音を助けてくれた野口という男性……秋音は帰りのタクシーの中で、駅での出来事を思い返したが、考えれば考える程謎めいた存在に感じた。




