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バーテンダーは名探偵?  作者: freedomlife
追憶の彼方に
19/50

足がかり

めったに雪が降らない東京であるが、一夜のうちに相当な雪が降り、くるぶしの辺りまで積もった。

 仕事を終え、まだふかふかの雪が残る早朝の道路を、一歩一歩、慎重に歩みを勧めながらマンションに戻った秋音。

 マンションの扉を開け、玄関でコートやスカート、靴に付いた雪を払うと、ストッキングがびしょびしょに濡れていたことに気づき、急いで脱ぎ捨てた。

 その時、バッグに収められたスマートフォンがゆるやかな音を立てて、着信を知らせてくれた。

 こんな朝早くに何事かと、スマートフォンを開くと、理香からのLINEが届いていた。

 昨日、バー「メロス」で、マスターの祥次郎を追い出して二人だけで飲み明かした。色々なことを語り合った。事件の話だけではなく、仕事の事、恋愛の事、家族の事…話が尽きなかった。時間がいくらあっても足りなかった。

 別れ際、二人はLINEのアドレスを教え合った。

 そして、これからも、機会があれば一緒に飲もうと約束した。


『おはよう!まだ二日酔い気味だし、すっごい大雪で、表に出るのは気が引けるけど、今は仕事したい気持ちでいっぱいなんで、頑張っていってきま~す!秋音ちゃんは今日はお休みかな?また飲もうね!』


 秋音は、前日の夜の楽しかったひと時を思い出しながら、スマートフォンで返事を送った。


『私はこれから寝ます!二日酔いと大雪で大変だろうけど、仕事があなたを待っています。そしてみんながあなたの帰りを待っています!お互いがんばろーぜ!』


 メッセージを送り終えると、秋音は熱いシャワーを浴び、スウェットに着替えてそそくさとふとんの中にもぐりこんだ。

 ふとんの中に入ると、これまでの疲れが、スッと体中から抜けていったような感じがした。


 ピピッ…ピピッ…

 アラームが部屋中にけたたましく鳴り響いた。

 時計を確認すると、夕方4時…久しぶりにゆっくり眠りについた気がする。

 秋音は、起き掛けにスマートフォンを確認する習性がある。

 バーだけでなく、探偵業も手伝っているので、事件に関する連絡が入ることもあるからだ。

 昼過ぎの着信で、理香からのLINEのメッセージが1件入っていた。


『まだ寝てるかな?実は結構ヤバイニュースが入りました。うちのホテル、社長のお父さんが経営するエクセレントグループに買収されることになりそう。そして、買収による人員整理のため、ホテルの従業員が削減されるんだって。復帰早々、嫌なニュース聞いて、頭がくらくらします。憂さ晴らしにまたテキーラ飲みたくなる気分‥』


「え、さ、削減?せっかく復帰できたのに‥!」


 秋音は、慌てて理香のメッセージに返信した。


『ごめん、寝てたんだ。大変なことになっちゃったね!社長が逮捕されて不在なのをいいことに、買収するなんてひどい!でも大丈夫、私とマスターで、理香ちゃんと社員のみなさんのこと、きっと守るからね』


 メッセージを送り終えると、秋音はがっくりと肩を落とした。

 社長が逮捕され、これで会社の雰囲気が変わり、風通しが良くなると思ったのに、このままでは理香をはじめとするウエストサイドホテルの社員たちが、益々不利益を被るのが目に見える…そう思うと、今まで自分が頑張ってきたことは何だったのかと、自問自答してしまった。


 秋音は、早速祥次郎にLINEを送った。

 祥次郎は、エクセレントグループの「本丸」である、エクセリアスホテル浜松町のバーテンダー・小野田と旧知の仲である。

 小野田を通して、エクセレントグループの役員達にウエストサイドホテルを守ってもらえるようお願いできないか?淡い期待を込めて、祥次郎に連絡を取った。

 しかし、10分、いや、1時間以上経過しても返事が返ってこなかった。

 業を煮やした秋音は、直接祥次郎に電話をかけた。


「ハイ‥岡崎です」

「あ、マスター、秋音です。どうしたんですか?私がLINEからメッセージを送ったの、気づいていないんですか?」

「ああ、き、来てたね‥‥でも、ハックショイ!風邪引いちゃってさ、今も熱が38度あるんだよ…ハックショイ!」

「ええ?マジで?どうして急に?昨日は元気だったのに」

「だって‥君らが俺の事を大雪の中、店の外に追い出したからだろ?それ以外は、か、考えられな…ヒャックショイ!」

「え、だって、コートやマフラー渡したでしょ?羽織らずに帰ったの?」

「いやあ、その前に、薄着のまま店の外に10分近く立っていたんですけど‥・」

「‼」


 秋音は、頭を抱えたまま、深くため息をついた。


「とにかく、今日は家で寝てるわ…この世に君臨するチャンピオンが、こんなんじゃダメだよなあ、それじゃ…ハックション!」


 そのまま、通話はプツリと切れてしまった。


「ええ?ちょ、ちょっと、まだ話が終わっていないんだけど!ねえ、ねえ!」


 万事休す‥そんな言葉しか、秋音の頭の中に浮かばなかったが、たった1つだけ、出来ることがあるとすれば、秋音が直接、エクセリアスホテルに向かうことであろうか。

 そう考えた時、秋音はいてもたってもいられず、早速行動に出た。

 コートを羽織り、毛糸の帽子を被り、マフラーで口の辺りまでガードし、厚めの素材の手袋をはめて、足早に玄関を出た。

 雪は早朝より解けてはいたものの、今度は寒さで雪が凍結し、ちょっと気を抜くと足を滑らせ、転倒しそうになった。

 すでに夜になり、わずかな街灯のみが秋音の横顔を照らしていた。

 足元に気を遣いながら、いつもよりスローペースではあるものの、秋音はどうにか駅にたどり着いた。

 電車を乗り継ぎ、浜松町にたどり着くと、すぐ間近に「エクセリアスホテル浜松町」が、仁王立ちのように目の前に立ちはだかった。

 このホテルのどこかに、小野田がバーテンダーを務める店があるはず。

 秋音は、除雪されたエントランスを一歩一歩と足を進めた。

 エントランス近くにある案内で、バーが2階にあることを確認すると、秋音はエレベーターに乗り、一気に4階へと昇った。


 2階はラウンジになっており、大きなカバンやスーツケースを抱えた宿泊客が行き交っていた。

「あ、あった!ここかな?」

 秋音は、『フロイデ』と書かれた看板を見つけると、中をそっと覗き込んだ。

 そこには、仕事を終えてリラックスムードの海外からのビジネスマンや、高級そうなワンピースを着込んだセレブ風の女性が、カウンターを囲むように座り、カクテルやウイスキーを嗜んでいた。

 同じようなカウンター中心のバーなのに、秋音が勤めている『メロス』とは雰囲気が大分違うような気がした。

 秋音は、カウンターの空いている席に腰をかけ、マスターと思しきオールバックの男性に声をかけた。


「あ、すいません…グラスワインの赤、1杯お願いします」

「はい、ちょっとお待ちくださいね。今日のグラスワインはイタリア産の辛口ですが、よろしいですか?」

「はい」

 男性は、そそくさとワインのコルクを外すと、ゆっくりと小さなグラスに深紅の液体を注ぎこんだ。


「あの‥小野田さん‥ですか?」

 秋音は、男性の横顔を見つめながら、作業の邪魔にならないようにそっと尋ねた。


「そうですが」

「覚えてますか?岡崎祥次郎のバー『メロス』で、アシスタントをしている、関口秋音といいます」

「あ!そうか、あの時の‥どこかで見かけたような、と思っていたんですがね」

「こないだは、助かりました。お蔭で、ウエストサイドホテルのアズレージョ盗難事件は無事、解決しました」

「おお、よかった!あの後、どうなったか気になっていましてね。祥次郎君も、こちらにまったく情報をくれないので」

「犯人は、社長の江坂丈明さんでした。自分の経営方針に異を唱えた社員の池沢理香さんを追放する目的で仕掛けたトラップでした」

「‥‥そうか。丈明さんか。何とも複雑だなあ。丈明さんのお父さん、つまりエクセレントグループの社長に、私も、このお店も世話してもらっている立場としてはね」

「え?ここが?」

「そうだよ。以前、違うバーで働いていた時、社長が来店して、私の作ったカクテルを気に入ってくれてね。それが、この店が生まれるきっかけになったんだ」

「すごいですね。社長を認めさせるだなんて」

「まあ、そんなご縁もあってできたこの店だけど、売り上げがなかなか上がらなくてね。でも、社長、この店が持ちなおすまで、ずいぶん面倒見てくれたんだよ。その時の借金も、今やっと返せそうな感じかな?」

 そう言うと、小野田は苦笑いし、グラスワインを秋音に差し出した。


「ところで、今日は、小野田さんに相談があってここに来ました」

「ええ?この私に?祥次郎君ではなくて、この私なのかい?」

「はい、というか、祥次郎マスターは、風邪をひいて、今日は来れないとのことでした。でも、至急に相談しなくてはいけない案件だと思い、伺った次第です」

「ほう、どんなことかね?」

「実は、先日事件のあったウエストサイドホテルを、エクセレントグループが買収したという話を聞きまして…せっかく社長が去って、社内の雰囲気も変わろうとしているのに、水を差すような出来事にしか思えなくて。だから、小野田さんから、社長に対して、買収を見直してもらえないか進言してもらいたい、と思いまして」

「進言?」

「そうです。お願いします!ウエストサイドホテルの社員の皆さんを、助けたい一心なんです」

 すると、小野田はしばらく天井を見上げ、その後、フフッと鼻で笑いながら口を開き始めた。

「悪いが、依頼の件は、私にはちょっと出来かねるかな」

「え!?」

 小野田からの反応を聞き、秋音の背中は思わず凍り付いた。


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