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幕間 妬む者

 


「何故なんだ・・・」


 男は呆然と呟いた。


 視線の先には一組の男女。


 鍛え上げられた厚みのある体躯の黒髪の紳士が、帽子を深く被るほっそりとした令嬢を連れている。

 黒髪の紳士は蕩けるように目を細め、愛しげに令嬢の話に相槌をうっている。

 見るからに惚れ込んでいる様子だ。


 それだけであれば大したことのない、そこいらで見る在り来たりな光景だ。

 現に周りの至るところがそのような男女で溢れている。


 では何故目を引いたのか。


 まず、黒髪の紳士が見知った顔だったからだ。


 第1近衛の副隊長であるツヴァイ・マカダミック。

 特出すべきところのない平凡な伯爵家の次男だったが、士官学校にてメキメキと腕を磨き、主席を在学中誰にも譲らなかった強者。

 士官学校卒業後は王国軍へ入隊。新兵の研修期間終了後は実力を認められ近衛騎士団である第1に配属されたエリート。

 数年前に軍務大臣がブラットフォード公爵に代わってから実力主義の軍では、いくら王太子殿下の側近といえど実力の無い者が副隊長になれるほど甘くない。それを踏まえた上で最年少で近衛の副隊長就任。

 士官学校時代から並々ならぬ努力をする姿は知られており、人柄も真面目過ぎるきらいはあるが良い奴だと上下関係なく人に好かれやすい。


 だが、一部の者からは違う。


 平凡な出自に関わらずエリート街道まっしぐら。

 ツヴァイ・マカダミックの真っ直ぐ正しく突き進む姿は、努力が実を結ばず燻る者には眩しく、甘ったれた未熟者には「いけ好かない」「馬鹿真面目過ぎる」「融通がきかない」「殿下のコネで出世した」などの妬み嫉み反感を買っていた。


 男もツヴァイを良く思わない者だった。


「・・・あのツヴァイ・マカダミックが女連れ?」


 良くも悪くも注目されやすいツヴァイが家族以外の女性を伴うことなど滅多にない。

 しかも、堅物真面目なあの騎士は長い付き合いなどの気を許した者の前以外では社交用の薄ら笑いしか浮かべない。


 それが緩みきった笑顔を見せている。


 故に、その笑みを見た周囲の令嬢達が顔を赤らめ見惚れ、黄色い声をあげて場をざわめかす。平凡顔でも顔立ちは悪くはないのでギャップにやられたのだろう。

 それ以外では、連れている帽子の令嬢へ敵意や嫉妬心剥き出しの睨みをきかせている令嬢もいる。


 帽子の令嬢はツヴァイ・マカダミックを狙う令嬢からしたら急に現れた強敵である。


 男はツヴァイが大した家柄でもないのに出世したことや、平凡顔で女性に不人気な鍛えた体躯なのにモテることも気に食わなかった。

 しかも、ほっそりスタイルの良い美人そうな令嬢を連れて幸せそうにしている。


「何でアイツばっかり・・・だいたい、あの令嬢は誰だ?」


 人混みの中、ツヴァイがエスコートする令嬢は帽子のせいで顔が見えない。近くでふたりを窺う令嬢達にも彼女が誰かわからないようだった。


 誰も知らない令嬢だとしたら、隠されていた貴族の庶子、評判の悪さなど出自に何かあるのだろうか。それともあの堅物に愛人?

 ツヴァイの弱味を握れないかと気付かれないよう観察をする。


 ふいに、帽子の令嬢がツヴァイを見上げた。


 深く被られた帽子が顔の大半を隠しているが、サイドに流れるアッシュブロンドの髪に縁取られたすっきりとした顎、程好い高さの鼻には帽子の影が落ち、瑞々しい花弁のようにふっくらとした唇が弧を描いている。


 ――――ように見えた顔が歪み、漠然とした認識出来ないもの。更には気味の悪いものへと変化していった。


「は?まさか・・・シェイラ・ヘイゼルミア?」


 男は愕然と目を見開いた。

 口許は得たいの知れぬ恐怖に引きつり、後ろに撫で付けた髪が逆立ったような錯覚を起こし、額から嫌な汗が流れる。


 男が動けずにいるうちに、ひとりの嫉妬に狂った令嬢がシェイラと思わしき令嬢にぶつかりにいった。

 愚かにも振り向き様に扇子で顔を傷付けようとしたらしい。

 当然エスコートしていたツヴァイに阻まれていた。

 しかし、扇子の先がシェイラらしき令嬢の帽子を掠め落とすことには成功していた。


 帽子が外れ露になった令嬢。


 シェイラ・ヘイゼルミアの顔を正面から認識した愚かな令嬢が、不快な甲高い悲鳴をあげる。

 彼女にはシェイラがどんな化け物に見えたのだろうか。


 その悲鳴に注目してシェイラの顔を認識した者達が、愚かな令嬢に続いて悲鳴をあげたり、泣き叫び、嘔吐し、泡を吹いて失神、足下に水溜まりを作るなど、人様に見せられないような醜態を晒す阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 混乱に揉まれてしまった男が気付いた時には、ツヴァイもシェイラも劇場の退場ゲート付近から姿を消していた。


 気に食わないツヴァイ・マカダミックと一緒にいたのが、よりにもよってシェイラ・ヘイゼルミアだったとは。


 男は劇場を後にした馬車の中、歯軋りをして馬車の座席に拳を打ち付けた。


「―――っクソが!」


 汚い罵り声が口から飛び出す。


「シェイラは、シェイラは・・・僕のものだ」


 ブツブツと呟きながら掌で血走った目許を覆う。


「あぁ・・・僕だけの美しいシェイラ。その為に僕が奴等に願ってあの姿に、化け物にされたのに。何で、何で僕にも君の本当の姿が見えなくなったんだ?こんなはずでは無かったのに」


 ピタリと閉ざした口が馬車に沈黙を降ろす。

 軽快な馬の蹄の音に、ガラガラと回る車輪の音をどのくらい聞いただろうか。


「・・・それなのに、何故ツヴァイ・マカダミックは平気なんだ!?」


 男の不安定な叫びは馬車の馭者以外に聞かれることはなく、王都の大通りの往来や喧騒に紛れていった。





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