鏡越しのパズルピース(其ノ玖)
時間はない。
その時、瞳に化粧台が見えた。その鏡から悪魔が現れたように見えた。その鏡が手を伸ばす。悪に未練のない龍も手を伸ばした。二つの手が重なり合った。
鏡が外れる。いや、厳密に言えば無理やり外したに近い。
思い描かれる投入したお金が消える貯金箱。正方形のボックスの真正面は透明のガラス張り。そこから眺めるとその貯金箱の中全体を見ているように錯角してしまう。しかし、実際は全体の内の半分しか見えていない。見えない半分にコインが投入されることでそのコインが消えたように錯角させる。
ように冷静だ。その貯金箱のような原理を使って隠れる方法が浮かぶ。それ以外の方法を考える余裕はなく、龍はその方法を実践した。
台の下に入り鏡を斜めにして引き込む。それを真っ直ぐにすると横幅が台と丁度同じであった。前方を台の下にあった突起に引っ掛け、後方を壁と床の接地点に置いた。
「俺は台の下に隠れた。さらに、鏡を斜めに置くことで半分しか見えていないのに全体が見えるような仕組みを利用して隠れた。」
「何度聞いても面白いわ。そんな方法、俺じゃ思い浮かばねぇもん。」
続々とくる参加者。彼らは警察を呼び出した。今度は警察がこの部屋に着いた。
過度の緊張が襲う。
部屋の中からする物音。その音がしなくなっても部屋の外から音がする。つまり、警察が近くにいる。ここから動くことは出来ない。
龍はスマホを取り出して信幸にメールを送った。龍にはメールを送ることしか出来なかった。
「だがそこは、警察が常に見張っていた場所の中だ。俺は何も出来ずに隠れ続けることしか出来なかった。ほんとに、地獄の拷問のようだった。唯一出来たのが肌身離さず持ってたスマホで信幸に状況を報せることと助けを求めることだった。」
「俺はその連絡を受けて借金男に犯行に使ったバットの回収と、この犯行の犯人となって貰うことを命じたんだぜ。」
時が止まっていた。外の景色は見えない。時間の経過は分からないが、外に警察がいることは分かる。
ゴトンッ──
鏡が倒れた。そんなに大きな音ではなかったものの、龍にとってその音はブルドーザーの音と同じように大きく感じた。
部屋に入ってくる一人の警察官。彼は窓の方へと向かった。
良かった、気付かれてない。けど、何もしなければすぐに見つかる。残る手段はやはり、殺害しかない。
龍は台の外へと出て、隠れる時に使った鏡を手に持った。
殺さなければ捕まる。その一心で鏡を振り下ろした。致命的な衝撃ではなかったものの、頭部に入っていった硝子の破片が着実にその警官の命を奪っていった。
龍は急いで部屋から出た。過呼吸になりそうな程焦っていたが、その片隅では冷静だった。素手でドアノブに触れようとした時、その冷静な思考が囁き、服を挟んで触れることで指紋をつけずに出ることが出来た。すぐさま自身の部屋に逃げることで龍が犯人であることをあやふやに出来た。
龍は事件が起きた前からずっと寝てたという設定をつけてアリバイを作ることにした。完全にアリバイは成立しないものの事件への関与を分かりにくくすることに成功した。
「俺は見張りの警官を殺した。さらに、俺は自分の部屋に逃げて、ずっとその部屋で寝てたという設定を貫き通したんだ。お陰で怪しまれることはあっても犯人だと断定されることはなかったよ。」
「なるほどですな。運に恵まれたという訳ですかな。」
外では借金男が捕まった。それもこれも信幸の采配だった。
「その話のサイドではな、俺が借金男を動かして龍ん家に侵入させてたんだ。神は俺らの方に微笑んだんだぜ。龍が警官を殺害した少し後のタイミングで借金男が目撃されたんだ。お陰で借金男が嘘の自白しても警察は信じた。ほんっとに滑稽だよな」
「ああ、俺はお咎めなしで済んだし、新田組との関係性もバレることはなかった。」
「そういうことですかいな。それと今の危機は何の関係性があるのですかな?」
あの頃の景色が消えていき、すぐに現実の景色となった。
信幸は天井を見上げてはすぐに真っ直ぐの方向を見つめた。
「今回も新田組の情報がバレる可能性が出てきた。」
「何っ? 俺のせいか?」
「いや、龍は関係ねぇ。飯田の危惧していた奴が俺らに目をつけやがった。」
飯田の頭の中には四人の男女が思い浮かばれる。
「もしかして、「ルイン」ですかな?」
「そうだ……。警察との繋がりのあるその探偵だ。」
信幸はため息を吐く。そして、再び口を開いた。
「あいつは"M"を追っていたようだ。その"M"は俺らを狙っていた。そのせいで、あいつは俺らの存在に気付いたんだと思う。多分だが、奴は"M"と俺らを一網打尽にするつもりだろう。もし、しなくてもな、俺らを見逃すとは思えねぇ。」
「やはり、存在を消すしかないのですかな。」
「それがミスったんだ。俺らは奴を消そうとした。だが、消す前に"M"が奴を逃がしやがった。」
「何ですと!?」
「"M"にしてみたら、奴を逃がせば、奴が勝手に俺らを捕まえると考えて行ったんだろうな。まさにその通りで、俺らにとっては痛手だ。」
信幸の顔がどんどん暗くなっていく。
「今から消すことは出来ないのですかな?」
「今は無理だ。病院に運ばれた後、警察の守りがある。今殺れば、俺らの情報がバレかねない。」
「まさにピンチですぞい。」
飯田は頭を悩ませながら信幸の方を見る。
「そう言えばですがな、何故"M"は新田組を狙っているのですかい?」
「それについてだが、俺らが邪魔な勢力って思ってるからだろう。"M"の正体は少しずつ分かってきている。」
「な、何ですとっ! 警察でも裏の人間でも正体が掴めないあの伝説の殺人鬼"M"の正体を知っているのですと!?」
「ああ。"M"が殺害した奴らってのは大抵は反社会的勢力かその関係者ってとこだ。その中でも谷川組に関係する奴らは一切殺害されてない。」
「つまり、"M"は谷川組の関係者の可能性が高い。」
信幸は一人の少女を思い浮かべた。
「さらには、探偵ルインが俺らの存在に気付いた際、その近くではある人物の目撃情報があった。」
「ん? ある人物ってなんだ?」
「谷川組の首座谷川正義の娘、谷川紫夏だ───」
*
白が基調とされた廊下を抜け、目的の部屋へと入る。窓際の病床にルインが横たわっている。そして、その近くには愛家が立っていた。
健治は怪我を負っているルインを見て、彼の身に起きた悲劇を痛感した。




