鏡越しのパズルピース(其ノ捌)
健治は急に立ち上がり、翔子を見ると重い口を開いた。
「ルインが殺されかけて病院へと運ばれたようだ。」
急に重くなったその部屋がさらに重くなっていった。
健治と翔子は病院へと駆け出した。その部屋は一瞬にして無音となる。
誰もいないその部屋は時が止まっているようだ。貯金箱の中で、鏡の裏に潜む怪物が顔を出す。その怪物がその部屋の空気が消した。
*
人気のない廃工場。使われることのない鉄鋼の山に腰を下ろす信幸。廃工場の壁にもたれかかる龍。平然と立つ飯田。彼らは薄暗い中で口を開き始めた。
「話したいことってなんだ?」
「相当重要なことに感じましたぞい。」
龍や飯田の問いかけに信幸は重い口を開いていく。
「話したいこととは、今、新田組が存続の危機となっているってことだ。」
「って、どういうことだ? 何かあったのか。」
股を大きく開け、太腿に肘を当て、腕を自由に垂らす。信幸は前のめりになった。
「以前起きた存続危機と似た状況だ。」
「以前起きた存続の危機とはなんですかな?」
「龍の素性が警察にバレかけた件だ。」
龍は懐かしむように天井を見つめた。
「懐かしいな……。」
飯田は龍を見た。
「気になりますな。」
「そうか。その件はな、何かは忘れたが俺を祝うためにパーティを開いた日だった。」
過去の景色が思い出される。過去の黒と現在の黒が混ざりごちゃ混ぜになる。
「俺には妹がいたがそのパーティで俺が殺した。」
龍の中に妹の姿が思い出される。ニコは「お兄ちゃんの裏の姿、知っちゃった。もし、知られたくなければあたしに貢ぎなさいよ」と言ってきた。龍は仕方なく定期的に金を貢いだが、ニコはさらに要求を増やしていった。
「あいつは俺が闇の仲買人と知り、それを利用して俺から金を分取っていった。要求を段々底上げしてきたが俺はその要求に答えてきた。だがな、あいつは俺を用済みとして警察に売ろうとした。パーティに警察を呼んだんだ。」
「警察を呼ぶ? どういうことですかな?」
「非番の警察をパーティに誘いやがったんだ。」
龍は電子煙草を取り出して吸い始めた。過去の記憶を思い出すことによって湧き上がる怒りを煙草を吸うことで解消した。
「まさか、家族を殺すなんて悲劇としか言いようがねぇよな。」
「全く悲劇じゃない。俺はあいつが、家族が嫌いだった。親に愛されて生きていたら、あいつを殺す前に闇の仲買人なんてやってねぇしな。」
父である原二は龍やニコを放ったらかしにして、どのように成り上がりをした自分を自慢するかばかりを考えていた。母の姫華も原二に寄り添って一緒に自慢する方法を考えていた。二人は子どもに対して愛情を持っていなかった。
愛されずに人生の道を歩んできた。
成り上がった両親は裕福として周りに認めて貰うために子どもに清楚で真面目な言動を強要した。一つ一つ厳しいルールが課せられ、龍はそれを守りながら生きてきた。
それ相当に裕福であったはずなのに、両親は随分ケチで裕福な生活はさせて貰えなかった。身だしなみなど外から見られる事柄に関してはお金はかけて貰っていたものの、食事は質素、習い事は一切させて貰えなかったなど外からは見られない場所ではとことん金の消費を抑えられていた。
どんなに苦痛でも小学生のうちは耐えていけた。だが、中学に入りグレ始めた。そこから龍の転落人生が始まった。
昔から外と中で使い分けをしていた龍は表裏の使い方が上手かった。表の世界では真面目に生きて、裏で悪事に手を染める。家族にも学校にも、裏での関係者以外はそのことに気づくことすらなかった……はずだった。
大人として自立した後、闇の仲買人となり、新田組と提携し深く関わるようになった。休日には実家で暮らしていた龍は、ある時妹のニコの部屋に呼び出された。そこで、ニコは龍の正体を言い当てた。
背筋が凍る。絶望感、動揺、その他いろいろの感情が混じり合い時間が止まるような感覚へと陥った。
バレたせいでニコに逆らうことが出来なくなった。
家族に愛されず不登校だったニコは大人となっても引きこもっていた。そんなニコにバレることはないと思っていた龍は予想外の出来事に心臓が止まりかけていた。逆らわなければ大丈夫、そう思っていた。
だけど、裏切られた。ニコはパーティに警察を呼んで来たのだ。そのパーティには龍の友達を呼んでいた。その友達の多くは悪事に手を染めたことのある奴ばかりだ。特に、一人は麻薬中毒者で現在も尚麻薬を持ち続けている。警察に見つかったらまずい。
「取り敢えず、ニコは俺を嵌めて警察に売ろうとした。もし、俺が警察に引き渡されたら俺の顧客である新田組の情報も警察が持つことになる。そしたら、警察は新田組を捕まえるだろう。まさに、新田組における危機だ。」
「成程。そういうことがあったのですかいな。」
飯田が頷いた。その途端、信幸が微笑を浮かべた。
「それだけじゃねぇよ。龍はな、奇跡と俺の采配がなければ警察に捕まっていたんだ。飯田ァ~、面白ぇのはそのパーティの一連の流れだぜ!」
飯田は何を言っているのか分からず首を傾げて信幸を見た。
「どういうことですかな?」
龍は口に溜まった煙を外へと出す。
「それは俺が説明するよ。」
あの時のパーティと同じ景色が思い浮かばれる。
「まず俺はあの時、警察が来たことを信幸に伝えた。そこで、信幸はある男をパーティに寄越した。」
「ある男とはなんですかな?」
「多額の借金を負っていて絶対に返せない男だよ。それもそのせいで家族や唯一の親友にも被害を及ぼそうとしていた。その借金取りだったのは新田組。信幸は借金をチャラにして家族や親友にも迷惑をかけない約束をする代わりに、新田組のいうことをなんでも聞くように仕向けた。勿論、いうことを聞かなかったらまた借金を取るぞと脅していた。」
「成程、それで罪を押し付けられる男をパーティに準備したということですかいな。」
「ただ、ニコは俺を対象にしてたためにその男に罪を擦り付けることは容易ではなかった。保険として寄越されたが役には立たないと思っていたよ。とりま、そいつは最後の方に役に立つ駒になるから覚えておいてくれ。」
龍はあの日の様子を浮かべる。パーティでの騒乱が落ち着き、参加者がバラバラに散った。龍もその散った一人だった。
龍はニコの部屋へとやって来た。何故ニコは警察を呼んだのか。納得のいかない龍はニコの前に立ちふさがった。呼んだ訳を聞くため、怒りをぶつけるため、そんな単純な理由ではなく言葉にならない複雑な感情のためにそこに来た。
龍が理由を聞くと、ニコは「お兄ちゃん、もう用済みだから」の一言で突き放された。
さらに追い討ちをかけるように「もう警察に捕まったら? あたしの要求にも応えられない犯罪者!」と言った。
怒りが心を支配する。複雑に絡む感情の糸が全て解け、怒りの糸一筋となった。その怒りが殺意の糸へと変わっていく。いつしか"殺したい"という気持ちで心が満たされた。
目の前に鉄のバットがある。ニコはとある野球球団のファンであり、様々なグッズドームで購入しては部屋に飾っていた。グッズの青色が部屋を青景色にしている。その中でバットはニコの特別の品で、お気に入りの選手のサインが書かれたバットだった。
それはネットで超高額の品だったようだ。だが、龍にとっては中古の極安バットと何ら変わりがない代物に感じた。どちらも殺害の品には変わりない。
殺意をニコの頭に向かって振り下ろした。一瞬にして一つの灯火は消えた。
それでも怒りをおさまらない。どうしようもない感情で空を叩く。何をしているのかは分からない。理論ではない、考えて理解出来ることではない。ただ、怒りのままにバットを振り回すだけ。
怒りが消えたのはバットが手から離れた時だった。バットを振り回しているとバットが手から滑る。バットは窓に向かって飛び、ガラスを破る。破れる衝撃音が龍を無我の世界から現実の世界へと引き戻す。
階段を登る音が聞こえる。この状況を見られる。龍が人殺しをした状況がバレたら一瞬にして警察に送られる。マズイ───。焦燥と冷静さが合わさる。
刻刻と近づいてくる足音。タイムリミットはすぐそこへと迫っていた。
「パーティも終盤に入りみなバラバラとなった。その中で俺はニコの部屋に行った。俺はニコに殺意を感じバットで殺害した。バットへの指紋は同じ屋根の下の家族だということで問題無かったが、一番の問題が起きた。」
「何かね? すごく気になるがね。」
「怒り心頭で気が狂っていた俺はバットを窓の外へと飛ばした。すると、ガラスの破れる音が響くだろ? それで他の奴らもここに来る。まさに絶対絶命って感じだ。」
時間はない。
その時、瞳に化粧台が見えた。その鏡から悪魔が現れたように見えた。その鏡が手を伸ばす。悪に未練のない龍も手を伸ばした。二つの手が重なり合った。
ニコのファンは中日ファンとして書いてます。




