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オスカー 1

 戦争なんて起こるわけないだろ、常識的に考えて。

 ここはセントラルで、国の首都で、都会なんだから。戦争って言うのは、もっとこう荒野っぽいところで起こるものだろ。いや、そもそも、戦争というのはつまるところ、敵と戦うってことじゃないのか。

 だから俺が言いたいのは、つまり。


「内戦か……」


 たとえば犬と猫が通う学校があったとして。ある日事件が起こる。犬だけが十八匹殺されたのだ。それは不幸な偶然かもしれない。しかしこう考える犬だっているはずだ。


 猫が犬をたくさん殺した。そう思っても無理なからぬことだろう。なぜなら、死んだのが犬だけだから。なぜなら、猫は死んでないのだから。


 根拠もない理由。屁理屈。それでも、理屈がなければ屁理屈が通ってしまいそうな気がしていた。そんな前例は歴史を顧みて幾らでもあるものだから。


 少なくとも。俺はオスカーを殺したやつを殺したい。要はその規模の違いと言われてしまえばその通りだ。


 ……。


「なあ、割とどうでもよくないか?」


「えぇー……ぼくたちとダイレクトに関わる案件だと思うんだけど?」


「興味ないし、そんなのどうしようもないしな」


 個人でどうというレベルではないわけだし。そんなことどうでもよくて、俺が18・事件に首を突っ込むのはオスカーのためでしかない。

 ハッキリ言ってしまえば、オスカーが死んでいなければ18・事件の犯人捜しをしようなんて言い出さなかったと思う。たとえ俺を殺した犯人が18・事件の犯人と同一人物だったとしても、深く関わろうとはしなかったはずだ。それくらい、今自分が無茶なことをしている自覚はあった。


 一介の学生が殺人事件の犯人を捕まえられるのだろうか。


 そうではない。俺はオスカーのために、犯人を捕まえなくてはいけない。彼の死体を見たとき、そう決意した。


「レンジ、外に知ってることはないか?」


「期待させて申し訳ないけどだいたい知ってることは話したつもりだよ。兄さんならなにか知ってるかもしれないけど……」


「アランさんの情報って結局警察の下位互換だろ? なら警察から情報を手に入れた方が手っ取り早そうだな」


 そもそも警察から情報を手に入れられるのかということだが、それはアランさんも同じことだしな。


「そうでもないよ。兄さんには兄さんの情報力がある」


 というと?


「セントラル魔術学校の情報だよ。兄さん、ああ見えて学校じゃ結構偉い立場の人だから裏の事情も知ってるんじゃないかなって思う」


「待ってくれ。それはつまり、セントラル魔術学校が警察に対して情報を隠してるってことか?」


「だからさ。やっぱり関係あるんだよ」


 何が?


「もし魔術家系が不利になるような情報があったら、魔術学校側としては情報を隠蔽する可能性もあるってこと。場合によっては犯人が見つからない方が都合のいい人もいるってこと」


 ああ、さっきの話。

 戦争云々はさておいて、18・事件のキーが「殺された学生十八人が全てノーマンである」という事実にあるとするなら。俺からすれば内戦なんてどうでもいい話だけれど、それを良しとしないやつもいる。あるいは、内戦を引き起こすのが目的の事件という筋すらある。


 俺は思う。

 推理小説の世界は事件の真相をきっちり明かさなければ解決編にはならない。けれど、俺たちが今回の事件の真相を解き明かす必要性が果たしてあるのかというと、そんなことは決してないでのはないか。


 俺はただ、オスカーを殺したやつを殺せればいい。


 だから犯人の目的がどうだとか、そういうことにはまったく興味がなかったし、むしろ、極力余計なことは避けなければ警察と衝突するかもしれない、なんてことを考えていた。


 けれど、18・事件の謎を解き明かすことが犯人に繋がるというのであれば。それが事件を解く王道であるとするならば、俺は人殺しをするために探偵役を演じなければならないことになる。


 鶏が先か、卵が先か。分からないのであれば、鶏と卵の両方を潰すしかない。


 それにしても。魔術学校、警察、黒服。調べる対象は見えているのに、一介の学生ではどれも手に届かないところにある。

 とりあえずは現場検証、それに被害者身辺の聞き込みというのがお約束だろうか。今の状況じゃ「犯人はこの中にいます!」とさえ言えないほど何も情報がない。


「魔術学校は置いておくとして。今更な気がするが、レンジは昨日オスカーと帰ったよな? なにか変わったことはなかったか?」


「あ、うん……なかったと思うけど……。別れたのもいつもと同じ場所だったし」


「あいつ、帰るとき用事があるって言ってたよな。それについては?」


「警察の人にも同じこと聞かれたけど、聞いてないよ。もっとちゃんと聞いておけばよかった……」


「自分から言わなかったんだからわざわざ聞くこともないだろ、他人の用事なんて。束縛系の彼女じゃあるまいし」


「ぼくが束縛系の彼女だったらオスカーは死ななかったかもしれないのに……」


 発想がヒステリーすぎる……。


 いやそんなことよりも。

 用事。

 そうだ。昨日用事があったのはオスカーだけじゃない。俺も用事と言って帰るのを断ったんだった。

 机に入ってた一通の手紙。あの手紙をもし俺だけじゃなくオスカーも持っていたとしたら。オスカー殺しの犯人は黒服の仲間でほぼ確定する。


 手紙で殺害現場まで誘導されたのか?


 しかし、考えてもみれば、セントラルのあんな裏路地にほいほい行くとも思えない。いや、オスカーならワンチャンあるかもしれないけれど……リストを見れば他の十七人も被害現場はよく分からない場所だ。十八人全員が知らないやつの手紙に釣られてそこに行こうとはさすがに思わないだろう。


一、 偶然十八人が手紙に誘導された。

二、 手紙で誘われた生徒が十八人とは限らない。

三、 手紙による誘導ではなく偶々人気のない場所で殺しただけ。

四、 催眠術的な誘導。

五、 面識のある人間による誘導。


 思いつく可能性の中で、キーとなるのはやはりあの手紙。俺はどうだっただろうか。手紙、つまりは紙で、それに書かれた文字を直接読んでしまった。魔導書の例からして分かると思うけれど、魔術師的には一発アウトのレベルでやらかしているな……。


 あの手紙そのものが呪具マジックアイテムであった可能性は十分にあるということだ。


 早急に確認した方がいいだろう。それと俺以外の被害者が手紙を受け取っていたか調べる必要がある。


「だいぶ方針が決まってきたな」


「えっ、えっ?」


「……」


「ごめん、何が決まったのか全然分かんない……」


 だよな。





 結局のところ、俺が殺されたことをレンジには話していない。


 話しても信じてもらえる話ではないし、いや、レンジなら信じそうなものだけれど、俺が話したところでレンジに余計な混乱をさせたくなかった。シンプルに言ってしまえば、話すことで得られるメリットがあるとは思えなかった。


 情報収集の面で言えばレンジは、正確にはドトール家というブランドは、とても有能なのだと思う。しかし、レンジ自身にその情報を扱いきれるほどの実力があるとは思わない。単純な頭の良さだけではない。猜疑心、虚言、駆け引き。そういった狡猾さがレンジには決定的に欠けている。


 純粋だからオスカーの敵討ちなんてことにも協力してくれている。

 もし俺の状況を知ったなら、レンジはきっと友人のお手本のように俺を案じてくれるだろう。俺が再び黒服に殺されることを危惧して敵討ちを止めさせるかもしれない。やろうと思えばアラン先生や警察に頼って俺を軟禁するくらいわけないことだ。


 だから言わなかった。


 俺は一介の高校生である。


 普通に友人への隠し事に罪悪感を覚えるし、ましてや頭が悪いとしか言いようのない探偵ごっこに笑うことなく協力してくれる友人なんだから、それはもういっそう申し訳ないとしかいいようがない。頭が上がらないどころか土下座しても足りないくらい。


 けれどそれは全部終わってからだ。


 解析したところ、手紙には透明な塗料で呪文が描かれていた。どうやら俺は、見事に踊らされたわけらしい。あの日屋上で浮かれていた俺を、黒服はさぞ馬鹿面だと思ったに違いない。

 おかげさまで、これから先の人生で、俺は手紙を警戒せずにはいられなくなってしまった。下駄箱に入っていたラブレターも誕生日のバースデーカードも例外なく思考誘導を警戒しなくてはいけないなんて、なんというか、ちょっとした人間不信にも思えるけれど。


 それにしても、この呪文。そう簡単なものではない。

 読んだだけ思考誘導するなんて呪文が簡単であるはずがないのだ。それを手紙のサイズに収める知識量、これを描いた人物がよほど魔術に長けているというのは俺じゃなくても分かる。


 18・事件から二日経った十月十五日、日曜日。

 天気は快晴でどちらかといえば暑い季節。朝刊は出なかったけれど、セントラルのラジオとテレビニュースの内容は18・事件で持ちきりだった。


 いよいよ被害者の名前が公開されたのだ。


 被害者全員がセントラル魔術学校の生徒であることは自ずと知られることになった。同時殺人事件という奇怪性にひとつの共通点が見つかったことで、水を得た魚のようにメディアが話を盛り上げたのだ。早くも陰謀論の説まで上がっている。まだ被害者がノーマン全員がノーマンであることは知られてないようだけれど、時間の問題だろう。しばらくは話題に事欠かない日が続きそうだった。


 予備の学生服を引っ張り出して着替える。シャツの上に黒のローブを羽織る。荷物を旅行鞄にまとめて帽子を深く被ると、下宿を出た。ステーションにつくと、列車でマッケンマローに向かう。昨日予約をいれておいた中級ホテルに到着して、ひとまず一週間でチェックインする。


 ここがセーフハウスになる。さすがに今セントラルに滞在するのはまずいとの判断だ。

 こちらの事情を知らないレンジは「そこまでしなくてもいいんじゃない?」と言っていたが、それだけ本気なのだと言うと納得してくれた。


 むしろ、「ぼくも一緒に泊まる!」とか言い出したくらいなのだけれど、そこはドトール家の力で情報収集を進めて欲しいと伝えて引き下がってもらったくらい。あいつ、変なところで行動力あるよな?


 そんなこんなで昨日は解散して、今日もまたレンジと合流することになっている。再びセントラルに戻ってステーションで待つこと数分。


「ごめんっ、待った?」


「そうでもない」


 今日はレンジも制服で、昨日と同じごつい黒メガネをかけている。

 俺もレンジも、さすがに今日は制服という意見で一致した。なぜなら、これから向かうのがオスカーの家だから。

 喪服を着て然るべきだ。


 どうも俺は学生服をもって喪服とする風習が好きになれない。いや、葬式に好きも嫌いもないのだけれど。普段着ている学生服、ともすれば人生で一番着ているかもしれない服で、つまり普段着ってわけで、学校で勉強したり友人と遊んだりする恰好で、それが喪服として相応しいって気がしない。


 逆に言えば、普段喪服を着ながら勉強したり遊んだりしてるわけだろ。それってなんか変じゃないか。


 まあ、しかし。

 今日ばかりは制服が相応しいと思えた。

 これから会いに行くのは俺の友人なのだから。




 滞りなくレンジが先導してグレンデル宅に着いた。着いたはいいが……


「だれあれ?」


 スーツ姿で三十前後の容姿の男。身体は細身で、細すぎるということはないけれど色白のせいかあまり覇気は感じない。グレンデル宅の壁に背を預けて煙草を吸っているので、嫌でも目についた。


「さあ? 構わなくてもいいんじゃないか?」


 おおよそ検討はついているのだけれど、確証がない。予想通りならすぐ絡んでくることもないはずだ。無視してグレンデル宅まで向かい、扉を叩く。


「はい……どちら様でしょうか?」


 程なくして人が出た。

 女性に対してこんな感想を抱くのは申し訳ないのだけれど、だいぶ窶れているというのが第一印象だった。そこにいるスーツ男を色白というなら、その人は青白くて、病弱そうというか、今にも死にそうな雰囲気が漂っている。だから、この人がオスカーの母親であるというのは一目でわかった。


「魔術学校の学生さん……?」


「オスカーの友人です」


 それだけ言うと、おばさんの目が潤む。既に泣き疲れたような顔で、赤くなった目尻を抑えて三度深呼吸すると、無理やり作るように笑う。


「オスカーのことは知ってるのね?」


「はい。その、最後に会えないかと思って」


「ええ、もちろん……。今は家にはいないけれど、よければ上がってちょうだい」


 お邪魔します。


 当然ではあるが、日本とこちらの葬式はどうやら形式が違うらしく、寺で経を読むのではなく神父が葬儀ミサを執り行った後に埋葬する。葬儀までは教会や葬儀場で通夜を開くのが一般的というけれど、都合が整うまでは遺体は自宅や安置所に保管されるそうだ。


「警察の検死が終わってね、今は安置所にいるのよ。今日か明日には自宅に移してもらうつもり。あの子も家のほうが落ち着くだろうから」


 正直、友人の遺体を見たいとは思わないけれど。


 リビングに通されておばさんに聞かれることを答える。オスカーとの付き合いだとか、学校での様子だとか、どんなことを話しただとか。


「あの、これを」


 もし仏壇のようなものがあるなら添えようと持ってきた。残念ながらまだ仏壇も棺桶もないらしいので、代わりにおばさんに『ジャックと世界樹の杖の旅』の文庫本を渡す。

 おばさんはその本を見てまた涙ぐんでいた。


 不思議と、そんなおばさんを俺は冷めた目で見ている。


 泣いたところで何になるというのか。そんなこと、言えるはずがないのだけれど。きっとおばさんにとって、最後にオスカーに報いる方法とは、たくさんたくさん泣いて精一杯送ってあげることなのだと思う。


 俺の報い方とは違う。


 鳴き声が引いたところで、いよいよ本題を切り出す。


「おばさん、オスカーの部屋を見せて頂けませんか?」


「理由を聞いてもいいかしら?」


「なんとなくなんですけど、あいつの部屋を見て見たかったので」


 なに言ってんのか意味分からないな……。


 けれどおばさんはその言葉を友情と取ったのか知らないが、うんと頷いて案内してくれた。

 オスカーの部屋は二階の陽がよく当たる場所だった。机の上やベッドに本が積まれていて、ほんの数時間前まで彼がここにいたかのように散らかっている。


「警察が捜査したりしなかったんですか?」


「ええ。息子の部屋よりも捜査するところがたくさんあるんじゃないかしら?」


 それもそうか。


「好きに見て上げて。この部屋はもう使わないだろうから……」


 と言って下に降りていく。なんとなく、おばさんは部屋をあまり見たくはなさそうだった。

 俺とレンジが部屋に残される。


「なあ、ここまでちょっと鬱展開すぎないか?」


「イチローってバカだよね」


「仕方ないだろ、辛気臭いのって苦手なんだよ」


「得意な人もいないと思うケド……。それに子供が死んで悲しまない親なんていないよ」


「分かってるって」


 できればオスカーが死んだときの所持品を聞きたかったけど、あの状態のおばさんに聞く勇気はなかった。

 おばさんは俺たちが殺人犯を探すことを望んでないだろうから。


 確認する。


「オスカーはおそらく殺人犯と事前に会う約束をしていたはずだ。その手がかりを探す。日記とか、待ち合わせの手紙があればいいんだけどな」


 本が多い部屋だ。

 まず一番に目をひくのは二段に積んだスライド式の本棚で、上から下まで本が詰まっている。オスカーの身長だと一番の段に本を置くのも一苦労だろう。

 まるで小さな書架ではあるけれど、逆に言えばそれ以外は普通の部屋で、本を読むための部屋というか、学習室のような場所だった。


 机棚、クローゼット、本の間を見る。

 机の裏、ベッドの下、本棚の奥を見る。


「ないな」


「だねー」


 さほど広い部屋ではないので探すのに時間はかからない。ということは、これだけ探して見つからないなら元からなかったと考えるのが普通なのだけれど、そう簡単に割り切ってしまえるほど安い探し物でもなかった。


「ん」


 不覚にも、それに気づいたのはもの探しを始めて五分ほど経った頃だった。

 無造作に放られた本。それが本は本でも魔術の参考書であるということ。

 オスカーは魔術師である。それも実力のある魔術師だ。

 彼がものを隠すなら目で見て分かる場所とは限らない。そういうことだ。


 緑の魔術で空間を読み取り構造を把握する。五分で得た目視の情報と違うところが一か所だけあった。

 二段に積まれた本棚のうち下の本棚、スライド式の二重構造の奥の方を思い切り押してやる。


 ガコッと。


「え、うえぇぇ??」


「おまえ面白い反応するよな」


「面白いのはオスカーの部屋でしょ……。よくわかったね?」


「魔術で解析すれば一発だったぞ」


 あの手紙でもそうだったが、もう少し俺は魔術の使い方を知るべきだ。折角知識だけはあるのだから。


「で、なにそれ?」


 そんなのひとつに決まってる。


「隠し部屋だろ。常識的に考えて」


「常識的に考えて一般家庭に隠し部屋はないと思うんだけど?」


 いや、文句はオスカーに言ってくれとしか。





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