オスカー2
更新遅れました。申し訳ない。
本棚の先は通路になっていた。階段になっていた。螺旋状に伸びて真下に続いている。その先は一階のさらに下、地下にある隠し部屋。
隠し部屋というには分かりやすすぎる。正確には、魔術師の隠し部屋であるならもう一・二工夫くらいはしてあってもおかしくない。俺が五分で見つけられる部屋など隠れていないのと同じだ。
「これだけわかりやすいと罠って可能性もある」
「家に罠を張る一般家庭って」
「ドトール家にもあるだろ」
「まああるけど」
あるのか……。
「で、入らないの?」
「入るしかないだろ」
虎穴に入らざれば虎子を得ず。虎穴に入ったところで虎子が手に入るとは限らないけれど。それでも、可能性があるなら入らないわけにはいかない。
階段を下りて部屋の扉を開ける。
埃っぽい匂いが鼻をついた。光源がないので真っ暗だった。魔術で掌に火をともして壁を探ると、壁面に魔術式がある。魔力を通すことで部屋が光る仕組みらしい。火を消してそれを使うと電気を使うのと遜色なく明るくなった。
オスカーの部屋もすごかったが、こちらはそれ以上だ。まず単純に比べて本が多い。部屋のサイズが広い分余計に本を詰めたように見える。その全てが魔術に関わるものだ。
しかし部屋の様子は書架というより研究室然として見える。書き物も多く、壁掛けの黒板には図形と文字が書かれ、机の前の壁にはメモ紙が滅茶苦茶に張られている。
オスカーがこの部屋を使っているイメージが湧かない。字がオスカーのものにしては雑だし、この部屋にある魔術の情報量は一学生が持つそれではない。おそらくオスカーの魔術の師のラボなのだろう。
「イチロー、これ」
ざっと部屋を歩くと、レンジがそっと声をかけてくる。
メインで使っていると思われる机で革張りの椅子がある。机はやはり散らばっていてメモ紙や本が置かれている。
その真ん中に丁寧に置かれたノートが一層不気味さを引き立てている。
ビンゴ、だと思いたいが。
その前に。レンジに聞いてみる。
「ところで、おばさんからすると俺たちってちょっとおかしくないか?」
「あれ、出ちゃってる?」
「何が出てるんだ。おかしさか? おかしさが滲み出るのか?」
「大丈夫だと思うよ。そんな滲んでないよ」
「おかしいのって俺なのか?」
学年主席なんだが?(威圧)
「そうじゃなくてだな。さすがに何分もオスカーの狭い部屋にいるのはおかしいって話だ」
「うーん、あのおばさんの精神状態的にそんな気にしないんじゃない?」
「さらりと血も涙もないことを言った自覚ある?」
「血も涙もあるよ。ぼくたちはオスカーのお母さんに同情なんてしてる暇なんてない。できるのはせいぜい敵討ちくらいだよ。それがあの人のためでもある」
その通りなのだろう。ただ、想像以上にレンジらしからぬ言葉だったので正直驚いた。
レンジを見る。童顔で背が低い。慣れない相手と話すときはどもる癖がある。俺から誘っておいてなんだけれど、レンジに敵討ちとい言葉が似合わない。
「オーケー。でもおばさんに目をつけられて動きにくくなるのは厄介だろ?」
「そうかな? そうかも? なんて声かけてくる?」
「そもそもおばさんはこの部屋のことを知ってるのか? 知ってるなら正直にこの部屋を見たいといえばいいだろ。知らなければ、オスカーが隠してたことなんだから俺たちが言うのはまずいだろ」
「でもオスカー死んじゃったし死人に口なし……」
「いやおまえそれはどうなの」
ちょっとレンジさん死人に厳しくないですか。
「もし自分の家に知らない部屋があったら普通に驚くだろ。それに付き合わされたら面倒だぞ。正直おばさんが口を出してこないこの状況を維持したいし」
「それは確かに。了解、じゃあ行ってくる」
「行ってくるってどうするんだ」
「とりあえず言わない方針で」
「待ってくれ」
もう一つ聞きたいことがある。
「オスカーの父親はどうしたのか聞いてくれないか」
「そういえば見ないね。仕事とか?」
「息子が死んで嫁があんな状態なのに仕事にいくやつはいないだろ」
「一理あるね」
了解、と言ってレンジが部屋を出て行く。
……。なぜか不安だ。すごく。
何はともあれ、時間がある今のうちが勝負だ。
ノートを取り、それを読む。
内容は書き手の研究について、その詳細が書き込まれている。それは霊体に関する研究だった。
古来より魔術と死は切っても切り離せない関係にある。賢者の石、屍の鬼、ヴァンパイア。対極を見れば治癒の魔術は全て死を遠ざけるためにある。元より人は魔族を殺すために魔術を生み出した。
霊体を幽霊や魂と呼ぶのは誤解があるけれど、ニュアンスというかその在り方としては近い。されど、死後の世界の探求と言うのは魔術界隈では一般世間が思うほどオカルティックなものでもなかった。
黒の魔術で解析してみる。黒服の手紙同様何かしらのトラップかと思ったけれど、そういう類のものではないらしい。
ざっと読み流してからノートを鞄にしまっておく。泥棒じゃない。敵討ちだ。(鋼の意思)
「いつでも来て頂戴ね。オスカーが喜ぶわ」
「ありがとうございます」
グレンデル宅を出る。結局持ってきたのはノートだけだけれど、収穫がそれだけとは限らない。
オスカーのことをオスカーが死んだ後に知る。友人としてどうなんだろうか、そこのところ。思えばオスカーと特別親しかったかと問われるとそうでもない。実際、葬式でオスカーの死に顔を見ても泣きはしないだろう。
18・事件にのめり込む理由は二つある。ひとつは俺自身がこの事件のターゲットであったこと。もうひとつは、オスカーが殺されたあの景色を払拭すること。
確かにオスカーとは特別親しくなかった。それでも、あんなものが友人の死に方であるなんて許せるはずがない。
「ちょっと、イチロー。聞いてる?」
「聞いてない」
「なんで自身気に?」
デフォルトですが。
「では改めて。中央週報というラジオで記者を務めてます、ワン・リーと言います」
嫌な顔ひとつせずにというよりも、表情を変えずに、否、無表情で、そいつは名刺を差し出してくる。
グレンデル宅に入る前からいた細い男。近くで立って胸を張ると背が高く、思いの外迫力がある。
「イチロー・ヤマグチです。ラジオで記者って」
「そう珍しいことでもありません。幾らテレビが普及しても、ラジオは情報を扱う場で情報は足で稼ぐ。そういうものです」
「その記者がここにいるっていうことは」
「ええ、まあ。同時殺人事件を追っています。セントラルじゃどこの局もそれで持ちきりでしょう」
脱サラした帰りに煙草吸ってるようにしか見えなかったのだが?
「おっしゃりたい事は分かります。こんなところでぼーっと何してるんだと言いたいのでしょう? 実のところ、私は取材に来ているわけじゃありませんので」
記者が取材してないとかやっぱり脱サラじゃないか。
「むしろ情報を渡すのが今の私の仕事です」
「ほう、なるほど」
分からん。
「先ほども述べましたが、今セントラルのニュースは同時殺人事件で持ちきりです。当然被害者の親族に取材が押し寄せる。当人からすれば堪ったものではないでしょう。自分の子どもが死んだ矢先にですから。
それを悼んだ私たち中央週報が出しゃばらせて頂きました。まず私がグレンデル夫人にお話を伺い、マスコミにそれを伝える。伝書鳩というわけです」
「そんなものが通るんですか」
情報の信憑性に欠けるし、映像メディアからすれば被害者へのインタビューにこそ絵になりそうなものだけれど。
「業界にも色々な事情と力があるということです」
ふうん。まあ、こちらとしても興味はない。
「で、俺たちに何か?」
「いえ、私は別に。ただあなた方は私に用事があるのではと思いまして」
「よく分かりません。私言葉分かりません(?)」
「イチローさぁ……。でもぼくもリーさんの意図がわからないんですけど」
「はは。まあ記者の勘というものでしょうか。名詞に局の番号が書いてあるので、用事があれば連絡して頂ければ。二十時以降であれば対応できると思います。不要であれば捨てて頂いて構いませんので」
都合がいい。都合がよすぎる。何が目的だ? 分からないな。
「ありがとうございます。それじゃあ」
「ええ、また」
笑えよ。怖いぞ。
記者というにはあまり向いてない感じの記者。記者じゃないんじゃないか?
「誰だろうね、今の。ほんとに記者かな?」
「なんだよ、疑ってるのか」
「信じてないだけだけかな。名刺一枚じゃ信じるもなにもないし」
「利用できれば心強いけどな。探る価値はあるんじゃないか」
「利用しようとして殺されたら敵はとるよ」
「オーケー。慎重にいこう」
「一度マッケンマローに戻る?」
「いや、現場を見たい」
一度18・事件について整理する。
When。一昨日、十月十八日。十七時に。
Where。十八か所の人気のない場所で事件は起こっている。人気がないと言ってもオスカーのように大通り近くで殺されてることもあり、人の目につきにくい場所であるというのが正しい。場所の規則性は今のところ分かっていない。
ちなみに俺の場合は学校の屋上で、となる。
Who。不明。俺を殺したのは黒服なので黒服と推定。
What。セントラル十八人同時殺人事件を起こした。被害者の共通項は全員ノーマンであること。
Why。不明。マスコミの推測では魔術家系とノーマンの対立を煽って内戦を引き起こすため。もっとも、それは陰謀説的に面白おかしく脚色されていて、ほとんどはテロとして報道されている。
How。不明。同時に十八人を殺したということは、少なくとも十八人以上のグループによる計画的な犯行なのか。どうして目撃者を出さずに犯行を行うことができたのか。
重要なのは「だれが」の部分だけれど、それ以外の要素からこれを解くヒントを見つけられるかもしれない、というよりそうするしかないのが現状だ。
この近くにある殺人現場に向かう。昨日の今日ではあるものの、人通りのある場所のせいか既に警察は撤収している。
死体があっても困るが、できれば被害時の状況はそのままで見たかった。何かしらのヒントがあったかもしれないというのに時間がかなり経ってしまっている。
「まあさすがにないか」
そう都合よくはいかない。警察が念入りに調べた場所を俺たちが同じように調べたところで何か出てくるとは思えない。
ならば同じように調べなければどうか。
赤の魔術・解析。青の魔術・解析。緑の魔術・解析。茶の魔術・解析。白の魔術・解析。黒の魔術・解析。
駄目だ分からない。警察ならあるいは魔術についての調査に取りこぼしがあると思ったのだけれど。もしそうだとしても、魔術的に重要な何かがあったなら犯人が現場に残しておくはずがないか。
──警察が念入りに調べた場所?
「レンジ、学校が閉められたのはいつからだ?」
「事件当日。状況が分かり次第だったと思う」
「正確な時間は?」
「分からないけど」
学校からの安否確認は当日中だった。おそらくはそれまでに行われたはず。
現場がまだ残っている可能性がある。
「行く場所が出来た。後の現場を頼む」
「ふぁっ!? ちょっと、イチローっ!!」
グレンデル宅からセントラル魔術学校はそう遠くない場所にある。着くころには夕刻、閉鎖された学校は静かなもので、通行人が幾らかいる程度。本館の扉は閉じられている。
茶の魔術で扉に穴を開けて作り直す。床に指を置く。地形と振動、空気から茶と緑の魔術で空間を解析。ッち。バレるのか。さすが魔術学校の教師。
邪魔される前に階段を上る。上る。上る。かつん、かつんと響く階段、屋上の手前までやってくる。俺が死んだ場所。ここなら警察も手を入れてない。なにせ誰も死んでいないのだから。
何かないのか、解析。見つからない。
いや、まだひとつ心当たりがある。思い出した。あの日ここに訪れたのは俺だけじゃない。
「君ぃ何をやっている。学生は自宅待機じゃないのかね?」
追いついてきた人を見下ろす。丁度いい。
「すいません、清掃員さん」
声もあの時聞いたものと変わらない。最高のタイミングで清掃員と会えた。
「二日前のあの日屋上で魔術の実験をしていたものです。忘れ物をしてしまって取り来ました。学校に許可は取ってあります」
「ああ、覚えてるよ。許可を取ったならいいんだけどね。物騒だからあまり外に出ない方がいい」
「気を付けます。そういう清掃員さんは生徒がいない日も清掃を?」
「ああ、まあ。お給料をもらっているからね。ああ勘違いしないように言っておくと、学校からは大丈夫だと言われているんだ。お金をもらったらそれに応える働きをしないと気が済まなくてね、私がしたくてしていることだ」
声の印象から受けるその人にぴったりはまる、人のよさそうな笑顔だった。
「実はあの日の忘れ物を取りに来たんですけど、見当たらないんです。心当たりはありませんか? たとえば、あの日この階段の近くに誰かがいただとか」
「そうだなぁ。こういうと変に疑ってしまうかもしれないからあまり言いたくはないが……生徒に嘘をつくのも私の矜持に反する。確かにあのとき一人階段で会った子がいるね」
「それは」
「一年の男の子だ。背が低くて童顔の子だったなぁ。金髪で明るい子だと思ったよ」
「ああ、なるほど。そうですか」
どうやらかなりついているらしい。
その生徒に、心当たりがある。




