エピローグ:学校には青春が溢れている
『犯人はおまえだ』
探偵というのは、指さしたその人物が犯人であると信じて疑わないのだろう。何事にも絶対ということなどないのに、よくもまあそんな堂々と言えるものである。偉そうに根拠など述べてみれば、犯人が泣きながら自白することのなんと心地いいことだろうか。
それを傲慢だとは思わない。
探偵が指名した人間は犯人かもしれない、ではなく。犯人は探偵に指名されるかもしれない、ではなく。
探偵に指名された人間は犯人でなければならない。
不思議なもので、いざ自分がその台詞を言う立場になるとなぜかこれ以外の台詞が思いつかない。少し間違う可能性があるかもしれなくても言ってしまうのだ。
犯人はおまえだ。
俺がそう言うと、彼はきょとんと首を折った。
「予行演習?」
「おまえが犯人だと言っているんだ」
レンジ・ドトールはそうするしかないとばかりに笑う。
「悪魔の証明だね。どうやって犯人じゃないと証明すればいい?」
「一昨日の十七時におまえはどこにいた?」
「一昨日の十七時というと」
「18・事件のときだよ。オスカーと一緒に帰ってからどこにいた?」
「オスカーと別れて家に帰ろうとしたけど、一度学校に戻ったよ。忘れ物があったから」
「清掃員さんが言うには一年で金髪、童顔の少年を見たらしいぞ」
「それがぼく? 一年で金髪の童顔なんて珍しくないんじゃない?」
「おまえが会ってれば覚えてるんじゃないか?」
「どうだったかなぁ。正直清掃員さんの印象ってあんまり残ってないんだけど。
というか、学校にいるのと18・事件って関係ある? むしろぼくが犯人じゃないってことになるんじゃない?」
「あの日おまえは俺に電話しただろ? 今思えばおかしいと気づける。友達が死んだことをわざわざ俺に電話してきた。教師に俺の連絡先を尋ねて警察でも緘口令の敷いていた被害者の名前を教えるなんて、いくらなんでも友情が過ぎるだろ」
「ぼくの質問に対して答えていないのはさておいて、友情が過ぎるともぼくは思わない。情けない話だけど、あのときはただオスカーの死を誰かと悼みたかった」
「アランさんに訊いてきた。少なくともあの日レンジには被害者のリストを見せてないそうだ」
「ぼくが勝手に見たからね。兄さんは知らないよ」
俺は笑った。
「それはおかしぜ、レンジ・ドトール。あの日おまえはアランさんに話を聞いたんだろ?」
「ああ、そうだった。うっかり、うっかり。兄さんにはしっかりと話を聞いたよ。リストを見せてないっていうのは勘違いじゃない?」
全く表情を変えず。レンジはそう笑う。欠片も嘘を含まないから気づかなかった。こいつは心から楽しんでいる。
「殺したはずの俺が被害者のリストに載っていない。おまえは慌てたはずだ。だって確かに殺したはずなのだから。だからおまえは確認したわけだ。一番手っ取り早い方法で。
俺に電話をしてきた。
死者が電話に出るはずがない。電話に出たときおまえは焦っただろう。だからとっさに嘘をついた。いや嘘じゃなかった。ただ真実を言うために小さな嘘をひとつ紛れ込ませた。
きっかけはおまえが18・事件の時学校にいたのを隠していたことだ。少しでも俺を殺した犯人の候補から遠ざかりたかったばかりに失敗したな?」
俺は言った。
「俺を殺した犯人はおまえだ、レンジ・ドトール」
「殺してないけどね。というか、殺せてないけど、だね」
皮肉めく。彼にとってそれが悪い冗談のように。
「ぼくに不備があったとすれば嘘をついたことだねぇ。面白がって調子に乗り過ぎた。まあ目的は遂げてるしそこはぼくのぱ〜ふぇくと完全勝利なんだけどっ! はぁ、さすが。オリジナルには敵わないと言うべきかな?」
「……目的と言うのはオスカーを含めた十八人を殺すことか?」
「それは手段だね。快楽殺人でこんな面倒なことはしないよ。用があるのは人の『魂』の方。
多くの『魂』を贄にして旧世代の神を降臨させるのがぼくの目的……これも手段だね。真の目的は山口一郎を殺すこと、だよ」
「は?」
だんだんと話が呑み込めなくなってくる。
「俺を殺すことが目的?」
「そうだよ。【不老不死】の神格スキルを持つ山口一郎を殺すには神の力が必要だったというのが18・事件の真相なんだけど、質問ある?」
「すまない、おまえが何を言ってるのか本気で分からない」
「だろうね。そうでなくてはここにぼくがいる意味がない
結論から言ってしまえば、山口一郎、おまえは記憶を失っている。この世界に来てから三百余年の記憶を自ら放棄したんだよ。それをぼくに押し付けて」
「おまえ狂ってるのか?」
「アハハハハハハハハハハハハハハっ!! 正気ではないかもねっ!! 元より山口一郎が正気ではなかったからねっ!!
山口一郎は学園ラブコメをするために三百余年の記憶を放棄した。ただしその記憶は完全に手放さなかった。記憶を消去する際にバックアップを残したんだよ。それがレンジ・ドトールの正体だ」
狂っている。そう切り捨てられないのは、俺が死んでいないから。
しっかりと、ぼんやりと、冷たく、熱く、鋭く、鈍く。傷みは消えても痛みは消えず。傷口を開いてレンジの言葉が入ってくる。
狂言だから虚言だという保証はない。
「言葉より実物を見た方が早いね。これが君を殺す神の力だ」
その言葉と同時に。それはそこにいた。
黒のローブ。黒服。いや体格も骨格も微妙に違う。レンジよりも少し小さい。
それにローブの中のあの姿、あれは、
「オスカーか?」
「複製だよ。中身は別物。ああでも、『魂』を贄にはしてるわけだから違いはないか」
「そいつ喋れるのか」
「喋れますよ」
喋っちゃったよ。
「初めまして、といいますか。曖昧なんですよねどうも。肉体はオスカー・グレンデルものなのですが、オスカーの『魂』を贄にしているからといってこの肉体にその『魂』が宿っているということは全くなくてですね? あるのは『記憶』だけなのです。ああ、フフ。失敬、ちょうどレンジ君のような状態ですね。厳密にはこれもまたちょっと違うのでしょうけど」
「『魂』と『記憶』は違うのか?」
「それはイチロー君なら重々承知していると思いますけど……。あぁ、『記憶』がないんでしたっけ。『魂』はそのままなのに。つまりそういうことですよ」
つまりどういうことだ?
「まあとにかく。僕のことはオスカー・グレンデルではありません。なんて言えばいいんでしょう。デミ・オスカー? 半神? それとも、■■■■■? 間を取って、クトゥとかかわいくないですか?」
「どこの間を取ったんだ?」
「いいじゃないですか、呼び方なんて。どうせもうすぐ」
死ぬんだから。
その言葉の次には、視線が落ちる。ごろごろ回転して、空を見上げ、止まった先に。
俺の身体が立っている。身体だけが立っている。その、首から上がな──
『──GAME OVER!!』
『──CONTINUE!!』
口元を抑える。手があり、口があり、吐瀉物が通る喉がある。
これが、
「やっぱり無理ですか。【不老不死】の神格スキル相手じゃよくて対等、旧支配者じゃ格落ちするレベル。ご期待に応えられず申し訳ありません、レンジ君」
学生に頭を下げる神もどうなんだ?
「まあ予想はしていたというか、山口一郎は旧支配者を殺してるわけだし。だけど【不老不死】にも弱点はある。
『殺し続ければ生きられない』。クトゥ、おまえの炎ならできるだろ?」
「やってみないことにはなんとも分かりませんが……試してみる価値はあります。お別れの言葉はよろしいですか?」
「ぼくはないけど。イチローは?」
今更ながら、俺は問う。
「俺を殺そうとする理由を聞かせろよ」
「……スワンプマンの気持ちを考えたことがあるかい? オリジナルと全く同じ別物。ある者はこう言う、スワンプマンとはオリジナルそのものである。ある者はこう言う、スワンプマンとはオリジナルとは全くの別物だと。スワンプマンの意思なんて考えないのさ」
怒るように、泣くように、叫ぶ。
「自分であって自分でない山口一郎の『記憶』がレンジ・ドトールの『魂』との異なりが気持ち悪くて仕方ないんだよっ!! なんでっ!! レンジ・ドトールの『記憶』を消してくれなかったんだよっ!!
だからおまえを殺す。オリジナルを殺す。オリジナルを殺しても山口一郎の『記憶』が無くなることはないけれど、ぼくがスワンプマンでなくなることもないけれど、ぼくがぼくであるためにイチローを殺すよ」
「オーケー。かかってこい」
その覚悟に負けた。いいだろう、潔く死んでやる。
なんて、
「なんて言うわけねえだろっ!! 意味分かんねえことばっか言ってんじゃねぇっ!!」
知ったことではない。
レンジ・ドトールの意思も思惑もどうでもいい。ただ俺はオスカーを殺したやつを殺すとそう決めている。その相手が例え親友だとしても。
決定事項である。
相手は凄腕の魔術師と知っていた。ここが決戦の場になるということも予想がついた。
故に、俺が使うのは『銀の弾丸』の一撃。
魔力の塊である『魔術石』と比べ、銀は物質。魔力の伝達率は金属類で最も高く、魔術を付与する武器として最高と呼べる。
なぜか家にあった一丁の銃。
人を殺すなら銃弾で十分だ。しかし魔術師を殺すなら事足りない場合もある。俺も銃弾で死ぬつもりはない。
俺を殺す方法を考えた。あのときのナイフと同じ、魔力の障壁を撃ち抜き殺す銃弾、それが必要だった。
奇しくもレンジが言うことが事実なら、俺のスワンプマンであるというなら、『銀の弾丸』は彼を殺すのに最適だ。
銃声が体に響く。
「──ッち、山口一郎め。やられたなぁ」
果たして、弾丸はレンジの心臓を貫いた。あれは確かに死ぬ間際の人間の顔だ。
「でもただじゃ死なない。クトゥ!!」
「──【深炎よ、燃やし尽くせ】」
あ、と。声にならず。
炎が身を包む。身体を焼き尽くして、生き返って、また燃える。口内が焼けて息ができない。
苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて苦しくて。既に狂ってしまっているのに死ねなくて。
眼球が燃えて前も見えず、喉が燃えて絶叫さえできず。俺は死に続ける。
──ああ、どうして俺は死ねないんだろう。
『どうやら間に合ったみたいだな』
『いや、どう見ても間に合ってないでしょ……』
その声と共に、一閃の風が凪ぐ。夏の涼風のように、それが全身の炎を払った。
目の前には二人の生徒。
一人はスラリと背が高く、白い肌に黒髪の男子。抜き身の太刀を持っている。
一人は猫背で金髪、よくいる普通な感じの男子。制服を着ていなければ魔術師とすら気づかないだろう、この場にいるには余りにも並過ぎる。
説明をしたのは後者の彼だった。
「今回の事態は俺の責任でもあるんで。アフターケアだと思ってください。貸しっつーことにしとくんで何かあったらそのときは是非に」
「アフターケアなのに貸しなのかよ」
まあ命と比べればなんでもするけど。やっぱ生きるって素晴らしい。
「おい、遊んでる場合か。あれちょっとした神格だろ。ここで逃がすと場合によっちゃあセントラルが滅びる」
「人間に召喚される神なんかに都市を滅ぼすほどの力があるわけないだろ?(笑)」
「なんでおまえが偉そうなんだ……」
「ほう、いいでしょう。二人とも殺して差し上げますっ。特にそこのモブキャラ!」
安心していいんだろうか……?
「ほら、レンジ君もいつまで寝てるんですか?」
「いや死んでたから。っつぅ」
あっさり起き上がってみせる。なぜか、そうやすやすと殺せる気はしていなかったけれど。根拠があるとすれば、俺と同じならレンジは死なないということになる。
「ああ、これは【不老不死】じゃないよ。【事象干渉】、山口一郎の放棄したバックアップ機能のひとつ。『魂』の違うぼくじゃつま先を使うのがせいぜいだけど」
「──いや、たいしたもんだ。『死をなかったことにした』なんて魔術じゃできない芸当だ」
やはり影の薄い彼も事情を知ってる側らしい。
「【事象干渉】の使い方を知らないから言える言葉だね」
「歌宮、事情が変わった。あの神格とあっちのバグ、両方殺さないとまずい」
「神格ひとり倒すのも十分きついんだが? あっちはおまえが頼む」
「っ、なんなんですかこいつ等! マスター、こいつら人間やめすぎじゃありません!?」
「ん、あぁ、ごめん。頭怠い。ちょっと一人で頑張って。神なんだからできるでしょう?」
「そうですね、なんとかしたかったよね」
一方的なやりとり。歌宮と呼ばれる彼がクトゥを圧倒している。腕を振るった瞬間に三度の剣閃が走る。神ですらその太刀筋に眉をひそませた。
「人間をやめたつもりはないが……どうやら俺の剣は神域にあるみたいだな」
「すみませんマスター、これムリです! 逃げましょう! 逃げるったら逃げますからねっ!」
「頼りない神様だなぁ……わかったわかった。りょうかい、【次元干渉】頼むよ」
「了解しました! おい貴様、歌宮といいましたね。いつか必ず100回殺します」
「逃がさねえよ。【奥義・万里切伏】」
「ハッ、元から存在しないものは断ち切れませんよ! 【真淵・開闢】。じゃあ跳びますよ。【次元干渉】」
空間が硝子のように罅割れ、崩れる。クトゥに背負われながら、レンジが叫んでいた。
「誓ったよね、イチロー。『オスカーを殺した犯人を殺す』。楽しみにしてるから。──あんまり遅いとぼくから行っちゃうよ?」
そして。
レンジとクトゥが消えた。元からそこにいなかったように。
……何と言っていいのか。予想外と言うか、まあ予想外なんだけどさ。
どこら辺からかと言うと、オスカーが神になったあたりからなわけだけれど。
とりあえずは、
「で、おまえら誰なんだよ?」
「まあそうなるわなー」
◆
ここからは後日譚。
セントラル魔術学校は18・事件より一週間と、さらに二日の休日を挟んで開校された。
休日明けのクラスは魔術師の集う学び場にしては騒がしく、しかしながら、このクラスには二名が欠けていた。
偶然とは、偶然であるがゆえに、必然であり。
殺されたオスカー・グレンデルと現在失踪中のレンジ・ドトールの友人である、イチロー・ヤマグチとは何者なのか。憶測は憶測を呼び妄想と噂で満ちていく。
そんな空気の中で一人静かになってしまった俺である。
しかし寂しさは感じていない。不思議と近くにレンジとオスカーがいて、いつか殺しに来るんじゃないかと確信している。
今日から五日前にオスカーの葬儀が粛々と行われたのだけれど、オスカー本人の遺体は実は失われていた。これを知っているのはオスカーの親族でも母親だけで、俺はそのことを魔術で確かめて知った。もちろんおばさんには伝えていないけれど、彼は今日もどこかでよろしくやっているだろう。もっとも、クトゥをオスカーと呼んでいいかは微妙なところだけれど。
アランさんと生徒会長からはレンジの失踪について俺に一報があった。こちらも俺は何も伝えてはいないが、風の噂ではアランさんは休職したという。その後どうしているかは俺の知るところではないけれど、もしもう一度俺を尋ねに来たならば、そのときは正直に話そうと思う。はたしてどこまで信じてもらえるものだろうか。
リグル・ド・ナルドと歌宮蓮華について。それはまた別の機会に。
最後に、俺。イチロー・ヤマグチはどうなのかというと。
性懲りもなくポケットに手紙をいれられていた。なんだ、ブームなのか?
今度は間違いなく解析を行う。どうやらただの手紙のようではあるが。便箋の中身には淡々と機械のような字で『書館に来い』とだけ書かれている。
もちろん行くに決まっている。
青春とは突発だ。友人ができたり、死んだり、殺したり。けれどよく見ればそこには因果関係が必ずある。
偶然のような必然。
そこに気づけなかったのが今回の俺の落ち度。一介の高校生、イチロー・ヤマグチの必然性。
もしそこから脱却したいなら、青春に抗いたいと願うなら、それはもう特別になるしかないのかもしれない。
特別とはなにか分からないけれど、特別な人間は知っている。ちょっとだいぶ変わり者の彼等。
俺はどうしたいのか、学べばいい。ここはそういう場所だ。
その書館が窮屈だと言わんばかりに、つまらなそうな顔で彼女は一人座っていた。
俺を認めて、おもむろに、アディ・フォックスが立ち上がり、言う。
「単刀直入に言います。イチロー・ヤマグチ。わたしと付き合ってくださいません?」
飽くなきまでに、この学校には青春が溢れている。
第一部・完です。
物語が続くか別作品としての投稿かは未定ですが、しばらく更新の目途が立たないためここで完結しておきます。よろしければまたの投稿で、是非。




