12話 棺桶と塩桶と
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城の地下にある拷問部屋。
薄暗く血の臭いで満たされたこの部屋は、本来この城の主が訪れるような場所ではない。
だが、王であるイーサンはわざわざこの場所に足を運んでいた。
「さっさとそいつの目を覚まさせてやって」
彼の言う『そいつ』とは逆さ吊りにされた男のことだ。
その男は逆十字架のようなものに固定され、滑車で逆さ吊りにされていた。
下には水がたっぷりと蓄えられた深い埋込み式の水槽がある。
王の命令を受け、拷問吏がその男を吊るしている鎖をゆっくりと緩めていく。
その度に複数の滑車が音をたてながら回転して、逆さ吊りにされた男はゆっくりと水槽へと落下していった。
やがて、男が水中に完全に沈んで数秒経った頃。
水面がボコボコと泡立ち、逆さ吊りにされた男は苦しそうに暴れだした。
「やっと起きたようだね。引き上げていいよ」
拷問吏達が鎖を引いて男を引き上げる。
「ゲボッ。い、いきなり何しやがる! 俺を殺す気か!」
男はゲホゲホと咳き込んだ後にそう叫びながら暴れだした。
男が暴れる度に、鎖がジャラジャラと不快な音を立てる。
「随分とご機嫌な御目覚めだね……ユーイン」
「へ……陛下」
ユーインは、まさかそこに自国の王がいるとは思っていなかったようで急に大人しくなった。
「一応何か言い訳があるなら聞いてやるよ。一応ね」
「言い訳だって?」
ユーインは鳩が豆鉄砲を食らったような顔でそう答えた。
なぜ自分が言い訳を言う必要があるのか理解できていないのだろう。
「ないのかい? だったらもういいや」
イーサンはそう言うと、次に拷問吏に話しかけた。
「用は済んだよ。こいつを適当に苦しめてから殺しておいて。一応どんな風に死んだか記録を残しておくのを忘れないようにね」
それを聞いたユーインは真っ青になった。
まさか自分が死刑執行寸前だとは思っていなかったのだ。
「陛下! 待ってくれ!! 何かの間違いだ!」
「……まさかとは思うけど……何も覚えていないなんて……言わないよね?」
イーサンは先程までの能面のような表情から一変して、憎しみで歪んだ顔でそう言った。
そのあまりの迫力に、ユーインは必死になって目覚める前の記憶を呼び起こす。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 今思い出す!」
そう言うとユーインは必死になって頭を働かせた。
「王太子殿下の護衛として一緒にスノーランドに行ったのは覚えている。そこで生意気なガキと会って、話の流れでそいつと決闘をさせられることになって……」
「それで?」
「ガキの割にはそこそこ強かったが、それでも俺がガキだった頃の方がもっと強かった。当然、その程度の腕では俺の相手になるはずがない。軽く追い詰めてやってとどめを刺そうとしたんだが……奴が最後の悪あがきをして……」
そこでユーインは一つの可能性に気がついた。
あの場に一緒にいたはずの王太子がここに居らずに、自分が死刑寸前なっている理由をだ。
――まさか、あの最後の悪あがきで殿下は大怪我でもしたんじゃないだろうな? まぁ直後に立ち上がってたし、大した怪我はしてなかったはずだが……。
「おい、続きはどうしたんだい?」
「ガキが最後に放った悪あがきの攻撃が運悪く殿下に当たってしまい軽く弾き飛ばされてしまったが、大した怪我ではなかったはず。
そのすぐ後に、殿下が立ち上がってスノーランドの領主に強く抗議していたから間違いない。
それで、いくら抗議しても自分たちの非を認めない領主に殿下がイライラしてきて……。
その後、俺が殿下の命令で領主を軽く懲らしめてやることになったんだが……突然、女の邪魔が入って……そいつに殴られて……」
――おいおい、どうしてこんな重要なことを忘れていた? まさか、この俺があの女に記憶が飛ぶほどやられたというのか?
ユーインにはそのことが信じられなかった。
「あの女……」
「そんなことより、それでどうなったんだ?」
「殴られて……殴られて……あれ? そこからは本当に何も覚えていない?」
「……そこで気を失って、さっきまでずっと寝ていたということだろうね……。それで、お前を殴り飛ばしたのはどんな女だったのか覚えているかい?」
「金髪で角刈りの女だ」
「そうか……メスゴリラの妖精で間違いないだろうね。あの女……まだ生きていたのか」
メスゴリラの妖精。
妖精領にいる凄腕の武闘家の二つ名だ。
その強さは世界に広く知れ渡っていて、特に百年近く前に彼女が一人で約十万の王国軍を撃退したことは伝説になっている。
魔法抜きの肉弾戦なら彼女が世界最強だという呼び声も高い。
「あれがメスゴリラの妖精……。次に会った時にぶっ殺してやる!」
「次があると思っているなんて……随分とおめでたいね。今度こそ用は済んだよ。この馬鹿を適当に苦しめてから殺しておいて。さっきも言ったように、一応どんな風に死んだか記録を残しておくようにね」
「待ってくれ! 殺すなんてあんまりだ。そう言えば殿下はどこにいる? 殿下はまだ俺を必要としてくれているはずだ!」
「……一時間前に妖精王から棺桶と小さな塩桶が届いた」
ユーインは悪い予感が止まらなかった。
――その棺桶に入っていたのは、まさか……。
だが彼の予想は少しだけ外れていた。
そして事実は、彼の予想以上に悪いものだった。
「棺桶に入っていたのはお前……。塩桶には……これ以上は言わなくてもわかるだろう」
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その日から一週間後、ユーインが鋸挽きの刑として王都の広場に晒された時、既に耳や鼻や指などあらゆるものが欠けていたという。
その後、王都にはある噂が流れた。
毎夜毎夜、黒尽くめの集団が現れて、散々鋸を挽いた後にその傷だけを完璧に治療して帰っていくというものだ。
その噂が真実なのかは誰も知らなかったが、ユーインが息絶えたのは刑が執行されてから三ヶ月後のことだった。




