30話~遅々~
一瞬だが無意識にこの目の前にいる少年、イルマを殴り倒そうとしたのも仕方が無いと思う。急に日本語で話されて前世の名前を当てられたら普通に気が動顚するだろ。
っていうか、ここで敢えて「いいえ、違います。私の名前はテオ・ウィステリアです」って言ったらどうなるのかな。表情が面白くなるかもしれない。それにもしこの人が前世の俺が知らない人なのに知っていたりしたら凄い危ない人になるじゃん?
「え? 邦介って……え?」
「いいえ、違います。私の名前はテオ・ウィステリアです」
しれっと嘘を吐いてみたら秋風さんは俺のことを知らないから審議を確かめようもないのでただ俺とイルマに視線が行ったり来たりしている。対するイルマはむっとした雰囲気になったが一瞬でそれは消え、次には困ったような笑みを浮かべながら何かを考えているようだった。
「ふむ。それではどうしましょうか……。それじゃ、私が乾賢治だと言えば分かりますか?」
「っは? ……いや、乾なら知ってるけど、あんたみたいな話し方とは大分違ったぞ。それに、まず歳と容姿が違うのにどう信じろと」
そうだ。まず、乾はあの時に俺と同じ場所で熊に襲われたはずなのに何でこんな場所に15…いや、23歳としてではなく俺と同じくらいの8歳児としているんだと言いたい。しかも容姿が違いすぎる。前世の乾は特にイケメンというわけでもブサイクというわけでもなく、平凡顔だった。まあ、眼光は鋭かったが……。なのにここにいる奴はまだ成長途中だが、確実にイケメン顔になるとこの時点で予測が出来、髪の艶を良い。さぞかし学校に通っていたらモテルだろうな。っけ。
そんなことを友人の乾の名前を出されたことでつい反抗的な態度で返してしまい心の中でも少しだけ愚痴った。どうにも他人に友人の名前を出されることが不快でならないのだ。続けてまた頭の中で愚痴ろうとしていたらイルマが掛けている黒縁メガネを外して俺に手渡してきた。
「…なんだ?」
「とりあえず、これを着けて俺の方を見てくれないか?」
つい受け取った手元の黒縁メガネを観察する。ふむふむ…。フレームが太い純黒で少し光に反射して地味に輝いている。度は…入ってないから伊達か。そして特に形は教育ママみたいに両端が吊上がった感じじゃなく平坦。まあぶっちゃければこれを着けたら確実に印象が変わりそうなくらいださい。そしてそれでもイケメンオーラ出してたイルマ凄えな。まあいっか。特になんの変哲もないただの伊達メガネみたいだから着けても問題ないか。
着けてみたが特になんの変化もない。なんだただのメガネか、と若干拍子抜けしながら周りを見回すと異変に気づいた。軽く数秒はフリーズするくらいの驚きだ。
人の頭上にその人の名前、歳、性別からステータスまでが丁度俺自身のステータスを見るときのように詳しく見ることが出来るのだ。恐らくこれで俺のを見ろという意味なんだろうか。
そう驚嘆しながらもイルマを観てみると何が言いたいのかは分かった。というか分からされた。もう強制的に現実逃避をしようとしていたことがね。
イルマのステータスにはいくつか秘匿されている部分もあるのか少し情報が少ない気もするが、名前の所にはイルマ・レイチェルハッド(乾賢治)となっており、体力は俺より少なく魔力量が俺の5倍くらいあった。そしてスキルのところには1つだけ名前があり”魔力創造”と書かれてあった。これだけでどんな効果が大体予想できるんだから恐ろしい。
まあ名前の所以外は凄いというだけなんだが、なにやら称号という俺がステータスを見る時には表示されなかった部分があり、”転生者”と銀色の文字で書かれてあった。(ちなみにちらっと秋風さんの方を見たらやっぱり”勇者”と書かれてあった。)
「……はあ。つまりあんたは元、乾賢治で転生者である、と。そして俺の事もそれを使ってから分かった、そういうことか?」
日本語で話し掛けてきた時点でぼんやりとは直感で分かってはいたが現実逃避をしていた俺はとうとう観念して事実を認めた。それに満足したのかイルマはゆっくりと頷いてさっきの質問を肯定した。
「やっと認めてくれましたか。昨日偶然見つけたときは驚きましたがこうして接触出来てなによりです」
「ねえ。なんの話? 全く話が読めないんだけど」
「あー…まあこれ着けて俺たちを見てみ。そしたら分かる」
秋風さんにメガネを手渡した後にもう一度イルマに向かい合った。
「確かに乾、久しぶり。まあここで何が起きたのかをたっぷりと話し合いたいところだけどその口調は何とかなんないか? その顔でその口調だと寒気がするんだが」
「…ああ、ごめん。ちょっと色んなことがあってあの口調が常になっちゃったんだ。まああれが、普段の僕の口調ってことで他人がいるときは勘弁してくれ。まあ今日の夕飯を食べた後にでも話し合おうぜ。それに、いくらか知らない情報も交換しときたいだろ?」
「まあな。って、どしたの秋風さん? なんかぷるぷる震えているけど」
「どうしたの? って何で2人ともそんなにスキルの数も多くて他の人よりも魔力量がたくさんあるのよ!? 君達どんな人外!!?」
何をそんなにプルプルと震えているのかと思ったら他人と比較してのスキル量と魔力量の理不尽差に逆ギレしていたようだ。っていうか、俺がどれほどのスペックかは分からなかったが、さっきのメガネを使って比較するっていう手があったか。盲点だ。しかし、いくつか言いたいことがるな。
「ちょっと待って秋風さん。スキルの多さも魔力量もイルマの方が多いんだから一括りに人外とまとめないでよ。俺はまだハイスペックで通じるはずだ」
「テオ君も十分人外よ!!」
結局この後はどこからがハイスペックでどこからが人外なのか子一時間討論をすることになり、終わった時には当初の理沙のソルリス学院入学をどうするかということをすっかり忘れていた。




