3話~嬉しい誤算~
「…目が覚めても何も変わらなかったか」
寝る前にもしかしたらとは思ったが、その期待は儚く散ってしまったようだ。
とりあえず、まだ目覚めきっていない脳を元に戻すために窓から顔を出してみた。
「わあ…空気が美味しいとは驚いた」
早朝の冷たい空気を大きく吸い込むと同時に今までは感じたことがなかった空気の味が体にしみわたり、感動して思わず口に出していた。
この世界では地球より環境破壊は進んでないとは良いことじゃないか。
半眼で外の景色を眺めながらそんなことを考えているうちに頭の回転も通常時に戻ってきてから、俺は外を眺めるのは止めて、ベッドの上に座り込んだ。
「さてと,情報収集をするにしてもまず何をしようか」
手櫛をしながら俺は今日の計画を立てていた。
計画を立てるといっても村の状況すら分からないのだから特にこれといったものも立てれないのだが。
それにしてもこの寝癖は中々手強いな。これだと外に出たら恥ずかしいだろう。
もういっそのことしばらく家から出ないで本を読み漁ってみるか。
「…本が読みたいな」
「本?」
「うわあ! カーン兄さん!いつのまに」
突然の声に振り向くと、いつからいたのかカーンが背後に立っていた。
「お前、昨日から少し静かだとは思っていたが、そんなことを考えていたのか」
どうする。まさか俺が本を読むことに対する違和感をなくすための言い訳を考える前にこんな形で来るとは思わなかったぞ。一旦、本を読む気はないと言ってこの場をやり過ごすか? いや、それは駄目だ。ここでは学ぶ事をそれほど重視していないのだとしたら、次に本を読むチャンスは一気に減るだろう。ならここは即席の言い訳でカーンに読み方を教えてもらって後は自分で情報収集するか。
「兄さん。ちょっとお願いがあるんだけどいい?」
俺は意を決して口を開いた。転生前ではあまり喋らなかったことがここで悔やまれるとは思わなかったよ。…全く上手い言い訳が思いつかない。
「なんだテオ? 俺に出来ることなら何でもいいぞ」
「うん。僕、最近本を読んでみたいんだけど…。兄さん。文字の読み書きを教えてくれない?」
「そういうことだったのか…。お前の歳なら外で遊ぶ方が本を読むより良いと思うんだけどなあ」
どうやらカーンは俺に実際の年齢、つまり3歳なら3歳らしく外で遊んでほしいようだ。
俺も出来る事ならそうしたい。転生する前では何度人生をやり直したいと思ったことはいくらでもあるからな。とりあえず人生を自縛霊が成仏する並に満足したい。だがここは日本じゃない。ファンタジー(昨日の夕食で聞いた限りには)溢れる異世界だ。なのだから普通の男子は絶対に興味を抱く。勿論俺もその男子の一員なのだが…
まあ何を言いたいのかというとだ。
…俺はこの世界をこころゆくままに堪能したいのだから予備知識を身につけておきたいということなんだよ!!
「ねえ。お願いだよ兄さん。僕,本を読んでみたいんだ」
ここはもう玉砕覚悟でこの3歳という子供ならではの可愛らしい容貌を利用しての愛くるしい表情と少し潤んだ目でカールを上目遣いで見つめた。正直かなり恥ずかしい。
「………」
「……だめ?」
しばらくカールを見つめていると不意にカールが突然俺の頭をなで始めて,その手を動かすことを止めずに言った。
「可愛い弟のためなら駄目なんてことは有り得ないさ。丁度今日は書斎が空いてるから一緒に勉強しよう」
…え?なにこれ。まさかのさっきのが決め手になったって感じなのか?
もしかしてこいつブラコ・・・ま、まあいいや。その辺については気にしないでおこう。
「…あ、ありがとう! 兄さん。それじゃあ朝食を食べた後にお願い!!」
予想外の結果に少し変な返事になってしまったが、特に気にもされずにそのままカーンが部屋を出て行ったのは助かった。
「……子供の体って意外と便利なんだな」
改めて子供であることの威力を実感した一瞬だった。
「それじゃあテオ。ちょっと読んでみたいと思う本を適当に持ってきてくれないか? 自分が読みたい本の方が楽しいだろう?」
「うん」
俺は軽く返事をして本棚に向かった。約束どおり朝食の後、カーンから文字の読み方を教えてもらうために二人で家の書籍にいるのだ。
そして言われた通り、適当に選ぶつもりで本を見ていたが俺は愕然とした。
題名が日本語で書かれてあるのだ。
目を擦ってもう一度見たが、間違いなく内容も日本語で書かれてある。
(これなら兄さんに教えてもらう必要は無い。適当に読み方は聞き流しておくか)
文字が日本語で書かれたあると分かった以上、最早8歳の男子に16年間分の知識量が備わった俺が教わることなどなにもないだろう。あると言えば常識ぐらいだが・・・。まあそれも本を読んで知っていけば何も問題はない。
── ならなにを選ぶか ――
意外と本棚には多くの種類の本が並べられてあり、世界の町ごとの説明や、種族、魔法の使い方が書かれているような本がある。本当に使えるかはあまり期待出来そうもないが…。いつか時間があったら試してみるか。
とりあえず、勘違いされそうな小難しい本じゃなくて、ここは男なら誰しも憧れを抱くであろう武器についで書いてある本でも選ぶか。
「テオ。選んできたのか?」
「うん。これなんだけど…」
そう言って俺は特に分厚すぎない程度の本をカーンに差し出した。
「”武器大全”…。少し難しいが大丈夫なのか?」
「うん。大丈夫。文字の読み方だけでも教えてくれればいいよ」
「分かった。なら始めようか」
それからは、武器の説明を活用して文字の読み方を教えてもらっている…ふりをしていた。実際に内容を見ているうちに日本語と全て一致していたから教わる必要が無くなったのだ。
そして、この無意味な講義が終わったのは教わり始めて2時間後のことで、その時には疲れきったカーンの顔と初めて見た武器を目をキラキラさせて見ているテオの顔があったそうだ。




